こんにちは、ライターの根岸達朗です。
今回、ジモコロ編集長の柿次郎に誘われて長野へやって来ました。過去にこの手の取材は、柿次郎の大胆な仮説を検証するパターンが多いのですが…。
「根岸さん、ようこそ長野へ。僕がジモコロで全国47都道府県行脚を始めて4年目。長野と東京の二拠点生活は1年半ぐらいになります」
「もうそんなに。時が過ぎ去りましたね」
「その結果、東京では気づくことのできないローカルならではの価値観をブワーーっと浴びていて超おもしろいんですよ」
「ほほう。例えば?」
「おばあちゃんマネーの子どもたちをご存じですか?」
「なんですかそれ。古い映画?」
「いや、僕が考えた造語です。長野は三世代世帯の暮らしもまだまだ残ってるんですよね。じいちゃんばあちゃん、お父さんお母さん、孫みたいな」
「はい。それが一体どうしたんですか?」
「おばあちゃんって孫に甘いじゃないですか。スニッカーズくらい甘いじゃないですか」
「孫は目に入れても痛くないって言うぐらいですからね。お小遣いをたくさんくれるイメージはあります」
「そこで僕は気づいたんです。おばあちゃんと孫は『お金』というツールを介在することによって、持ちつ持たれつな円滑なコミュニケーションを形成してるんじゃないかと!」
「ええー、どういうこと…?」
というわけで今回…
「おばあちゃんと孫は『お金』というツールを介在することによって、持ちつ持たれつな円滑なコミュニケーションを形成してるのでは?」
という仮説を検証するべく、ジモコロにも縁のある孫代表の二人を連れてきました。
写真左:田舎に住んでいるかっこいいおじいちゃんおばあちゃんを切り取った人気のフリーペーパー『鶴と亀』の小林直博くん(27歳)。
写真右:長野・善光寺エリアの新しいコミュニティの形を模索するお店「やってこ!シンカイ」の店長・ナカノヒトミさん(28歳)です。
話を聞いた人:小林直博(こばやし・なおひろ)
編集者兼フォトグラファー。1991年生まれ。ばあちゃん子。生まれ育った長野県飯山市を拠点に、奥信濃らしい生き方を目指し活動中。
http://www.fp-tsurutokame.com/
話を聞いた人:ナカノヒトミ
1990年長野県佐久市生まれ。長野(たまに東京)で活動するライター・編集者。「やってこ!シンカイ」店長。たこ焼きを毎日食べたい。
https://nakanohitomi.themedia.jp/
孫代表の二人に共通するのは…
・2人のアイデンティティである「おばあちゃん」とはいったい何か?
・なぜ、おばあちゃんは孫にお金を気前よく渡すのか?
・そして、孫はどんな気持ちでお金を受け取っているのか?
世の中であまり可視化されていない特有の価値観について聞いていきたいと思います。
■編集長からの前置きコメント
家族の在り方が変わり続ける日本、そして高齢化社会を迎えざるをえない近い未来……。ローカルを掘り続けていると、東京とは全く違った価値観を知ることができて勉強になることばかりです。
今回の記事では「お金」を主軸に置きつつ、おばあちゃんと孫の関係性を大胆に紐解いていきたいと思います。
なぜなら、東京中心ですべての価値観の主語が決められつつあり、ローカルはローカルでこれが正しいと思って生きている人たちの姿があるからです。その生き方は何百年も受け継がれている自然体なものであり、わざわざ言語化する必要がありません。誰もそれで困っているわけではないのだから。
おじいちゃんおばあちゃんがかわいい孫にお金を渡し、孫は孫でありがたく享受し、愛情を通したコミュニケーションで家族体を継いでいく何かが生まている……。その姿がとても大事なことだなと思ったのが、本記事を作ろうと思ったきっかけです。
話を聞いた小林くんもナカノさんとはジモコロスタート時からの付き合いがありますが、おばあちゃんへの愛情は素晴らしいものがあります。甘えるところは甘えて、何かあったら必ず家族として支え合う強い意思も垣間見えるんですよね。
決して孫側のお金に対する甘えを助長する意図はなく、「お金」を介在した家族の関係性について一歩踏み込んだ民俗学的な視点として読んでいただけたら幸いです。
おばあちゃんマネーの子どもたち
「早速ですが、ふたりはおばあちゃんから小遣いをもらっていますか?」
「もらってます」
