ゴッ、ゴッ、ゴッ……
ぷっは〜〜〜〜〜〜〜!!!
ビールがうまい!!
真昼間からビールをあおってニコニコが止まらないヒラヤマヤスコです。お酒大好き!
とはいえ、ただビールを楽しんでいるわけではないんです。私が飲んでいるこのビールは、とある町の未来をつくる1杯なのです。
やってきたのは岩手県の遠野(とおの)市。河童伝説などを記した、柳田国男の「遠野物語」でも有名で、民話のふるさととしても知られています。
いまや国民の食卓に欠かせないものとなっているビール。その主原料は水と麦、そしてホップという植物です。ビールの味わいの決め手になる独特の苦味や鼻に抜けるあの香りは、ホップ由来のもの。
このトゲトゲしたものが、ビールに使われるホップ(画像提供:株式会社BrewGood)
消費が拡大する一方で、じつは原材料のほとんどを輸入に頼っているビール(※発泡酒含む)。しかし、決して多いわけではないものの、日本産のホップも東北を中心に栽培されています。毎年秋口にかけて、「日本産ホップ」の使用を謳った期間限定のビールがコンビニなどでも売られるようになってきましたよね。
画像提供:株式会社BrewGood
遠野市は、あのキリンビールと大規模な契約を結ぶ日本随一のホップの生産地。毎年、秋に発売される「一番搾り とれたてホップ生ビール」には遠野のホップが使われています。
出荷量において、実に全国生産量の約1/6を占めている遠野ですが、高齢化の波を受けて生産高は年々、衰退傾向に。そもそもホップって栽培がめちゃ難しくて手間がかかる植物で……
とか、いろいろそういうの、
私たちは全然知らないままビールを飲んでいるじゃないですか!!!
その質のよさから、キリンビールはもちろん、さまざまなクラフトブリュワリーも遠野産のホップを使用しています。また近年、遠野は移住者がホップ農家として新規就農したり、クラフトビールの醸造所を開いたり、新たな動きも盛んです。
全国の人たちにもっと「遠野=ビールの街」として知ってもらいたい。いま、そんなチャレンジ真っ最中の遠野市。コロナ禍にも負けず、さまざまな取り組みが進められてきています。
そんな取り組みのひとつが、遠野でのビール体験を主体にした「遠野ビアツアーズ」と呼ばれる観光ツアー。ガイドさんのナビのもと、遠野のおいしいビールと食を堪能しながら、ホップのこと、遠野の町のことを多角的に知ることができる旅行パックです。
ホップの収穫が目前に迫る季節に、ふたつのツアーを体験してきました。
※取材は新型コロナウイルス感染症対策に配慮したうえで行ない、撮影の際だけマスクを外しています
山と海の交易の場所として栄えた山深い里! 遠野の場所や位置関係
旅の前に、遠野の位置情報から。
遠野市は岩手県の真ん中よりちょっと下に位置する、山々に囲まれた内陸の町。面積は東京都23区よりも広い、約826㎢。とはいえ地図を見てもわかるように、市街地は遠野駅周辺のわずかな平地のみ。ほとんどを深い山々に囲まれた土地です。
市街地を抜けると、すぐに深い山々が顔を出します
しかしながら、釜石のような海沿いの街と花巻のような内陸地のちょうど真ん中の位置にあり、昔から物資が行き交う、豊かな『街道の街』として発展。
電車で行く場合は、新花巻駅からローカル線で1時間ほど、車の場合は新花巻側からも釜石側からも40分程度で行くことができます。
関西からは飛行機がかなり便利でお得。伊丹空港からいわて花巻空港に便が飛んでいて、だいたい13,000円くらいで行くことができます(※2021年11月現在)。東京から新幹線で行くより安いので、おすすめでっせ関西のみなさん!
ホップ畑で地元ブリュワリーのビールを堪能!
さて、まず紹介するのは「遠野ビアツーリズム」。
ホップ生産も自ら手がける農業法人「BEER EXPERIENCE」が提供している、ホップ畑の見学に加えて、ふたつの醸造所を巡りながらそれぞれのクラフトビールの飲み比べができるツアーです。1日を通じて遠野のうまいクラフトビールが飲み倒せる、ビール好きにはたまらない内容!
