ある日、ツイッターのタイムラインをぼんやりと眺めていたら、激オシャファッション大好き小僧御用達アカウント「FASHIONSNAP.COM(@fashionsnap)」さんのとあるツイートが目に止まりました。
【今日から】200年前の服を解体した「半・分解展」が東京でスタート。直接触れたり試着できるサンプルも、再入場は無料https://t.co/rZcKLrbniq@rrr00129 #半分解展 pic.twitter.com/XorIel4F4S
— FASHIONSNAP.COM (@fashionsnap) May 23, 2018
「半・分解展」?
待って? その名前、どっかで聞いたことある。
てか、俺、知ってる。その主催者、知ってる。
だって……
去年ジモコロで取材したーーーーーー!!!!
遡ること2017年6月、「美術館からヴィンテージ服を買い取っては分解している鬼畜な洋服マニアがいるらしい」と話を聞いて、「半・分解展」主宰・衣服標本家の長谷川彰良(はせがわ・あきら)さんに取材させてもらっていたのでした。
「100年前の感動を100年後につたえたい」と話していた当時の長谷川さん。ジモコロの取材をきっかけにNHKから密着取材が入るなど、一気に売れっ子街道を突っ走り始めたと思ったのですが、今年も「半・分解展」を実施して、さらにはファッション業界がパワープッシュするほど注目される人物になるとは。
ぶっちゃけどんくらい儲かってんの?
仕事とか生き方、どんな風に変わった?
いろいろと気になったので、1年ぶりに長谷川さんに会いに行ってきました!
2年前と同じ服を展示したのに、入場者数も収益もアップ
ザッ
ザッ
ザッ
「ああ、カツセさん、お久しぶりです」
「オーラが去年と違いすぎるじゃないですか。何ですかこのマンハッタンみたいな背景」
「東京の丸の内ですけど、ここに呼び出したのはそっちですし、『成功者っぽく歩け』って言ったのもカツセさんじゃないですか。僕まだ全然成功したつもりないのに」
「ああ、すみません。明らかに急成長したと思ったのでハリウッドスターみたいな登場の仕方をさせたくなっちゃいました」
「いろいろ状況は変わりましたけど、そんなに売れたわけじゃないんですよ」
「じゃあ今朝とか何食べてました?」
「スニッカーズです」
「よかった、あのころの長谷川さんだ」
とはいえ、肩書きも「モデリスト」から「衣服標本家」に変わった長谷川さん。自分で仕立てたスーツを完ぺきに着こなす姿も、激安居酒屋のキャッチにしか見えない筆者との差がすごかったです
「あれから1年、ガラリと環境が変わったと思うので、今日はいろいろ聞かせてください。よろしくお願いします」
「はい、お願いします! こちらもご報告したいこと、いろいろありますよ」
『半・分解展』は、フランス革命〜第二次世界大戦までの衣服を、半分に分解した「衣服標本」を展示。標本に直接触って構造を確認することができる
「まずは大盛況だったと聞く『半・分解展』について。2年前の初開催では『ヴィンテージの服を分解して展示する』という趣旨で1,400人も集めて、まさかの初開催で黒字っていう盛況ぶりでしたけど、今年の入場数はどのくらいでしたか?」
「入場料を倍の2,000円にしたんですけど、東京と名古屋の合計入場者数は約2,000人。前回から600人ほど増えましたね」
「単純計算でも、倍以上の収益じゃないですか! 展示物などはすべて刷新したんですか?」
「いや、展示した服は前回と同じで、量は 1/3にしました。」
「世間ではそれを『ボッタクリ』と呼ぶのでは……」
「いいえ。量は1/3になりましたが、1着あたりの情報の厚みを、徹底的に増やしたんです。それが、僕のやるべきことだと思って」
「『1着あたりの情報の厚みを増やす』って、どうやるんですか?」
「今回は『体感』というテーマを設けて、展示している服の数だけ試着サンプルを作ったんですよ」
「つまり、100年前の服を擬似試着できる、と?」
実際に展示された「試着サンプル」。これはフランス革命を起こした市民たちが着ていた「カルマニョール」という約200年前の衣服
