みなさんは、東京にも「島」があると知ってますか?
気軽に遊びに行ける「伊豆大島」から、イルカと泳げる島として知られる「御蔵島(みくらじま)」、世界自然遺産の小笠原諸島まで。名前なら一度は聞いたことがある、という方も多いかもしれません。
これらの島は、すべて「東京都」に所属しているんです。実は東京都には、人が住んでいる島がたくさん。
遅ればせながら、こんにちは! ライターの菊池百合子です。
実は私、小学生の頃からずっと島に住んでみたいと思っていて。ドラマ『瑠璃の島』を観ていたら、島中みんなが知り合いで、近所をヤギが散歩していて、小さい船で近くの島まで出かける……もちろんいつも、びっくりするくらいきれいな海を眺めながら。そんな島暮らしに憧れるようになりました。
卒業旅行で行った沖縄県の渡嘉敷島(とかしきじま)
大学の卒業旅行は、もちろん島。沖縄の島をめぐり、ますます島の虜になって帰ってきたのです。
とはいえ、小学生の頃は単純に憧れを持っていた「島」も、大人になって「住む」ことを考えてみると、ちょっとイメージが変わります。
天気が悪くなったら島から出られないし、遊びに行ける場所も少なさそう。島のコミュニティはちょっと閉鎖的だったりしないのかな。遊びに行くのは楽しいけれど、「住む」のは島ビギナーにはハードル高いのでは……?
そんな私にある日、知り合いの編集者・飯田さんがこんな話を持ちかけてくれたのです。
「菊池さん、僕の高校の同級生が今、三宅島の中学校の事務員として働いているんです。しかも、東京都の職員として。島暮らしを満喫してるようなので、いろいろ質問してみてもいいかも!」
都庁の職員さんが島暮らし……?
ぜひお話聞いてみたい!
というわけで今回取材するのは、三宅島に引っ越して1年が経つ、飯田さんの同級生。zoomで島のバーチャルツアーをしてもらいながら、島暮らしについて聞いてみました。
ちなみに、鈴木さんの話からはこんな事実が明らかに……!
【意外だった島暮らしの事実】
・東京23区出身でも、島では意外と過ごしやすい
・島で遊ぶ選択肢は、たくさんある
・海の達人は「ガソリンスタンドのおじさん」
・島での人間関係は、そんなに窮屈じゃない
・島に行って困ったことはあまりない……?
つまり「島暮らしのハードルは低い」!? 一体どういうことなんでしょう。
三宅島に赴任した理由は「都庁の職員だから」
zoomをつなぐと、いきなり鳥が登場。画面に映された鳥の解説がはじまりました。
「ほらほら、あそこに鳥が見えるでしょう」
「……は、はい。見えますね!」
「あの鳥は『アカコッコ』といって、この島で有名な鳥なんです。天然記念物なんですけど、家の周りにもよく出てきますよ。かわいいですよね。
「家の周りに、天然記念物……!?」
「三宅島にはたくさんの野鳥が生息しているんです。渡り鳥も多いんですよ。地元の中学校では『野鳥観察会』の行事もあるくらいですし、全国からも野鳥を見るために鳥好きの人が観光に訪れるんです」
「三宅島は鳥好きな人にとっては楽園なんですね。あ、あの、今さらですが、今日お話していただける鈴木さんですよね……?」
「あぁ! そうですそうです。鈴木健太と申します。すみません、いきなり鳥の話からで(笑)」
「いえいえ、今日はよろしくお願いします!」
今回、三宅島の暮らしをオンラインで案内してくれる鈴木さん
「そもそも鈴木さんは、島でどんなお仕事をされているんですか?」
「僕は去年の4月に東京都庁に入庁して、今は島で唯一の中学校の事務員として働いているんです。公立学校の場合、高校にも小学校中学校にも、東京都から配属された事務員がいるんですよ」
「学校の事務員さんって、都庁から来ていたんですね……! 三宅島には、自分から行きたいと希望を出したんでしょうか?」
「配属希望を尋ねる調書が回ってくるんですが、その中に島についての項目があるんです。『島に積極的に行きたい』『島に行ってもいい』『行きたくない』の3択が用意されていて。私は『島に積極的に行きたい』にしたら、すんなり三宅島への配属が決まりました」
「仕事で島に行けるなんて、憧れます」
「そうですよね! でも、研修のときに同僚と話したら、島への勤務希望を出した人は、一人もいませんでした(笑)」
