2019年4月10日。人類は歴史的な瞬間を迎えました。なんと、はじめてブラックホールの撮影に成功したのです……!
撮影されたブラックホールの写真。国立天文台公式HPより(EHT Collaboration)
と、言われても。
「なんかすごいっぽいけど、よくわからんな〜〜〜〜」
と思った皆様。
はい、わたしも同じ状態でした。
すごそうだというのは理解できても、実際どのくらいすごいことなのか、それがわかったことでどうなるのかが全くわからない。
むしろ、そもそもブラックホールが何なのか、あんなものが本当にあるのか、そんな基礎的なところからわかっていないし……。
というわけで、あらゆるハテナに答えてもらうため、理化学研究所の主任研究員、長瀧重博先生にお話を伺ってきました。
話を聞いた人:長瀧重博(ながたき・しげひろ)
理化学研究所長瀧天体ビッグバン研究室を主催する主任研究員。理研数理創造プログラムの副プログラムディレクター。東京大学で博士(理学)の学位取得後、東京大学理学系研究科助教、京都大学基礎物理学研究所准教授を経て現職。専門は宇宙物理学で主に星の爆発(超新星・ガンマ線バースト)を研究している。長瀧天体ビッグバン研究室ホームページ:http://nagataki-lab.riken.jp/index_jp.html
先に少し、結果をお伝えしてしまうと……。
なんとこの数年、いや数ヶ月で
ブラックホールの研究において、大革命が起こっていたのです。
ブラックホールの存在が明らかになったのは2015年
「先生、今日はよろしくお願いします。ブラックホールのことを、たくさん教えてください!」
「はい。ただ、あの……。じつはここ数ヶ月で、ブラックホール界において革命的なことが次々起こって……もう何から話せばいいのか……」
「革命的なこと!?」
「はい。ひとつひとつ説明していきますね。まず、2015年に『ブラックホール同士の合体による“重力波”』というのが観測されたのを覚えていますか?」
「はい! 3年前に取材したときに、そのお話を伺いましたよね。わからない方も多いと思うので、もう一度説明していただけますか?」
※筆者は、重力波の観測成功が話題になった2016年にも長瀧先生を取材している(先生、ブラックホールってなんですか? 理化学研究所・長瀧先生に聞いてみた)。
「はい。この『重力波』の観測で、人類は『本当にブラックホールがある』ということを、やっと知ることができました。
これまで宇宙を研究する身として『理論上、ブラックホールがあると思われている世界』しか知らなかったけれど、この日から『確実にブラックホールが“ある”という世界』に変わった。それは、一週間もぼんやりしてしまったほど感動的な出来事でした」
「えっ、じゃあ2015年までブラックホールが本当にあることを誰も知らなかったということですか?」
「そうですよ。もちろんアインシュタインの理論からすれば『ある』というのはわかっていた。でもそれは理論上でしたから」
「(アインシュタインすごいな……)。その重力波というのはどういうものだったんですか?」
「重力波というのは、簡単に言えば、物質が動いた時に出る波のことです。アインシュタインの理論によれば、『ブラックホール同士が合体したときには、重力波と言われる“波”が出る』というのはわかっていたんですが、何と言っても、その揺れはものすごく微弱で……。
実際、2015年に検出した波は、『太陽と地球の間の距離を水素原子一個分だけ揺らすに匹敵する、微弱な波』だったんですよ」
「す、水素原子1個分……」
「はい。あまりに微弱ですよね。だからこれまで検出できず、『アインシュタインが残した最後の宿題だ』と言われていたほどでした。それが、100年の時間をかけて、ようやく検出できたんです」
「人類の執念とテクノロジーってすごい!」
「努力によって『ブラックホールが本当にある』ということを知ったのが、アインシュタインが『一般相対性理論』を発表してからちょうど100年後。それが2015年の出来事でした」
「(すごく格好いいぞ……)」
「という具合に、人類史上はじめて重力波を観測できたわけですが、今年の4月に、さらにパワーアップさせた重力検出器を稼働させてみたら……。4月だけで、重力波が5回も検出できちゃったんです。世界を驚かせたあの重力波が、今や毎週観測されている、と」