遠野駅に集合して向かったのは、市内中心地の一角にある「遠野醸造TAPROOM」(以下、「遠野醸造」)。
ブリュワリーにレストランが併設された、いわゆる「ブリューパブ」という営業形態で、つくりたての新鮮なビールを気軽に楽しむことができます。
画像提供:遠野醸造
遠野醸造は規模の小さいブリュワリーですが、1回あたりの仕込み量が少ないぶん、さまざまな種類のビールを小ロットで回して醸造できるのが特徴。遠野産のホップはもちろん、東北のさまざまな農家さんがつくる果物やスパイスなどを用いた銘柄もつくっているんだそう。
遠野醸造のオーナーである袴田さんは移住者。アパレル業界出身なだけあって、おしゃれなタップルームでした! 近所の人が毎日仕事終わりに立ち寄って、1杯ひっかけていくそう。羨ましい……
そんな紹介をうけて飲むビールは、味も格別! クラフトビールならではの風味豊かな味わいで、近隣で採れたりんごやベリーを用いた、産地ならではの銘柄もありました。
遠野醸造の次は、「上閉伊酒造(かみへいしゅぞう)」さんを見学。
寛政元年(1789年)創業の酒蔵で、昔ながらの地酒に加えて、クラフトビールの生産も盛んにおこなっています。
醸造士の坪井さんは、2006年に遠野にUターンして上閉伊酒造へ就職。「ホップ畑が広がる風景を残したい」と、全てのビールに遠野産ホップを使用したビールづくりにこだわっています
看板商品は、遠野産ホップと日本酒造りにも使われている軟水・六甲牛山の伏流水で仕込んだ「ZUMONAビール」。銘柄の「ずもな」とは「~そうな」という意味の方言で、「遠野においしいビールがあるそうな」と語り継がれてほしいという思いが込められているそう。民話の里でもある遠野らしい、素敵なネーミング!
ふたつのブリュワリーを巡ってビールを飲み比べられるのも、このツーリズムの魅力です。
旅のメインとしてやってきたのは、ホップ畑。
この遠野ビアツーリズムの目玉は、ホップ畑の見学と、ホップ畑のなかでランチができることなんです!
ホップはこんな風に育てるって、みなさん知ってました? 見上げないと端が見えないほど高く伸びた蔓、夏の日差しをたっぷり浴びたホップの緑がほんとうにきれい。
畑の畝の間にテーブルを設置して、遠野の地ビールと、遠野や近隣産の食材でつくられたおつまみランチボックスを味わいました。先程の上閉伊酒造さんの「ZUMONAビール」をここでいただいたのですが、遠野のホップと水でできたビールを、遠野の自然の中で飲む。こんなに幸せなことがあるでしょうか……。
風が吹けば、ホップの実が音を立てて揺れ、ここちよい気分に。
取材をした当時のホップはまだまだ生育途中。ここからもっと大きくなるそうです。シズル……(画像提供:株式会社BrewGood)
ランチに舌鼓を打ちながら、ホップの解説も聞きました。
ビールの苦味と香りは、このホップがつくってくれていると冒頭で触れましたが、ホップは基本的に冷涼なエリアで育つ植物のため、遠野をはじめとする東北を中心に栽培されているのだとか。たしかに地元の関西では見た記憶がないな……。
ランチにやってきたこの畑は、「IBUKI」という品種のホップが栽培されていました。柑橘を思わせる華やかで強い香りが特徴です
ホップは夏になると、松ぼっくりに似た雄しべにあたる部分が大きくなります。これが、いわゆる「毬花」。この毬花をむしると、黄色い粒子がたっぷりつまっていて、これが香りの元となります。
収穫したホップは、この「毱花」部分だけを選別して乾かし、乾燥ホップとして使用します。ちなみに輸入ホップは、乾燥状態にしたものや、毬花のなかの黄色い粒だけを選り分けたものなどさまざまな加工がされますが、一番多いのは乾燥ホップを圧縮してペレット状ににしたもの。ペレット状になると大幅にかさが減るため、輸入に向いているそうです。
遠野で収穫した一部のホップは、生ホップを急速凍結させ、凍結ホップ(※)にしています。この凍結ホップは、一番搾りとれたてホップ生ビールや、一部国内のブルワリーでも使われているそう。
※キリンビール㈱の特許技術
ホップを見ながら飲むビールは、よりいっそう香りが感じられるよう。う〜ん、うまい!
