外に出られない毎日が続きますね。飲食店の人々にとっては、お客さんに来てもらいたくてもそれができない、苦しい状況だと思います。
僕にも飲食店で働く友人たちがたくさんいます。地元にもいま住んでいる街にも、好きなお店がたくさん。彼らのことが心配です。
そんなとき、頭に浮かんだ一人のシェフがいました。
彼の名前は、鳥羽周作。東京・代々木上原にあるフレンチレストラン「sio」を営むオーナーシェフです。ジモコロでは彼を「海賊シェフ」と名付け、二度にわたって取材しました。
ジモコロの取材後には、理想の大衆食堂と銘打つ「o/sio」や純洋食店「パーラー大箸」などの店を次々とオープンし、人気を博しています。
とにかくバイタリティに溢れまくり、
・未経験なのに、32歳のとき一流レストランへ気合だけで弟子入り
・修行時代、眠気覚ましに自分の腕をオーブンで焼いていた
・「sio」がミシュランの1つ星を獲得。料理人や有名人が通い詰める
などなど、豪快な伝説の数々を打ち立てている海賊シェフ。
しかし、型破りな方法で困難を乗り越えてきた鳥羽さんとはいえ、さすがに最近の状況はかなりやばいのでは……?
この荒波に、海賊シェフは何を考え、どのように立ち向かっているのか。これからの飲食業界にとってのヒントが得られないか?
そう思って、話を聞いてきました。
※緊急事態宣言前の4月初旬に取材を行いました。
苦境を生き延びるために、SNSでレシピを公開
「大変な状況のなか、押しかけてきてすみません! 正直、お店の調子はいかがですか?」
「さすがにやばいっすね。客数が減ったというか、そもそも来てもらえないので……」
「やっぱり。あの豪快な鳥羽さんでもピンチなんですね」
「まあでも……」
「やることやるしかないっすね!!大変だけど!!」
「(よかった! やっぱり豪快だ!)ちなみに、いま一番大変なことって何ですか?」
「そりゃあ、来店されるお客さんも減りましたから。ただ、『sio』は消毒や換気、ソーシャルディスタンスなどに十分配慮して通常営業しながら、テイクアウトの販売もやっています」
「テイクアウトや出前を始めている飲食店さんも多いですよね 」
「ただ、価格帯の安い店には競合が多いんです。いまはUber Eatsとかもありますし。わざわざ出前を頼むなら近所のスーパーのお惣菜でもいいかな、なんて人もいる気もします」
「たしかに……みなが一斉にシフトしたら、その中で『選んでもらう』ハードルがあると」
「そりゃそうっすよね」
「うわあ……それでも従業員の方には給料が必要だし、店の家賃だって払わないといけない。めちゃくちゃ大変な状況だと思うんですが、『海賊シェフ』の鳥羽さんは何を考えてるんでしょうか?」
「いや〜ウチは参考にならないと思いますよ」
「え?」
「だって俺らは、『この騒動を生き延びたあと』を考えて動いてますもん」
「えっ!?」意外な返答に固まるインタビュアー
「えーっと、騒動の中でどう生き残るかを聞きたかったんですが、生き残りは当然ってことですか……?」
「いやいや! もちろんウチだって余裕があるわけじゃないですよ! 来月潰れるかもな、とか本気で思ったりもします。でもその上で、『その先』を考えてるだけで」
「今がピンチなのに、『その先』を……?」
「そもそも、この状況が数ヶ月で終わるとは思えない。もっと長い戦いになると考えてるんです。感染症がおさまっても、元どおりの世の中になるかわからないし」
「ああ……完全な収束まで1〜2年という予測も見かけますよね。そうなると『人と集まれない社会』という前提で、いろんなシステムが変わらざるを得ないかもしれません」
「そうなると『店』って概念すら、いつまであるのかわからないわけですよ。対面で料理を作って『美味しい』って喜んでもらう『当たり前』すら、できない世の中になっていくかもしれない。だからこそ、ぼくはsioのレシピをSNSで公開しはじめたんです」
「ほほう……?」
店に来なくても、「レストラン」を感じてもらうために
「『店』の概念がなくなるかもしれないから、レシピを公開する。それって繋がりますか?」
「実はこの状況になる前から、『店に来なくても、レストランを感じてもらうにはどうすればいいか?』を考えてたんです。お店に来てくれる人しか相手にしないなら、一度にたった20人しか幸せにできない』と悩んでいて」
「たった20人を喜ばせるのも、十分すごいことだと思います」
「でも、ウチのお店に一生来る機会のない人だって大勢いるわけですよ」
「それは……たいていのレストランはそういうものじゃないですか?」
「俺はそれが嫌で、もっとたくさんの人を幸せにしたかったんです」
「だから『店に立って料理する』以外にも、お客さんを楽しませる方法があるんじゃないかと思っていて」
「ははあ。一体どうやって……?」
「それで思いついたのが、『#おうちでsio』と名づけたレシピの公開だったんです」
家で自炊する人と多いと思うんで、色々ワンポイントで美味しくなるコツを。
唐揚げはもも肉を一枚買って、大体50g がジューシーに仕上がります。買った時のgを目安に当分するといいです。
味は醤油酒にんにく生姜水でちょっとしょっぱいタレに30分程度。
180度で3分、休ませ3分、仕上げ1分
— 鳥羽 周作 (@pirlo05050505) March 29, 2020
