カラフルな野菜とともにこんにちは。ライターのおかんです。わたくし、ライターや編集業のかたわら出張料理人としても活動しています。仕事柄、旬のものやこだわってつくられた食べ物に目がなくて……。
そう、まさにこの「生命力」を具現化した野菜たちのような。
めちゃくちゃ明るい紫のなすびに、黒とか白とか変わった色のピーマン。奥のトウモロコシみたいなのは「マコモダケ」というイネ科の野菜。ホクホクしてホイル焼きにするともう絶品なんだよなあ………しかも秋の1ヶ月ほどしか出回らない希少な野菜で買うのにどれだけ苦労することか……。
おっと、うっかりヒートアップしてしまいました。
こういう野菜って、近所のスーパーとかではなかなか手に入らないんですよね。珍しいだけではなくて、形や大きさはいびつだけれど、色ツヤも味も濃い。
地方へ行けば直売所なんかで見つかりますが、都会に住んでいるとなかなか難しいんです。
「いい野菜、食べたい……!」と思ったとき、京都在住のわたしが通う店がこちら。
京都駅からひと駅、東寺の近くにある八百屋「坂ノ途中」。グリーンが愛らしい店内に入ると、そこはもう野菜の楽園!
ああ〜、ツヤッツヤの野菜たちに笑みが止まりませんが、この「坂ノ途中」、実はただの八百屋さんではないのです。
日本全国の農家と繋がって、個人宅と店舗に野菜を宅配したり、
自社農場を京都で運営したり、
発展途上国で有機農業の普及活動をしていたり……まだまだ書ききれないくらい、活動がとっっっっっても幅広い! これはもう八百屋というより……なんの会社と呼べばいいんだ?
「坂ノ途中」の根っこにあるのが「未来からの前借りやめましょう」という言葉。はて、野菜と未来がどう繋がるんだろう。とにかく野菜に詳しいことは間違いなさそうなので……
・なんで珍しい野菜って、スーパーにあんまり売ってないの?
・スーパーの野菜、色とか味とかなんか薄くないですか?
・「いい野菜」ってどうやって選べばいいの?
・有機農業とか自然農法って結局なんなの?
などの疑問をぶつけるべく、「坂ノ途中」本社へ伺いました!
話を聞いた人:小野 邦彦(おの くにひこ)
株式会社「坂ノ途中」代表。1983年奈良県生まれ。京都大学総合人間学部卒業後、外資系金融機関での「修行期間」を経て、2009年京都にて株式会社坂ノ途中を設立。「未来からの前借り、やめましょう」というメッセージを掲げ、農業の持続可能化に取り組んでいる。
忘れてしまいがちな前提「野菜は生き物だから多様性がある」
「三十路を迎えて年々野菜のおいしさが沁み渡るようになったんですが、個性豊かな味の濃い野菜を売ってるところって少なくないですか? 『坂ノ途中』さんのようなお店じゃないと、なかなか出合えないと思ってまして」
「ありがとうございます。いま、個性豊かで味が濃い野菜とおっしゃいましたね。でもね……」
「野菜って本来、個性豊かで味が濃いものなんですよ」
「ほほう……」
「まず、いま市場で売られている多くの野菜が『工業製品化』しているんです」
「え?? 野菜を工場で作るって話も聞きますけど、まだまだ畑で作ってるものが多いのでは」
「一般的に流通している野菜って、箱に何個入るとか、色がきれいだとか、まっすぐであるとか、流通の都合でルールがつけられていることが多いんです。どの野菜も、見た目も味も均質化している。そのせいで消費者の多くは野菜を工業製品のように考えがちになっちゃっているんですよ」
「ああ〜、野菜は見た目がそろっているのが当たり前、みたいな」
「そうです。しかもスーパーの棚に並んでいる状態しか知らないと、その野菜のルーツがどこなのか、どういう環境が栽培に適しているのか、どんな生き方をしているのかが見えないじゃないですか。すると、野菜の強い個性は『違和感』として敬遠されてしまうんです」
「魚が切り身の状態で海を泳いでると思ってた子どもがいた、みたいな話ですね」
「だから、僕たちは身近な野菜たちってこんなに個性豊かなんだよと知ってもらうために、『やさいのきもちかるた』というものをつくって食育に活かしています。ちょっと見ていただくとですね……」
「たとえばこのトマトの手札なんですが」
「『あめのひは あたふたするよ とまとくん』?」
「トマトって水分に乏しいアンデス地方が原産なんですね。そのため出荷直前の時期に雨が降ると、水分を溜め込みすぎて皮が割れてしまうことがあるんです。露地モノのトマトで亀裂のあとが入っているのはそのためで」
「あー、たしかに。田舎のおばあちゃんの家で育ててたトマトはよく割れてました」
「水を吸いすぎたトマトは、ちょっと水っぽかったりもする。でもそれ自体も、理屈を知ってたら楽しんでもらえるんじゃないかな、と思ってるんです。雨が降ったあとのトマトを買ってきて、『ほんまや、水っぽい気がする』『そうかなぁ』とかって盛り上がってほしい」
「それにこの『からくても へっちゃらなのよ もんしろちょうさん』。キャベツなどのアブラナ科って、虫に食べられないように辛い成分を蓄えているんですね。大根のピリッと辛い味のもとなんですけど」
