牛に舐められながらこんにちは。ライターの友光だんごです。今日は岐阜県下呂市に来ています。
日本三名泉のひとつ「下呂温泉」で有名な下呂市ですが、なかでもこの萩原というエリアは「飛騨牛」の産地。
飛騨牛は神戸牛や松阪牛などと並ぶ「ブランド牛」……つまりめちゃくちゃ美味しくて高級な牛肉です。
下呂市に着くなり「飛騨牛食べたい!」とレストランに入ったのですがその値段に目玉が飛び出てしまい、ひとまず生きた牛を見に来ました。
牛舎では数十頭の牛たちがモリモリ元気に草を食べ、
モリモリ元気にうんこをしています。
「うんこからホカホカの湯気が。生命力を感じる」
「そのうんこが大事なのよ」
「!!」
「牛って口があればケツもあるやん。食ったものがうんこになって出てくるやろ」
「はあ」
「うちの牛はちゃんとした餌を食ってるからいいうんこをする。そのうんこがいい肥料になって、いい野菜や牧草を作ってくれるのよ」
「あなたは…?」
「おお、熊崎光夫って言ってな、ここの牧場のもんよ。俺はここで牛飼いとして『循環する農業』をやってるのよ。農家ってのは自給自足が基本。そして牛がいるからこその循環があった」
「でも近代的な農業がその循環を壊した。だから俺たちは退化してしまってるのよ」
「退化、ですか…?」
いぶし銀の俳優のような雰囲気で現れ、自らを「牛飼い」と呼ぶ光夫さん。
光夫さんの目指す『循環する農業』とは、 そして『俺たちは退化している』と言う言葉の意味とは? そこには光夫さんの「牛飼い」としての美学と哲学がありました。
キーワードは「土と内臓」。さあ、牛から始まるディープ・ワールドへいざご案内します。
「繁殖」が一番面白い
事務所に移動して、光夫さんにお話を伺います。
「まず光夫さんの仕事について聞きたいのですが、飛騨牛を育てられているんですよね」
「そうやね。俺は飛騨牛の『育種』、つまり繁殖の仕事をしてる。子牛を生産して、子牛市場に出すところまでが仕事やね。そこから子牛を育てて大きくするのは『肥育』って呼ばれとる」
「牛の繁殖と肥育てる仕事が分かれてるんですね」
「もちろん一貫して全部やる人もおるけど、地域によって色々でな。例えば、最初から『松阪牛』って牛はいないのよ」
「え、どういうことですか?」
「兵庫や飛騨で産まれた牛を三重県のあるエリアで育てたら、松阪牛になる。松阪に繁殖農家はほとんどおらんから、他の土地から子牛を連れてくるんやね。でも、神戸牛の場合は兵庫で産まれた牛じゃないと駄目。そんな風に、地域によってブランド牛の定義はさまざまなわけ」
「ちなみに『飛騨牛』ってのは新しいブランドでな。30年ほど前に兵庫県から連れてこられてた『安福』って雄牛から、飛騨牛が作られていった。安福は『飛騨牛の神様』と呼ばれとるね」
「『神様』ですか。 安福の何がすごかったんでしょう」
「肉質が飛び抜けて良かった。『サシ』と呼ばれる脂身がたくさん入った、当時はまだ珍しい『霜降り』だったそうや」
「その安福を父親に肉質の良い牛を増やして、それが飛騨牛になっていったと」
「そう。それまで小さな品種がいくつもあった岐阜県産の牛を『飛騨牛』って名前で統一して、ブランド化していった」
「県をあげて作られた特産品なんですね。じゃあ安福はハンマー投げの室伏みたいな感じですかね。超強いハイスペックな肉体の持ち主というか」
「(フーーーーッ)」
「あれ、室伏の例えがうまく伝わってない。続けましょう」
「おお、体のサイズでいうと安福は小さかったらしい。兵庫県の牛って基本的に体が大きくない種類やから。でも、一頭から沢山肉量をとるには、大きい牛の方がええよね。ならどうすると思う?」
「体の大きな牛と掛け合わせる…?」
「そう。別の地方の体の大きい牛と肉質の良い安福をかけ合わせて、肉質と大きさをあわせ持つ牛になるようどんどん改良してきたっちゅうわけ」
「そんな風に色んな特徴を持つ牛を掛け合わせていい牛を作るのが『育種』の仕事なわけですね」