「えっ……!? 毎週!?」
「はい。ブラックホールとブラックホールが合体したというのは、もはや普通になってしまいました」
「すごいですね……!? そんなに検出できるようになったということは、研究がものすごい速さで進んでいるのでは……?」
「そうなんです。そもそも、こんなにたくさんのブラックホールがあるって知らなかったですから。そして『波』によってブラックホールの存在を確認してから3年後。今回撮影された写真によって、人類は初めて『目』で、ブラックホールの存在を見ることができたんです」
「おぉぉ〜〜〜〜!!! なんだかわたしまで興奮してきました!」
撮影されたブラックホールの誤解
「今回ブラックホールが撮影されたことは、なにがどうすごかったんでしょうか?」
「はい。あのブラックホールは、地球から5000万光年ほど離れたM87という銀河のど真ん中にあるブラックホールですが……その質量がものすごく大きいんですね。これまで重力波で見つかっていたものは、太陽の質量の数十倍程度でした。でも、先日撮影されたブラックホールは、なんと太陽質量の65億倍という大きさでした」
「5000万光年……? 65…おく…ばい……? ちょっと大きすぎて想像するのも難しい……」
「あの写真でいう、中心の真っ黒な部分がブラックホールなんですよね?」
国立天文台公式HPより。画像加工は編集部(EHT Collaboration)
「いえ。『あの黒いところ全体がブラックホールだ』と思っている方が多いんですが、それは誤解です。本体は、もっと内側にあって、黒い部分はブラックホール本体とその外側の両方を含めたものです」
「あれ、そうなんですね? じゃあその外側にあった赤い光の部分は……?」
「大事な質問ですね。これは、光の衣です。ブラックホールがまとっている羽衣(はごろも)みたいな……」
「はごろも???? ブラックホールがそんなものをまとっているなんて初めて聞きましたよ」
「そうですよね。でも、わたしたちは知っていました。アインシュタインの重力理論によれば、光の衣はあるはずだっていうのはわかっていたので」
「また、アインシュタイン!」
「はい。これがアインシュタインの重力理論のすごいところです。今回、光の羽衣を目で見ることができて、『アインシュタインの理論はやっぱり正しかった!』と感激しました。ニュートンも重力理論を発表しましたが、彼の理論だと光の衣をまとうことはないので」
「アインシュタインの理論の勝利!ということですね」
国立天文台公式HPより。画像加工は編集部(EHT Collaboration)
「というか……。重力波も羽衣も、そもそもブラックホールの存在自体も理論でわかっていたなんて、アインシュタインって普通に考えてすごすぎませんか?」
「はい。ま・じ・ですごすぎるんです」
「(口調が変わるほどすごいことなんだ……)。で、その光の衣って、何ですか?」
「その説明のために、少しだけブラックホールの説明をさせてください。
ブラックホールとは、ある一点に無限の質量が集中している場所です。ブラックホールの“ある領域”よりも内側に行ってしまうと、だれもそこから逃げることができない。人でも宇宙船でも光でも粒子でも。そのエリアに入ってしまうと二度と出られないんです」
「何にもないときの宇宙は平たいのですが、ここにブラックホールをいれると、質量が大きすぎるので、宇宙の一部がまるで井戸のようにグーンとへこむんです。そしてそこに何もかも吸い込まれる、と」
「へこむ…? ちょっと難しくてわからないんですが、もしかしてお風呂の栓を抜いたときと近いですか? 栓を抜くと、お湯はそこに急激に吸い込まれて二度と戻ってこれない……みたいな?」
「あ、まさにそういうイメージです!」
「(あってた…)」
「それで光の衣というのは、光が中心に吸い込まれる前に、周囲をぐるぐると回っている部分だと。もうすこし内側まで入ってしまうと、外には出てこれないので光らない。ですが、まだここにいる光たちは、一部が吸い込まれずに脱出してくるので見える、ということですね」
「なるほど…!!! 吸い込まれそうな光が最後にぐるぐる回っている場所ですね。すんごくよくわかりました」
ブラックホールは「吸い込む」だけではない?
