皆さん、バターって好きですか?
僕は大好きです。トーストした食パンに塗ったりとかするともう最高ですよね。
そんなわけでネットサーフィンしていろいろなバターを見ていたら、
「Butter Singularity.」
「バターは技術的特異点の先へ」
「独自のアルゴリズムによる製法の最適化とマテリアルサイエンスによる新たな発見で、バターはバターを超えた存在へと進化する」
「シンギュラリティーバターケーキ β」
……よくわからないけど、なんかすごそう!!
えっと、「シンギュラリティ」って、AIが進化しまくって2045年ごろになると人間の知能が及ばなくなっていくのかも……みたいなアレのこと……?ですよね。
シンギュラリティとは?
もともと「特異点」の意味をもつ言葉。
人工知能(AI)などの技術が、自ら人間より賢い知能を生み出す事が可能になる転換点(技術的特異点)や概念を指す。
人工知能研究の権威であるレイ・カーツワイル博士が「2029年にはAIが人間並みの知能を備え、2045年に技術的特異点が来る」と提唱していることから、「2045年問題」や「第4次産業革命」とも呼ばれる。
そこにバターがどう関係してくるんだ?? バターとシンギュラリティ。今まで考えたこともない組み合わせすぎて、脳が情報を処理しきれません。
どんなバターケーキなのか気になるので、製造元である「ナショナルデパート」さんの東京工場に行ってみました。
まだこの世にない「未来のバターケーキ」
「あのー」
「はい、ナショナルデパート社長の秀島康右です」
秀島康右(ひでしま・こうすけ)さん
岡山県岡山市生まれ。 東京でWeb制作などに携わった後、岡山に帰郷し、オリジナルの食品プロダクトを展開する「ナショナルデパート」を設立。 卵やバター、砂糖を使わずに焼き上げる5kgのパン「グランパーニュ」を発売する他、全国各地の路上へ赴いてのパンのシェアや、絵本と食の融合ブランドを作るなど、ジャンルにとらわれない活動を行う。現在は食べるバター専門ブランド「カノーブル(CANOBLE)」を東京と岡山で展開中。バターは、注文して届くまで1~2カ月待ちの人気商品。
「初めまして。ええと、この『シンギュラリティバターケーキ』、商品説明文を読んでもどういう食べ物なのかサッパリわからないんですけど」
▲HP(販売ページ)より
「どんな商品なのか、見せていただくことって可能ですか?」
「ああ、そのバターケーキだったら」
「まだこの世にないんですよ」
「こ、この世にない……!?」
「つまりフェイクニュース?」
「いやいや、これから作るんです(笑)。パッケージもバターケーキも、ホームページに出てる写真は全部CGなんですよ」
「……ということは、味はまだわからない?」
「そうですね。でも、僕の頭の中では全部できてるので大丈夫です。3Dプリンターで型は作ってありますし、計算式も組み立ててます。ゴールだけ決めてあって、今からそれに近づけていく作業ですね」
「頭の中で……!? では、どんなバターケーキなんですか?」
「コンセプトは『未来のバターケーキ』です。普通のバター、発酵バター、それを加工した澄ましバター、焦がしバター。全部の味が同時に口に入ってきたとき、脳はそれをどう判断するのか。最新の技術で作られた『人間の脳の処理速度を超えるバターケーキ』という感じですね」
(いやわからない・・・)
「その最新の技術というのは?」
「主に、最適な原料の配合を導き出すアプリケーション、最良の条件下で原料の混合をおこなうミキサーポッド、自由な形状に造形できる3Dプリンターなどですね」
「な、なるほど。それが『シンギュラリティ』の意味ですか?」
「それもあるんですけど。シンギュラリティって、『なんかよくわからないけどすごそう』じゃないですか」
「さっきから僕の頭にはたくさんのハテナが浮かんでいます」
「うちが目指してるのも、そういう『よくわからないけどおいしいもの』なんですよ。ただの『おいしいもの』は作りません」
▲シンギュラリティバターケーキの型
「たしかに、よくわからないけどすごそうですね」
「ただ、IT系の友人には『シンギュラリティを変なことに使うなよ』って怒られましたね」
「(変なことに使ってる自覚はあるんだ)。
……それにしても、まだ実物がないのに注文予約まで取っちゃうなんて、怖くないんですか?」
「まあ僕はいつもそんなもんですよ。めざすゴールはもう決まっていてブレないので、ひたすらそこに近づけていくだけですね。新商品のアイデアを思いついて、30分後にはプレスリリース出してることもあります」
「なんかもう早いどころの騒ぎじゃない」