「いくらくらい? どのくらいの頻度で? じゃあ、まずは小林くんから」
「大体、医者とか買い物に連れて行ったついでにもらうんです。地元が長野の飯山っていうド田舎なんで、俺が車で送ってあげたりして。今日もそんなんで、3000円もらいました」
「へー、ちょこちょこもらうんですね」
「そうっすね。一緒に生活してるのもありますが、畑とか家のこととか、日常的にいろいろ手伝ってるんで、そのお駄賃みたいな感じです。ばあちゃん、年金の口座はゆうちょ使ってるんで、郵便局行ってATMで下ろしてやったりもしてますね」
「下ろしてあげるんだ。手数料を10%抜いて?」
「そんな代行業者みたいな真似しないですよ。ばあちゃんがその下ろした金のなかからいくらかくれる、みたいな感じですね。ただ、俺はいつも金がないけどくれって言ったことはないんです。自慢じゃないんですが、せびったことがないんですよ、俺は」
「かっこいい」
小林くんはいつもおばあちゃんを送迎している
「小遣いもらってるのに、堂々とした態度…」
「最近はもらうことも少なくなってきたんですが、それでも月3回くらいはなんかしらでもらってます。3〜5千円くらいのやつをちょこちょこと。俺のばあちゃんは、絶対タダ働きはさせない人なんで。何かしたら必ずお金をくれるんで」
「これしたらこの金額とか、相場が決まってるわけではないんですか?」
「内容が同じでも金額が違うときがありますね。『あー千円札ねえや、じゃあ5千円でいいや』みたいな」
「あーわかる!」
「わかるんだ。ナカノさんはどんな感じなんですか?」
「私は小林くんみたいにおばあちゃんといつも一緒にいるわけじゃないから、こまごまともらうことは少ないんです。どちらかというとガッツリ系。例えば、仕事で使ってるパソコンとか、全部おばあちゃんに買ってもらったやつで」
「え、パソコン?」
「これまでおばあちゃんに買ってもらったなかで一番高かったのは、40万円くらいの軽自動車かな……」
「ずるい!!」
「田舎は車がないと生活できないですからね」
「というのも……フリーで独立した直後にそれまで乗っていた車が壊れちゃって。中古車の購入資金が必要になったんですよね。でも、私は貯金がぜんぜんないし、お母さんには言いにくいから、やっぱりおばあちゃんに頼るしかなくて……」
「そういうとき、おばあちゃんはどんな感じでお金をくれるんですか?」
「必要ならしょうがないねえ……みたいな」
ナカノちゃんのことが大好きなおばあちゃん
「やっぱりスニッカーズみたいに甘いなぁ〜!」
「うう、すみません。私もおばあちゃんのことが好きなんですよ! お茶目なおばあちゃんで昔話をよくしてくれるんですけど、同じような話を何度も聞いてあげるのは私の役目で。それが楽しいんですけど」
「小林くんの感じとはまた違うけど、ナカノさんの存在がおばあちゃんの癒しになっているところがきっとあるんでしょう」
「だといいなー。私はいつもおばあちゃんにお金をもらうときは、一緒に農協に行くんです。下ろす金額を紙に書いて窓口に出すんだけど、そのときはやっぱりお金の重みは感じますね。おばあちゃんありがとう……いつか返すねって」
「あ、返そうと思っているんですね」
「返しますよー!これは私の甘えだと思っているので……。まだ1円も返せてないけど……(小声)」
「借りたお金は返さないといけないし、住民税も支払わないと一生催促がくるよ!」※柿次郎は親の借金で苦しんだ過去があります
「柿さんが言うと説得力があるな」
「頑張って稼がなきゃ……」
都会と田舎の「おばあちゃん」の違い
「二人のおばあちゃんのこと、もうちょっと教えてもらっていいかな? じゃあ今度はナカノさんから」
「うちのおばあちゃんは84歳なんですけど、実家が醤油屋さんでそこでたまに働いたりもしている元気な人です。まだまだ遊びたいし死にたくないと言っていて、友達とよく旅行にいったりしてますね」
「長野の小諸市でしたっけ? 市街地の方に住んでるのかな」
「そうですね。私はよくおばあちゃんの写真をインスタにあげてるんだけど、カメラを向けるとウインクしてくれたり、ピースしてくれたり、サービス精神のあるとにかくかわいいおばあちゃんなんですよ」
ナカノさんはおばあちゃんとの日常をinstagramで発信している
