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わしらは「和紙」のために働いてるんだって! お金は和紙でできてるんだって!

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わしらは「和紙」のために働いてるんだって! お金は和紙でできてるんだって!

ジャブッ…… 

 

ジャブッ……

 

「はい、こんな風に和紙はつくられてるんですよ。日本では和紙が重要な素材ですけど、この越前では昔から手漉きが……」

 

「ふんふん…」

 

(このあと何食べよっかな……そば……ソースカツ丼……)

 

「あの………聞いてます?」

 

「あ、ごめんなさい! つい気が散ってお昼ご飯のことを」

「ちゃんと聞いててくださいね。で、皆さんの持ってるお札の透かしも、この和紙の技術でできていて…

「え、お札? お札って和紙でできてるんですか?」

「そうですよ。日本のお札づくりにも、越前の紙漉き職人が関わっています。日本が誇る技術ですねえ」

「ちょっと待ってください」

 

「これが……」

 

「和紙!!!????」

 

「急にリアクション大きいですね?」

「いや、和紙の工房見学に来たものの、和紙って身の回りにないしあんまり興味わかないな〜と思ってたので」

「正直すぎ!」

「すみません。でも、お札が和紙ってことは……お金=和紙。めちゃくちゃ和紙って身近だし重要じゃないですか!!!」

「だからそう言ってるじゃないですか。千円札も五千円札も一万円札も和紙ですよ

「つまり、毎月もらってる給料も和紙。わしらは和紙のために働いてたのか……」

「急に訛った」

 

はい、ということで今日は福井県の越前市に来ています。福井のものづくりといえば、お隣り鯖江(さばえ)市の「メガネ」が有名。でも、メガネだけじゃなくて和紙もすごいんです!

 

旧国名である「越前国」では、和紙づくりがさかんだったそう。越前市の五箇(ごか)地域にある「卯立(うだつ)の工芸館」は、手漉き和紙の技術を伝える工房なんです。

 

完全に油断していたところ、とんでもなく重要だったらしい「和紙」。背筋を伸ばして、村田さんの話を詳しく聞いていこうと思います。

 

※取材は新型コロナウイルス感染症対策に配慮したうえで行い、撮影の際だけマスクを外しています

明治新政府も、日本画の巨匠も使った越前和紙

伝統工芸士として、卯立の工芸館で働く村田菜穂さん。専門は「雁皮(がんぴ)漉き」

 

「和紙に興味持ってくれました?」

「完全に興味を持ちました。和紙のことが気になってしょうがないです」

「よかったです。皆さんはいま当たり前に白い紙を使ってますけど、昔は真っ白な紙なんて、本当に位の高い人しか使えなかったんですよ。天皇陛下や、将軍さんみたいな」

「へええ! 白い紙といっても、コピー紙みたいなやつとは別ですよね?」

「ええ。一般的なコピー用紙は西洋で生まれた、機械式の紙なんです。木材からつくった『パルプ』が原料の、いわゆる『洋紙』ですね」

「機械式の紙。それに対して、和紙は手でつくると」

「いまは機械でつくる和紙もありますけど、ここでは昔ながらの『手すき』の手法でつくる和紙を紹介してます。こちらが素材の一種の『楮(こうぞ)』です」

 

クワ科の植物「楮」。ジンチョウゲ科の「三俣(みつまた)」や「雁皮(がんぴ)」、また「麻」も和紙の素材に使われる

 

「茶色い!」

「そう、原料はこんな色なんです。皮は茶色かったり、黒い部分もあったりする。だから、白い紙をつくるのって大変なんですよ」

 

いわゆる普通の和紙。茶色っぽい

 

「元が茶色や黒色が入ってるから、そのまま紙にすると真っ白にはならなそうですよね」

「そうなんです。でも、浮世絵を描く人なんかは『もっと白い紙がほしい』と言ってきますよね。白くするには、素材から黒や茶の部分を削ります。すると、どんどん量が減っていくじゃないですか」

同じ量の素材でも、白い紙のほうがつくれる量が減る、と……。そうか、だから真っ白な紙は高級品だった!」

「そういうことです。そうでなくても今みたいに量産できませんから、昔は貴重な紙に、みなさん命がけで字を書いてたんですね」

「いまと全然感覚が違ったんだなあ。機械式の洋紙のほうが大量生産できそうですが、効率を求めて洋紙が生まれたとか?」

「う〜ん、西洋で洋紙が生まれたのは、水の違いが大きいと思います」

「水の違い?」

「軟水じゃないと、手すきで使われる『トロロアオイ』が粘らないので」

 

トロロアオイの花。根から抽出される粘液が「ネリ」と呼ばれ、紙漉きの際に使用される

 

「粘りが重要なんですか?」

「はい。手漉きの流れをざっくり説明しますね」

 

「まず楮や雁皮といった素材となる植物の皮を煮て、水にさらしながら固い筋などの『ちり』を取り除きます

「ふむふむ、地道な作業だ…!」

「ちりを取り除いた植物の皮を、さらに棒で2時間くらい叩きます。植物の繊維をほぐすためですね」

 

「『ベルセルク』に出てくるガッツの剣みたい。そして重い! これで2時間ってめちゃキツくないですか?」

「腕がパンパンになりますね(笑)」

「毎日紙漉きしてたらガッツ並みの肉体になれそう…」

「で、1本1本バラバラになった繊維を、水に入れて攪拌します。こうやってジャバジャバ混ぜて…」

 

「混ざったところを、この『簀桁(すけた)』ですくいます」

 