「小さい会社で、全部ひとりでやってるからこそ、できることでもありますよね。製造もデザインも広報も自分なので」
「それにしても小回りが利きすぎでは……?」
「世の中のものは、すべてパンで表現できる」
「ええと、いったん整理させてください。まずナショナルデパートさんは、バター屋さんなんですよね?」
「ええ。でもただのバターじゃなくて、いろんな味が楽しめるフレーバーバターを主に扱っています」
▲フレーバーバター「ブール アロマティゼ」シリーズ
「これが全部バター……!? しかも、フルーツの味とかはまだわかるんですけど」
▲HP(商品一覧ページ)より
「トムヤムクン味とか、グリーンカレー味とか、これは一体……?」
「なんというか、誰にでもできることはあんまりやりたくない気持ちがあるんです。たとえば、うに味で、本物のうにも乗ってるこの『うにバター』なんですけど」
▲HP(販売ページ)より
「うにをトッピングするためのこだわりとして、バターに『うにポケット』というくぼみがあります。こういう細かいこだわりが、意外と難しいんですよ。緻密な計算をして、個性のある商品を作るようにしてます」
「たしかに、ハイテクな機械を駆使してるあたりも、食品というよりも『ものづくり』っぽいですよね」
「バターケーキなら、味はもちろんですが、形状デザインにもこだわるつもりです。口に入ったときに普通は奥から溶けるんだけど、手前から溶ける形状にするとか、うわあごに当たったときにおいしくなるようにするとか」
「すごい。職人だ……!!」
「これまで培ってきたいろんな技術が今に活きているんです。今はバターやお菓子のお店ですけど、うちは元々はパンを作ってたんですよ。もう作ってないんですけどね」
▲ナショナルデパートのnoteより
「パン、でかくないですか? なにかの化石?」
「この大きさにも理由があって、大きく焼くことで重量あたりの表面積を減らして水分の蒸発を防ぎ、独特のミチミチ食感を出しています。
一番重要なポイントは、ふつうのパンと違って、生地に砂糖や乳製品・卵・油脂を使っていないんです。他のパンでは絶対に味わえない体験ができるパンなんですよ」
「へええ、食べたくなってきた……。本当においしいごはんはオカズなしでもおいしい、みたいな話ですね」
「他にも、『世の中のものは、すべてパンで表現できる』という信念のもと、パンで肉を作ったり」
「パンで煮干しを作ったりしていました」
「また理解を超える何かが出てきた」
「これは形だけ似せたとかじゃなくて、ちゃんと中身の成分まで肉や煮干しなんですよ。牛肉のたんぱく質の香り、味、色を要素として抽出して、パンのデンプンに置換するというテクニックです」
「なんだかよくわかりませんが、バターを作る前から変態的なものづくりをされてたってことだけはわかりました」
「他にも、たとえば学生のときにゴミを溶かしてガラスを作る技術を学んだことがあって」
「えっ、ガラス? 食べ物と関係あるんですか?」
「純粋なガラスって1500度以上じゃないと溶けないんですよ。だけど、鉛を混ぜると融点が下がるので、もっと低い温度で溶けるようになる。こういうメカニズムって、食べ物と同じなんです」
「ガラスが食べ物と同じ……? 考えたこともありませんでした」
「食べ物の調理法って、シンプルに言えば、焼くか溶かすか、熱を加えるか冷却するかしかないんです。ガラスと似てますよね。『バターがこの温度でこの状態なら水と乳化する』とか、形状を考えるときに応用してるんです」
「なるほど……奥が深すぎる世界だ」
定番が強い世の中、新しいものは売れない。それでも作ってしまう
「ところで、さっきのパンの話聞いてたらめちゃくちゃ食べたくなってきたんですけど、どうしてパンはやめちゃったんですか?」
「あれはおいしいし独創的だったんですけど、まあ売れなかったからですね。なんというか……、新しいものって、売れないんですよ」
「えっ。人って新しいものが好きだから、てっきり売れてたのかと」
「うちでは今は独創的なバターがヒットして売れてますけど、それ以外に山ほど失敗してきてますからね。世の中、なんだかんだ定番が強いんですよ。定番をちょっとアレンジしたくらいのものが強い」
「言われてみれば、デパ地下とかには定番が並んでますもんね」
「たとえば、ブラン・マンジェっぽいものを『新感覚のプリン』とか名付けて『完全オリジナルのプリン』として売り出すみたいなことって多いんですよね。でも、いやそれブラン・マンジェじゃん!プリンじゃないじゃん!みたいな」
※ブラン・マンジェ…濃厚で口当たりが滑らかな冷菓。パンナコッタやババロアとも似ているが、製法が違う別物
