こんにちは、編集プロダクション・ノオトの朽木誠一郎です。みんなからは「メスのシュレック」と呼ばれています。
今回ぼくは、ジモコロを運営しているバーグハンバーグバーグさんと、オフィス仲介のエキスパートである三幸エステートさんが共催する、セミナーと博物館のイベント『大ベンチャー展』へ行ってきました。
●大ベンチャー展ってなに?
2016年2月3日〜2月7日、株式会社バーグハンバーグバーグ×三幸エステート株式会社が手がけたセミナー&展示会です。コンセプトは「太古のベンチャー」。家入一真のゾンビやホリエモンの恐竜などを展示し、合わせて豪華ゲストによるセミナーを開催しました。 http://venture.sanko-e.co.jp/
『加藤貞顕×佐渡島庸平「面白いコンテンツの作られ方」』レポート
この記事では、2月3日に開催された「加藤貞顕×佐渡島庸平 『面白いコンテンツの作り方』」のレポートをお届けします。モデレーターは弊社ノオトの社長である宮脇が務めさせていただきました。
加藤貞顕(かとうさだあき)さん
ピースオブケイク代表。アスキー、ダイヤモンド社で編集者として勤務し、ダイヤモンド社時代に270万部の大ベストセラー『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(もしドラ)の編集を担当する。
現在、有名作家の10,000本以上の記事が定額課金で読み放題になるWebメディア『cakes』、クリエイターが文章や写真などを自由に売買できるWebサービス『note』を運営。
後述する佐渡島さんと企画した堀江貴文さんの著書『ゼロ』では、まずcakesでコラムを連載して話題を呼んでから書籍として発売するなど、出版業界のスキルやノウハウをWebに応用しながら、コンテンツの未来を切り拓いています。
ここ最近、noteには著名人たちが参入して話題ですよね。ちなみに、よく間違われるのですが、弊社(ノオト)はnoteとは関係ありません。
佐渡島庸平(さどしまようへい)さん
コルク代表。新卒で講談社に入社。モーニング編集部に配属され、『バガボンド』『さくらん』などの超有名作品を担当。
編集者として企画から立ち上げた『ドラゴン桜』『宇宙兄弟』は社会現象にもなった。
講談社退社後の2012年にコルクを立ち上げ、クリエイター支援事業をスタート。
2015年には著書『ぼくらの仮説が世界をつくる』(ダイヤモンド社)を出版。
会場では当日のノベルティとして、コルクさんが一押しの新人漫画家・羽賀翔一さんの漫画『ケシゴムライフ』が配布されました。
“作品(商品)を無料で配布する”のは、出版社では本来あり得ない行為。しかし、コルクは作家のエージェントなので、目先の利益よりも作家の知名度を上げて、“未来においてその作家の作品が売れる”ことを優先させるそうです。既存の概念に囚われず、より本質的なプロデュースに取り組んでいるということですね。
今回のスポンサーはオフィス仲介のプロ、三幸エステートさんということで、両社オフィスの紹介も。
加藤さんと佐渡島さんは出版業界にいた頃から親交を深めており、隣同士のオフィスを借りようと約束していたら、加藤さんが「やっぱりイヤ」と言い出して実現しなかったらしい。体育の時間のマラソンで「一緒にゴールしようね!」と言った友だちにゴール前でダッシュされる、みたいな展開…。
さらに、加藤さんと佐渡島さんの2人は、4月9日に発売される、平野啓一郎の最新恋愛小説『マチネの終わりに』を一緒に担当しています。毎日新聞とnoteの両方で連載していたものが、単行本になりました。2人は、仲良くしていたものの、初めて仕事をがっつり一緒にしていて、よく顔をあわせているとのこと。
さて、ここからが本題。紙とWebを行き来する敏腕編集者の2人が、「おもしろいコンテンツ」「コンテンツの未来」について語り合う対談のスタートです。
「ひとつの出版社だけの問題ではない」ピースオブケイクは出版業界の問題とどう向き合うのか
「加藤さんはダイヤモンド社、佐渡島さんは講談社と、どちらも誰もが知るような大手出版社の出身です。どうして独立しようと思ったんですか?」
「僕は編集者には2つの仕事があると思っていて…。それは『いいモノを作ること』と『それを売ること』」
「どちらも同じくらい大事ですよね」
「出版業界の市場規模は1996年から縮小傾向で、その中で『売る』のは当然難しくなります。『それでも出版業界で頑張る』というのもひとつの選択肢ですが、イス取りゲームになってしまう。そういう頑張り方じゃない頑張り方をしてみたかったんです」
「そこで、デジタルコンテンツに興味を持った、と」
