こんにちは、ライターの友光だんごです。この春からベランダで家庭菜園をはじめました。
といっても、東京のアパートなのでベランダも小さくて。ジモコロでローカルを取材し続けていますが、旅先で見る土に比べて、なかなかどうして……
……………
ちっぽけだな………………
こんなんじゃ足りない………………………
土…………
そうして小さなベランダで途方に暮れていると、どこからかあの人の声が聞こえてくるんです。
聞こえる。
千葉で生まれた“ミネラルじいさん”こと、浅野さんの声が。
いやもう「は? 土?」となっちゃいますよね。すみません。でも、もう少しだけ聞いてください。今年で76歳になる浅野悦男(あさの・えつお)さん、知る人ぞ知る、すごい農家さんなんです。
どうすごいかをざっくりまとめると……
・有名レストランのシェフたちが、浅野さんの野菜を求めて全国から訪ねてくる
・日本では珍しい西洋野菜を千葉の畑で栽培
・農協などの既存流通に頼らず、“顔が見える”ネットワークのみで野菜を売る
・『プロフェッショナル』『情熱大陸』など、様々なメディアで取り上げられる
『プロフェッショナル』と『情熱大陸』の両方で特集されてる人、なかなかいなくないですか?
どこで浅野さんを知ったかというと、あちこちから「千葉にヤバい農家さんがいる。会いに行ったほうがいい」とタレコミをいただいたんです。声の一部を紹介しますね。
浅野さんには店をオープンする時に会いに行って。「エロい料理を作れ」と教わったんです。フェロモンが出てる料理を作れと
”海賊シェフ” 鳥羽周作さん
軒並み有名レストランが「浅野さんの野菜を使いたい」と言って取引してます。野菜の質はもちろん、ご本人のパワーが一番の魅力ですね
六本木ブリコラージュ ブレッド&カンパニー・シェフ 藤井匠さん
浅野さんは変人協会の会長! 俺が副会長なんだ
“マッドサイエンティスト農家”山澤清さん
とにかく「なんかヤバそう」の一点は理解いただけたかと思います。
さて、そろそろ浅野さんのインタビューをお届けしますね。読み終えた時には「土を作るなんて、おこがましい」の意味もきっとわかるはず。
浅野さんの言葉には、この不安定な世の中で生きていくために必要なことが、きっと詰まっていますから。
「お金は後からついてくるんだよ」
時はさかのぼり、2020年3月。僕は千葉の八街(やちまた)市にある畑に来ていました。ここが「エコファームアサノ」。浅野さんの畑です。
しかしなんだか、あまり見たことない野菜ばかりある畑だ。何の野菜だろう?
「キオッジャ」って何だ?
なんてキョロキョロしていると、農作業中の人の姿が見えました。あの人が噂の!
「こんにちはー!」
「ああ、こんにちは。よくいらっしゃいました」
「(ファンキーな格好をしていらっしゃる)」
「今日はどうしたの」
「千葉の浅野さんがすごい、という話を聞きまして。ぜひお会いしたくて来たんです」
「そう。まず野菜、食べるかい?」
「いいんですか。その紫の野菜、さっき見て気になってました」
「食べりゃわかるよ」
「ほら、どうぞ」
「豪快に葉っぱをむしってくれた。ではいただきますね………」
「おおっっっ!!!」
「どうだい?」
「これは……白菜ですね! みずみずしくて、とても甘い。紫色の白菜があったとは知りませんでした」
「サラダにしたらおいしいよ。たしかに、スーパーや八百屋ではあんまり売ってないかもね。うちは日本で珍しい西洋野菜やハーブを作ってるんだ」
「というと、農協を通して卸して……」
「いや、レストランに直接売ってる。他にはない野菜を作ってると、色んなシェフが訪ねてくるんだ。みんなが食べたいと思うものを作るのよ。そしたらマーケットには出さずに、直接食べる人に渡す。その代替でお金をもらえばいいじゃん」
「ほほう……?」
「よく言うんだけどね、野菜もアートなんだよ。普通の農家はそんな意識でやらないけれど、お金は後からついてくるんだから。人よりいいもの、他にないものを作ればいいだけなんだよ」
「ちょ、ちょっと色々気になるので、座ってお話ししていいですか」
「うん、じゃあ事務所に行きましょうか」
マッドサイエンティスト農家と「変人協会」を結成
「………………」
「どうした、お腹痛いの?」
「いえ、圧倒されちゃって。浅野さんの事務所、すごいですね。壁一面に写真が」
「ああ、いろんな人が訪ねてくるからね、写真を飾ってるの。うちで修行してた子たちとの写真もあるな」
「いやあ、壁の圧がすごいです。それに、後ろのヌードカレンダーが気になっちゃって。ああいうの久しぶりに見ました」
浅野さんの背後に、もう1枚ありました ※モザイク加工しています
「ああ、あれはね、俺の元気の素なんだよ。毎年正月に送ってくれるの」
「元気の素。まあ、生命の源というか……?」
「そうだね、うちの人参も見てよ」
「これは(笑)! ジモコロ的にギリギリですね、たぶん」
「こういう形で土に埋まってたんだ。いいでしょう? 人間、欲ってもんはいくつになっても必要なの。三大欲求の中でも、そういう欲さえ持ってれば老けない」
「つまり、性欲ですね」
「触ったりとか、いやらしいもんじゃないよ? 欲に溺れて、自然ではない状態になってはダメ」
「なるほど。あの、僕がジモコロで前に取材した農家さんも『欲』の話をされていて。しかも浅野さんにめちゃくちゃ似てるんですよね」