「イソチオシアネートですね。抗酸化とかダイエットとかに効果的な成分。水溶性で熱に弱いので、生で摂取するのがオススメですよみなさん!」
「めちゃくちゃ詳しいですね(笑)」
「オタクっぷりが出ちゃいました。続けてください」
「でも、モンシロチョウはイソチオシアネートに耐性を持っているので、
アブラナ科の葉っぱを食べれちゃいます。なので、人間がアブラナ科植物を栽培するようになって、モンシロチョウも世界中に広がったと言われています」
「なるほど……モンシロチョウ世界デビューの立役者は人間なんですね! 面白い」
「『ちょきんはなくても きもちははればれ だいこんさん』……?」
「これはですね、春先になると身がスカスカの大根に当たることが多くなるんですよね。するとスーパーなどでよく返品してほしいということが起こるんですが」
「ありますね。いわゆる『ス』が入って瑞々しさに欠けるやつ」
「そもそも大根としては春に花を咲かせるため、肥大化させた部分へ養分を溜め込むんですよね。だから春になると、葉っぱに栄養がいくから身がスカスカになるんです」
「そりゃそうだ。自然の摂理ですね」
「だから春先、スカスカの大根に当たったら不良品だと怒らないでほしい。『ああ、春がきたんだな』と思ってほしいんですよ」
「ネガティブをポジティブに変換するめちゃいい解釈! スカスカの大根は炒めたり揚げたりすると美味しいから、返品しないで食べてほしいなあ」
「『やさいのきもちかるた』を通じて野菜のさまざまな特徴を知ることで、小さな子どもや親御さんたちが野菜の多様性を遊びながら学ぶことができますよね。工業製品的に食べ物を捉えている人たちの意識を変えるきっかけになるといいなと」
「確かに『ちょっと見た目が違う』ものが忌避される傾向にはあると思います。たとえば紫かかったブロッコリーを変色してるって言ったり、白菜の黒いつぶつぶを気持ち悪がったり……」
「どちらも寒さから身を守るために野菜自身が出す成分なんですけどね」
「ベトベトのりんごは『人工的なワックスが塗られている』とか」
「あれはりんごが水分を保つために出している油分ですね」
「そういうことを知っていたら逆に積極的に選びたくなるやつなのに……。食いしんぼとしては野菜の個性を知って選びたいし、これはめちゃくちゃ広まってほしい!」
「僕の10倍くらい野菜の個性を力説してくれてありがとうございます」
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「やさいのきもちかるた」は『王様のブランチ』内のコーナーでも登場し、話題になった
「100年先もつづく農業を」をテーマに
「坂ノ途中さん、やってることが本当に幅広いですね。お店に畑に、かるたまで」
「僕たちが事業をやるうえでテーマとして掲げているのは『100年先もつづく農業を』。すべてがこのテーマに繋がっているんです。かるたも将来の社会をつくる子どもたちのためですし」
「お店のほうではどんな風に『100年先』に取り組まれてるんですか?」
「新規就農で、環境に負荷をかけない農法を実践している人々の野菜を販売しています。だからこそ、たくさんの種類の野菜を置くことができていて」
「んんん、というと…?」
「農業って、やりかたによってはものすごく環境破壊になるんですよね。たとえば世界中の広大な農地で、家畜用のトウモロコシなんかが栽培されています。この農地の確保は森林伐採や砂漠化に繋がってしまいがちです」
「大量生産・大量消費の農業というか。同じ野菜を大量に育てる場合、農薬や化学肥料もたくさん使うわけですよね」
「はい、単一品目に絞った栽培では、どうしても生態系は崩れやすくなります。農薬や化学肥料に頼りすぎていては土の力も衰えるし、水質の悪化にも繋がる。季節外れの作物を育てるための温度管理には、大量の重油が用いられる」
「ジモコロで以前取材した山形の農家・山澤清さんも、市場原理ばかりを追った農業は危ないとおっしゃってました」
「そんなわけで、外から投入する資材に依存した農業は、いまこの瞬間だけはコストダウンになる。けれども、それは結局、未来から資源を前借りしているだけにすぎないと考えていて」
お店の壁にも「未来からの前借りやめましょう」という標語が
「環境に負担をかけない農法は、そのぶん手間もかかります。そういう育て方に挑戦する人々って、新規就農者が多いんですよね。あえてそこに挑戦しようという気概がある。けれども収穫が少量で安定しないために、売り先が見つからないなどの苦戦を強いられる人たちが多いんです」
「ああ〜、たしかに『今日はほうれん草が5把だけです、でもめっちゃ美味しいです!』って感じだと、大きいスーパーチェーンとかに卸すのは難しそう」
「だから、ぼくたちはそういう農家さんにスポットを当てているんですね」
ロート製薬の社内アカデミーが坂ノ途中の農場で勉強会を行なった際の映像
工業製品でない野菜は「命の量」が違う?
