90年代のシングルCDメガヒット時代の主役だった、8センチCD。縦に長く手に収まりやすい形状と小さくてかわいいサイズが、30代以上には思い出深いはずだ。
写真左が8cm、右が12cmのCD
しかし2000年ごろから、12センチのマキシシングルが主流となり、8センチCDは全くと言っていいほど見なくなった。
当然ながら、そんな8cmCDシングルを作ることのできるメーカーは激減。しかし、まだ製造する工場がわずかながらある。
その一つが、創業当時からのビクターブランドを守る、JVCケンウッド・クリエイティブメディア。1927年に創業し、国産第一号のステレオLPレコードも作った、日本の音楽史に欠かすことのできないレコード製作会社だ。
同社の営業部部長・山崎勝和さんに、ほぼ誰も知らないであろう8cmCDの現在地と、パッケージメディアの置かれたリアルをお話いただいた。
作るのはほとんど「旧譜の再生産」
辰井「まず、8cmCDは今どれだけ作っているんですか?」
山崎「国内では2019年の統計で約4万3000枚です。CDをプレスする会社は、最盛期に国内で30数社ありましたが、CDの売上減で7社まで減りました。その中でSONYさん、メモリーテックさん、我々JVCケンウッドが約8割のシェアを持っています。いま8cmシングルCDを作れるのも、この3社ですね」
辰井「もうそこしか作れない?」
山崎「おそらくそうです。ただし新譜の8cmCDのリリースはほぼ無くて、弊社では旧譜のリピート対応で100~200枚を数タイトル分プレスしているのが現状です。その合計が、月に1000~2000枚くらいですね」
8cmシングルの生産数量、最盛期は1997年の約1億6782万7000枚。2019年は約4万3000枚と、約3900分の1まで減少(日本のレコード産業2020年版/日本レコード協会より)
辰井「新品の8cmCDを最近見かけないですから、今でも作っていること自体が驚きです」
山崎「作る理由の一つは、アーティスト側の事情です。過去に8cmでリリースされたCDを12cmで復刻&再発売しようと思うと、ジャケットのサイズが違いますから、デザインを変えないといけないんですね。ただ、元のデザインにこだわりがある方も多いので」
辰井「8cmCDのパッケージデザインって独特で、面白いですからね」
山崎「あとは最近の若い方は『8cmが物珍しくて買う』ことも多少あるらしいです」
辰井「8cmCDはもう歴史上の産物ですね。ちなみによくプレスするのはどんなアーティストのものですか?」
山崎「Mr.Childrenさんとか、8cmで出した頃のものがまだ売れている、息の長いアーティストさんの再販が多いです。ライブの物販あたりで売れるそうですよ」
辰井「サザンオールスターズとかも強そうだなぁ」
山崎「ちなみに2020年11月現在、うちの工場で最後に新譜の生産をしたのがサカナクションさんです。ボーカルの山口一郎さんがどうしても8cmで出したいとご希望でしたので」
辰井「その思いに応えて、8cmでのリリースが実現したんですね」
2019年の8cmCDの新譜はわずか3タイトル。そのうち1つがサカナクションの『忘れられないの/モス』(日本のレコード産業2020年版/日本レコード協会より)
忘れられないの/モス
貴重な8cmCD製造ライン
辰井「そんな8cmCDの製造ラインを、見たいのですが……?」
山崎「それでは、CDを作る機械をお見せしますね」
辰井「おお、やった!」
山崎「これがCDの原料となるプラスチックを溶かして流し込む成形機です」
辰井「思った以上に大きい」
山崎「ええ。写真で矢印の指している黒い部分に8cm用か12cm用、どちらかの金型を取り付けて閉じます。そこでできたディスクの大きさ分の隙間に、高温で溶かした固形の樹脂を流し込むと、円盤ができます」
辰井「金型を変えれば、同じ機械で8cmCDも12cmCDも作れるんですね」
山崎「はい。ただし8cm用→12cm用に入れ替えるには半日かかるので、ここは今8cmCD専用のラインです。ただし金型が高価で、数百万円します」
辰井「数百万円! 僕の預金額がすべて飛びますね」
こちらはアルミの反射層を貼り付ける「スパッタ」部。トレーの丸い部分にCDがハマり、12cmCDは外側(上)で受けて、8cmCDは内側(下)で受ける
辰井「ちなみにこれ、どれくらいの頻度で動くんですか?