「うん。何でもさ、子どもが生まれる、増えてくって一番面白いでしょう。繁殖は一番難しいけど、一番面白いんやって」
そもそも牛は「役用」だった
「品種改良を掘り下げるとさ、そもそも肉牛の『和牛』と日本に昔からいた牛っていうのは別なわけよ」
「『和』牛なのに?」
「日本の在来種の牛っていうのは、体がもっと小さかったわけ。で、そこに体の大きな外国種をかけ合わせて、今の『和牛』、つまり食肉用の品種群が生まれとるのよ」
「ということは『松阪牛』や『神戸牛』みたいなブランド牛も全部…」
「品種改良の結果やね。そうやって体を大きく、肉量を多くっていうのは肉牛として儲かるからでしょう。でも、元々は日本の牛ってみんな『役用』だったのよ」
「えきよう、ですか?」
「いわゆる仕事に使う牛のこと。昔の日本では、農業で畑を耕すのに使ったり、炭鉱や金鉱でも牛を使ってた」
「そうか、昔は車やトラクターなんて無かったわけですもんね」
「そう。で、狭い金鉱の中で物を運ばせたり、小さな田んぼを耕すには体が小さい方がええよね。だから役用の牛は大きくなくてよかったわけ」
「その役用の牛って、トラクターやコンバインのような機械が普及するとどうなったんでしょう」
「もういらなくなるよね。そこで、肉を売るための『肉牛』として牛が飼われるようになった。だから農業に比べて、肉牛を育てる畜産は産業としての歴史は浅いのよ」
「昔の農家では、どこでも役用の牛を飼ってた。でも農業が機械化されて牛が農家からいなくなるよな。その時、農業から失われたものって何かわかるかい?」
「ええっと…」
「さっき兄ちゃんが見てたやつよ、ホカホカの」
「……牛のうんこですか?」
「そうやな。ここで『循環』の話が出てくるんやな。牛のうんこは堆肥になる。その堆肥で野菜や米を育てる。米を収穫した後の藁や野菜の屑を牛が食う…って循環が、昔の農業にはあったわけよ」
「そこで牛がいなくなると、牛のうんこや藁はどうなるんでしょう」
「ゴミになるな」
「じゃあ堆肥はどこから…?」
「自分で作らず、よそから買った化学肥料を使う。今じゃ牛の餌も買うのが当たり前やからね。自分とこで作らずよそから持って来てたら、それは循環じゃないやろ」
「そうですね、自給自足でもない」
「もしもしって電話すりゃあよう、50kgずつ梱包されたアメリカ産のピカピカの牧草が届くんだから」
「Amazonみたいだ。それって、外にある白いやつですか?」
「あれは俺が作った。俺は牧草もなるべく自分で作っとるのよ。収穫して梱包して…って手間はかかるけどな」
「保管場所も必要ですし」
「そりゃあ牧草も肥料も買った方が効率はいい。でもさ、俺は失われてしまった循環の農業がしたい。だから自分で牧草を作るし、化学肥料も使わんのよ」
「そんな風に光夫さんが『循環の農業』をやりたい理由って何なんでしょう?」
「ああ、その話にちょうどいい本があるわ」
化学肥料を使った農業で、土そのものが死んでいる
「この『土と内臓』って本なんやけどさ、俺のバイブルみたいなもんで」
「すごいタイトルですね。粘土で内臓を作り上げる職人の物語ですか?」
「その物語に需要ある? 『土と内臓』っていうのは、土も内臓も微生物の働きによって守られているって話でさ。キーワードは『微生物』なのよ」
「はあ」
「土の話でいうと、化学肥料を使うと確かに作物はよく育つ。でも、化学肥料を何十年と使い続けた土と有機肥料を使い続けた土を比べると、化学肥料を使い続けた土では年々収穫量が落ちてきたって調査結果が出たらしい」
「ええ! 化学肥料を使い続けると何がよくないんでしょう」
「うん、作物がよく育つ『いい土』っていうのは、実はいろんな種類の微生物がたくさんいる土なわけ。でも、化学肥料を使い続けると微生物が死んでしまうのよ」
「作物がよく育つなら、悪いものは入ってないような気もしますが…」
