ジモコロ読者の皆さまこんにちは。発酵デザイナーの小倉ヒラクです。
発酵入門の記事や、編集長柿次郎さんの旅日記にも登場している「ジモコロ仲良しおじさん」です。
でね。今回のジモコロ記事のライター、なんと僕なんですよ。
ふだん編集やライターが本職でない僕が登場するには、ちょっと理由があってだな。
今回のお題は「なぜ、佐賀県は過小評価されるのか?」。佐賀県の魅力を少し違う視点で掘り下げてほしいとジモコロ編集部にいわれたんです。
というのも、僕の母方の実家が佐賀の小さな漁村で。小さい頃身体が弱くて、中学生まで毎年夏休みは佐賀の田舎の海で鍛えられてたんだよね。
つまりルーツは佐賀にある! 掘り下げ役としては適任なのかもしれない!
たしかに佐賀の魅力ってわかりづらい!?
…というわけで、佐賀の文化を調査して皆さまに紹介することになったわけですが。
確かに佐賀の文化ってとっつきづらいかもしれない。
・福岡と言えば中洲の屋台
・滋賀と言えば琵琶湖
・シンガポールと言えばマーライオン
的なわかりやすいアイコンが思いつかない。
「大阪と言えばヒョウ柄のおばちゃん!」「沖縄と言えば島唄大好きのおじいとおばあ!」的な明快なキャラクターも思い浮かばないな…。
僕の幼少期の記憶を辿ってみるに、佐賀の村でお世話になった親戚のおじちゃんやおばちゃんの事を思い返しても、喜怒哀楽のリアクションも単純じゃなくて、言葉数が多いわけでもなく、いっけん何を考えているかわかりづらい人が多かった。
これぞ田舎!的な感情をストレートに伝えてくるような文化はなかった記憶がある。
うん。佐賀、たしかにとっつきづらい。
でも、実は気になるものもいっぱいあるんだよね!
最初に選んだのは、唐津焼!
佐賀の文化のなかで、僕が最初に思い浮かんだのは唐津焼。
実は佐賀県は焼き物大国。伊万里焼・有田焼・唐津焼と有名なブランドがあり、コレクターでなくても、フツーの家庭の玄関に伊万里焼が飾られていたり、唐津焼でお茶を飲んでいたりするわけです。
唐津のはじの漁村に生まれ育った僕の母は、当然のごとく唐津焼が大好き。少年時代のヒラクは、実家の戸棚にしまわれた唐津焼を「なんかフシギな焼き物があるな〜」と眺めていたわけです。
装飾的な伊万里・有田焼は「いかにも芸術品!」といったわかりやすいテイストですが、唐津焼はゴツゴツしてるし、色もベージュとか茶色で地味。よく見るとカタチもゆがんでいたり、とにかくシュッとしていない。テキトーに土をこねてみましたけど何か?的な無愛想な焼き物なわけです。
小さい頃は「なんだろう、あのヘンな器」とアウトオブ眼中だったのですが、年をとってだんだんおじさんになってくると、唐津焼の良さが沁みてくるわけですよ。それなりに社会的責任を負い、それなりに人を愛し、それなりに人に裏切られ、それなりにお金を稼いだり借金したりして辛酸をペロリペロリと舐めてきたおじさんからすると、
無愛想さ→天真爛漫さ
地味さ→素朴な味わい
に脳内変換が起こってくるわけです。かつてはわからなかった価値が「滋味深ぇ…!」とジワジワくる。
この天真爛漫で朴訥とした風情を、いつまでも眺めていたい!
…と、「日向ぼっこしている猫ちゃんのお腹をなでなでしてえな」的な欲望がドライブしまくって、いてもたってもいられなくなるわけよ。
ということで、窯元を訪ねてみました
「もっと唐津焼のことを知りたい」
「もっと唐津焼のことを愛(め)でたい」
あまりにも気持ちがたかぶってしまったので、九州への出張ついでに佐賀に寄って、唐津焼の窯元を訪ねてみました。
口利きしてくれたのは唐津焼大好きなヒラク母です。
「唐津焼のおおもとのルーツは、北波多というエリア。そこに古い唐津焼のスタイルで器を焼いている三帰庵という窯元があるから行ってらっしゃい」
「えっ、北波多?唐津焼の老舗の中里家※のある市内からは離れているけど…」
※14代続く、唐津焼を代表する陶工一族
「家系的には中里家が古いんだけど、三帰庵のあるエリアは唐津焼が生まれた場所。唐津焼の歴史を調べたかったらまずはそこへ行かないと」
というわけで。一路、佐賀県唐津市北波多の『岸岳窯 三帰庵』へGO!