「今回、ブラックホールが撮影されたことで、何か研究に発展はあったのでしょうか?」
「はい。じつは今回の写真で、研究者を一番ざわつかせたのは『ブラックホールの姿そのもの』ではなく、本来写るだろうと思われていたものが、写っていなかったことなんです」
「写っていなかった?」
「じつはブラックホールからは、強力なジェットが吹き出ていると考えられているんですが、そのジェットが全く写っていなかった」
「え? 吹き出ている? さっき、ブラックホールは『なにもかもを吸い込む』って言っていたのに……?」
「まったくおっしゃるとおり。ブラックホールってなんでも吸い込むと言われていますよね。ところが、もっともっと広い目でみると、物質や電子、光などが大量にすごい力で吹き出ているんです。しかも銀河を突き破るほどの威力で、遠くまで吹き出ていると。その根源をたどるとブラックホールの真ん中から、なんですよね」
ブラックホールから吹き出る「ジェット」のイメージ図。国立天文台公式HPより(Jordy Davelaar et al./Radboud University/BlackHoleCam)
「え? どういうことですか!? どうしてブラックホールから出ているんですか?」
「それが、わからないんです。でも、出ていることだけは確実にわかっている」
「不思議……。もしかして、吸い込んだものをそのまま吐き出している……とか?」
「アインシュタインの理論はその可能性を否定しています。ブラックホールに吸い込まれたものは全て逃げ出せないのですから。
そもそもエネルギーの保存法則から言って、吸い込まれたものが単に吐き出されているのだとしたら、銀河を突き破るということはありえません。そこまで遠くへ飛ばすということは、ブラックホールにエネルギー源…たとえば回転しているなどの駆動力が働いている可能性があります」
「面白い……。じゃあブラックホールは回転しているってこと?」
「問題は、そこですね。わたしは、ブラックホールが回転してそのエネルギーによってジェットが出ていると思っているのですが、ならば写真にもそのジェットは写るはずだった。どうして写り込まなかったのか……。それをどう説明すればいいのか、研究者たちは一生懸命に考えているところです」
「今回撮影をしたことで、ジェットって何? どうして写ってないの?という新しい課題が生まれたということですね」
「そうなんです。これがわかれば、ブラックホールのイメージも覆りますよね。大事な課題です」
「うーん、気になる……」
貴金属の起源は宇宙にあった!
「この数年間でわかったことは、まだあります。毎週のように重力波が検出されているとお話しましたが、ブラックホールの合体ではない不思議な波が見つかったんです。それを紐解くと、どうやら『中性子星(ちゅうせいしせい)』という星が合体したときに出る波のようだ、と」
「ちゅうせいしせい……?」
「はい。中性子星っていうのは、ブラックホールにもっとも近い『星』のことです。普通、大きな星は大爆発して一生を終えるのですが、爆発するとその真ん中に、中性子星という星ができるんです」
「この中性子星が連星を組んで、お互いにぐるぐる回りながら合体した時の重力波が発見されたんです。しかも中性子星が合体したときに、あのM87のブラックホールと同じようにジェットが吹き出ていることがわかったんです」
「!!! ジェットが!!! じゃあ中性子星は、ブラックホールの起源!?」
「……わかりません。中性子星が合体してブラックホールが生まれたのか? ……それが今一番、アツいところと言っていいでしょうね」
「なんだかわかりそうでわからないところが、もどかしくて、それでいてワクワクしますね……」
「またそれとは別に、中性子星がぶつかると『貴金属』が作られるということもわかりました。中性子星がぶつかったときに、金やプラチナが大量につくられていた可能性が非常に高いんです」
「え!? 貴金属がつくられる?」
「はい。ずっと貴金属というのがどんな風にできているのか、研究者たちにもわかっていませんでしたが、あれらは宇宙の果ての中性子星の合体によってつくられていた、と。それがはるばる太陽系まで旅をしてきて、地球の物質と混ざりあった。今わたしたちが身につけている『金』はつまり、中性子星のかけらなんです」
「ロマンチック……! 宇宙の果てのかけらを、わたしたちは身につけていたんですね」
「はい。だからこれから金を身につけている人を見かけたら『あ、中性子星のかけらですね』と言ってあげるといいと思います」
「(それは、どうかな……)」
「知らないことが盛りだくさんで、本当にびっくりしました。でも、ここ数年でわかったことばかりなんですよね」
「そうなんです。特に今年のゴールデンウィーク直前に、いろいろな発見が降ってきて……。研究がものすごく忙しくなりましたね」
「じゃあ、休む暇もないっていう感じですか?」
「はい。でも、忙しさを感じないくらい、熱気に包まれています。わたしも、議論のテンションのギアがあがって……。新しく謎がわかったぶん、はやく解き明かしたいとうずうずしているところですね。これからの発表も楽しみにしていてほしいです」
「今日はありがとうございました!」
おわりに
この数ヶ月。わたしたち一般人にはわからないところで、ブラックホールは次々に解き明かされていたようです。
「理論上は明らかになっていても、人類にはわからないだろう」と先生が思っていたことも、最近のテクノロジーの進化で次々わかるようになっている。こうなってくれば、わたしたちが生きているうちに、ブラックホールとは何なのかが解き明かされるのも夢ではないのかもしれません。
これからのブラックホールにまつわるニュースを、みんなで楽しみにしましょう……!