「そう。そのために標本からパターンを起こして、自分で縫って、同じ形の服を作ったんです。XSからXLまで5サイズ展開して、多くの人が体感できるようにしました」
「展示品1着あたり5着、改めて作ってるってことですか? めっちゃくちゃ大変じゃないですか。そりゃボリュームは1/3になります」
「『見る』のと『着る』のでは、体感できる価値が全然違うんですよ。例えば、美術館には美しい服がたくさん並んでいます。ですが『なぜ美しいか』は表面からは決して解り得ない。僕は分解することで、その美しさを『構造』と『言葉』そして『着心地』で解説したかったんです」
「ふむふむ」
「着ると、その価値が絶対にわかる。どうにかそれを伝えたかった。僕が涙を流すほどに感動したあの気持ちを伝えたかったんです」
「アツすぎて最高です」
「友人には気持ち悪いって言われます」
「その気持ちもちょっとだけわかる」
「美術館は美しいモノの状態を保ち100年200年と残します。僕は『美意識の構成』を100年200年と残したい。モノ自体は残っていても、なぜ美しいのかは廃れてしまっているんです。それを、僕が伝える。これは僕にしかできないことなんです」と語る長谷川さん。覚悟が灯った眼光はズシリと重く、熱い
「今のお話を伺っただけでも、前回と今回の『半・分解展』は内容が全然違うことがわかりました」
「そう。感動を伝えるという思いは全く変わっていないですけど、見せ方は思いきり変えました。例えば美術館には展示品のステータスや説明文が書いてあることが多いと思うんですが、僕は今回、説明文やステータスは省いて、その服と出会った経緯を前面に押し出してみたんです」
「おもしろい! 個人的なエピソードを書いたんですね。それはステータスより読みたくなるかも」
「表現方法をより深く、より個人的な想いに変えたんです。全部自分の言葉で表現したかったんです。そういう風にして展示品を厳選して、でもその代わりに厚みは増えたので、前回来た人も『2016年も見たけど、同じものには見えない』って言ってくれました」
「素晴らしいなあ…。同じものでそこまで見せ方を変えられるって、才能だなあ…」
12日間で600万円!圧倒的売上を生んだ「半・分解展」
向かいに座っても、「バイト7連続で落ちた文系ニート VS エリートクリエイター」っぽさは際立つばかり
「ちなみに汚い話ですけど、今回の売上ってどのくらいになったんですか?」
「まず東京の入場料が約270万円。名古屋の入場料が約90万円。合計で約360万円です」
「え? 入場料だけで360万? ちょっとした新卒社員の年収くらいじゃないですか」
「あとはパターンの販売で129万、トークショーの参加費で29万、オーダーメイドの注文で66万などがあり、合計600万です」
「公開期間12日間ですよね? たった12日間で、日本の平均年収を余裕で超えてきちゃったんですか? ファッション界の与沢翼??」
「入場者数とパターンの売れ行きは、明らかに想像以上でした。こんなにも需要があるなんて思ってもみなかった。しかし、オーダーメイドの注文は4着しか受注できませんでした。もっと伝える方法があったと思うので、そこは次回に持ち越しですね」
「どこまで冷静なんだろう。そんなに受注が付かなかったと思うのは、混雑しすぎてサイズが計れなかったとか?」
「そうですね。東京展、やばかったですもん。来場者数が土曜日350人、日曜日450人で、いくら150㎡の大きめの会場といっても身動き取れない状態でした。日曜日は入場規制したんですよ。30分待ちとかにして」
「そんなに混雑が……。一度入ると、ずっといられちゃう環境だったんですか?」
「8時間とか見てる人いました。あと、合計20時間とか」
「合計20時間!?? どゆこと!????」
「なんか、大きな図鑑を持参して、1着1着をすごい調べてるんですよ。閉館すると、翌日も来て、ずっと見ているんです」
「なんだその映画か童話に出てきそうなキャラクター!(笑)」
「アパレル界隈やファッションが好きな層がメインではあるんですけど、歴史オタクみたいな人たちもいて、いろんな見られ方があるんだなあと思っていました(笑)」
