安心して外出することの難しい日々が続くなか、みなさんいかがお過ごしでしょうか。ライターの乾です。
大衆居酒屋で瓶ビールを飲むのが大好きな僕ですが、今は家で缶ビールを飲むだけの切ない日々を送っています。
せめて状況が落ち着いたら、本当に安心して外に出られる日が来たのなら……最高に楽しい飲酒がしたい。そう思って、最近は未来に行きたい「美味しい食事」や「楽しい旅先」をたくさん考えるようにしています。
なかでも行きたいのが、
福岡、行きたいーーーーーー!!!
知っての通り、福岡といえば食の街です。
赤提灯をぶらさげた屋台が街中にずらりと並んでいるし、繁華街の「中洲」までちょっと足を伸ばせば、酒場もバーも山のようにあります。
魚も美味しいし、水炊きなんかも名物。何より福岡といえば……
食べたいーーーーーー!!!
やっぱ福岡は博多ラーメンですよね!!! ベロベロになるまで呑んだ後、こってりしたラーメンを食べたい!!!
「『やっぱ博多ラーメン』?? まだそんなこと言ってるんですか??」
「わっ、いきなり誰ですか!?」
「すみません。あなたのセリフがあまりに見過ごせなかったもので……福岡在住の”ヌードルライター”の僕としては……」
「ヌードルライター?」
「そして、うどん店も営む”うどん好きライター”の僕としてはね!!!」
話を聞いた人:山田祐一郎
一日一麺をモットーとするヌードルライター。福岡県宗像市の製麺工場の長男として生まれ、現在は生家を改装したうどん店「こなみ」を家族で営んでいる。製麺所「山田製麺」代表。福岡県内のうどん店などを紹介するWEBサイト「KIJI」、スマホアプリ「KIJI NOODLE SEARCH」も運営する。
※取材は2020年1月上旬に行いました
「自分で店もやるヌードルライター! めちゃくちゃ麺に詳しそう。しかし、見過ごせないとは一体なんのことですか?」
「福岡といえば……」
「でしょ!!!」
「福岡うどん!?(ピンと来ないな……)それって有名でしたっけ?」
「確かにラーメンほど知られていないけど、昔は中洲に並ぶ屋台だってうどんだらけだったんですよ! なんなら福岡は『うどん発祥の地』だとも言われています」
「うどん発祥の地!? 香川じゃないんですか?」
「そこにも色々あってですね……歴史も長ければ面白い店も多くて、実は福岡も『うどん大国』なんです」
山田さんは、2015年に福岡のうどん店についてまとめた書籍『うどんのはなし』を自費出版したほどの、うどんフリーク
「うわあ、そんなに言われると気になってきました……。山田さん、ぜひ福岡うどんのこと教えてください!」
山田さん激推し! いま注目のうどん店3軒
「まずは、福岡にきたらぜひ立ち寄って欲しい『いま注目のうどん店』たちを紹介しましょう」
「知りたいです! ぜひお願いします」
古き良き「春月庵」
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「春月庵はかなりの老舗です。明治ごろから営業していた製麺所があり、その隣でうどん店を出したのがはじまり」
「麺工場に併設の食事スペース。香川で聞いたことのある響きだ」
「うどん黎明期に近いような、小麦の表皮をあえて麺に混ぜ込んだ『胚芽入り麺』のうどんが名物になっています」
立ち飲み上等!「みのり」
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「こちらはうどん居酒屋の中でも珍しい、立ち飲みのお店です。アテ盛り合わせなんかもあって、気軽にお酒が楽しめます。特徴的なうどんの『平べったい』麺も、酔った客たちの『待たせないでね!』に答えるために、早く茹で上がる麺を研究した結果。ピラッとした独特な食感が楽しいですよ」
マニアが営む「こなみ」
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「実はここは……僕の店です。父親の製麺工場を継いで、その隣にあった家屋を店にしました。何百店とうどんを食べ歩いてきた僕が食感にこだわって作るうどんや、日本料理店で修行した妻が作るアテが食べられます」
「うどん立ち飲みに、きし麺系!? 美味しそうだし、山田さんのお店も行ってみたい……」
「これらの店も個性的で面白いんですが、大昔からある”福岡のスタンダード”的な店も知りたくありませんか?」
「もちろん!!! 知りたいです!!!」
山田さんオススメ・王道の3軒
ザ・定番「かろのうろん」
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「福岡に現存するお店の中でも、最古の部類に入ります。福岡で最初に流行った『茹で置き』スタイルの店としてオープンしましたが、時代とともにお客さんの好みが変わったことから『茹でたて提供』のスタイルに。やわらかめの面と透明感のあるつゆを踏襲した福岡うどんのザ・スタンダードな店ですね」
茹で置きスタイル「因幡うどん」
