Quantcast
Channel: イーアイデムの地元メディア「ジモコロ」
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1396

酒店がディスコ!? よそ者がなぜか引き寄せられちゃう、角打ちを超えた角打ちを真鶴で発見

$
0
0

酒店がディスコ!? よそ者がなぜか引き寄せられちゃう、角打ちを超えた角打ちを真鶴で発見

ライターの友光だんごです。今日は神奈川の真鶴(まなづる)という小さな町に来ています。

 

見ての通りの漁港で、季節は真夏。カモメが鳴き、生ぬるい風とともにのどかな雰囲気が漂っています。

 

ぼんやり海を見ていたら、同行していた編集者のくいしんさんが口を開きました。

 

「ちょっと一軒行きたいところがあるんです」

「どこですか?」

夜な夜なミラーボールの下に人が集まる、ディスコみたいな酒屋があるんですよ」

「酒屋にミラーボール……?」

「前にジモコロ編集長の柿次郎さんと行った時の動画を見てください」

 

 

「ディスコだ!!」

「コロナ前なのもあって、夢みたいな空間ですよね。しかもここには地元の人だけじゃなくて、移住者も、県外や海外からの観光客も集まっていて。老若男女、いろんな人たちが交流する場になってるんです」

「いわゆるコミュニティ的な場所になっている?」

「はい。いまや地元の名所で、ローカル系のメディアで真鶴が特集される際は必ずと言っていいほど出てきます。『相席食堂』『鶴瓶の家族に乾杯』『ロバート秋山の寝るトコどうする?』とかのテレビ番組にも登場してて。お客さんが真鶴に移住したなんて話も聞きます」

「すごい、移住者まで。ローカルの酒屋さんがなぜそんなことに……?」

 

地元の人と、外の人を繋ぐオープンな場所となっているらしい草柳商店。港町の酒屋さんが、いかにして自然と人が集まる場になったのか? その秘密を探りに、お店を目指しました。

 

※取材は新型コロナウイルス感染症対策に配慮したうえで行ない、撮影の際だけマスクを外しています

 

ローカル酒店がディスコになった理由

「…………今のところ、どこにでもありそうなローカルの酒屋さんですね」

「ミラーボールはありますよ」

 

「まだディスコになりそうな雰囲気はないなあ」

 

 

「おー、くいしんさん久しぶりですね!」

 

「シゲさん! ご無沙汰してます」

「ギター???」

「歌う酒屋やらせてもらってます、草柳重成です」

「シゲさんはミュージシャンで、バンドもやってるんです」

 

「……ちょっと一回座って話を聞いてもいいですか?」

「うちの店の話? もちろんです」

 

「えっと、ここは酒屋さんですよね。でも、夜な夜な人が集まっている?」

「『角打ち』をしてるんです。コロナになってからはなかなか難しいけど、それ以前はたくさん人が来てくれてましたね」

 

時にはライブがはじまることも。シゲさんも弾き語りをよく披露する(2019年11月撮影

 

「でも、いわゆる角打ちの域を超えてませんか? こんな老若男女が集まってる場所、なかなかないのでは」

「そもそもは、お客さんが勝手に飲みはじめちゃったのがはじまりなんですよね。30年くらい前かな、仕事帰りにお酒を買ったご近所さんが、その場でパカっと開けて、キューっと」

「家まで我慢できなかったんですね」

「常連さんだしまあいいかなと思ってたら、そのうち何人もが酒を飲みながら井戸端会議をはじめるようになりまして。『医者に酒を止められているけど赤ワインならいいと言われた』とか言う人もいる。うちでは扱ってないのに」

「どうしたんですか?」

「しょうがないから、仕入れましたよ。また、その人がチリ産のいいワインを飲むわけ」

 

「そのうち手づくりのつまみを持参する人まで出てきて、僕らにもくれるんです。そしたらつい、僕も一緒に飲みはじめちゃいましてね。一番やっちゃいけないやつですよ。客と一緒に飲むなんて」