超繁忙の中で起きた不幸と家族の支え
「大盛況だった『半・分解展』ですが、スタッフとかはどうしていたんですか?」
「スタッフは、家族にお願いしました」
「家族︎ ピアノの発表会レベルじゃないですか」
「でも本当に。お兄ちゃんが全日程、有給とってくれました」
「まじで︎ どんだけ長谷川家の一大行事なんですか?」
「お兄ちゃんは税理士なので、お金の計算が超うまいんですよ。だから受付はずっとお兄ちゃんです」
「税理士の日本一の無駄遣いでしょ」
「申し訳ないですよね(笑)」
「あと妻の両親も手伝ってくれました」
「開催中ずっと?」
「はい。名古屋展では、一週間丸々手伝ってくれましたね」
「すごい。なんでそこまでしてくれるの」
「妻のご両親がそこまでしてくださったのは、期間中に僕の父が死んだことが大きいです」
「え、お父さん、亡くなられたんですか……」
「はい。もう長くはないことは覚悟していたんですが、名古屋展の直前に永い眠りにつきました。もちろん実家に戻ろうと思ったんですけど、『葬儀はこっちでやっておくから、お前はやりきれ』って、母と兄に言われたんです」
「普通はそんなこと言えないですよね。本当に理解あるというか、なんというか……」
「父からも、生前『俺の葬式にはくるな』って言われていたんです。『俺の葬式にくるくらいなら自分の仕事を全うしろ』って、何度も言われました」
「すごいお父さんだ……。信念に真っ直ぐなところは、ある意味、似ているのかもしれない……」
「しかも長谷川さん、1月に第2子も誕生していませんでしたっけ?」
「そうなんですよ。1月末に生まれたので、個展の期間中は生後3ヶ月。妻には大きな負担をかけました。でもやるしかないのでやりきりました」
「その個展がどれだけ重要かっていうのは、家族や親族にどうやって理解いただいていたんですか? 『個展』って、そんなに重く捉えない人が多いかなって思うんですけど」
「正直、妻とは離婚するかくらいの喧嘩をしました」
「ですよね……」
「今年の『半・分解展』は1月に入ってから一気に組み立て始めたんですけど、集中するためにクライアントワークを全部切ったんですよ。だから3ヶ月間は、月収10万円とかで生活していたんです。だから本当に、相当のプレッシャーでした。失敗したらマジでコンクリ詰めで東京湾行きでしたね」
「どうして、そんなに自分を追い込んでチャレンジできるんですか……?」
「なんですかね……。やっぱり表現したい。誰かに、100年後に、感動を伝えたいんですよね」
「それは、使命感みたいなものなのでしょうか?」
「使命感は……最近芽生えてきました。これは他の誰かに期待するんじゃなくて、自分がやらなきゃいけないことだって」
「クライアントワークを切ったってことは、企業からの『服を作ってくれ』という依頼を受けるのをやめたんですか?」
「そうです。独立して丸2年ですけど、クライアントワークはやりがいを感じるブランドがほとんどないなと思って。100年前の感動を100年後に伝えるためだけに生きていきたいし、その為にも半・分解展とオーダーメイドで生計をたてる方向性に変えようと思って」
「まったく受けていないんですか?」
「クライアントさん次第では受けていますよ! 最近受けたクライアントワークだと、ケータリングで人気の『チオベン』さんです。TEXTの大江ようさんからお話をいただき、ユニフォームを製作しました。この仕事はとても楽しかったですね」
「広める」よりも「深めて」いく長谷川さんの意思と熱意
「『半・分解展』に込められた熱意を長谷川さんから聞けて、去年と根本は変わっていなくて、むしろ確固たる決意に変わったんだなって感じました」
「そうですね。やるべきことは変わっていないです。あと、これからまさに動き出そうとしていることがあって」
「まだあるんですか!」
「『半・分解展』が終わったあとに『あの服ってどういう構造だったんですか?』とか『あの個展で見た袖を作ってみたんですけどアドバイスください』とか質問が続いたんです。僕も、個展会場で自分の伝えたいことを100%伝えられたかって言うと20%くらいだったなと反省して」