「私はデジタルがコンテンツビジネスの主流になると信じています。電車の中でも、みんなスマホを見ていますよね? スマホでコンテンツを見たり、買ったりしてもらう仕組みを実現したいと思ったんです」
「『売る』とか『買う』とか、コンテンツにかかわるお金へのこだわりですね」
「お金が回ると継続性が生まれますからね。『週刊少年ジャンプ』のような漫画雑誌は、それ自体が人気であるだけではなく、たくさんの作品を生み出すエンジンになっています。そういう仕組みを作りたかったんですよ」
「ダイヤモンド社は電子書籍にも力を入れていますよね。どうして電子書籍ではいけなかったんですか?」
「僕は当時、電子書籍を制作する現場のリーダーでした。『もしドラ』の電子版を出版して、実際に売れたんですが、同時に限界もあると気付いたんです」
「電子書籍は紙の市場よりも小さいですよね」
「だから、電子書籍で出版業界の問題を根本的に解決することはできないと思いました。そもそも、ひとつの出版社の問題でもありません。だから外に出たというのも、独立の理由ですね」
「佐渡島さんはいかがでしょうか? 出版社を辞めたのは加藤さんの方が先だと思いますが…」
「僕はもともと起業家マインドがまったくなくて…。加藤さんが独立するときに、相談しに来てくれたんですが『(独立なんて)止めたほうがいいよ』って真剣に説得したんです」
「えぇ! 意外ですね」
「大きな出版社の中で、僕や加藤さんは、比較的自由にさせてもらっている立場でした。だから『自分は講談社を使い倒しているんだから、加藤さんもダイヤモンド社を使い倒したほうがいい』と、退職に反対しました」
「それでも、加藤さんは起業したわけですね(笑)」
「サービスのローンチをお祝いする会でも『止めた方がよかったのに』と言い続けて(笑)」
「あれはちょっとムカついた覚えがある(笑)」
作家には作品と読者のことだけを考えてもらう、だからコルクは作家のことだけを考える
「でも、そんな反対的だった佐渡島さんも独立されたわけですよね?(笑) 何がきっかけになったのでしょうか」
「朱に交われば赤くなると言いますか…加藤さんをはじめ、周囲の編集者の影響はあります。その少し前に、同世代で一番だと僕が思っている、柿内という職人的編集者が出版社を辞めました。そして、加藤さんが独立した。辞めるのも選択肢だと知ったというか、そのあたりで急に飽きたんです」
「飽きたとは、何に?」
「僕は『会社の愚痴を言うくらいなら辞めちゃう方がいい』と思っています。その頃、次第に『もっと自由にしたい、講談社がもっと自由になればいいのに』と考えるようになって、愚痴を言いたくなってきたので、それじゃあ辞めようと」
「引き止めなどはありませんでしたか?」
「ありがたいことに会社は引き止めてくれました。一方、『作家のエージェント』という構想を周囲の作家に話したら、みんな応援してくれました。作家はそういうサポートを求めていたんです。現副社長の三枝(三枝亮介氏)は、初め悩んでいましたが、周囲の作家たちと話す中で決心できたようでした」
「決心する前の微妙なムードの三枝さんと佐渡島さんと、3人で飲みに行きましたね~」
「佐渡島さんが取り組まれている『作家のエージェント』について、もう少し教えてください」
「『エンゼルバンク』という漫画で取材したサイゼリヤの会長が『僕はお客様のことを考えません。お客様のことを考えるなんていう社長は嘘つきです』と言っていました」
「どういうことでしょうか?」
「『お客様と関わるのは社員。だから、その社員がお客様のことを本気で考えられるように、僕も社員のことを本気で考える。それ以外のことを考える余裕はない』と。同じように、作家は作品とか読者のことを本気で考えなければいけない。そのためにも、作家が作品や読者以外のことに手を取られないように、作家のことを本気で考える。そのためのエージェントです」
「編集者とは少し違った目線ですね。出版社時代よりは、Web上での展開も増えたと思います。コンテンツづくりへの考え方に変化はありましたか?」
「起業当初はITのことをほとんど知らなかったんです。今は、『ITを駆使して作家が活躍するための方法』には、以前と比較して圧倒的に詳しくなっているし、その可能性を信じています。そこが一番変化しました」
「ピースオブケイクは、実は編集者ではなくエンジニアが過半数を占めている会社なんです。『小口』『のど』など、本の構造を知らないと本を作れないと同じように、ITを知らずしてWebでいいコンテンツは作れないのではないかと思います」
「『宇宙兄弟』のヘアピン」はなぜあんなに売れたのか
「『いいコンテンツ』という言葉が出ましたが、コンテンツのおもしろい、おもしろくないはどのように判断していますか?」