「完全に引っ張られてますね!(笑) じゃあ、最初は常連さんたちの間で自然発生的にはじまった角打ちだったと」

「そうなんですけど、今じゃ県外からのお客さんも噂を耳にして来てくれるようになってね。コロナ以前は、海外からのお客さんもいましたよ。オーストラリア、スウェーデン、シンガポール、メキシコ……。多国籍な酒屋でしょ

「そこが気になっていて。常連さんばかりのところから、どうやって外の人たちまで来るように?」

「それは、僕にバックパッカーの経験があったからじゃないですかね」

「バックパッカーの経験?」

「昔、ヨーロッパ中を旅して回ったことがあって。メジャーな名所も行ったけど、僕の一番の思い出は地元の人との交流だったんですよね」

「地元の人との交流。シゲさん、外国語もできるんですか?」

 

「いや、できないですよ。でも、地元の人ばっかりの店に入って行って、言葉はわからないけどジェスチャー混じりでコミュニケーションをとってたら、たぶん『お前どこから来た?』と言ってるみたいだなと」

「『よそ者は出てけ』と怒られるパターンですか?」

「その逆です。『なんかわからないけど、飲め飲め!』って歓迎ムードで、地元のお客さんたちと杯を交わしてね。そういう地元の人たちによくしてもらった経験が、旅のなかで一番印象に残ったんです

「じゃあ、その経験をお店にも活かしたと」

「そうそう。観光に来た方が、真鶴に溶け込めるお店をつくろうと思ったんです。それでミラーボールまで付けちゃってね。これがまたいい雰囲気になって、盛り上がるんです」

「コロナじゃない時に来たかった! 地元の人も外の人も一緒に盛り上がってる空間、味わいたかったです」

「落ち着いたらぜひ来てくださいよ。まあ、そうやって7年くらい前からかな、外からも人が来はじめて、地元民も観光客も混ぜこぜの空間になって。その混ぜこぜ状態がきっかけになって、移住を決意した人もいますよ」

 

さんざんな出会いから生まれた移住

「ちょっとこの絵を見てほしいんですけど」

 

「おー、草柳商店の夜の光景ですね。いい絵」

「この絵を描いた男なんだけど、最初来たときは不審者かと思ってね。さんざんな登場の仕方だったんですよ」

「どういうことですか?」

 

「では、この男、イラストレーターの山田将志にまつわる話をしてもよろしいでしょうか」

「急にどうしたんですか」

「あれは3年前の3月、夜も10時に近づくころだったでしょうか。いつものように角打ちしてるところに、ひとりの若者がふらーっと入ってきました。ほら、ちょうどあなたのいる席ですよ。そこに彼が座って、お酒のカップ酒をとって金を払うなり、パカッと開けて飲みはじめたんです」

「(落語家みたいな話し方だな)」

「ひとりのお客さんが、『見たことない若者だね。あんたどっから来たんだい?』と尋ねると、『横浜です』と言うんですよ。時計を見たら22時30分。横浜に上る最終電車はあと少しで出てしまう。私は気になって聞きました。『今日どちらかお泊まりですか?』

そうしたら青年は、『いえ、別に野宿でもいいんです』と。野宿ったって、まだ3月の寒い日ですよ! そしたらあーちゃんが『怖い怖い』って言い出したんです」

 

「あ、あーちゃんってのは僕の母親ですね」

「戻るのも急だな。なんであーちゃんさんは怯えたんでしょう?」

「彼がここに来るちょっと前、東京の通り魔事件が報道されてたんです。まだ容疑者は捕まってないと言ってたから、『まさかこの子、犯人じゃないでしょうね』とざわつき出して。睨みつける常連客もいるもんだから、山田くんもうつむいてしまう。そしたら『やっぱりこの子、挙動不審よ、怪しいわよ』なんて、悪循環ですよ」