「お、『和紙を漉く』ってこのシーンが印象深かったです」

「ただし、ここで水に粘りをつけておかないと、均一で美しい仕上がりの紙にならないんですね。粘りがあるから、桁を揺するとゆっくり水が垂れて、簀の上にきれいな紙ができていくんです」

 

「なるほど〜。だんだん層が重なって厚くなっていく……」

「欲しい紙の厚みになったら、圧力をかけて紙の水分を絞ったあと、乾かして完成です」

 

漉きあがった直後の和紙

 

「乾く前は透明っぽいんですねえ。ちょっとおいしそう」

「またご飯のこと考えてます? ヨーロッパで同じように紙を漉こうと思ったら、軟水を用意しないとできないんです。あちらは硬水ですから、トロロアオイが粘らなくて」

「だから和紙が日本で生まれて、海外では洋紙になったと。水の違いで文化も変わるんだなあ」

「越前はいい水があるのも、紙漉きがさかんになった理由のひとつですね」

「ほうほう。その越前和紙っていつ頃からつくられてるんですか?」

 

「1300年以上前からと言われてます。室町時代には公家や武士階級の公用紙として使われたり、明治新政府の紙幣『太政官金札』にも、越前和紙が使われたんですよ」

「おおお、めちゃくちゃ由緒正しい。政府から認められた紙だったと」

「ええ、ヴェルサイユ条約(※)の調印用紙にも使われた、と聞いています。あとは画材としても重宝されて、大正時代には日本画の巨匠・横山大観からのオーダーで、5m40cm四方の紙を納品したそうです。最近ではオランダの芸術家、テオ・ヤンセンの作品にも使われていますね」

「すごい和紙だ……ちゃんと聞いてなくてすみませんでした……」

 

※1919年に結ばれた、第一次世界大戦における連合国とドイツの間で結ばれた講和条約

 

クシャクシャポイして、また漉き直せる

「でも、いまの日本は洋紙が主流じゃないですか。どこで和紙と洋紙の需要が入れ替わったんでしょう?」

「いろいろ要因はあると思いますけど、日本人の住環境の変化は大きいんじゃないでしょうか。だんごさんの家に和室ってあります?」

「……ないですね。洋室だけです」

「今は和室のある家のほうが少ないでしょうね。日本で西洋式の家が増えるにつれて、和紙の需要も下がっていきました。和室には、和紙がたくさん使われてますから」

「たしかに、この卯立の工芸館もよく見るとそこら中に和紙が……」

「どうしました?」

「え……和紙だらけでは……?」

 

この掛け軸も和紙だし…!

 

この壁紙も、よく見ると和紙!!

 

照明も和紙!!

 

襖(ふすま)も和紙だし……!!!

 

障子だって、和紙!!! 和紙だらけ!!!

 

これも…… あ、これはガラスでした。

 

「気が済みました?」

「はい、落ち着きました。今の家と比べてみると、身の回りから全然和紙って無くなってるんだなあと思いました。それこそ『お札=和紙』だって気付いてないくらい、意識しなくなってる」

「素材の植物をつくる農家さんも、つくり手も減ってます。やっぱり使う人がいないとね。和紙も紙なので、使ったらクシャクシャポイでいいんですよ。どんどん使ってほしいです」

「なんか、つくる工程を聞いちゃうと恐れ多いですね。クシャクシャポイ……」

「ポイしたやつを返してもらえれば、新しい紙にすき直せますよ。お父さんが使った紙をすき直して、お子さんが使うなんてことも可能です」

「へえ、紙を受け継ぐ!」

「どうです? この魅力的な販売方法(笑)。リサイクルやエコなんて言葉が生まれる前から、日本人はものを大事に使ってたんですね。白い紙をつくったあと、余ったくずを漉いて『ちり紙』をつくったりもしてました」

 

こちらが「ちり」。楮(こうぞ)などの外皮のくずや、紙を漉く際に出るくず紙を漉き返したものを『ちり紙』と呼んだそう

 

「おばあちゃんがティッシュペーパーを『ちり紙』って呼んでましたけど、もしかして……」

「はい、語源は和紙から来てますね」

「意外と和紙、日本人の暮らしに隠れてる……」

「そうそう。ちなみに越前市の学校の卒業証書は、子どもが自分で漉いた和紙なんです。お札のように、透かしを入れるんですけど」

 

こちらが卒業証書をつくるため、実際に使われているもの。左が「透かし」を入れるための「桁」、右が透かしを入れた卒業証書用の紙

 

この「桁」を使ってすくと、模様の部分だけ紙が薄くなる。すると、その部分が「透かし」になる。透かしって紙の厚さの違いだったのか……!!!

 

「透かしってかっこいいですね〜。ほかにも使えそう」

「透かし入りの名刺もできますよ。透かしのぶん、ちょっと分厚くなっちゃうけど。お札の紙も分厚くしてあるんですよね。厚くて光が通らない部分が、黒く見える。薄いところは光が通って、白く見えるんです」

 

よ〜く見ると、髪の毛や目鼻、髭の部分が盛り上がって分厚くなっている

 

「おおお、ほんとだ。まじまじ見たことなかったけど、お札って繊細な加工ですね……」

「日本は偽札防止をはじめ、紙幣製造の技術がとても高いんです。日本の造幣局によその国も注文してくるくらい、信頼されてるんですよ」

「ほかの国の紙幣もつくってるとは! でもなんか、言ってしまえばお札もただの『紙』じゃないですか。それがこんなに価値を持つなんて、不思議な話ですね……」

「この近くに、『紙の神様』をお祀りしてる神社もありますよ。そこへ行けば、もっといろんなことがわかるんじゃないかな」

「行ってみます!」

 

和紙に信用を載せると、お札になる?


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