「その話をするときは、作家とはどういう存在なのか、という定義から始めなければいけないと思っています。僕の考える作家とは、ストーリーを作る人。『漫画を書く人』『文章を書く人』ではありません。その意味で、コルクの成功事例の一つ"『宇宙兄弟』のヘアピン"です。『宇宙兄弟』27巻と合わせて発売したら、これが予想外に売れました」
「ヘアピンがなぜで売れたのか…というと、作中でこのヘアピンは登場人物の気持ちをピシッとさせる象徴的なアイテムなんです。『今日は頑張るぞ』というときに付ける」
「なるほど、それは幅広く必要とされそうです」
「はい、男性からも『今日は大事な会議だから、『宇宙兄弟』のヘアピンをタイピン代りに使いました』なんて声もいただきました。僕らが売っていたのはヘアピンだと思っていたのですが、買った人は『ピシッとした気持ち 』または『自分のピシッとした気持ちのスイッチ』を買ってくれていたんです」
「体験を重視する、というのは最近のコンテンツづくりの流れとも一致しますね」
「はい、コルクの理念は作家の価値を最大化すること、そのために作家の頭の中をパブリッシュすることです。最近では、作品の中で味わえる感情を自由に再現できるようなコンテンツを、意識的に世の中にパブリッシュしようとしています。『宇宙兄弟』のヘアピンであれば、それを使う度に作品を思い出して、気分が切り替わる。このように、感情が大きく動くのが、おもしろいコンテンツの条件なのではないかと」
「昔って、本は役に立てば売れたんですよね。もっと言うと、役に立てばおもしろくなくても売れた。『役に立つ=価値が高い』という図式だったんです。でも、今では情報自体の価値は低くなりました」
「ネットで検索すれば、大量の情報が手に入りますからね」
「なので、おもしろくなくちゃいけない。じゃあおもしろいとは何か…って話になりますよね。少なくとも、『おもしろい=役に立つ』ではないんですよ。おそらくは佐渡島さんの言うように、体験をするというのが鍵になるんじゃないですかね。『幸せ』『怖い』など、何らかの感情を想起させるのがおもしろいコンテンツではないかと思います」
「コンテンツに感情が宿っていることが大事だ、と」
「誰が最初に言い出したのかはわからないのですが、『最強のコンテンツは彼氏からのLINEである』と言われていて。彼氏からのLINEほど強力なコンテンツはない!」
「確かに、そうですね(笑)」
「だって『おはよう』でもさまざまな感情が想起されるわけじゃないですか!? 情報を届けたい相手との距離が近いし、それまでに前提になるようなストーリーがたくさんあるから、よいコンテンツになる。メディアは今後、この強力な相手に勝たなきゃいけないんですよ」
「今後、コンテンツはよりパーソナルになっていくと思いますか?」
「ただ、パーソナルな手法は大変だと思います。例えばアイドルでも距離が近いものがあるけど、おそらく情報を届ける側はいろいろと大変だと思うので」
「これ、売れてるかも」というバズの始まりを作るのは“コミュニティ”
「『売れるコンテンツ=おもしろいコンテンツ』という考え方もあるかと思いますが、こちらについてはいかがでしょう」
「直接お聞きしたわけではありませんが、糸井重里さんの記事で、『“いま売れてます”が一番効くコピー』と紹介されていました。『みんなが買っている』ということが『ほしくなる』という感情をもっとも想起させる。そして、それに勝てるコピーがない」
「なるほど」
「みんな、他人と会話のきっかけがほしいんですよね。共通の話題がほしい。売れているものはどんどん売れやすくなるから、『これ、売れてるかも』というバズの始まりを作るのに必要なのは、コミュニティだと思います。コミュニティで話題になったコンテンツは、外部に伝達すると一気にバーっと目立つんですよ。僕たちも作家エージェント会社として、作家が新しいコンテンツを作るのを支援するためには、作家の周りにコミュニティを作っておくことが必要だと思っています」
「日本の出版業界、特に雑誌は、実は海外と比較して特殊なんです。海外では雑誌は定期購読するものなので、雑誌自体の売り上げの落ち込みはそんなに激しくないよね。一方、日本は中央で発行したたくさんの雑誌を少しずついろいろな場所に配送し、販売するシステムを確立しています」
「雑誌がダメになったわけじゃなくて、仕組みの問題である、と」
「はい。日本の出版流通形態がスマホ中心になった現代社会に合わなくなったのではないかと思っています。デジタルで流通させるには、まったく新しい仕組みが必要です。コンテンツを作るだけじゃなくて、その仕組みも作らないといけません」
「売れる、売れ続けるためには『フローとストックをどのように組み合わせるか』が重要です。世間を見渡すと、どんなビジネスでもフローとストックを組み合わせたものが上手くいっているような気がします。初期コストの回収率が高いから」