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「福岡にうどんが広まった初期の『茹で置き』スタイルを貫いているお店で、現在は県内に8店舗を展開しています。しなやかな弾力感(=コシ)はあるけれど、柔らかい食感も楽しめるんです」
居酒屋×うどん「つきよし」
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「『つきよし』は、今では福岡にいくつかある『うどん居酒屋』のパイオニア的存在なんです。元魚屋勤務の店主が目利きしたお刺身や、天ぷらなどのアテを食べつつ、最後にはこだわりのうどんで締めることができる。予約はかなりいっぱいなので、当日枠にタイミングよく滑り込むしかありません」
「『うどん居酒屋』なんてスタイルが昔からあったんですね! どの老舗も気になります」
福岡で起きた「うどん産業革命」の真相
「どうです? 個性豊かだし、福岡がうどん大国だってこと、わかってきたんじゃないですか?」
「確かに……ただ、まだ『福岡がうどん発祥の地』という話はピンときてません。やっぱり『うどんといえば香川』のイメージが強くて」
「もちろん、それも間違いじゃありませんよ。ただ、『本当にうどんを世に広めたのはどっちか? 』って話なんですよね」
「山田さん、かなりの強気ですね!! ずばり、福岡が発祥だと言い張ることのできる理由ってなんなんですか?」
「実は、福岡は日本で最初に『製粉機』を製造したといわれる場所なんですよ」
山田さんのお店「こなみ」内の待合スペースに飾られた、歴史ある木製の篩(ふるい)
「なるほど……?」
「まだピンと来てないようですね。簡単に言うと、製粉機が日本に伝わるまでは『小麦粉=高級品』で、なかなか庶民が手の届くものじゃなかったんです」
「えっ! じゃあ、うどんも食べられないじゃないですか」
「そう。ところがその昔、聖一国師という僧侶が当時の中国(宋時代)から『うどんの製粉技術』を福岡に持ち帰ったんです」
「お坊さんが?」
「そう。製粉機の図面も持ち帰ったから、うどんづくりのための設備も量産できる。これで『小麦粉の大量生産=うどんの生産』ができるようになった。1241年ごろのことだそうです」
聖一国師が持ち帰ったとされる、製粉機の図面の写し。長さの値なども書き残されていたため、日本でも機構を再現することができた
「一方で、香川に伝わったのは『うどん』そのものでした」
「なるほど! 伝わったのが現物か、作り方かの違いですね。うどん界の産業革命が起きたのが、福岡だったと」
「それだけじゃないんですよ。うどんが福岡で愛された理由には、福岡の商人文化も関係していて……」
自身の執筆した書籍『うどんのはなし』を資料にしながら、手とり足とり教えてくれる山田さん
「当時の福岡といえば、中国との交易の拠点でもあり、商人の町として知られていました。商人たちは食事の時間も惜しむくらい忙しかったので、さっと食べられたうどんが重宝されたんだとか」
「あれ? でも、うどんって茹でるのに結構時間がかかるんじゃないですか?」
「そこで町人が思いついたのが『茹で置き』のスタイルです。事前に茹でておいたものを提供するなら、お客を待たせなくて済む。ここから『福岡うどん=やわらかい』という土着の文化ができていったんです」
「せっかちな商人に合わせて、福岡うどんの味が決まったんですね」
「それにうどんは、出汁がスープ、具材がおかず、うどんは主食……と、その一食で定食のような栄養が取れる『現場メシ』でもあったんです」
「サッと食べられて、満足感も高い。そりゃあ広まるわけだ! 歴史もニーズもあるんだから、名物になるのも頷けます」
福岡うどんは「3つの世代」に分けられる
「こうしてうどんは福岡人から愛されるようになった訳ですが、この後も時代ごとにブームのようなものがありました」
「『福岡うどん第○世代』みたいなのがあるってことですね!? 分類わけも面白そう」
「その言い方をするなら、『第1世代』はスタンダードな『茹で置きうどん』の時代になります」
福岡うどん第1世代「茹で置き麺」
「江戸時代に、現在のような細いうどんの形になってからは、しばらく大きな変化がなかったと聞いてます。博多には明治時代から残っているお店もあって、一番古いところだと、王道店で紹介した『かろのうどん』(1882年創業)ですね」
王道『かろのうろん』のうどん
「茹で置きだから、麺が柔らかい。箸で持ち上げたときに、つまんだ麺の部分がちょっとだけたわむんです」
「このあたりの先っちょがね、ちょっとだけたわんで……」と語り出す山田さん
「(うどん好きすぎてメチャクチャ観察が細かい……)その頃って、街ではどのくらい人気だったんですか?」
「この頃はまだラーメンなんかもありませんから、飲んだ後のシメはもっぱら屋台の『夜鳴きうどん』でした。少なくとも、戦前くらいまではこの文化が続きましたね」
「江戸時代から戦前までというと……100年近く!? 『シメのうどん』ってそんなに歴史あるカルチャーだったんですね」
福岡うどん第2世代「麺の変遷」