唐津市中心部から車で約30分ののどかな里山に、三帰庵の窯があります。
この佐賀っぽい景色、なつかしいな〜。
話を聞いた人:岸岳三帰庵・冨永祐司(とみながゆうじ)さん
およそ80年続く、唐津焼発祥の地北波多で窯を営む陶芸家。古いルーツの唐津焼のテイストを残した味わい深い器をつくっている。ヒラクの母が大ファン。
「やあいらっしゃい。唐津焼の歴史のことを知りたいんだって?」
「はい。唐津焼って、朝鮮の作陶技術を取り入れてできた焼き物ですよね。豊臣秀吉の朝鮮出兵※の時に生まれた文化なんですか?」
※1592〜1598年にかけて起こった、豊臣秀吉による大明帝国・李氏朝鮮の征服を目指した大規模な出兵。唐津に本拠地を起き、のべ20万人の兵を大陸に派兵した、16世紀では世界最大規模の国際戦争。いちいちスケールがデカい
茶頭の古田織部※が朝鮮に出向いて朝鮮の作陶技術と陶工を持ち帰ってきて革命的な器をつくった。右ページの色の黒い男が松浦党の海賊。左ページに北波多の地名が登場しています。
※古田織部:16世紀末〜17世紀前半に活躍した武将茶人。利休の弟子だが、わびさびとは一線を画した自由奔放で豪快な茶の湯を拓き、斬新な茶器を次々にプロデュースした。その数奇な人生は漫画『へうげもの』で詳細を知ることができる
「そうだねえ。唐津焼が有名になったのは秀吉の出兵以降なんだけど、実はその前から唐津焼はあったんだよ」
「な…なんですと?じゃあ秀吉や織部が見つける前に、朝鮮の作陶技術に目をつけていたヤツがいた…?」
「そうそう。秀吉がくる前にこの北波多を支配していた松浦党という地方豪族…もっといえば倭寇という海賊のような組織がいたんだね。この海賊が唐津湾を通って朝鮮半島と交易をしていた。その時に向こうの焼き物の技術を輸入して、朝鮮スタイルの日用雑器をつくりはじめた。それが一番最初の唐津焼なんですねえ」
「ええーッ!知らなかった。唐津焼って、海賊の器だったんだ!」
「唐津焼って、茶席の時に使う器として有名だけど、この頃の唐津焼はほんとに日用品。芸術的な価値というよりは、手軽で丈夫であることが大事だったんだ」
「それがどうして今知られているような茶器としての価値を持つようになったんですか?」
「うーん。当時のことを直接見たわけじゃないから推測だけど、唐津焼の荒々しい感じが、武家の茶道の美意識にマッチしたのかもしれないね」
「確かに…。利休的な洗練されたわびさびよりも、無骨で荒々しい美学…!」
器を大胆にゆがませた「織部スタイル」。元々海賊の器として生まれた無骨な焼き物を、アートディレクター織部がさらに無骨さをデフォルメすることによって、素朴な日用雑器が芸術作品に進化した。
「織部が唐津焼に目をつけた頃、この地を支配していた海賊松浦党は秀吉に征服されてしまったんだ。そしてもともとこの北波多で唐津焼を焼いていた松浦党の陶工たちは他の場所へ移らざるをえなかった。それで唐津焼の最初のルーツはいったん忘れられてしまったんだね」
「なるほど〜!」
唐津焼のフシギなスタイルはどのように生まれる?