「簡単にいうと、微生物にとっての化学肥料って、人間にとってのブドウ糖みたいなもんで。体を動かすエネルギーにはなるけど、人間でもブドウ糖だけ注射されてたら死んじまうだろ」
「他にもビタミンとかミネラルとか、色んな栄養が必要ですよね」
「そう、その栄養っていうのが『有機質』なわけ。だから有機肥料で有機物を与えてやった土の方が微生物が元気で、長期的に作物がよく育つ豊かな土になる」
「なるほど、『化学肥料=ウィダーインゼリー』で『有機肥料=一汁三菜の定食』みたいな感じですかね」
「まあ、イメージとしてはな。俺は自分で堆肥をつくっとるけど、感動するで。有機はあったかいから」
「それでな、この本に書いてあるんやけど化学肥料って戦争と関係があるんよ」
「ええっ」
「世界大戦の頃に使われてた爆弾には窒素が欠かせない成分やったんやて。で、化学肥料の一つも『窒素肥料』。つまり、爆弾を作る工場のラインを、そのまま窒素肥料の製造に転用できた。だから窒素肥料を農家に強制的に配って、国の政策として化学肥料を使わせたらしい」
「へえー!!では世界大戦の前後で、一気に化学肥料を使った農業に切り替わったんでしょうか」
「そう、そこで何十世紀と続いてきた循環型の農業が失われた。ただ、この『土と内臓』って本が出版されたのがまさに象徴してるように、最近になって近代農業のまんまで大丈夫か?って気づく人が徐々に増えてきたんよ」
俺たち人間は退化している
「ほとんどの生き物がさ、感染症で死んでいく。でも今、感染症で死なん生き物が3種類だけおる。それが人間と家畜とペットなんやな。俺に言わせたらさ、この3種類は退化しとるよ」
「病気に強いなら進化しているような」
「あのな、感染症で死なんのは除菌や殺菌をしとるからやろ。本来の生き物としての生命力はむしろ弱まっとるよ。生物っていうのはそもそも菌と共存しとるもんやから」
「ああ、だから退化だと」
「近代農業でもさ、殺虫剤や除草剤を使うわけ。でも、それって菌を殺してしまうから、土の力は弱くなるっちゅうわけ」
「だから便利は不幸やって思うよ」
「顔、かっこよすぎ…」
「そっちかい。まぁ、農業って、何千年とその土地に合わせて人間が続けてきたもんでしょう。その土地のものを食べるのが一番理にかなってるし、体にいいはずよ。でも今、ホームセンターで売ってる種見ると全部アメリカ産。大丈夫か!って思うけどな」
「人間もそうやけど、やっぱりいろんな種類を食べる方が健康になる。牧草も本当は雑草でええんやって。うちの牧草地は雑草もいっぱい生えとるけど、それを一緒くたに食ってる俺んとこの牛はどえらい健康やから」
「いろんな野菜を食べてる状態みたいな」
「うん。霜降りの脂って白いでしょう。あれは牧草を食べさせないから。牧草にはビタミンAの元になるカロテンが含まれてて、脂が黄色くなっちゃうんだってよ。だからカロテンのない藁を牛に食わせるのよ」
「商品として脂の色も重要なんですか?」
「白い脂の方がいいランクの肉になる。商売だから、みんな高く売れる方をやるよね。俺は脂が黄色い肉でも美味しいと思うけどね」
「牛乳も一緒。都会の人は黄色い牛乳を見たら腐ってる!って思うかもしれんけど、カロテンを牛が摂取したら牛乳も黄色くなるから」
「カロテンが含まれてるから、むしろ栄養は多いわけですよね……。それって、何を食べるか選ぶ時に、実際の味ではなくイメージに左右されちゃってるわけですよね」
「そうそう。日本ってどうしてもスタンダードなものを好む人が多い。だけど、もっと自分が実際に見たり感じたりしたもので価値判断をした方がええと俺は思うな。人間がどんどん土から離れていってしまっとるよ」
「笑い飯の『ええ土ーー!!』が脳内再生されました」
「ええ土は命をつなぐんよ」
画一的でなく、その土地にあった農業を目指せばいい