「そっかぁ。たしかに、私も島に遊びに行くのはいいけれど、『住む』ってハードル高いんじゃないかなと思っていました。鈴木さんは島に『住む』ことに不安はなかったんですか?」
「実は、そんなになかったんです。僕は生まれが足立区で、東京や神奈川で育ってきたので、島暮らしの経験はないんですけどね。おもしろそうだなと思って」
「なるほど! 都会で生まれ育ったゆえの憧れもありそうですね。私もそうでした」
海を泳ぐザトウクジラを見かけることも
「ちなみに、学校の事務って実際はどんな仕事をするんですか?」
「正直、あまり中学生とは関わらないんですよね。生徒たちより、教職員とやりとりすることが多いんです。学校の予算や施設の管理がメイン業務なので、『授業で使う教材を購入したい』という先生の要望を受けて発注したり、学校の設備が壊れたら修理の手配をしたり、ときには自分でできる限り直したり」
「えぇ、そこまでするんですか!」
「学校としての決まった予算もありますし、島ですから修理業者さんが少なく、すぐに対応できないこともあって。
貯水タンクの自動給水機能が壊れたときは、毎日手動でレバーを動かして、貯水タンクの開閉をしていました。私が作業を忘れたら学校中の水が出なくなるので、直るまでの1ヶ月はプレッシャーを感じましたね(笑)」
「それはヒヤヒヤする……! 学校生活って事務の方に支えられていたんですね」
「はい、学校を裏から支える仕事ですね。なので、生徒たちからしたら影が薄いかも……。自分の小中学校にいた事務員さんの顔は、私も思い出せないですしね……(笑)」
「たしかに私も、全く思い出せない……」
「それでも、時々は中学生と関わる機会もあるんですよ。私が合唱をしていた経験があるので、最近だと先生から『卒業式の歌の練習を見に来てくれないか』と言われて、一緒に参加したり。三宅島に来て1年経ち、ようやく仕事に慣れてきたので、来年度からはもっと生徒たちとも関わっていきたいですね」
土日は自然で思いっきり遊ぶ!遊びに事欠かない島の休日
「さて、鈴木さんの島暮らしについても聞いていきたいのですが、島に行ってみて意外だったことってありますか?」
「島に来て意外だったのは、思ったより過ごしやすかったことですね」
「過ごしやすかった! 都会に比べて不便なことも多いように思うんですけど……」
「はじめは、『きっと遊ぶところもないだろうから、家にこもってひとりでどう過ごそうかなぁ』と想像していたんです。でも、暮らしはじめたら全然そんなことはなくて、三宅島は遊びに事欠かない場所でした。そこは、いい意味でのギャップでしたね」
「たとえば、三宅島にはこんなに気持ちいい場所もあるんですよ。新鼻新山(にっぱなしんざん)っていうところなんですけど、視界いっぱいに海が広がるんです!」
「よく見ると、崖の上に小さく人がいる! すごいスケールの景色……!!!」
「三宅島は、家から一歩出ればアウトドアの遊びに溢れているんです。海がとってもきれいなので、眺めるだけでも気持ちよいですし、もちろん泳ぐことだってできる。冒頭で紹介したように、季節によって種類の異なるたくさんの鳥が島にやってくるので、野鳥を観察するのも楽しくて。毎週末、いつも忙しく過ごしています」
「島暮らしを満喫してますね〜。鳥を見るのはもともとお好きだったんですか?」
「小さい頃から動物が好きでした。野鳥観察にハマったのは、三宅島に行ってからですね。三宅島って貴重な鳥が集まる場所として知られていて、マニアだとヨーロッパからわざわざ訪れるくらいなんです」
「ヨーロッパから三宅島に、鳥を見に……???」
「そうそう。特にゴールデンウィークにはいろんな種類の鳥がたくさん集まるから、鳥を目当てにした観光客が毎年集中して訪れていたみたいで。でも2020年はコロナ禍で観光客がほとんどいなかったので、僕としてはベストシーズンに鳥を見放題で、最高でしたね」
「ちょうど今日も、ずっと見たいと思っていた念願の鳥を見てきたんですよ。これなんですけど」
「きれいな色。シュッとしていてかっこいいですねえ」
「そうそう。『ヒレンジャク』っていう鳥で、ずっと見てみたいなぁと思っていたら、今日ついに遭遇できたんですよ」
「奇跡的な出会いがあったんですね」