「これって、真鶴に移住を決めた人の話ですよね?」

「そうですよ」

「ですよね、とりあえず最後まで聞きます」

「でもそこで、『真鶴まちなーれ』って野外芸術祭が3日後にあるのを思い出したんです。それで『もしかしてあなた、真鶴まちなーれのご関係者ですか?』って訊いたら、『はい。絵を展示します』って。そこで『ああ、なーんだ! 先に言ってよお!』って大笑い」

「めちゃめちゃ勘違いじゃないですか!」

「それからというもの、ここで山田くんをはじめ芸術家のみなさんと毎晩のように宴会をしましてね。楽しいひと時を過ごしていたんですけど、芸術祭が終わって山田くんも帰ることになるわけです」

「別れの時が……」

「町の人たちもすごく寂しがってね。最初は殺人鬼だなんて言ってたあーちゃんも、『もう帰っちゃうの? なんで帰っちゃうのよ』と悲しがりまして。山田くんは『お世話になりました。また必ず来ます』って言って真鶴を後にしたんです」

「『ウルルン滞在記』のラストシーンみたいだ」

「そうですね。まさに『ウルルン滞在記』みたいに、真鶴のことを土地の輪の中に入って知ったのが決め手だったんじゃないかなあ。1か月半後、山田くんは草柳商店にまた来たんです。その時に『真鶴が恋しくて、描いていました』って持ってきてくれた絵がこれ

 

「山田さんが真鶴を思いながら描いたから、いい絵なんだなあ」

「さらに驚いたことには、『描きたいものが決まりました』って言うんですよ。それが『真鶴の町』だった

「おお!」

「すでに会社も辞めて、真鶴に移住して絵を描いていきたいんだと。それで、どんなところでもいいから物件を探していると言うんです。そしたらその場で、うちの常連さんが『俺の家を使え』と」

「移住が一瞬で決まった!(笑)」

「山田くんにとって、ここでの経験がすごく新鮮だったんだと思うんだよね。僕らも真鶴に仲間が増えて嬉しかった。そのあと交際していたパートナーさんも移住してきて、真鶴で結婚して。嬉しくって僕は歌にもしちゃいましたよ」

 

山田さんとパートナーさんのストーリーを、シゲさんが歌った曲。サナギメン「輝いてお月様」(作詞・作曲:草柳 重成)

 

「歌う酒屋の本領発揮ですね。じゃあ、山田さんは真鶴の絵をどんどん描いている?」

「そうそう、地元で活動する『真鶴出版』さんが声をかけて、真鶴の風景を描いたカレンダーをつくったりもしてるね」

 

「これは、こないだ閉業してしまった斎藤精肉店さん。店主の高齢化なんかで、どうしても閉店しちゃうお店があるじゃないですか。でも、山田くんがこうして絵に描いてくれるから、記録にも残るんです。うれしいですよね」

「いいですね。実はさっき真鶴出版さんにも会ってきたんですが、真鶴は移住者の方たちがいろんな形で活躍しているなと。草柳商店さんが、地元の人と移住者を繋ぐ役割を果たしているんでしょうね」

「そうだと嬉しいですね」

 

画面に写っているのが、山田さん。真鶴町を拠点にイラストレーターとして活躍中

 

オープンな場の存在が、内と外の人を繋いだ

「地元の人も移住者も自然と集まる空間って、ローカルのいろんな場所で求められてる気がしていて。そんな空間をここでつくれたのは、何か理由があるんでしょうか?」

「狙ってつくったわけじゃないけど、『美の基準』の存在は大きかったかもしれないですね」

 

世界で唯一の実験都市!? 真鶴はどうやって「町の風景」を守ることができたのか

真鶴らしい町の景観を守っている「美の基準」について、ジモコロで取材した記事はこちら

 

「『美の基準』ですか」

「『美の基準』関連で、真鶴に視察に来る人も多いんですよね。そんな時、視察ツアーの行程に草柳商店を組み込んでくれてるんです。あとは真鶴出版の川口くんも、街歩きツアーでここを訪れてくれたり」