「お話を聞いていて…近代農業や今の消費における『全国同じように、同じものを食べる』思想と、光夫さんの目指す『自給自足の、循環する農業』は真逆のように感じるのですが」
「そうね。これからは画一的ではなくて、その土地に合った農業を目指せばいいと思う。それって、その土地でしか食べれんものを作るってことなんよな。例えばさ、俺んちで毎年、つぶした親牛の肉を売るのよ。他所には卸さず、ここだけでな」
「絶対美味しい」
「おお、地域のみんなが買いに来て、すぐ売り切れる。10万円分くらい買ってくやつもおる(笑)。うめえからな、うちの肉は」
「それってまさに、ここでしか食べれないものですね」
「そうやな。都会にはないものを田舎の人間が食うってことは絶対必要なんやって。そしたら『この肉は熊崎光夫って人間がこんな風に作って〜』っていうストーリーがそこに生まれるやろ。うちの娘も美味いチーズ作っとるで」
「父娘ですばらしい。スーパーとかコンビニで売ってるものよりずっと濃いストーリーですよね。世の中的にも、だんだんそういうストーリーのあるものの良さに消費者が気付き始めてる気はします」
「一昨年からこの地域で、集落営農ってのが立ち上がってな。農家が高齢化して米作りが大変になっとる。そこで地元の有志が農地を預かって、共同で100%有機米を作っとるのよ。その米で地元の酒蔵に日本酒を作らせてさ。うめえんだからこれが」
「確かにストーリーがある…! そんな風に、地域で農業を守っていく形も増えていくんでしょうか」
「ああ、高齢化で人口も減って、自分の土地を自分だけで守るのは限界が来とるからな。農家一軒単位の循環だけじゃなく、地域での循環が生まれるとええと思うな」
「東京は地域の農業に甘えてるところありますもんね。みんなで考えないといけない問題だ……」
「いきなりやけど、『食』っていう字はさ、『人』に『良い』という字を書くだろ」
「3年B組、光夫先生…?」
「字の通りやけど、人間は絶対に体にいいものを作って、食わないかんの。日本人の食文化で、春にアクの強い山菜を食べるでしょう。食べ過ぎると下痢しちゃうんだけど、それは解毒効果なわけ。冬の間、漬物とか保存食を食べて来た分をリフレッシュするんよ」
「へえー!なるほど」
「で、夏に向かうと。本来の人間の、俺達の生き方はそう。でも、今の食はなんでもありになってしまっとるよ。旬をみんな忘れとる」
「体で季節を感じることって少ないですね」
「メディアから入ってくる情報で、頭で季節を感じとるかもしれんけど、それだけなのが良くないのかもしれん。やっぱり土が大事やと思うよ」
取材を終えて
「俺たちは地球を借りとる。そのことを覚えとかんと」と光夫さんは言います。
土から離れ、肌で季節を感じることも減り、少しずつ我々は生き物としての本来の感覚が薄れていっているのかもしれません。一方で止められない世界があるのも事実。本能的な「美味い!」 を信じつつ、この記事で「土の重要性」を感じ取ってもらえたら嬉しいです。
それでは、また!
※光夫さんの牧場では、家畜伝染病予防のため牧場内への無断立ち入りを禁止しています。
【お知らせ】
2月24日(土)、光夫さんが生まれ育った岐阜県の「わからなさ」を伝えるイベントを開催! 編集で本記事に取材同行したジモコロ編集長・柿次郎も登壇します。岐阜県出身の方、岐阜県に興味のある方、そして「リニアが通ったらどうなるのかわからない」方もぜひ遊びに来てください。
書いた人:友光だんご
編集者/ライター。1989年岡山生まれ。Huuuu所属。インタビューと犬とビールが好きです。Facebook:友光 哲 / Twitter:@inutekina / 個人ブログ:友光だんご日記 / Mail: dango(a)huuuu.jp
写真:小林 直博
長野県奥信濃発のフリーペーパー『鶴と亀』で編集者兼フォトグラファーをやっている。1991年生まれ。ばあちゃん子。生まれ育った長野県飯山市を拠点に、奥信濃らしい生き方を目指し活動中。