ジモコロ編集長の柿次郎です。
突然ですが、今回は僕がいまめちゃくちゃハマっているものを紹介します。
それが……この……
郷土玩具(きょうど・がんぐ)です!
ああ、可愛い。地方出張のお土産としてコレクター欲求を刺激する手頃な価格帯と土地の個性がにじみ出るデザイン、最高じゃないですか? え、そんなことない?
「赤べこ」「だるま」「こけし」といったメジャーなものをはじめとして、「招き猫」「ひょっとこ」「福助」など一度は目にしたことがあるはず。
「おじいちゃんの家にあった気がする」
「実家の棚にずっと飾られていて不気味だった」
「地方のお土産屋で端っこに売られていた」
さて、読者の皆さんのこんな心の声が聞こえてきそうですが、その印象も決して間違いではありません。なぜなら郷土玩具の業界は存続の危機にさらされていて、いうなればオーパーツ的な扱いになりつつあるのです……。
以前、ジモコロで赤べこの首を高速ヘドバンさせる記事を制作しました
私が郷土玩具の面白さに取り憑かれたのはジモコロ取材の先々です。岩手県の「チャグチャグ馬コ」、山形県の「お鷹ぽっぽ」、北海道の「木彫りの熊」など、気づけば東北・北海道との深い縁が。
しかし、ある日「福岡県」に立ち寄ったら、とんでもない郷土玩具専門店と出合いました。
「山響屋(やまびこや)」
『山響屋』には、九州の郷土玩具と民芸品がたくさんあります。そして、『山響屋』にたくさんある郷土玩具や民芸品の背後には、それぞれの作品を育んだ土地があり、文化があり、作り手がいます。
それらは現代のように人・物・情報の行き来が容易でなかった時代には、ごくごく身近なものであり、また、ごくごく珍しいものでもありました。おそらく、知らない土地のことを知り、知らない土地のものを容易に手にできるのは、地域の有権者かお殿様くらいだったのではないでしょうか?
それでも、江戸時代の参勤交代の際には九州の南端・薩摩から江戸まで約40~60日かけて移動した記録が残っています。
各地の民芸品はその土地の歴史や風土、生活などから生まれ、生活のゆとりや信仰などから郷土玩具が生まれ、それらはまたその土地の歴史を作り、文化を育む一旦となったものたちです。
こうした独自性豊かなものたちは、全国の国道沿いで似たような風景が見られるようになった現代において、それまでのように元気に存在し続けているかというと、そうとは言えないものになっています。ですが、人・物・情報の往来が容易になったことにより、今まで当たらなかった方向からスポットライトが当たる機会に恵まれて、個性が益々輝いていると言えるのではないかと思います。
この紹介文だけで郷土玩具に対する愛情と熱量が伝わるかと思います。
こじんまりとしたマンションの一室にある店内に入ると……
この圧倒的な物量! 郷土玩具の存在感!
地域に根付いた郷土玩具をストリートカルチャー的に見せる粋な演出。あまりに魅了されて出合った初日に10個以上を購入し、翌日また来訪してその場で山響屋の店主・瀬川信太郎さんに取材を申し込みました。
ジモコロならではの広くて深い郷土玩具の世界をご堪能ください。
古い田舎の家に郷土玩具が大量にある理由って?