20万平米の農場で野菜やハーブを栽培し、大企業の研究所にも招かれる一方、ポールダンスで乳首を上げる計画も語る山澤さん。ジモコロでは勝手に「マッドサイエンティスト農家」と呼ばせていただいている
「山形の山澤清さんって方なんですが……」
「ああ、山澤くんね! 知ってるよ」
「知ってた!」
「『日本変人協会』の初代会長が俺で、次期会長が山澤くん。『兄弟ですか?』ってよく言われるな」
「ほんとに似てます……。というか『日本変人協会』とは???」
「山形の鶴岡に『アル・ケッチァーノ』って有名なイタリアンがあるでしょう。そのシェフの奥田くんに紹介されて、山形で会ったの。それで意気投合してね。会ったのは一回きりだけど」
「めちゃくちゃ意気投合したんですね」
「10年以上前、まだ奥田くんも有名じゃなかった頃だなあ。俺も山澤くんも農家としては変なことばかりしてるからね」
「変なこと、ですか」
「ガキの頃からそうだもん。人と同じことをやるのはあんまり好きじゃない」
「それでこの千葉で畑を?」
「畑は昔からだな。浅野家が代々、ここで農家をやってっから。両親は落花生と麦を作ってたのよ。でもさ、それじゃ1年で2回しかお金が入ってこない。夏に麦を売って、秋に落花生を売るんだけど、麦は安いし、なかなか割りに合わないよな」
「じゃあ、お金になる野菜を作ろうと、珍しい西洋野菜を……」
「ううん、違うよ! 実はさ、『これが金になる』なんて野菜はないんだよ。何を作るかがじゃなくて、人よりいいものを作るのが大事ってこと」
「というと……?」
「仕事の成果を出したら、そのぶんたくさん報酬をもらえたほうがいいじゃん。日本も最近、やっとそういう会社が増えてきたけど」
「年功序列で給料が決まるんじゃなく、成果報酬みたいな」
「そうそう。農家もそれと一緒だよ。せっかく汗水垂らしていい野菜を作ったのに、既存の流通にのせるときに『玉ねぎはキロ○円』って決められちゃうのはおかしいと思う。だから俺は自分で販路を作って、自分で値段を付けて売りはじめたのよ」
2.5haの畑で、年間200種類の野菜やハーブ、食用花を栽培。毎年、新しい品種にチャレンジしているそう
「皿の上」を想像して、野菜をつくる
「既存の流通を使わず、自分たちで販路を作るには『人よりいいものを作る』のが大事なわけですよね。そのために、浅野さんは何か意識してますか?」
「例えば『色』は意識してるかな」
「色、ですか?」
「俺は食用の花も作ってるの。ミニ金魚草ってのがあるんだけど、色んな色を作っておくのよ。それで、レストランに卸す時にシェフに言ったの。『グラスに一輪ずつ入れておいて、乾杯の前にシャンパンを注いでみな。その時に、お客さんの服と金魚草の色を合わせておくようにね』って」
「そうすると……?」
「シャンパンと一緒に、自分の服の色をした金魚草が浮いてくるのよ」
「めちゃくちゃ粋な演出ですね!」
「それでみんな嬉しがるでしょう。普通の料理でも、『色』はすごく重要なの。だから毎年、春にはパリコレやミラノコレクションの新作をチェックして、トレンドの色は何か知っておく。その色に合わせて野菜を作ってるんだ」
「そこまで『料理に使われること』を意識されている……」
「野菜に付加価値をつけるのはシェフ。シェフが欲しがれば、野菜の値段も上がっていくからね。『皿の上』を想像して、野菜を作ってるんだよ」
「なるほどな〜〜〜〜」
「食べること自体、他者を体内に入れるって意味でセックスと同じだから。料理もフェロモンが出るような、エロさが大事だよね」
「それ、聞いたことあるな……そうだ! ジモコロで取材した鳥羽さんが言ってたんでした」
「鳥羽周作くん? 自分の店をオープンするときに会いにきたよ。そのときに同じ話をしたかなあ」
「また知ってた! 鳥羽さんもジモコロで『海賊シェフ』ってニックネームをつけさせていただいて。その後、すごく活躍されてますね」
「Facebookで見てるよ。にぎわってるね」
「Facebookも見られてるんですね。そういえば浅野さん、腕につけてるのはApple Watchじゃないですか?」
「うん、これは血圧測るのに使ってる。FacebookはiPadだね。うちへ研修に来てたやつに設定してもらったんだ。シェフと注文のやりとりをメールでやったり、あとはメッセンジャーとかね」
「いろいろ今風ですね。ファッションもかっこいいなと思ってました」
胸元には鹿の角のネックレス。Tシャツは畑でイベントをやった際に作ったものだそう
「農家だって舐められたくないからね。さっきも言ったけど、野菜作りだってアートなんだから。そういう意識が大事だよね」
「レストランの料理も、食材を切って調理して、繊細に組み合わせてるじゃないですか。あれもまさにアートですよね」
「料理もアートだね。でもさ、野菜ってのは切った瞬間からまずくなるんだよ。だったら丸ごと食べるのが一番いいよ」
「え、野菜を切ると味が落ちちゃう?」
「そうだよ。なのにわざわざ大きい野菜を作って、細かく刻んでるんだから。品種改良して味や香りを弱くして……ミネラルも乏しくなってるよ。本来、人間に必要なのはミネラルなんだから」
「ああ、栄養は大事ですよね……」
「いいや、ミネラルと栄養は違うの。栄養なんていらないよ」
「大事なのはミネラルなんだよ」
「????????」