ホップの栽培や遠野ビアツーリズムを主導する「BEER EXPERIENCE株式会社」の高間さんが、この日のガイドを担当。高間さんも2021年の4月に遠野に移住。キリンビールの社員であり、出向という形でBEER EXPERIENCEの副社長も担当しています
BEER EXPERIENCEの一部の畑では「ドイツ式」の栽培方法を採用。通常よりも棚が高いのが特徴です。効率よくホップが収穫できるよう実験中だそう
生産地が限定されているうえに、ホップがなるのは夏のシーズンのみ。
さらに特徴的なのは、上に上に蔓を牽引するこの栽培方法。耕した畑に5m以上のポールを立て、上部にワイヤーを巡らせ、そのワイヤーから垂らした長い糸にホップのつるが伝って伸び、育っていきます。ホップ自らが糸に絡んで伸びていくそうですが、とはいえ最初は人の手で糸に絡ませないといけないなど、人の手助けが成長には必須です。
さらにさらに、ホップは植えた初年度から十分な量がなるわけではないそう。季節が過ぎるごとにコツコツ上へと伸ばしながら地中の根を十分に張り巡らせて……。3年ほどかかってようやく収穫量があるとガイドの方が教えてくれました。
ね! ビールに欠かせないホップが、栽培も収穫もこんなに手間がかかるものだなんて思わなかったですよね。
生産地でおいしいビールとごはんを食べながら、食卓に当たり前にあるものがどうやってつくられているのかを知ることができて、勉強になりました。
ベロベロの状態なのに「もう1本だけ飲もう」って缶ビール開けて、開けた瞬間に寝落ちして、一口ふた口しか飲んでないビールの中身を翌朝シンクに捨てていた酒飲みの諸君!!
もうそんなことしちゃダメだぞ!! 約束だ!!!
マウンテンバイクで遠野を巡る「ホップサイクリング」
もうひとつのツアーは、マウンテンバイクで遠野の中心市街地の外へと走り、ホップ畑を見学する「里山ホップサイクリング」。認定NPO法人「遠野 山・里・暮らしネットワーク」が提供しているツアーです。
駅前でマウンテンバイクを借りて、市街地から郊外へと自転車を走らせてホップ畑へ。気持ちよく汗をかいた後、最後は遠野の農家民宿でランチとビールをいただけるというコースです。
ランチの場所で自転車は置いて、駅前までタクシーで送ってくれるので「チャリ乗ったら飲めないんだよな」を解決してくれる、おいしいとこどりのツアーです。
写真映え的にはあいにくの曇り空でしたが、ピーカンだとそれはそれで大変そうなので、むしろ走りやすかった
遠野は四方を山に囲まれた盆地で、サイクリングコースも設定されているなど自転車でとても走りやすい土地です。
連なる山々を遠くに眺めながら、自転車で疾走するのが気持ちいい!