「たしかに……」
「そういうのがイヤなので、うちはリスペクトした元の商品や人の名前をちゃんと言うようにしてます。いろんな出会いのおかげでできた商品ばかりなので、『完全オリジナル』だとは思ってないですし、言うつもりもないですね」
「それと、新しいものはいずれどこかに真似されちゃうんです。うちは小規模経営なので、大きな資本持ってるところに真似されると勝ち目ないんですよ」
「ってことは、バターも?」
「まあ来年あたりには真似されると思います。新しいものは常に世間のサイクルに呑み込まれて、陳腐になっていくんです。その繰り返しですから」
「なんだか世知辛いですね」
「でも、僕は変わり身は早いんですよ。パンづくりも、愛着はあったけどスパッとやめたので」
「そうやって新しいことを始めるのって、僕なら『怖いな』と思っちゃいそうです」
「うーん。逆に僕は、パン作りで一流になった先輩シェフとかを見てると『あそこまで極めるのは無理だな』って思っちゃうんですよね」
「ひとつの道を極めるのは難しいと?」
「はい。そもそも元がひねくれてるので、定番のものを長く作ることができないんです。それにアイデアも次々思いついて、やりたいことがいくらでもあるので。
たとえば、今年リリース予定だった新しいバターがあって。日本初のプロテイン強化バターと、ビタミン・ミネラル強化バターなんですけど」
▲ナショナルデパートのnoteより
「リバースエンジニアリングの考え方で脂質とたんぱく質のバランスを組み替えて、カロリーと脂質の大幅カットに成功した、今までの常識を覆すバターです。しかも製法はアメリカの大学で論文が出たばかりというレベルの世界最先端」
「例によってよくわかりませんが、とにかく力を入れた商品なのは伝わりました」
「そう。開発にまるまる2カ月間を費やしました。なのに、プレスリリースを出したらどのメディアにもかすりもしなかった」
「えええ……それはショックですね」
「びっくりしました」
「そして、すぐ次に行きました」
「切り替えがすごい」
「世の中に受け入れられなかったら、しょうがないですよね。SNSなどで発信して広げていくやりかたは苦手なので、自分が作りたいように作ったものを、世間がどう受け取ってくれるか。それしかないんです」
お客さんにクリエイティブの勝負を挑んでいる
「お話を聞いてると、少しイメージが変わりました。バターも注文1~2カ月待ちと大人気ですし、メディアへの露出も多いので、順風満帆なのかとばっかり……」
「失敗の連続ですし、人から褒められることも少ないですよ(笑)。でもコアなお客さんがいてくれたおかげでやってこれました。お客さんというか、マニアかな」
「マニア?」
「『秀島ってやつが最高なんだよ!』とも言わず、『いいね』押したりもせず、ただ壁の向こうからこっそり覗いて僕の動きを追ってる人たちがいるんです」
「それはマニアですね」
「そういうお客さんに、ただの『おいしい』じゃなくて、『なんかわかんないけどすごい!』と言ってもらえると嬉しいですね。まさにそこを目指してるので」
▲シンギュラリティバターケーキの商品説明カード
「この商品説明カードもですけど、常にわかりそうでわからないギリギリのラインを攻めてますよね。ふつうは『こうやって食べたらおいしいよ』とか親切に書いてあるのに」
「ああ、それはね……パンのときから思ってたんですよ。『おいしい』ってなんだろうなって」
「というと?」
「人間が『おいしい』と思う範囲ってすごく狭い。だから単にそこを目指すんじゃなくて、僕は『おいしい食べ方を自分で見つけてね』って言うんです」
「おおお。高級レストランなんかだと『食べ方』も含めて提案されることが多いと思うんですけど、それとは真逆ですね」
「僕はやっぱり逆を行く人間なので(笑)。『これをどう食べたらおいしいんだろう』って、人間の好奇心の一番楽しいところじゃないですか」
「ある意味、お客さんにクリエイティブの勝負を挑んでる感覚なんです。シェフの考えたことをただ追体験するんじゃなくて、お互いに新しいものを生み出していくっていう」
「クリエイティブの勝負!」
「たとえば、お客さんに『このバターをお餅につけたらおいしかった』って言われる前に、それを予想して餅にラムレーズンバターを挟んだ商品を出すとかね(笑)。お客さんの出鼻をくじいていくんです」
「半分意地になってません!?」
「なので、もし僕が普通のものを作り始めたら『秀島あいつ終わったな』って言われるわけです。そして、うちの奥さんにもその時は迷わず背後から刺してくれとお願いしています(笑)。常に裏切り続けていきたいんですよね」