「お客さんについても聞きたいんですが、坂ノ途中さんの店舗は京都市内でも下町の、東寺エリアにあるじゃないですか。高級路線の坂ノ途中さんの野菜にニーズがあるのかな、というのは疑問で」
「確かに『あんたんとこの野菜高いわ』という声はあります。下町的な雰囲気のエリアですし。でも、毎日決まった時間に店を開けていると、少しずつ近所の方とのやり取りも増え、スーパーとの違いを認識してくれて、徐々に反応が変わり始めてきていますね」
「おおお、地道な活動の成果が」
「僕たちもパートナーの農家さんたちも、できるだけ根性論や精神論にならず、科学的な理解をベースに栽培や品質管理をしていくスタンスをとっています。でも結局……なんと表現すればいいのかわからないんですが、科学的じゃない、『命の量が違う』みたいなことを感じることが多いです」
「命の量が違う……? 」
「成長速度を上げようとした栽培にくらべると、僕たちが扱っている野菜はゆっくりと成長していて、その結果、一個一個の細胞壁がきちんとつくられていたり、栄養成分の含有量などが違ってくるのかなあと。それぞれのキャラクターが感じられて、しみじみと沁み込むような美味しさを感じる味になります」
「その味を知ってしまうと、多少高くても買おう! と思ってしまうかも」
バリやラオス、ミャンマーなどアジアのコーヒー産地で、環境に配慮したコーヒー栽培を支援する坂ノ途中のプロジェクト「海ノ向こうコーヒー」
野菜の個性から、世界の多様性を知ることができる
「でも大量生産があるおかげで、、いつでもどこでも新鮮な野菜が手に入るメリットもあるわけじゃないですか。スーパーやコンビニがなければもはや生きていけませんし」
「確かに経済成長が著しい時代であれば、早く、たくさん作ることも必要だったと思います。でも自然環境が急速に変化して、人材も不足している現代では、もう経済合理性だけじゃバランスが取れなくなってきているんですよね」
「まあ、SDG’sもめちゃくちゃ叫ばれてますしね」
「現代農業は、その瞬間のコストは削れるし、安定した多くの収穫が期待できます。でも環境負担は確実に積み重なるし、それに……多様性も損なわれてしまうんですよ」
「『坂ノ途中』で取引するのは小規模な農家さんが多いので、生産が不安定になりがちなんですよね。各農家さんとの連絡も、よそと比べて大変です。でもそのおかげで、季節によって取り扱う野菜が大きく変わります」
「それってメリットなんですか?」
「はい。その結果、お客さんにお届けできる野菜がとっても多様になるんです。一度は廃れてしまった伝統野菜や、珍しい西洋野菜もある。さらに野菜たちそれぞれがもつ個性が重なり合う、と。そして野菜が多様性のある生き物だというのが伝わると、生き物本来のブレを楽しめるようになると思うんですよね」
「『多様性』って本当にここ数年よく言われるようになりましたよね。人種や性別、肌の色、個人の気質が『個性』として少しずつ認められるようになってきている気はします」
「野菜のバラつきやブレを認めることも、世界の多様性を認めることに一役買っているのかなあ、と思ったりしますね。個性的で環境負荷の少ない農業、そこから生まれてくる野菜たちを楽しんでもらうことが、社会の多様性を楽しむ第一歩になればいいな、とか」
終わりに
「ぼくは自分の会社が大きくなることが第一目標ではないんですよね。農業を未来に繋げ、持続可能なものにする一端を担えればいいかな」と語った小野さん。
工業的製品的な野菜から、多様性のある野菜が当たり前になる100年先の未来へと農業を続けるための、大きな坂の途中。消費者であるわたしたちも、子どもや孫たちに「坂を超えたその先」の景色を届けてあげることが大切なのかもしれません。
そのためには、野菜がどんな風に育てられているか、そもそも野菜とはどんなものであったかを認識し直す必要がありそうです。
最近では全国流通ベースの野菜だけではなく、地域の農家さんの野菜を取り扱うコーナーを設けたスーパーも増えてきました。多様性が注目される昨今だからこそ、個性的な野菜を大事にしていきたいですね。
ちなみに「坂ノ途中」の店舗に行くと、多様性の魅力にやられてもれなく野菜やら食品やらを爆買いすることになります。食卓が潤う〜〜!!
撮影:小林直博