「どの郷土玩具もめちゃくちゃかっこいいですね。部屋に複数置いて飾りたくなる魅力があります」
「ありがとうございます。うちの店は、今の時代の人が買いやすいものを店に並べているんですよ」
「ほおほお。”今の時代の人”ってめちゃ歴史を感じるフレーズですよね」
「現代の住環境はマンションがどうしても多いですし、若者の一人暮らしは部屋が狭いじゃないですか。だから郷土玩具でも極力小さいものを置くようにしていて。中には大きいものもあるんですよ。このだるまとか」
「でかっ。迫力やばい。ゲゲゲの鬼太郎に出てきそう」
「大きいだるまは、かっこいいですよね。このサイズばかりだと店に入りきらないのもあるんですけどね」
「田舎のでかい家に郷土玩具がたくさんある理由はそこだったのか……」
「他にも理由があるんですよ。昔は旅のお土産として、郷土玩具が好まれていたんです」
「えっ、そうなんですか?」
「はい。修学旅行を思い出してもらえればわかると思うのですが、昔は今ほどお土産が充実していなかったんです」
「確かにみんなヌンチャクとか木刀とかめっちゃ買ってた。ダサいテナントとかも今となっては味わいがありますけど」
「しかも、今より交通機関が発達していなかった。新幹線も飛行機もない時代を想像してください。旅に行くこと自体のハードルが高かった。だからこそ、その地域の風土を感じられる思い出の品として郷土玩具が売れていたんです」
「なるほど! 現代は美味しいお菓子や可愛いお土産が増えているし、日帰り旅行で気軽な滞在が増えてますもんね。旅の希少性と郷土玩具がリンクしていたのは目からだるまです…」
「目からだるま」
筆者の部屋に飾っている郷土玩具の一部、1年で50個近く購入している
だるまのロストテクノロジー問題
「やはり地域ごとに郷土玩具のデザインや設定って全然バラバラなんですかね」
「そうですね。地元の妖怪をモチーフに作ったりとか」
「妖怪!」
「特に東北と九州はいっぱい残ってますね。逆に東京や大阪のような大都市はモノがたくさん入ってくるからすぐに入れ替わっちゃう」
「ほほお。東北、九州は郷土玩具のフロンティアエリアだったんですね」
「でも、例えばこのだるまとかの縁起物は、地域によらずどこの地域でもありますよね。僕自身もだるまの絵師を兼業しているので、店内はだるまだらけなんですよ」
「左側の大きいのは群馬県の高崎で、右側にある可愛らしいものが大分県・竹田で作られている姫だるま。昔は全国で作られていたんですけど、今は一部の地域でしか作られてないです」
「へえー!でもなんでみんな作るのを辞めてしまったんですかね」
「手作業だとわりに合わないんでしょうね。一部の地域でも機械化の波が押し寄せているみたいですよ」
「郷土玩具の製法はロストテクノロジーになりつつある?」
「そうなんです。ただ木型を使った手張り製と、機械の型を使った簡易製品では全然質感が違いますね。手張りはザラザラした質感で、機械仕込みはツルツルしてるので。うちにあるだるまは手張りのものばかりなんですよね」
このだるまの木型に、当時余っていた粗悪な和紙を手で貼り付けて作るのが主流だったそう。
いわゆる「張り子」と呼ばれる製法
「確かに普段よく見かけるだるまより、木型の表面はボコボコしてますね」
「そう。木型に質の悪い和紙を使った張り子製法だと、いい感じの質感になります。逆に最近の縁日で見るのは、金型で作ったツルツルのだるまが多いかもしれません」
「ツルツルの大量生産だるまはリーズナブルで、ザラザラの手作りだるまが少し高いのはそのためなんですね。手間暇考えたらそうなるだろうなぁ」
福助のルーツは呉服屋だった
「そもそも郷土玩具は、ひとつひとつが職人の手作りです。絵付けも遊び心が入っているから、同じだるまでも同じ福助でも表情がぜんぜん違うんですよ。だから、うちでは同じ郷土玩具を何種類も並べて販売しています」
「たしかに福助の表情がぜんぜん違う! あちこちで見かける福助ですけど、ルーツは何なんですかね?」
「実在した人物だと言われていますね。京都の大きな呉服屋に頭の大きな小男の主人がいて、貧しい人たちに施しをしていたところ、その恩返しとして作られた像が始まりだとか。諸説あるうちの一説なんですけどね」
「へえ〜〜。徳の高い人だったんですね」
「はい。こういう特徴を極端に示すような表現って、今の時代だと生まれなかった発想のような気がして面白いんですよね」
「郷土玩具特有の均一ではないデザイン性が、今も昔も人の心を魅了するんでしょうね」
「仕事の合間の趣味で作っているから、より個性が強調される。いまって、一つひとつの街の個性がなくなっているけれど、郷土玩具の持つ自己主張の強さって、改めて自分の街を知るきっかけにもなる気がするんです」
「ヒップホップでいうレペゼン(〜代表する)の価値観ですね!」
「さらに年代を経て、徐々にデフォルメされた面白さもありますね。作り手の個性と作った時代が反映されていて。ルーツや文化的背景まで探し始めると、もうキリがないというか。そこがまた最高なんですけどね(笑)」
「郷土玩具は掘り始めたら止まらない。まさにDIGの沼……」
郷土玩具は消滅の危機にある?