「そんなに!? とはいえお客さんも、一筋縄ではいかないものを秀島さんに求めてるわけですもんね」
「いや、でもほんとは定番とかやりたいんですよ?」
「えええ? さっきと言ってることが違うじゃないですか!」
「全然やりたいですよ(笑)。だけどそういうフィールドでは、最新の流行に乗ってバリバリやれる人たちには勝てないと思うんですよね。その意味では、勝てない勝負はしない慎重派なんですよ」
「慎重派! 商品説明の文章だけ見てると『慎重派』って言葉から世界一遠い感じなのに……」
「ああいうやつもね、じつは考え尽くして書いてますから。そこがダサいところです(笑)。ああいう狂ったやつを才能だけで書き殴れたらよかったんですけど」
「いや、ちゃんと考え抜いて書いてるんだとわかって、むしろ安心しましたよ」
大きな資本には対抗しない。とにかく新しいものをやり続ける
「今後も新しいものを作っていかれると思うんですが、何か野望とかはありますか?」
「うーん。死ぬまでに8億円貯めることですかね」
「8億円ですか!?」
「うちの奥さんがお人よしなので、たぶん僕の死後にオレオレ詐欺に引っ掛かるんですよ。でも、何度か引っ掛かっても8億円あれば生きていけるでしょ?」
「まさかの引っ掛かる前提」
「まあそれはそれとして(笑)、野望というか、会社を大きくする気はないんですよ。昔パン屋をやってたとき、一時期は20人くらいスタッフがいたんですけど、そうなると自分はオペレーションに回らなきゃいけなくなる。ものづくりができなくなってしまったんです」
「なるほど。あくまでも、ものづくりをする職人側でいたいと」
「3Dプリンターとか言ってるからハイテク思考に見えると思うんですけど、こないだ『安納芋味のバター』を作ったときも、ほんとは買ってきたペーストを入れればいいのに、さつまいもをふかして一つひとつ皮をむいて作ってますからね。餅のお菓子も、夫婦で餅をつくところから始めたりして」
「そこからやるんですか!?」
「もちろん手作りのほうがおいしいからそうしてるんですけど、一番は職人のプライド(笑)。この邪魔なプライドがなければ、今ごろもっと稼げてたかもしれないのになぁ……」
「急にしみじみしないでください」
「ただ、うちは作る前から商品のゴールを決めちゃってて、そこはブレないんですよね。だから作る途中で苦労もするんですけど、僕の仕事においては『やってるうちに偶然いいのができました!』みたいなマグレはありえないんです。
『これを作ります』とゴールを決めておいたほうが、クオリティーの高い商品ができるので」
「なるほど……!」
「結局、器用じゃないので、『嘘をつかずにちゃんといいものを作る』ってことしかできないんですよね。若い頃は『世界を変える』とか言ってたけど、バターで世界って変わらないし」
「そんなにハッキリ言われるとは」
「でも、『普通のもの』に対する抵抗はしていきます(笑)。以前、百貨店で商品を売らせてもらったこともあったんですけど、規模が大きいぶん、ひとつの承認を得るのにも半月かかるんですよね。そういう遅さって、やっぱりシンギュラリティとは対極じゃないですか」
「たしかにシンギュラリティ感はないですね」
「そういう大きな資本に対抗しても仕方ないので、とにかくサイクルに呑み込まれる前に新しいものを出し続けていきます。大きなところに商品を真似されたときには、うちはもう次に行ってる。そのスタイルでやっていこうと思います」
取材を終えて
取材後、「国産発酵バターとラムレーズンをお餅で包んだテクノ和菓子」こと「MOTIF.(モチーフ)」を試食させていただくと、「なんかわからないけどおいしい!!」という初めての感覚になりました。秀島さんの思惑通り。
湧いてくるアイデアをとにかく世に出し、追いつかれる前に次のフィールドへ移る。
それは「正統派のフィールドでは勝てない」という感覚があったからこそだと、秀島さんは語ります。
勝てないならそもそも同じ場所で勝負をしなくていい。違うフィールドを作ればいい。勝敗の軸をずらせばいい。
誰にでも真似できることではなくても、「そういう人がいるんだ」という事実に僕はなんだか勇気をもらえました。
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ちなみに、取材時にはまだ存在していなかった「シンギュラリティバターケーキ」ですが、先日ついに完成したそうです。バターケーキ用に、専用の3Dプリンターまで作ったとのこと。
みなさんもナショナルデパートのお菓子を食べて、バターのシンギュラリティを体感してみましょう。