ジモコロをご覧の皆さん、コラムニストの前田将多と申します。本日はカナダの牧場からカウボーイスタイルで失礼します。
皆さん、最近ステーキは食べましたか? ハンバーガーは好きですか? アメリカへ行ったことはありますか?
私はアメリカが好きです。コーラを片手に、バーガーを食べて、メジャーリーグ・ベースボールを観る。アメリカ人って、楽しいことや、単純にうまいもの、楽チンなことを考えさせたら天才なのではないかと私は考えています。
そんな北アメリカ大陸の歴史は、牛肉抜きには語れません。牛肉になる牛って、誰によって、またどうやって育てられているかご存知でしょうか?
食肉牛はカウボーイたちが育てています。そう、あのカウボーイです。
日本ではファッションにまつわるイメージが強かったり、西部劇のガンマンと混同しがちなカウボーイ。ですが、カウボーイは今でも北米(カナダ・アメリカ・メキシコ)にいて、世界中の食を支えています。その仕事はタフで、豪快で、誇りあるものなのです。
そして、実はカウボーイと日本の広告業界でよく聞く「ブランディング」はとても関係が深いんです。
私は電通でコピーライターをしていましたが、2015年に会社を辞めて、カウボーイの取材に出かけました。電通の労働問題が大きな話題になる直前のことです。
出せるかどうかの見通しもない本を書くために、無職になって牧場に住み込みで働くというのはなかなかキツイ体験でした。しかし、「働く」ということを新たな気持ちと視点で見つめ直す機会になったと今は思います。
今回、無事できあがった本を取材先であるカナダの牧場に届けに行ったところ、ちょうどあちこちの牧場で「ブランディング」が行われる時期だったため、再びお手伝いをしてきました。
この記事では本場の「ブランディング」の様子を紹介することで、カウボーイの誇り高い仕事の一端を知ってもらえればと思います。
牛の焼印こそ「ブランディング」の起源
「企業としてどう見られたいか」「顧客にどういう印象づけをしたいか」「製品でなにを約束するか」といったことをコントロールするのが、広告業界でいういわゆる「ブランディング」です。
私は広告会社出身ですので、毎日のようにこういったことを考えたり話し合ってきました。ただし、牧場でいうブランディングとは「焼印捺し(やきいんおし)」のこと。仔牛に焼きゴテで牧場の印を付ける作業です。
焼きゴテを当てたら痛いんじゃないの…?と驚かれるかと思うのですが、どうかご安心を。牛の皮は人間の5倍くらい厚いため、大した痛みは感じないようです。
そして、この作業こそが、広告用語でいう「ブランディング」の語源となったものです。
なぜ、一種残酷な行為である焼印捺しを牛にするのか。歴史を簡単にお話ししますと、元々はスペイン人が始めた習慣です。
彼らはアメリカ大陸を「発見」し、牛馬を持ち込みました。そして畜産を広めていったのですが、1870年代に有刺鉄線が普及し、土地をフェンスで囲うことが浸透する以前は、牛は公有地で放し飼いになっていました。
つまりスミスさんの牛も、ジョンソンさんの牛も、広大な土地のある部分では混ぜこぜになる可能性があったため、消えない印を付けて誰の持ち物なのかを明確にする必要があったのです。
それどころか、焼印のない牛を捕まえて焼印を捺してしまえば、自分のものにできたと言います。
きちんと管理されている牛は、予防接種の注射や駆虫剤の塗布などを受けています。
焼印を捺さずに飼い、他の人の牛と混ざったり誰かに盗まれたりすると、劣悪な環境で育てられ、そのせいで病気が広がってしまう……なんてことも起こり得ます。そのため、焼き印による牛の管理は理にかなった行為なのです。
余談ですが、牛のことを英語でcattleというため、cowboyは別名cattleman(キャトルマン)とも呼ばれます。Cattleは、ラテン語で「財産」の意味で、capitalと同じ語源だそうです。
そう、家畜に自分のところの印を付けることはすなわち財産を守ることだったのです。
埃まみれ、クソだらけに
歴史も説明したところで、さっそく作業をはじめていきましょう。
その手順ですが、春に産まれた仔牛を夏にブランディングするといっても、産まれた時点で牛は体重40kgくらい。生後ふた月程度で80kgくらいに育っています。
デカいんです。重いんです。ものすごいパワーなんです。人間の力だけでは無理なんです。
そのため馬を使います。カウボーイは今でも馬に乗って仕事をしますが、それはカッコいいからとか、楽しいからというわけではなく、その必要があるから乗るのです。
ブランディングの日は、その牧場のイベントみたいなもので、近隣のカウボーイたちや友人たちが手伝いに集まります。お返しに、また彼らのブランディングの際には手伝いに行きます。そうやって、別の牧場(会社)であっても、同業者同士で助け合っています。
報酬はハンバーガーとビールといった、その日のエネルギー、それだけです。カッコいいですね、カウボーイは。
まず、牧場の広い牧草地に放してある牛の群れを、みんなで馬に乗って集めに行きます。
牛は母子で一組になっていますが、まとめて鉄製のコラル(囲い)の中に閉じ込めます。そうしておいてから、ブランディング開始前になるべく母牛をコラルの外に追い出します。仔牛だけ「入れ!」というわけにいかないのです。