「じゃあ瀬川さんがこのお店を始めたのも、郷土玩具にハマりすぎたからってことですか?」
「そうですね。だるまの絵付けの仕事をやっていても、郷土玩具って言葉はぜんぜん知らなくて。ちょっと気になって調べ始めたら止まらなくなっちゃって……気づいたらお店を始めていました(笑)」
「すごいエネルギーだ! でも、貴重な郷土玩具ってどうやって仕入れるんですか? 見たことないような全国の郷土玩具を取り扱ってますよね」
「ひたすらネットや電話帳を調べて、郷土玩具を生産してる全国の現場に行きますね」
「ええ! アポとかは…?」
「電話が苦手なので、直接行って『ピンポーン、こんにちは!』みたいな」
「ゲリラのフリースタイル型飛び込み営業!」
「はは(笑)。だからびっくりされる職人さんも多いですね。お前は誰だ?何の目的だ?っていう。ただ店を続けていくうちに、面白いだけじゃない気持ちも湧き上がってきて」
「というのは?」
「郷土玩具って、もはや身近なものではないじゃないですか。だから誰かが若者に支持されるようなカルチャーとしてきちんと残さないと、このまま無くなっちゃうのかなという危機感があって。現時点でその節目に立っていると思います」
「伝統工芸品にありがちな問題……」
「そもそも玩具(おもちゃ)なので、値段を高くすることができない。作る手間がかかる割に儲からない。しかも原材料である絵の具や和紙を作る人もどんどん辞めてしまっているんですよね」
「ああ〜!伝統工芸の材料不足問題! 和紙業界も薄利多売の方向性よりも上質な和紙を使って付加価値をつける方向性みたいですね」
(※ジモコロの参考記事:日本人が意外と知らない「和紙」の世界)
「そうですよね。ただ、上質な和紙は原価が上がってしまいますし、そもそも郷土玩具特有の味って、紙質が悪いものじゃないと出ないんですよね。張子和紙っていうんですけど、上質和紙の方向に業界が向いてるからザラザラした張子和紙が少なくなってるという……」
「チグハグな構造の沼に」
「そうなんです。あとは職人さんが引退した後に、家族が道具を捨ててしまうことも珍しくありません」
「新潟の燕三条でも同じような問題を聞きました。伝統工芸品自体はあって、作り方もわかるのに、その道具がないと再現できないとか。職人の技術と道具はワンセットなんですよね」
「ええ、特に郷土玩具は型がないと引き継げないので」
「おお、これがだるまオリジン……」
「物自体がかっこいいですよね。郷土玩具をカルチャー化することで多くの人に知ってもらえれば、失われゆく技術も道具も、残される可能性が上がると思うんです」
「オフィス移転時や節目の誕生日にオリジナルだるまプレゼントすると喜ばれそうだな……」
「まさに山響屋でもオリジナルだるまの絵付けを受け付けているので、何かあれば気軽に相談してください」
「ジモコロだるまをクライアントにプレゼントします!」
おわりに
伝統工芸の世界と密接に関わっている郷土玩具の文化は、日本の土地を知るきっかけになるのではないでしょうか。瀬川さんのようなカルチャーの下支えと間口づくりを同時にこなす人は貴重です。愛のあるお店は居心地が良くて、接しやすい空気が漂っているもの。
その親しみやすさは玩具としての価格設定にも現れています。数百円から高くても3000円ほど。実際に「山響屋」を訪れる若者たちは見た目の「かわいさ」「かっこよさ」を判断基準にして、自分用のお土産だったり、友だちへのプレゼント用として買っていくそうです。
郷土玩具のポテンシャルが若者にもじわじわ伝わっている…。
きてる、きてるぞ…。交通手段が豊かになってきてるからこそ…。
みんな旅行で地方にお金を落として、郷土玩具を思い出に買って帰ろうよ!
福岡旅行のときは「山響屋」に必ず立ち寄ってこ!
●山響屋(やまびこや)
住所:福岡県福岡市中央区今泉2丁目1-55 やまさコーポ101
営業時間:11時〜20時(木曜定休)
構成:しんたく
撮影:小林直博