Twitter上で、唐揚げやナポリタンなどsioの人気メニューのレシピを公開。この活動をはじめてから、フォロワーも8000人以上増えたという。
「ウチはレストランですが、みんな大好きな『唐揚げ』『ナポリタン』みたいな料理のレパートリーも多くて。だから今年の3月頃に『在宅ワークの人も増えてきたし、公開したら楽しんでもらえるかも』と、SNSでレシピを投稿し始めたんです」
「すごく拡散されてましたよね」
おいしくできた!!!うれしい プロが作ったらもっと美味しいんだろうなと想像しながら食べている。いろんなレシピ作ってみて落ち着いたら答え合わせのグルメ旅したいな#おうちでsio pic.twitter.com/lrMsHfP85r
— Yuki (@soymilkyh) April 14, 2020
「o/sio」でも提供しているたらこのパスタ
「『#おうちでsio』を見た大勢の人が、自宅でsioの料理を作ってくれていて。『美味しい』とか『幸せ』とかSNSで言ってくれているのを見ると、めちゃくちゃ嬉しいんですよ」
「これって、お店で出している料理のレシピを公開してるってことですよね?料理人として嫌じゃなかったんですか?」
「いいえ、それは全然。だって、唐揚げだってもともと別の人が考えたわけだし」
「それはそうですけど……」
「レシピはあくまでベースでしかないですもん。『#おうちでsio』でもレシピをアレンジしてる人は多いです」
「ああ、たしかに。『お父さんの焼きそば』みたいな、家族の味もそうやって生まれてるのかもしれませんね」
「そうなんすよ。会ったことのない人が、たまたまSNSで見かけたうちのレシピで唐揚げやナポリタンを作って食べる。それって、家にいるのに『sio』を体験してることになりません? めちゃくちゃ興奮しませんか?」
「それは面白いですね!」
「『#おうちでsio』のハッシュタグが付いてる投稿は、全部見てるしリプもします。爆風スランプの『大きな玉ねぎの下で』を聴きながら夜に眺めてるんすよ……」
「そういう曲でしたっけ……?」
店が潰れるより「料理人でいられなくなる」ほうが怖い
「この厳しい状況に、怖さとかはないんでしょうか?」
「ありますよ! でも、店にお客さんが来なくなると思って、一番怖かったのは『料理人でいられなくなるんじゃないか』ってことでした。正直、店が潰れるのは別にいいかなって」
「いやいや、店潰れたらスタッフさんも困るのでは?」
「それが、あいつらも大丈夫って言うんすよ」
「まあ、そうっすね。大丈夫っす」
「急に後ろから自信に満ちた声が返ってきた」
「あいつらはあいつらで、何とかなりますから」
「みんなマジでたくましいな……」
「そもそも、これから先は『お店で料理を食べる』って概念も、今まで通り残るかわからないんすよ。だからこそ自分が店に立つことよりも、自分が料理に込めてきた『イズム』を伝えていくことが大切じゃないかと思うようになって」
丸の内にあるビストロ「o/sio」。「理想の食堂」というコンセプト通り、唐揚げやナポリタンといった大衆的なメニューが豊富。「#おうちでsio」の人気レシピの多くはここから
東急プラザ渋谷内にある「純洋食とスイーツ パーラー大箸」は、その名の通り古き良き洋食が中心。おそろしく柔らかい「タンシチュー」や、固めのプリン「ととのうプリン」などが人気
「この1年でオープンした『o/sio』『パーラー大箸』も、自分が店に立つのは重要視してないんです」
「そこに鳥羽さんの考え方や哲学がちゃんと入っていればいい、ということでしょうか?」
「そうっすね、そうすれば自分の料理は再現されますから。レシピ公開も同じで、たくさんの人に自分の『料理のイズム』みたいなものが伝わっていく。意識してたわけじゃないんですが、『厨房から去っても料理人として人を幸せにできるんだ』と気づきました。今の時代に必要な考え方だったんじゃないすかね」
おはよう御座います
本日もお弁当バインミーばっちりです
鮭そぼろ弁当めちゃいい感じです
余裕持って作ったんで是非テイクアウトお問い合わせください#おうちでsio pic.twitter.com/sF7qJtz21T— 鳥羽 周作 (@pirlo05050505) April 14, 2020
「sioではお弁当の販売も始めましたよね。あれも『よりたくさんの人にレストランを体感してもらう』目的で?」
「弁当はちょっと違ってて。いま求められてるのって『日常』だと思うんですよね。日常が脅かされて明日が見えないからこそ、『明日も食べたいもの』があった方がいい。だから1000円の幕の内弁当を作ろうと思って」
「なるほど。お客さんたちへの心配から生まれた、鳥羽さんなりのサービスだったと」
「正直いうと、うちは客単価2万円のレストランなので、1000円の幕の内弁当って原価は全然つりあってません。お客さんを『喜ばせたい』って気持ちだけですね」
「sio」で提供している幕の内弁当(1500円)
「心意気を感じます……!」
「まあ、見方を変えると、弁当は普段『sio』に来れなかった人が『sio』を体感する最高のツールでもあるんすよね。『弁当でこれだけうまかったら、店の料理はもっとすごいのでは?』って、落ち着いてから食べに来てくれる人もいるんじゃないかなと」
「こんな時でもポジティブだ。それも『生き延びた後』の世界を本気で考えてるからですね」
海賊シェフが『生き延びた後』の目標は、ファミレスを作ること︎