「実は、たまたま野鳥に詳しい人に『今の時期は、あの場所に大群でいるよ』と教えてもらって。行ってみたら、本当にたくさんのヒレンジャクがいたんです。あっさりと念願が叶っちゃいました(笑)」
「ローカル情報の強さ! そういう情報、インターネットでは見つけられなさそうですね」
「ああ、全然出てこないですね。三宅島のこういうローカル情報はほとんど発信されていないので、インターネットで見つけるのは難しいと思います。海で潜れるポイントもインターネットには載っていないので、詳しい人に教えてもらうしかないんです」
「鈴木さん、海に潜るんですか!?」
「三宅島に来てからはじめました。私は『銛突き(もりつき)』をやっています。今は練習中ですが、回数を重ねるうちにだんだんと上達してきました」
「銛突きってなかなかイメージできないですけど、どんな魚が獲れるんですかね?」
「カンパチが獲りやすいですね。三宅島でいちばんおいしい魚がカンパチなんですけど、唯一、海に潜っていると人間に寄ってくる魚なんですよ。いちばんおいしいのに、いちばん簡単に突けるんです(笑)」
「おいしい魚が自ら寄ってくるなんて……やってみたい……」
「このカンパチは、自分で突いてゲットしたものです。もちろん、おいしくいただきましたよ」
銛突きで捕らえた大きなカンパチ
「こんなサイズの魚を、日常的に穫ってこられるなんて……!」
「私の海の師匠がいるんですよ。同じ学校で働く警備のおじさんが、達人なんです。1回潜ったら、カンパチ3匹を突いて戻ってくる。水深15メートルまで、1分以上かけて潜れますからね」
「素潜りで15メートルって、想像するとかなり怖いですね……」
「私はまだ8メートルくらいまでしか潜れなくて。潜るほどに水圧を感じるので、まだまだ練習が必要ですね。この前漁師の人に話を聞いたら、20メートルまで潜れる人もいるそうなんです。さらには、100kg級のクエを見たという話まであって」
「100kg……!? 伝説の主(ぬし)じゃないですか」
「私はまだクエを見たことがないので、憧れの魚ですね。いつか突いてみたいなぁ。三宅島は釣りも有名なので、釣りで遊ぶのもいいですね。桟橋からマグロが釣れることもありますから」
「桟橋からマグロ………!?!?!」
「釣り好きにはたまらないと思いますよ。釣りが大好きで島に移住した人もいるくらいです」
「釣り好きじゃなくても気になる……!」
地域のキーマンが集まるのは「ガソリンスタンド」
「巨大なクエに出会ったことのある漁師さんみたいに、島のことに詳しい人とは、どんなところで知り合うんですか?」
「ガソリンスタンドですね」
「ガ、ガソリンスタンド……???」
「ガソリンスタンドが集会所みたいになっていて、そこに私も通っているんです。島は車移動が基本ですからね」
交流の場として活躍するガソリンスタンド
「車社会だから、みんなが行く場所といえばガソリンスタンドなのか……!」
「そうそう、ガソリンスタンドの方が気前よくて、遊びに行くとお茶を出してくれたり、『魚あるから持ってけ』『野菜とってきたから』って声をかけてくれたりして。それで人が集まってくるので、ガソリンスタンドで漁師のおじさんに出会ったり、畑のことを教えてもらったりしています。
何かに特化した人が多くていろんな『先生』がいるのは、島のおもしろいところですね」
「楽しそうなガソリンスタンド!」
「仲のいい先生がガソリンスタンドの常連で、その人は『これ持ってけ』って言われると絶対に断らないから、1回で10匹や15匹の魚をもらうんです。だから、私も一緒に魚をさばくようになりました。こんな大きい魚も自分でさばけるようになりましたよ」
「島のおいしいものを食べられるの、めちゃくちゃいいですね」
「魚と野菜には困らないですね。そもそも島にはコンビニがなくて、お店も少ないし、島に行ってからは自炊するようになりました。それまでは自炊なんて全然していなかったんですけどね」
「休みの日の過ごし方が、島の食べ物を使った料理なんて、最高〜〜」
「みんな家が近いので、おたがいの家に遊びに行って料理することも多いんです。それに、野菜は島で買うと高いので、地場のものを食べるほうが安上がりなんです。本州からの輸送費が値段に乗っかってくるので、地味に高いんですよ。たとえば、スーパーで6個入りのトマトを買おうとすると、高いときで300円くらいしますね」