「その後少しずつ、うどんの麺にも工夫を凝らす店が増えてきます。お客さんの需要から、『ゆでたて』を提供し始めたのもそうですね」
「ええ! 福岡うどんのアイデンティティだと思っていた『茹で置き』も変わるんですか」
「とはいえ、『柔らかくてコシがあって、つゆに透明感がある』と言うところは変わらない。少し平たい麺やちょっぴり胚芽を混ぜ込んだ麺など、バリエーションが広がりました」
「定番が浸透して、変り種が出てくる。カルチャーにとっては盛り上がる理想的なポイントですね」
「ところがむしろ、これまでの『シメうどん』的な人気は変わってしまうんです。とんこつラーメンの先駆けと言われる『三馬路』(1941年創業)以降、屋台にもラーメンが増えていきます」
「ついに『博多ラーメン』の勢力が!」
「実際、『ラーメンの方が儲かる』といって商売を鞍替えした店舗もあったそうで」
「新世代との交代劇が。世知辛いですね」
福岡うどん第3世代「うどん居酒屋」
「2010年代になると、お酒を飲みつつ最後にうどんも食べられる『うどん居酒屋』のスタイルが流行し始めます」
「おおお、酒場好きにとっては一番気になるところです!」
「うどん居酒屋はいいですよ。0次会と称して簡単なアテをつまみながら飲むのもよし、1次会で集まってがっつり宴会もできる」
「なるほど、客の心持ち如何でいろんな使い方ができると」
「シメのつもりでうどんを食べれば、1軒にいるだけで0次会〜2次会まで賄えちゃうんです。その先駆けとも言えるのが、冒頭で紹介した『つきよし』さんと、『二○加屋 長介』の2店舗ですね」
「二○加屋 長介」の店主さんはもともと上等居酒屋の出身。気の利いたアテをたくさん出してくれるそう
「いいですね、どんなアテが出てくるんでしょう?」
「うどん出汁を入れた出汁巻とか、丸天を刻んであげたものとか天ぷらとか、うどんの具材を使ったアテは多いですね。あとは新鮮なお造りなど、一般的な居酒屋のアテをプラスαで置いてる店も多い」
「うわあああそれは酒が進みますね」
「アテがきちんと美味しいから、『うどんで締めるつもりで来たのに、アテだけでお腹いっぱいになって帰る』みたいなお客さんもよく見かけます」
「楽しそうな失敗談だな……!」
日常と、うどんを愛する博多人
「ちょっと変わった麺の形といい、うどん居酒屋といい、博多うどんのカルチャーはどんどん進化してることがわかりました!そりゃあ博多人もみんなうどんが好きでいられるわけだ……」
「進化、ですか。僕はうどん居酒屋のムーブメントなんかは、むしろ昔への回帰だと思うんです。ファッションの流行が数十年で一回りするような」
「ほお、というと……?」
「戦後にとんこつラーメンが流行するまで、締めと言えば屋台のうどんだった。それに、ある程度歳を重ねると、毎日脂っこいラーメンは食べ辛くなってくる。うどんで締めるのは、上の世代の人たちにとっては自然な流れだと思うんですよね」
福岡市内には今も、チェーン店を含めて多くのうどん店が営業している
「なるほど……確かに胃に優しい締め方ですね。うどん居酒屋は別に奇をてらったわけじゃなかったのか」
「うどん自体、日常の食べ物だと思うんですよね。ラーメンとかは店の個性を出しやすかったり、何度も食べたくなるような中毒性を持ってる。でもうどんは、『家の近くに、気に入ってるうどん屋が1軒ある』とかをわざわざ人に言いふらしたりしないでしょう?」
「確かに。特別『最高!!!』って感じじゃなくても、なんとなく好きでずっと通ってるうどん屋さん、地元にもあるなあ」
「福岡の人たちも同じなんですよ。みんな、心の奥底で静かにうどんが好き。その証拠に、僕が『ヌードルライターです』って名乗れば必ずみんな、『あそこは美味しいよ』って自分の好きな店を教えてくれますから」
まとめ
とんこつラーメンが幅を利かせる前の戦前から、福岡の人々を人知れず支えてきたうどんカルチャー。そのルーツは商人文化にあり、せっかちな博多人たちを満足させてきました。
その食文化は受け継がれ、かつてのように「うどんで締める」酒飲みたちも増えてきている様子。その動きはこれからも、山田さんのような伝道師たちが後世に伝えてくれることでしょう。
遠い九州の地で脈々と受け継がれるうどんDNAに熱い何かを感じたのなら、世間の不安が晴れた後、いの一番に向かう旅先に「福岡」を選んでもいいかもしれませんね。
記事で紹介したお店をMAPとともに紹介!
福岡うどんMAP
・春月庵
電話:092-431-1428
営業:11:00~15:00頃 日曜・祝日休・みのり
電話:092-715-0603
営業:18:00~翌3:00
無休・こなみ
電話:0940-37-2316
営業:11:00~16:00頃
月・火曜休・かろのうろん
電話:092-291-6465
営業:11:00~18:00 ※麺が売り切れ次第終了
火曜休(祝日は営業)・因幡うどん
電話:092-711-0708
営業:10:00~22:00
無休・つきよし
電話:092-282-4030
営業:18:15〜24:00頃まで(土曜は~23:00)
日曜・祝日休