「うんうん」
「ネットには、フローとストックの要素が両方あります。Webサイトはストック、SNSはフローですよね。SNSのフォロワーはストック。紙では漫画雑誌が上手くいっていて、女性向け雑誌が上手くいっていないのは、女性向け雑誌は雑誌の広告ビジネスモデル頼りなのでフロー、でも、漫画は単行本にしてストックできるから、フローとストックを組み合わせたもの、という違いがあります』
「ストックの商売をしないと疲弊しますよね。大きい出版社にまだ体力があるのは、過去の作品、とっくに亡くなった有名作家の作品の売り上げが今のところ入り続けている、というのもあると思います」
コンテンツの未来を見据える両社に共通するのは「IT技術志向」
「お時間もそろそろですが、大手出版社を飛び出し、新しい仕組み作りに取り組むお2人は、今後どのようなことをしていきたいですか?」
「僕は人工知能に興味があります。『流行りものに手を出すのか』という感じですが…。コンピューターの自然言語処理はかなり進歩していて、高精度のリコメンドエンジンなどに応用が可能です。実はcakesでも稼働しているんですよ!」
「えっ、そうなんですか!?」
「実は一部、cakesの中でこっそりうごいていて、記事ページの下部に人工知能のおすすめコンテンツが表示される場合があるんです。で、ランキングを表示させる場合と比べて、ABテストしています。そうしたら、すでに人工知能のおすすめがランキングを超えてるんですよね。これ、かなり有力ですよ」
「そういう機能も内製しているんですよね?」
「はい。というより、チューニングが大事だから社内でやるしかないのもあります。うちはコンテンツを作るミニ出版社みたいに言われるし、そう思われているのですが、実はエンジニアがたくさんいるテクノロジーの会社なんですよ。現在は、公開された記事がどれくらいバズるのか、人工知能で予測するアルゴリズムを作っていますね」
「それ、すごく需要がありそうですね…!」
「『この記事はいける!』と思ったのに、結局いけないときがあるじゃないですか(笑)。このアルゴリズムがあれば、リリース後のどこかのタイミングで『このままだといかないぞ、じゃあタイトルを変更しよう』ということもできるわけです。そうすると広告との親和性が高まるので、メディアの収益性も上がります。それをいろんなメディア向けに提供していくというのも、今後やりたいことです」
「先ほどの話題にも関連するのですが『いいコンテンツかどうか』を判断するツールがまだないんですよね」
「人間がおもしろがるかどうか…を機械が判断するのは難しそうですね」
「僕がいつもするのは、いくつかのキャッチコピーについて複数のFacebook広告を打つという方法です。同時に1,000円ずつくらい、少額の広告をかけて、どれがすぐ広告消費されるかを確認すると、一番いいキャッチコピーを見つけられます」
「それすごいですね。数千円でいいコピーが確認できれば、安い」
「このように、世の中にもう出ているツールをいろいろと使っていくことによって、思考をブラッシュアップすることもできるんじゃないかと思います」
「佐渡島さんの会社に入社すると、これまでの編集者の価値観が変わりそうですね」
「コルクは確かに作家が関係する会社ですが、出版関係の会社ではないので、出版社に入りたかった人に来てほしいわけではないんです。コルクがやりたいのは、インターネットの中で作家が活躍するのを、どうサポートするかなので」
「本の編集をしたい人だけを集めてはいない、と」
「そのためにはITを駆使する必要があるから、コルクでもエンジニアの働きやすい環境をもっと整備して、採用を進めていこうと思っています。最終的には会社の半分がエンジニアになればいいかな。ただ、うちはエンジニアにも作家を担当させようと思っていますけど」
「ハイブリットな人材がたくさん生まれそうですね(笑)。本日はありがとうございました」
僕はWebからキャリアをスタートしたライター・編集者見習いなので、紙とWeb行き来する先輩方の思考が垣間見え、非常に勉強になりました。
僕のように紙の文化を知らず逆輸入的に紙の仕事をする…あるいはWebのみで仕事が成立するクリエイターさんも増えているでしょう。このような機会に紙の知見を取り入れておくと、加藤さんや佐渡島さんのように、紙だけ、またはWebだけに囚われない発想ができるようになるのでは…と思いました。
クリエイターだけでなく、コンテンツ産業に関係するすべてのみなさんにも、参考になれば幸いです。
ウ、ウギギギ…
メスのシュレックがお送りしました。
書いた人:朽木 誠一郎
編集プロダクション・ノオトの所属の記者・編集者。最近つけられたあだ名は「ハム」。 Twitter:@amanojerk