「300円! 都会のリッチなスーパーみたいですね」
「だから、他の先生たちが教職員住宅で始めた畑を手伝っています。あとは、このなんの変哲もない葉っぱも、『明日葉(あしたば)』という三宅島の特産品なんです。近くに生えているものを取ってきて、料理に使っています。こうした野菜を自分で料理できたほうが、買うよりも楽しめますしね」
「畑で育てなくても、そのへんにあるんですね……!」
島にいちばん欲しいものは、東京だと身近なあのお店だった
友人たちとのんびり港で日光浴
「ここまで島暮らしのいいところばかり聞いてきましたけど、島に住んでみて大変だったことってありますか? 絶対ありましたよね??」
「うーーーーーん」
「(あれ、ないのかな……???)」
「インターネットは光回線だし、Amazonが使えるから買い物にも困らないし……。島だから生活に困ることってあまりないかも」
「本当にないですか??? 島で暮らすって、やっぱりハードルが高いイメージですが……」
「ケーキ屋さんがないぐらいかなぁ。でも最近は自分でつくってるしな……」
「(そうなんだ!)」
「あ、100円ショップがないのが一番困ります!」
「意外なところから来ましたね」
「100円ショップって本当にすごいんですよ!!! 100円ショップに行けば見つかるものでも、島の商店やインターネットで探すのって意外と難しいんですよね。次に遊びに来る友だちには、100均の布団叩きを買ってきてもらおうと思ってます」
「たしかに、名前が分からないけれどあると便利な商品、いっぱいありますもんね」
「あとは三宅島にはチェーン店が1軒もないので、内地に遊びに行く人に、お土産にケンタッキーをお願いした話は聞いたことあります。でも7時間かけて船で三宅島に帰ってきたときにはちょっと傷んじゃっていたみたいで、食べたらお腹を壊したとか……」
「切ないエピソード……」
「でも、こうやって考えてみたら思いつくくらいで、あんまり困ることがないんですよね。三宅島の場合、飛行機に乗れば50分で内地に行けますし、島の人からしたらどこに行くにも船に乗るのが当たり前だから、『内地が遠い』『島暮らしは大変』って感覚でもないと思うんですよ」
「たしかに50分なら、時間だけ考えれば、神奈川県に住みながら都内に通勤しているのと同じですね」
「そうそう。だから今回の取材依頼の内容を校長先生に見せたら、『三宅島に移住、って表現があるけど大袈裟だなぁ、50分で内地に行けるのに!』と言っていました。都心に行こうと思えばいつでも行けるんですよね。住んでみたら、それくらいの感覚なんです」
「そっかぁ。便利な場所で自然を存分に満喫できるから、むしろすごく贅沢な環境なのかもしれないですね」
「そうなんです。東京なら港区の竹芝桟橋から毎日船が出ていますから、週末にサクッと遊びに来られる距離感なんですよ」
「鈴木さんのお話を聞いていると、憧れだけれど手の届かない存在だった島が、意外と身近に思えてきました」
「足立区出身の私でも、島でこれだけ楽しめてますから、安心してください(笑)。物理的にも心理的にも、みんなに持たれているイメージより近い場所なんだと思っています。だからコロナが落ち着いたら、気軽に遊びに来てもらえたら嬉しいですね」
おわりに
三宅島の海では亀に遭遇することも……!
鈴木さんのお話を聞いていると、今まで特別な存在のように感じていた「島」でも、当たり前のように暮らしがあることを実感しました。そして意外と、島暮らしを始めるハードルが低いのかも、ということも。
鈴木さんが島に赴任したのは、ちょうどコロナの影響が強まってきた2020年4月。気軽に都心に行けない時期だからこそ、鈴木さんは、島にないものは自分たちでつくり出しながら、島の魅力を存分に味わっているように見えました。
三宅島以外にも、東京の「島」にはそれぞれの個性があり、遊びに行くだけでもその魅力を体感できます。まずは気軽な気持ちで遊びに行ってみたら、もしかしたら住みたくなっちゃう、なんてこともあるかも……?
あなたも、島の虜になってみてはいかがですか?
よし、私もまた島に行ってみよっと!
☆記事最後の画像ギャラリーでは、鈴木さんの三宅島おすすめスポットも紹介しています!
編集:飯田光平