「へー。都会のばあちゃんって感じですね。同じ長野でもうちは豪雪地帯の田舎なんで、雰囲気がだいぶ違う気がするな。うちのは今90歳ですけど、30歳のときに酒飲みのじいちゃんが死んで、そこから女手ひとつで子どもたちを育ててきたんです」
「女手ひとつ!あの厳しい環境で!絶対大変だっただろうなぁ」
「そうなんです。これはばあちゃんから聞いた話ですけど、なんていうか、じいちゃんは昔の亭主関白のわりとひどい部類に入りそうなやつだったみたいですね」
「豪雪地帯の亭主関白親父……強そう」
「例えば、じいちゃんは相撲が好きで、大鵬っていう力士が特に好きだったんですけど、大鵬が勝ったか負けたかでその日の機嫌がぜんぜん違うらしくて」
「ほんとにいるんだそういう人」
小林くんの地元・飯山は日本でも有数の豪雪地帯。真冬には数mの雪が積もる
「俺は会ったことないから分からないけど、親父は大鵬が負けて機嫌の悪いじいちゃんによく雪のなかに放り投げられたみたいですね。男子の髪型は坊主に決まってるだろって、強制的に坊主にもさせられてたみたいだし。とにかく豪腕なじいちゃんで」
「あー。そういえば、3年前に死んだうちのおじいちゃんもお酒大好きだったなー」
「……(長野の人って酒飲み多いんだな)」
「祭り文化が強い土地は、めちゃめちゃ酒飲みますよね」
「いつもお酒飲んでふらふらしてるから、人によくぶつかったりして。おばあちゃんがよく謝りにいったという話は聞いたことがあります。……おばあちゃんがしっかりしてたから、おじいちゃんは幸せに生きてこれたんだろうなあ」
「そういう時代だったというのもあるのかもしれないけど、みんな結婚生活では苦労してそうですね」
「うん。まあ、うちはとにかくそういう感じで、公務員だったじいちゃんが死んでからは、トマト栽培だけで食っていくことになって大変だったみたいです」
「トマト栽培のみ!想像できないような苦労があったんだろうなぁ…」
「小林くんのおばあちゃん、顔や手のシワが深くて、生きた年輪の証みたいになってるよね」
「だからっていうのもあるんだろうけど、年金もそこそこもらえて生きていける今はほんとに天国だって。いつ死んでもいいと言ってるけど、それは自分がたくさん苦労したからなんでしょうね」
「なるほど。それでかわいい孫に小さな仕事を作りつつ、お金を循環させたくなるのかもしれないですね」
「マジでありがたいっすね」
ばあちゃんへの異常な執着
「いやー2人の話を聞いていると、おばあちゃん愛が伝わってくるなあ。実際、おばあちゃんとは仲良しなんですよね?」
「そうですねー。おばあちゃん大好き!」
「ナカノちゃんは多分仲良しだと思うんですが、俺は仲良しっていう感じでもないんですよ」
「あ、そうなんだ」
「いや。好きなんですけど、そんなに普段話もするわけじゃないし、遊びに行ったりすることもないんで。ただ、ばあちゃんという『存在』が、DNAレベルで自分のなかに入ってる感じはあります」
「DNAレベル……濃そうだね」
「ナカノちゃんはさ、ばあちゃんの入れ歯の臭い嗅いだことある?」
「えー!? ないよ。おばあちゃん、入れ歯じゃないもん」
「え!? 入れ歯じゃないの!? 街のばあちゃんはすごいな……」
「感心するポイントそこ?」
「山暮らしのばあちゃんと街暮らしのばあちゃんの対比おもしろい」
小林くんのおばあちゃんの入れ歯(『鶴と亀』より)
「いやーばあちゃんはね、寝るときに、自分の入れ歯を外してポリデントみたいなのに浸けるんですけど、そのときだけ、俺はばあちゃんの入れ歯を好き放題できるんです。だから俺はそれを夜な夜な咥えたりしてたことがあって」
「は〜〜〜〜」
「その話、大好きすぎる」
「みんな知らないと思うけど、ばあちゃんの入れ歯って『酢ダコさん太郎』みたいな臭いがするんですよ」
「『酢ダコさん太郎』ってあの駄菓子の……?」
「それはどういう行動? ばあちゃんへの異常な執着を感じる話だけど」
「ですよね。というのも、俺は三人兄弟の真ん中で、下の弟が生まれる3歳くらいのときに母ちゃんと離れて、兄貴と一緒にばあちゃんと寝るようになったんです。兄弟の中で、俺だけ母ちゃんを独り占めしたことがなかったんですよ」
「ほうほう」
「ばあちゃんは好きだけど、やっぱり母ちゃんと一緒にいたい盛りの時期じゃないですか? 俺がばあちゃんに執着するようになったのは、そこがやっぱりでかかったんだと思います」