ブランディング作業は、馬に乗るチームと、地上のチームに分かれて行います。
馬に乗ったカウボーイがロープを使って、仔牛の両後ろ足をキャッチ。これにはかなりの技術が必要なので、「カウボーイ見習い」の私はもっぱら地上班の作業をお手伝いします。
後ろ足を両方つかまえるのは、家畜への負担を軽くするためです。荒々しい仕事ですが、牛はあくまでも「商品」なので、むやみに傷つけたいわけではありません。
両後ろ足をロープでとらえられた仔牛が、馬力によってズルズルと引きずられて、コラルから出てきます。
さて、ここで私の出番です。ヘッドキャッチャーという金具を使って、仔牛の頭を固定するのです。
これがそのヘッドキャッチャー。
ヒモがついた鉄の輪っかで、ヒモはクッションとしてのタイヤチューブにつながっていて、その先のペグは地面に打ち込まれ固定されています。
それを仔牛が引きずり出されていたところでタイミングよく、ガシッと頭にかけるのです。相手は生き物ですから、動きます。というか、暴れるやつもいます。
獣の動きや咆哮にビビることなく、冷静に対処しなくてはいけません。私もはじめは恐怖で足が震えました……。
5倍の厚みの皮膚に守られているため、終わると意外に平然と立ち上がります。
ヘッドキャッチャーに失敗すると、そのまま引きずられて行ってしまう仔牛を追いかけて、タックルして、プロレス技のボディスラムのように地面になぎ倒して組み伏せなくてはなりません。これはキツイのでなるべく避けたいところです。
だいたい一日に処理できる頭数というのは300頭くらいかと思います。私は先日、手伝いに行ったカナダの牧場で500頭を相手にしましたが、その日は馬上班、地上班合わせて15人くらいと、人数が少なくて大変でした。倍近い人数がいてもよかったかもしれません。
土埃だらけ汗まみれになり、こんなヒドイ顔になります。ジーンズは汚れ、ブーツはクソだらけです。
原始的に見えて、効率的な仕事
ロープとヘッドキャッチャーでうまく仔牛の動きを封じることができると、焼印に加えて、予防接種の注射、駆虫剤の塗布、個体識別の耳タグの取り付けと、様々な作業を人間たちが寄ってたかって済ませていきます。
これも、家畜へのストレスを最小限に、仕事の効率を最大限にしようというカウボーイの工夫です。
牛をはじめ、動物を食べることに賛否両論はあるでしょう。ただ私個人としては、肉体を使って大地を拓き、人間的生活を築き、何かをとにかく食らってエネルギーにしてきた人間の生存手段としては当然だったと思っています。
食うに困らない都会生活者が、肉食をやめるのも霞を食うのも自由ですし。
馬や犬と一緒に働いて、牛や羊といった家畜を扱う仕事を体験すると、人間も獣の一種にすぎないということを強く感じることがありました。食って寝てヤッて子孫を残す。身も蓋もない言い方をするとこういうことでしかありません。
いろいろ高尚なことを並べ立てることはできますが、この獣としての基本から逃れるなら種の保存は叶いません。
北米でカウボーイたちが尊敬されているのは、時に冷たく、時に温かい目で命を見つめ、ごちゃごちゃ言わずに、身体を使って人の生活を支える仕事に従事しているからなのだと思います(もちろん動物愛護団体からは非難されますけど)。
見た目ほど牧歌的ではなく、実に厳しい仕事です。ひとりで黙々と取り組んだり、仲間と助け合ったりしながら、受け継いだ土地や(家畜を含む)財産を、次世代にどう引き継ぐかを思い描いています。
ブランディングは、その財産を守るために、牧場ごとに固有のマークを牛の体に付け、自社の印とすることです。それは、カウボーイの誇りを刻むような作業でもあります。
普段の牧場は、どこもギリギリの少人数で営まれていますので、ブランディングの日には友人、知人が無償で駆けつけてお互いに助け合う。仕事中の昼間から散々ビールを飲んで、賑やかに近況を話し合ったり、新しい仲間を紹介されたりして、体力のいる仕事を楽しくこなしていきます。
一日の終わりには倒れそうになるくらい疲労することもありますが、ストレスと呼べるようなものとは無縁です。私が出会ったカウボーイたちは、(使う言葉は汚くても)他者へのリスペクトを忘れない、気持ちのよい男たちでした。
カウボーイたちの仕事と生活と、彼らとの友情について、さらに深く知りたい方は、私のひと夏のルポルタージュ『カウボーイ・サマー 8000エイカーの仕事場で』を手に取ってみてください。
「旅した気分になれる」「仕事に悩む人にこそ読んでほしい」と好評をいただいています。
ちなみに、フライパンで煮込まれているのはオス牛の去勢に取ったキ○タマ。一部のカウボーイにはごちそうなのだそう……。
それではまたどこかでお会いしましょう!
書いた人:前田将多
コラムニスト・株式会社スナワチ代表。1975年生まれ。ウェスタン・ケンタッキー大学卒業、法政大学大学院中退。2001年、株式会社電通に入社。関西支社で主にコピーライターとして勤務し、2015年に退職。カウボーイの本質を体験的に見定めたいと、カナダの牧場でひと夏カウボーイとして働いた。著書に『広告業界という無法地帯へ ダイジョーブか、みんな?』(毎日新聞出版)。Twitter ID:@monthly_shota