「ふむふむ」
「だから、本当に服が好きな人に僕の服作りを教えたいと思って、原宿に『半・分解展 LABO』を開講しました。定員は小人数制で10名。受講料も決して安くはないんですが、募集をかけたところ定員を上回る応募があったんです。すでに講義はスタートしており、2019年1月18,19日には渋谷でLABOの個展を開催します」
「へぇー! すごい、そこまで決まってるんですか!」
「はい。そうやって自分が感動したことを、『広く』ではなく、『深く』伝えていきたいと思っているのが現状です」
「LABOでは個展や講演会では伝えきれなかったことを教えるんですね」
「そうですね。講演会だと、お弁当とか用意されてちょっと気負いしちゃいますし……」
「そこで急に謙虚なのがおもしろい」
「この前も、ある学校での講演会で焼肉弁当を頂いたんですけど、焼肉は学生にあげて僕はスニッカーズを食べてました」
「なんでスニッカーズ!? 焼肉のほうがよくないですか!?」
「だって、スニッカーズの方が力がみなぎる気がするから」
「全然理解できなくなりました。来年以降の動きも楽しみです! 引き続き応援しています!!」
「ありがとうございました!」
取材を終えて
こうして取材は終わりました。
前回取材したときには、長谷川さんの肩書きは「モデリスト」と呼ばれる「洋服をゼロから作れる人」を指す言葉だったのですが、いまの長谷川さんは「衣服標本家」という、唯一無二の肩書きにクラスチェンジしていました。
その肩書きから連想できるとおり、「半・分解展」の存在は、長谷川さんにとって自分の意思と命、そのものなのかもしれません。
たとえ生計が不安定になろうが、家族に不幸があろうが、1つのことに集中する長谷川さんの姿勢と、それを支えてくれる周りの人たちの暖かな愛情を聞かせてもらい、まるで映画を1本見たような熱量を浴びた気分でいます。
広めるのではなく、深く伝える。
これからも長谷川さんの動向を、追いかけていきたいと思いました。
(おまけ)ZOZOスーツを分解したい
「長谷川さん、取材は終わったんですけど、最後に1個だけ、聞いていいですか?」
「はい、なんでしょう?」
「ZOZOスーツって、あるじゃないですか。一般人からしたら、あれだけ簡単にオーダーメイドで服を作ってくれるって言ったら、すごい便利だと思うんですけど。長谷川さんもオーダーメイドで食べてるわけですし、競合じゃないですか?」
「競合とは思いませんね。むしろZOZOスーツをきっかけにオーダーメイドに興味を持ち、最終的に僕に辿り着いてくれたら嬉しいですね。僕はZOZOスーツに対して『やってみたい』と思うことが2つあるんです」
「ほお」
「1つは分解ですよね。僕の目線で、ZOZOスーツから作られたオーダースーツを分解、解説してみようと思っていて」
「めっちゃおもしろそう」
「もう1つは、2020年に東京で開催予定の『半・分解展』です。次は、表現の仕方を完全にアートに振ろうと思っているんです。イメージは、壁から袖が生えているような空間。歴史順に200年分の袖が生えていて、その最後に『現代の袖』として、ZOZOスーツの水玉の袖を付けておこうかなって」
「なるほど、それも不思議!」
「ZOZOスーツが『ZOZOスーツ』という名前であることは、僕にとって大きな意味を持っています。スーツって服の歴史の中で150年間、姿形が変わってないんです。『半・分解展』に来ると分かりますが、150年前のスーツと現代のスーツを一緒に並べても、それほど見た目に変化がないんですね。そんな服はスーツ以外にはありません。しかし、ZOZOスーツで一気に、水玉模様のペロペロに(笑) 」
「『スーツ』の歴史が変わった瞬間だったんですね」
「そう。洒落的な意味合いもありますけど、ZOZOスーツが『ZOZOタイツ』という名前ではなくて『スーツ』と名乗ったのは素晴らしいと思いました。スーツ史に残る大転換期ですね。とりあえず、早く分解したいです(笑)」
「今のが立派なオチですね (笑)。ありがとうございます。楽しかったです!」
写真:yansuKIM(Instagram)