ホップだけではなく、お米も野菜も収穫前の緑が生い茂る時期。盆地の果てまで伸びた田畑が緑の海のようでした。自分だけのリサーチではなかなか田園風景の道は選べないので、こういう風景が堪能できるのはガイドさんがいるツアーならではですね。
汗をぬぐいながら自転車を止めた先の視界に広がる、郷愁を誘う風景に胸がジーンとしたり。
途中、ゴール地点となる農家民宿のご夫婦が育てている畑でとれたてのプチトマト(でっかい)をつまみぐいしたり。
ま〜〜〜これが甘くてジューシーで……。「アイコトマト」という、もともと甘みが強い品種なのですが、今まで食べたなかで一番おいしかった。
これは「そろそろ移動しますよ〜」と呼ばれているのに、あと3個どうやって食べるのか考えているあさましい顔です。
ホップサイクリングでやってきたのは、「MURAKAMI SEVEN」と呼ばれる品種を育てているホップ畑
1時間ほど自転車を走らせて、ホップ畑に到着しました。ここで育てられている「MURAKAMI SEVEN」という品種は、キリンビールの研究所で長くホップに関する研究をおこなっていた「ホップ博士」こと村上さんが開発した日本産の新しいホップ。
村上さんは、世界でわずか6人の「ドイツホップ研究協会の技術アドバイザー」に就任するなど、日本のビール業界には欠かせないキーマン。キリンビールを退職後、遠野でジャズ喫茶を営んでいます
「MURAKAMI SEVEN」は「IBUKI」に比べて鞠花がボワっと大きい形。香りも、柑橘感が強かった「IBUKI」に比べて、「MURAKAMI SEVEN」はマスカットのような爽やかなフレーバー
ホップによってかなり香りが違うとは教えてもらっていたんですが、実際に香りを嗅ぐとぜんぜん違いました。これは本当に現地でフレッシュなものを嗅がないとわからないので、ぜひとも体験してほしい……!
旅のラストは、「農家民宿 Agriturismo 大森家」でランチ。あのテレビ番組『人生の楽園』にも出たことがあると言うと、ニュアンスが伝わりやすいかもしれません。
古民家を改装した室内は、リフォームの真新しさもあれど、重厚な梁や、そこに暮らしてきた人を思わせる設えが心地よくて「田舎のおばあちゃんち」に遊びに来たような感覚でした。
女将の大森さん手づくりのランチプレートと、遠野醸造のビールで乾杯!
道中で試食したアイコトマトをはじめ、野菜はすべて遠野の土地でとれたもの。車を少し走らせれば釜石などから海産物を買い付けできるため、新鮮なトマトと海鮮の出汁が効いたこの冷製パスタが絶品でした。
「なんにもしてないのよ〜! トマトとオリーブオイルでしょ、塩とにんにくと、それだけよ!」と女将の大森さん。めっちゃチャーミング
料理は全て大森さんの手作り! もともと自分の生家だった家を改築して、この農家民宿を始めたという大森さん。この日はランチのみでしたが、宿泊の場合は農業体験などさまざまなオプションがあるそう。
宿泊は1泊2食付きで9,500円とめちゃくちゃお得なので、これはプライベートでも来るしかないなと思いました。
チャリこいで運動して観光もできて、ホップを知る学びも得られて、古民家にも来れて、めちゃくちゃおいしいごはん食べながら地元のクラフトビール飲んで、最後チャリは置いて車で帰れるって、端的に申し上げても最高では……??
移動中はずっとビールを飲み倒し、運動の疲れもあって満腹になったら同行者のジモコロ編集・だんごさんと一緒に縁側でマジ寝しました
ちなみに「遠野ビアツアーズ」には3つのツアーがあります。今回体験した、ホップ畑をめぐるツアーと、サイクリングのツアー。
そして、今回は体験していませんが、toknowという団体がおこなっている遠野物語の舞台をめぐるツアーもあります。民間伝承を学びつつ遠野のおいしいビールも飲めるコース、こちらも楽しそう!
3つのツアーの概要はこんな感じ(※2021年11月現在。詳細はHPを)
全国きっての出荷量をほこる遠野はかつて、「ホップの里」と呼ばれたそうです。しかし、高齢化や過疎化の流れもあって産業自体は縮小化、そして、町の活気もどんどん下火になっているのが現実です。
せっかく「クラフトビール」という言葉も一般的になったうえ、ホップの魅力に惹かれて移住して新規就農した人や、おいしいブリュワリーもあるのに……!
そんな遠野の町はいま、「ホップの里」から「ビールの里」へと、大きな舵を切っています。ホップ農家をはじめ、行政やキリンビールなどの企業、そして遠野のプレイヤーが集結しているんです!
後半は、ホップとビールを軸に、遠野の諸問題解決に取り組む「株式会社BrewGood」の代表である田村淳一さんへのインタビューをおこないました。