前回のおさらい
東京・代々木上原には「海賊」と呼ばれるシェフがいます。
少しおっかない名を冠された男の名は鳥羽周作(とば・しゅうさく)。元サッカー選手で料理歴がわずか8年にもかかわらず、予約の取れない人気レストランをつくりあげた異能の料理人です。
改めまして、株式会社ツドイの今井と申します。
「ジモコロ」では半年前に彼を取材を行いました。その中で語られる彼の経歴と考え方には、驚きと狂気が詰まっていました。
・32才未経験なのに、一流レストランに気合だけで弟子入り
・修行時代、眠気覚ましに自分の腕をオーブンで焼いていた
・理想の給料は「シェフ0円」で「スタッフに年齢給」
・採用基準は「技術」ではなく「服装」
・来店して欲しい人には、自分からDMを送る
そして何より、彼のスタッフにも自分にも妥協を許さない姿勢は、飲食業界内外を問わず賛否を呼びました。
あれから6ヶ月。
鳥羽さんは、雇用主からお店を買い取り、雇われシェフからオーナーシェフへ。お店の名前も「Gris(グリ)」から「sio(シオ)」に変わり、内装もスタッフも一新しました。
「半年前は、こんなつもりじゃなかったんすよ。ジモコロのせいです」
鳥羽さんはそう言って、いつも通りガハハと笑いながら、僕ら取材班を迎えてくれました。
前回が「鳥羽周作」個人の話だったとしたら、今度は「sio」というチームの話を聞いてみたい。海賊シェフは、ついに自分のものとなった船に誰を乗せ、育て、回していくのか。
そんなことを聞きたくて、またこの場所へやってきました。
自分が異常なんだと気づいた
「リニューアルおめでとうございます。半年前の記事での自分の姿を、いま読み返してみてどうですか?」
「いや……」
「ぜんぜんダメですねコイツは!」
「(あいかわらず強いなー)」
「自分が少数派だってわかってない時点でダメです」
「そこに気づいたんですね」
「sioという店で自ら経営もするようになって、ようやく気がつきました。例えば僕が、24時間のうち22時間働いても平気な人だとするじゃないですか」
「『2時間睡眠で働き、眠くなったらオーブンで腕を焼いて目を覚ましていた』という話がありましたね」
「一流になるにはそれが当たり前じゃんって思ってたんですけど、そもそも料理したいやつが、全員一流になりたいとは限らないと気づきまして」
「実はそれを今日聞きたくて。鳥羽さんって、外側から見てるぶんには最高なんですけど、一緒にいると大変なんだろうなと」
「それ、超ありますよ」
「ははは(笑)。やっぱりそうなんですね」
「うちのスタッフ、全員そう感じてると思います」
「鳥羽さんのように徹底的な努力でここまできていると、『なんでやんないの?』となりがちだと思うんですよ。『俺より才能ないなら、俺よりやれよ』って」
「まさにそう思ってました。前の店の時に、やばい食材を作ってる生産者さんの情報が入ったんですよ。すげえ気になるから、休みの日にみんなで行こうって言ったんですけど」
「休みの日だと、自分の予定があって行けない人もいますよね」
「そう! それにめっちゃムカついてましたね(笑)。まじかコイツ、みたいな」
「そこそこ1000万コース」でもいいじゃない
「それが、オーナーになって考え方が変わったんです。超一流を目指すのも、とりあえず一人前を目指すのも個人の自由だし、どっちが偉いとかはないんですよ」
「なるほど」
「たとえば、新しく入ったメンバーは料理人なんですけど、『そこそこ1000万コース』でいいって言うんですよ」
「そこそこ1000万コース?」
「そこそこやって、年収1000万円を目指すコースなんですよ」
「ちょっとよくわからないですけど、すごいですね」
「でしょ? おべっか使わず自信を持って『僕は超一流じゃなくて、そこそこでいいので』って言ってんのがすごくいいなと思って。sioはそこがフラットなんです」
「『そこそこ』が『超一流』の下にあるわけではないんですね」
「そうです。僕は超一流コースを歩んできましたけど、失っているものも計り知れないんですよ。友達や家族との時間とか。実際、僕がそれを選んだんですけど、半年前までは『なんでみんなてっぺん目指さないの? それじゃあ料理やる意味ないじゃん!』とか思ってたんです」
「たぶん『そこそこ』でいいと思っていても、鳥羽さんの前では『一流になりたいです!』って言っちゃうと思います」
「でも、心にもないのに『一流コース目指します!』って言ってるほうがお互いストレスなんですよ。どうせやれないじゃないですか。だったら、それぞれのゴールに向かって一生懸命やることが大事だと思うんで」
「鳥羽さん、変わりましたね!」
「毎日変わります(笑)。うちの料理と一緒ですね。もうね、これは断言するんですけど、弟子は作らないです。作らないし、作れない」
「どうしてですか?」