山崎「オーダーが少ないので稼働率は低くて、月に数日動かすくらいですね。昔はいくつも8cmCDのラインがありましたが、今はこの1つだけです。老朽化していて、故障も多いんですよ。そうすると通常の数倍の手間がかかって1枚あたりのコストも上がりますから、現場から言うと、あんまり作りたくないですね(笑)」
辰井「(笑)。それでも、旧譜の8cmCDを作ってくれるのはファンならありがたいですね」
山崎「はい。人気のアーティストなら、ジャケットのデザインを作り直して12cm版を再販できます。ただし、すべてを再販するのは採算が合わないので8cm版が頼りですね」
旧譜も含めた、2019年に生産した8cmCDシングルの種類。演歌が多い。最盛期は1999年の13,123タイトル(日本のレコード産業2020年版/日本レコード協会より)
2003~2004年にプチブレイク
辰井「8cmCDの最盛期はやっぱり90年代ですか?」
山崎「はい、1997年の約1億6782万7000枚から、徐々に下がっています」
辰井「右肩下がりですね。ただ、2003~04年あたりは持ち直しているような……」
山崎「はい、普通の新譜はずっと下がっていますが、2003年に『タイムスリップグリコ(江崎グリコ)』という、お菓子に昔の歌謡曲の8cmCDを付けた商品が出て、すごく売れたんです。類似商品も出て、1~2年間は8cmの生産量が戻りました」
レコードをイメージした8cmCDが入っていた「タイムスリップグリコ」
辰井「私も当時買いました! この頃って、各レコード会社が協力したコンピレーションアルバムの『青春歌年鑑』とか、懐メロブームがありましたね」
山崎「そう、そのあたりです」
辰井「ちなみに最近レコードが復権していますけれども、今のレコードと、8cmCDの生産数はどちらが多いですか?」
山崎「レコードの方が多いです。2019年の日本での生産数が約100万枚ですから」
辰井「8cmCDより15倍以上多いのか……! なぜ差が付いたんですか?」
山崎「レコードはアナログを変換した独特の音になるので音楽好きや、若い方たちがレトロブームの流れで買ってくれたんです」
辰井「レトロブームなら、8cmCDは注目されないんですか?」
山崎「8cmCDはサイズが小さいだけで、12cmCDと構造も音質も同じなんですよね。なので、8cmブームの到来は難しいんじゃないかな」
辰井「そういえば、8cmCDって今の一般的なCDプレイヤーでそのまま再生できないんですよね?」
山崎「それが、8cmCDの数が減った大きな理由だと思います。12cmアダプターを付ければ再生できますけれども」
辰井「いちいちアダプターを着けるのは面倒だからなあ……」
山崎「いちばんネックだったのが、ローディングタイプが増えたことです。口が空いていて、吸い込むタイプのもの。あれも8cmに対応していませんから」
辰井「ああ、無理やり入れて取れなくなった苦い思い出があったなあ」
ローディングタイプのCDプレイヤー。CDをセットすると吸い込まれていく
山崎「短冊型のジャケットも、中のトレーを作っている所が日本の一社だけで、そんなに多くは作ってないんです」
辰井「というか、海外だと8cmCDってあまりない?」
山崎「もう無いと思いますし、12cmCDも激減しています。CDが売れるのって日本が今No.1で、アメリカはもうCDよりレコードのほうが売れているらしいです」
辰井「皮肉ですね、8cmCDはレコードより新しいのに」
山崎「アメリカで8cmCDが消えたのは、小さいゆえに万引きが非常に多かったからと言われています」
8cmCDは、かつて業界の「起爆剤」だった
辰井「そうか……ちなみに8cmCDのメリットってあるんですか?」
山崎「置き場所を取らないことですかね。短冊形なので、プラスチックを折ってジャケットを織り込めば、半分の大きさにできますから」
左の白い網部分を折って、コンパクトに収納できた(Photo by 103momo)
辰井「他にはありますか?」
山崎「思い当たりませんね(笑)」
辰井「……それをあんなにみんな買っていたのが不思議ですね。マキシシングルが出た時に、『なんでこれ最初から出なかったんだろう』みたいな感じもありましたし……。そんな8cmCDが生まれた理由ってなんですか?」
山崎「実はハッキリしていないんです」
辰井「そうなんですか!?」
山崎「これはあくまで私の想像ですが、消費者が混乱しないように、『細長いのはシングルで、四角いのはアルバムですよ』と差別化したのかな?と。DVDも当初はCDと間違えないように、ケースを一回り大きくしていたんですよ。VHSが縦長だったから、ケースをそれに合わせたとも言われます」
左がDVD、右がCD(12cm)のパッケージ。サイズの違いが一目瞭然だ
辰井「そうだとすれば、わかりやすい処置ですよね」
山崎「レコードもEPとLPで大きさが違ったので、CDも大きさを変えようとなったのかも知れません」
辰井「諸説あるのか。もしかしたら、ぜんぶ合っているかも知れませんね。そんな8cmCDは、日本の音楽史においてどんなメディアだと思いますか?」
山崎「『起爆剤』でした。昔はシングルヒットの相乗効果でアルバムも買ってくれましたから。あとはユーザーからすると、アルバムを買う前のお試しにも良かったはずです」
辰井「確かに私も、初めて買ったCDはシングルでしたね。『8cmの短冊型』だから気軽に手に取りやすかったですし、敷居の低さが音楽ファンを増やしたかも知れません」
なかなか厳しい音楽業界の現状
辰井「ちなみにいまのCD界はいかがですか?」
山崎「12cmCDもかなり売れなくなってきて、死活問題です」
辰井「そんなに?」
山崎「今や数万枚でも『ヒット』扱いです。さらに若者のお小遣いの使い道トップ10で、『CD』が必ず上位に入っていたんですけど、どんどん下がってついには圏外になってしまって。10代なんて『CDプレイヤーを見たことがない』って方もいますから」
辰井「厳しいですね……何かテコ入れ策はありませんか?」
山崎「『HRカッティング』という、従来のCDプレイヤーでもっといい音を聴けるCDを出しています。24bitの音質を16bitに移植するんですが、マスター音源を変換させる際のロスを減らして、よりいい音質にする技術です。あと『SHM-CD』という、別の技術で音の劣化を減らしたCDも出しています」
辰井「現状のCDプレイヤーでもっといい音質を聴けるって、不思議ですね。売れますか?」
山崎「買ってくれるのは音にこだわるユーザーさんの多いジャズ・クラシックなどに限られます。SHM-CDなどは製造費も上がるので、売価も3000円→3500円のように上がってしまうんですよね。J-POPだとリスナー層の再生環境の影響なのか、なかなか採用されません」
辰井「そうか……ただ、SNSを見ると『音がいい』と概ね好意的なので、こだわる人が増えれば評価は変わるかも知れませんね」
8cmCDのような起爆剤は、また生まれないのだろうか……?