「地元のお店ってなかなか入りづらいことが多いので、誰かに案内してもらえるのはありがたいかもしれません」

「真鶴は港町だから、漁師さんが多いんですよ。うちにも漁帰りの夕方4時くらいから来て、一杯やったりしてる。でも、まだ明るいうちから漁師さんたちが飲んでる絵って、ちょっと迫力あるじゃない(笑)」

「僕が一人客で、その光景を見たら回れ右して帰っちゃうかもしれないです(笑)。その点、ツアーがいわば『入るきっかけ』をつくってくれていると」

「うちも『前から知ってたけど中に入れなかった』みたいな人も多かったですよ。でも、視察や街歩きツアーで外の人が来る機会が増えるにつれて、店も入りやすい空気に変わっていったんじゃないかな。一緒に飲めば、仲良くなるじゃない」

「『美の基準』の『コミュニティ』という項には、”お店が開(ひら)けた状態にしておく”と書いてありますよね。草柳商店さんは、その『開けたお店』のすごくいい形なんじゃないかなと。オープンな場で、常に交流が生まれている」

「いい言葉にまとめていただいてありがとうございます(笑)。もともと地元の人が集まる店だったから、結果として内と外のいい交流が生まれてますね」

「そうだと思います」

 

「酒店って、業態としてはお店に酒を卸すBtoBの仕事のほうが多くて。でも、うちは角打ちきっかけの常連さんがいたから、コロナでうちが大変なときも酒を買いに来たりして、助けてくれたんです」

「ありがたいですね! コロナで居酒屋が休業したことで、酒店や氷店みたいな取引先も大変……みたいなニュースもよく目にしました」

「もはや常連さんは飲み仲間だから、利害関係抜きの親戚みたいな感じなんです(笑)。ほんとに地元の人を大切にしていてよかったですよ」

 

お客さんを心待ちにしているお母さん

「あーちゃんもお客さんとお喋りするのが好きでね。県外からあーちゃんに会いに来るお客さんもいらっしゃいますよ」

「それはすごい。あーちゃんさんにも少しお話を聞きたいです」

 

「いろいろな人が来てくれるのが楽しいですよ。『おかえりノート』ってあるのね。これは第2号なんだけど」

「『おかえりノート』?」

 

「いらっしゃったお客さんの名前を書いてもらって、いつも見返してるんです。それで、次に来たときには顔と名前をだいたい覚えているから、名前を呼んであげるの。すると『覚えててくれてうれしい』と喜んでくれるよ」

「握手会でファンの名前を覚えててくれるアイドルみたい。それは好きになっちゃうな……」

 

「東京から30回近く通ってきてくれるお客さんが、歌がすごくうまい子なの。あるときギタリストを連れて来て、なんでもリクエストしていいよって言うのよ」

「あーちゃんは3曲くらいリクエストして、全部弾いてもらえたよね」

「『コーヒールンバ』をやってもらえたの」

「あれは楽しかったよなあ」

「店に人が集まるのをお二人がほんとに楽しんでるのが伝わってきます」

「あなたたちが来てくれたのもすごく楽しかった。話を聞いてくれてよかったですよ。いい記事書いてね。それをまた、ここに来てくれたお客さんに話すから」

 

おわりに

所属や立場の垣根を超えて人が集まり、他人と気軽におしゃべりできる場所。いつの時代も、そんな場所は求められてきました。

 

取材を終えて、「草柳商店」という場はなによりもシゲさんとあーちゃん、二人の人柄がつくりあげているように感じました。初対面の僕を歓迎してくれ、わけへだてなく話をしてくれる。「また来ていいんだ」と、言葉にせずとも伝わってくれるような空気がそこにはありました。

 

ましてや、その場にミラーボールとお酒があったら……それはもう最高に違いありません。コロナで角打ちはしばらく休止中とのことでしたが、いつの日か、きっと復活してくれるはず。その時はシゲさんのノンストップなおしゃべりと、あーちゃんさんの笑顔に触れに、また真鶴を訪れようと思います。

 

構成:荒田もも
撮影:藤原慶

編集:くいしん


Viewing all articles
Browse latest Browse all 1396

Trending Articles