「弟子の人材って、それぐらい少数派なんです。弟子には『オレになれ!』としか言えないと思うんですけど、無理なんですよ。だってオレ、本当にすげーやるから。周りの人見てても、『オレほどやる人って、そうそういないんだな』と思っちゃうし」
「そうでしょうね。しかも鳥羽さん、それを態度に出しちゃいそうですよね」
「そうなんすよ! だから最近ますます友達が少なくなってきて」
「ははは(とりあえず笑っておこう)」
チャレンジと失敗を繰り返して、スタッフの成長を促す
「お店のメンバーも一新されましたね」
「そうですね。前の店からはひとりだけ残って、あとはそれぞれの望む方向へ進んでいきました」
「いまは何人いるんでしたっけ?」
「全員で6人ですね。男が5人いて、独立願望のある40歳のソムリエと、経営的な視野を持ってる31歳、礼儀正しくてセンスのいい23歳、前の店から残った22歳。残りひとりは、前の店の大ファンだった女性ですね。めっちゃバランス取れてると思いません?」
「バランスが取れてるかはわからないですけど(笑)。ただ、これまで以上に和気あいあいとした雰囲気がありますよね」
前回の記事で「おにぎり侍」と呼ばれていた22歳の金垣さん(写真左)
「そう言ってもらえると嬉しいっすね。オープン後の一週間くらいは、お客さんにもいろいろ言われたし、チームとしてあんまり機能してなかったので」
「それは、サービスが悪いとかってことですか?」
「そうですね。でも、そこも織り込み済みです。スタッフがただ僕の手足になっても意味がないと思うんで」
「ん? どういうことですか?」
「例えば単純に、初めから細かい指示を出してしまえば早いことも、あえて言わない。気づいてもらえるまで寄り添います」
「へえ。何にも言わないんですか?」
「何も言わない時もあるし、ヒントみたいなことを言う時もあるし。たとえばスペシャリテ(名物)をいちばん若いやつに任せてるんですけど、オープン当初は正直お客さんの心に響く出来ではなかったんです」
Gris時代からの定番料理「豚 キャベツ」。回鍋肉の再構築というテーマで作られている。
「以前の鳥羽さんならブチ切れてたのでは?」
「はい。でも、何も言わずに一ヶ月耐えたんです。僕もそいつもお客さんに響いていないことはわかってたのに」
「ほう、なんでわかってるのに教えないんですか?」
「答えを簡単に与えちゃうと、その時はできても次がないじゃないですか。目の前の壁を越える方法じゃなくて、高い壁が来た時に何をするべきか考えられる人になって欲しいんです」
「テクニックだけ覚えても仕方ないってことですね」
「はい。それにはやっぱり、お客さんに直接食べてもらうこと。自分が作ったものを口に運んだ人のリアクションをみて、それがイマイチだった時にどう思って、どう動くかです」
「そのために何も言わないと」
「そう。チャレンジと失敗を繰り返す中で、自分の中での確信を見つける作業がとても重要だから。いまはそういうお店が少なくなっているんですよ。店にとってもマイナスですからね」
「なるほど。自覚を促すことでチームとしての成長を目指すと」
「そうですね。人間のキャパシティがコップだとしたら、常にコップの水があふれそうな状況に『それぞれ』が身を置くことが大事なんです。一日あふれさせずに過ごせたら、次の日、容量がちょっと大きくなるみたいなイメージですね」
「そうですよね。でも鳥羽さんがそういうことを言うのは意外ですね」
「そりゃあ完璧じゃないものを店で出すことは死ぬほどストレスですよ」
「そうでしょうね」
「でもみんなを鍛えていって、うまいもの作れるやつ、良いサービスができるやつを増やせれば、ハッピーになる人が爆増するはずなんです。長い目で見ると、お客さんに返っていくと思いますよ」
「はー、いや本当に変わりましたよね」
「他にも経営者になって変わったことがあるんですよ。まず自分のために全然お金を使わなくなったんです。給料増えたのに、全然使いたくならないんですよ。ナイキのスニーカーとか欲しかったのに」
「え、買えばいいじゃないですか」
「いやそれより、スタッフやお客さんのために使いたいんですよ。いま、僕は毎日同じ服着てるんです。その代わり、スタッフに元気でいて欲しいんで、全員にBIRKENSTOCKのサンダルとかサプリとかを支給したりしてます」
「へえ〜それはいいですね」
スタッフ全員に支給されるBIRKENSTOCKのサンダル
「あとは、自分の料理を褒められるよりも、店やスタッフを褒められることに喜びを感じるようになったんですよ。なんか気持ち悪く聞こえるかもしれないですけど、本当なんです」
「もちろん信じてますよ。それは、雇われシェフだった時にはなかった気持ちなんですか?」
「なかったですね。個人として評価されることをすごく求めてたので。でもオーナーになると、それよりお店全体っていう感覚になりました。お客さんにも結構いろいろ言われるんですけど、いまはそこじゃないっすね」