「CDを買ってくれれば、新人が育てられる」
辰井「そんな状況ですが、改めてCDの良さって何だと思いますか?」
山崎「『所有欲』を満たせることだと思います。CDの魅力は音だけじゃないですから。飾ってオブジェにもできましたし、ブックレットを開くのも楽しいです」
辰井「新譜のCDを買って、家の一番良いところに置いて過ごす日々は、何物にも代えがたかったですね」
山崎「はい。……ただ若い方たちはスマホやネットの通信費がかかるから、CDにまでお金がまわらないのかもしれませんよね」
辰井「動画を見れば、パケット料金も跳ね上がりますし」
山崎「だからこそ、CDに握手券を付けて売る苦肉の策が出てくるわけですよね。でもCDだけどこかに捨てられるニュースなんかを聞くと、一生懸命作っている我々ってなんなんだという寂しさはありますね」
辰井「……そんな時代ですが、売れるCDもありますか?」
山崎「2桁行けばかなりのヒットとも言われる苦しい状況です。とはいえ、依然、売れる作品は売れます。この前も米津玄師さんのアルバム『STRAY SHEEP(SME)』がミリオンに到達しましたから」
辰井「CDで買いたい方、まだそんなにいるんですね!」
山崎「配信をやっていても、買う方がいるんです」
辰井「『好きだからこそCDで買いたい』気持ちは、世代を超えるのかも知れませんね」
山崎「あるでしょうね。アーティストも多くはCDを買ってほしいですし。あと一般的な音楽配信はCDより音質が劣化しますから。家でCDをしっかりとしたプレイヤーで聞けば、よりアーティストのこだわりは分かると思います」
辰井「まだCDの方が音質もいいっていうことも知りませんでした」
山崎「あとCDが売れないとメーカーも儲からなくて、アーティストにもお金が落ちなくて、すると次の楽曲の制作費も捻出できなくなる、負のスパイラルがあるんです。でもCDを買ってくれれば、新人を育てるお金も作れますし、新しいものが生まれます」
CDの売り上げを音楽配信でカバーすることは、かなり難しいとみられている(日本のレコード産業2020年版/日本レコード協会より)
辰井「CDを買うことによって、音楽業界が健全に発展できる?」
山崎「だと思いますよ。『ライブで稼ごう』となったところに、コロナ禍になりましたからね」
辰井「業界は未曽有の大打撃だったと聞きます」
山崎「代わりに音楽配信が全盛ですが、『Spotify』『Apple music』などのストリーミングサービスで入るお金も微々たるものと聞きますから(※)」※BBCの調査によると、1回再生ごとに多くてせいぜい1円ほどがレコード会社に入り、そこから各々に入るお金はわずかとされ、特に曲数の少ない若手には不利なシステム。
辰井「お金を使うことが応援することなんですね。かくいう私も最近CDを買っていないので、応援したいアーティストが出てきたらぜひ買います……!」
CD制作技術が、がん検出に役立つ?
辰井「最後に、今後の展開はいかがですか?」
山崎「CDの売上が完全に以前の数字に戻ることは難しいと思います。だから今、『再加工サービス』を新規ビジネスとして取り組んでいまして、今はがんの検査キットを作っています」
辰井「へっ?」
がん検出の例
山崎「ディスク状のものに反応する溶剤をつけたものに、血液を垂らして遠心分離をさせると、がんなどの細胞と中のものが結合して、その数を数えるとがんになっているかがわかるんです。医療機器メーカーさんと手を組んで作っています。検査キットの中に入れる円盤の溝の加工技術に、CDを作る際の技術が使われていますね」
辰井「CDを作る技術が、がんの発見に応用される……? 当時8cmCDを買っていた僕らの誰も想像していなかった展開です……!」
山崎「採用されて普及すれば、お近くの病院でもお目にかかれるかも知れません」
辰井「なけなしの1000円札を出して買った8cmシングルCDを作った技術が、未来に役立つことをあの日の自分に教えたいです!」