「ばあちゃんに甘えることで、母ちゃんから引き離された寂しさを埋め合わせていた?」
「そうっすね。だから、母ちゃんに可愛がってもらえる弟への嫉妬もすごいあった。例えば、弟は何でも買ってもらえるんです。そして、すぐになくすんですよ。だからそれにむかついて、弟が買ってもらったゲームボーイのソフトを隠したりして」
「それ、トラブルになりません?」
「わざとなんで」
「わざとなんだ」
「そうすると、弟が『なくした〜!』って騒ぐじゃないですか。母ちゃんに怒られるでしょ? そこで俺が『あったよー!』って見つけてくるわけです。すると、母ちゃんは『あー直博が見つけてくれてよかった。ありがとうね〜』って言ってくれる。……っていうのを、延々とやってました」
「兄弟間で母親の興味をいかに奪い合うかなんですね」
「母親の愛情リソースは決まってるんだろうな」
「その程度で済んでたのは、多分ばあちゃんがいたからっすね。ばあちゃんがいたから俺は救われたし、ばあちゃんがいなかったら今の俺はない。そういう意味では、ばあちゃんの存在っていうのは、俺のアイデンティティそのもの。完全に根っこです」
「小林くんの創作活動の原点だ!」
「だからこそ小さな手伝いを通して、日々ばあちゃんとやりとりする機会があるのはめちゃ大事っすね」
「なるほど。そこで発生するお金はあくまで感謝の気持ちであって、小林くん的にはあってもなくてもいいのか」
「いや、そりゃ貰えたほうが嬉しいっす」
「そこはそうなんだ」
おばあちゃんを「吸い尽くした」先に
「でも、2人にとって大切なおばあちゃんは近い将来、いなくなっちゃうでしょ? そのあたりはどう考えているのかな」
「ですよねー。最近なんとなくお金をもらわなくなったのは、そこを意識してるかもしれない。おばあちゃん離れをしなくちゃ、という気持ちがあるのかも」
「俺は両親でもじいちゃんばあちゃんでも、甘えられる存在があるなら甘え尽くしたほうがいいと思うけどなぁ」
「柿さんは甘えられる対象がいないですもんね」※柿次郎は両親が離婚し、繋がりのあるじいちゃんばあちゃんは全員亡くなっています
「だから羨ましいし、この仮説を検証したかったんです!」
「俺は甘え続けたい派ですね。一緒に住んでるのもそうですけど、吸い取れるものは全部吸い取りたい。お金だけじゃなくて、知識とかも全部。ばあちゃんが生きてきた歴史は、やっぱり次につないでいかないといけないものだと思うし」
「どうしてそう思うんですか?」
「俺は今住んでいる飯山とそこに暮らしているじいちゃんばあちゃんたちが好きで、自分もこの土地に一生住み続けようと思ってるからですね」
「土地を背負って生きていくのは覚悟が問われますね。絶対に真似できない…」※柿次郎は一家離散で実家が存在しないため、地元といえる土地がありません
「だからこそ、今のうちにばあちゃんから吸い取れるだけ吸い取っておきたい。それでいつか、俺も吸い取られるじいちゃんになる」
「でも、自分が吸い取られるじいちゃんになったときにはもう、孫をかわいがるツールとしてのお金はないかもしれないですよね。そのときに何を与えられる存在になるのか……」
「おばあちゃんが『おい、直博。仮想通貨あげるよ』ってイヤだな……」
「それはイヤですね(笑)。うーん、厳しい土地だからこそ必要な”生きた知恵”みたいなのがあるんですよね。そのための関係性を繋ぐ役割として、たまたまお金が介在してるって感じっす」
「ナカノさんはどうですか?」
「……私は、子どもが産みたいです!」
「え。何人くらい?」
「最低3人。私は中野家のために子孫を残し続けることが大事だと思っているので、そこはめっちゃ考えますね。ひ孫を見せることでおばあちゃんに恩返ししたいです」
「本能的な欲求だ」
「だから私は、子どもを産みます!」
「完全に一発逆転なやつだ」
「でしょ!めちゃめちゃ子どもほしいもん!」
「あちこち取材してるけど、祭りや消防団の若い担い手がいないと自治活動もできないもんなぁ」
「日本のこれからの大事な課題ですよね」
「子どもめっちゃ大事なんです。だから、おばあちゃんにいくらお金もらっていようが……」
「……チャラじゃない?」
おばあちゃんに話を聞いてみた
さて、2人のおばあちゃんは「おばあちゃんマネー」についてどう思っているのか。それぞれに話を聞いてみました。
まずはナカノさんのおばあちゃんから!
「おばあちゃんはどうしてお金をくれるの?」
「そりゃ、孫が可愛いからに決まってるだに! 娘よりも孫のほうがかわいいわな」
「もしあげるお金がなくなったらどうする?」
「なくなったらなくなったでしょうがねえな。生きているうちは年金があるから少しずつでもくれられるな。じいちゃんの年金も半分もらえるし」
「でも私、たくさんお金をもらっちゃってるよね。孫にお金を持っていかれているって感覚はある?」
「そりゃ私があげてるからいいだに! 世話になってるからさ。自分のこずかいをしぼってでもくれてやりたいよね。それにばあちゃん、お金はあるから、自分で自分の人生を楽しまなきゃとも思っとるよ。これから紅葉が始まりだしたら、一人で電車で小淵沢まで行ってこようかな」
「じゃあ、ひ孫が生まれたらどう思う?」
「そりゃ、ヒトミが結婚したら早く生まれねえかなって思うよな。生まれてみなきゃわからねえけど、きっとかわいいだろうね。ばあちゃん元気だけどいつ死ぬかわからないからさ、そろそろひ孫の顔見せとくれ!」
続いて、小林くんのおばあちゃんの回答は?
「ばあちゃんはおれにお金よくくれるけどなんで?」
「なんでって、よくてんだって(手伝って)くれてありがてし、やっぱ孫はかえらし(かわいい)からな」
「もしあげる金がなくなったらどうするの?」
「そしたらしょうね(しょうがねえ)さ。でも、そんないっぱいくれてね(あげてない)から、無くならねや。その心配はね(無い)。死ぬまでこづけ(小遣い)あげられるで。死んだじいにも感謝だな」
「じゃあ、孫がお金いっぱい持っていくなって思ったことある?」
「それはねーな。よくてんだって(手伝って)もらうんだもん。助かるばっかりださ」
「ひ孫がうまれたらどう思う?」
「早く頼むで。こづけ(小遣い)あげるってもんじゃねくらい、やるで。死ぬときに金なんて持ってたってしょうね(しょうがねえ)んだから。おめの父さんにも、金は残さんでいいって言われてるんだから」
「死ぬ前に間にあうか分かんねけど、頑張るわ。ありがと」
「やっぱりな、直博がばあちゃと一緒にご飯食べてくれたり、ばあちゃが漬けた漬物をうまそうにくったりしてんのがありがてと思う。3世代で住んでる家なんて今どき少ねえのも分かってるからな、ありがてよ」
まとめ
おばあちゃんという身近な存在がアイデンティティでもある2人は、これからどんな人生を歩み、何をどのように与えていくことになるのでしょう。
無償とも言える愛の施しに対して、何ができるのかを考える。そうして考え続けていくプロセスにこそ、豊かな人生のヒントがあるのかもしれないと感じた今回のインタビューでした。
長野のローカルを舞台に活躍する2人の今後に、ぜひ注目してみてください。
おばあちゃんマネーの子どもたちは、こうして「今」を生きています。