「なるほど〜。朝鮮伝承の日用雑器のざっくりしたテイストと、武家の荒々しい美意識が合体して今の唐津焼が生まれたわけですね。唐津焼の特徴的なスタイルってそもそもなんですか?」
「まずは器の底の部分。釉薬※がかかっていなくて、土の部分が露出しているでしょ。これは実はルーツとなった朝鮮の器にも見られないものなんだ」
※土の素焼きの陶器の上にかけるガラス質のコーティング剤。器が水分を吸収しないようにする役割を果たすのと同時に、器に色彩や光沢を与える
「おおっ、確かに!なぜそうなったんですか?」
「手間を省くためだね。釉薬の液体が入った桶に、器の底を手で持ってドブンと釉薬に漬けるんだけど、その時に底のほうまで漬けると手が汚れるでしょ。手を拭き取る時間がもったいないから、じゃあ底は釉薬なしでもいいや!っていう発想になったんだね。普段使いの雑器だったからそれでもよかったんだね」
「ああ〜、なんか織部の気持ちがわかるよ。この『まあいいや!』感にグッと来るんだよね。作為のない面白み…!」
「あとはね、唐津焼は『蹴りロクロ』といって、器をつくる時のロクロを手じゃなくて足で回すスタイルなんだね。足でガンガン蹴って回すから、ロクロの回転が微妙にガタガタして、そのぶん器のカタチが歪む。これも唐津焼の器の個性になる」
「この『自然に生まれた歪み』の良さ、わかる〜!唐津焼のずーっと見ていても飽きない理由はコレなんですよね。あと僕が好きなのは素朴な絵付け。草とか木とかのフォルムがシュッ!シュッ!とざっくり描かれるじゃないですか。これもいい味ですよね〜」
「唐津焼に使われる土は他の陶器に比べても土が粗め。だから器の質感もザラザラと粗めになる。そういう器にね、複雑な絵は描けないんだよ」
「だから単純なストロークでシュッ!と草を描くわけだ。この感じ、ミロの抽象画みたいなテイストがあってたまらないんだよな〜」
唐津焼の特徴は、作家の意図が生んだものではなかったわけで。とにかく「手間をはぶく」「多少ユルくてもかまわない」という、日用品づくりのコンセプトが反映されていたんですね。
「唐津焼もねえ、時代が下っていくとだんだん複雑な色使いや絵付けの作品が出てくるんだけど、古い唐津焼のおおらかな感じはまたいいものだよねえ」
「いいですね〜」
素朴な味わいを大事にする冨永さんの器たち。これがもしかして、織部が発見して大興奮したどルーツな唐津焼の魅力なのか…?
深みのない深み。作為のない作為。
最近は「とにかく発酵が好きなおじさん」として認識されているヒラクですが、基本はデザイナー。このデザイナーとしての目で見てみると、唐津焼には「時代のトレンドを超越する面白さ」を感じずにはいられないわけですよ。
その面白みとは何かというと、「深みのない深み」。そして「作為のない作為」という禅問答のようなコンセプト。作家性が前に出ない、ひたすら天真爛漫なその佇まい。「つくってみたら、できた」という、作為を感じさせない必然性。
めっちゃ良い…めっちゃいさぎよいよぉ〜!!!!
最近のデザインって、なんかシュッと洗練されたオシャレなヤツ多いじゃないですか。
余白多めで、上品で、清潔感あって。それはそれで素敵なんだけど、どこもかしこもそんなお洒落デザインまみれになる世の中、つまんなくないですか?
それに比べて、どうよこの唐津焼の野太くかつ土臭い佇まい。しかしよくよく見ると、必然性に溢れた説得力がある。もう最高すぎる。この最高さは、例えるならば、銭湯に置いてあるケロリンの風呂桶!
オシャレや洗練から百万光年離れたデザインながら、特に変える必然性がないので何十年も変わらず定着してしまったこの天真爛漫さ。もしケロリンの風呂桶を、有名デザイナーが崇高なコンセプトを立ててデザインし直したら、5年くらいで廃れるかもしれない。
「天才クリエイターによる作家性」という「作為」から距離を取ることで至る普遍性。
冨永さんのように「いつもご機嫌なおじさん」が日々工夫しながら焼き上げる三帰庵の焼き物は、デザイン疲れしたデザイナーを「そんなに肩肘張らなくてもいいんだよ」と肩をモミモミしてくれるような魅力に溢れているのでした。大好きー!!!!
もちろん三帰庵の器をゲットしてきました。僕の日本酒器のコレクションに加えてだな…
ナイスな日本酒をクピっと飲むのさ。唐津焼で飲む酒はこれまた格別。ということで、次回の「佐賀の面白い文化特集」のテーマは日本酒の予定です。
それではまた次回!
●書籍発売のお知らせ
最後にヒラクから宣伝でーす。2017年4月後半に新著『発酵文化人類学』が出版されます。僕の専門である発酵・微生物を切り口に日本各地のローカルなカルチャーを「文化人類学的」に掘り下げる、ジモコロ読者の皆さまが好きに違いない内容になっています。よろしければ下のページからご注文どうぞ〜!
ソトコト連載『発酵文化人類学』事前予約のお願い&お祭りやります! |
【オマケ】唐津焼のルーツを受け継ぐ三帰庵。僕と同い年の冨永将一さんが、父祐司さんの後継ぎになるべく修行中だそうな。唐津焼のこれからが楽しみだ!
書いた人:小倉ヒラク
山梨県在住の発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し活動中。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。2015年より新作絵本『おうちでかんたん こうじづくり』とともに「こうじづくりワークショップ」をスタート。1000人以上に麹菌の培養方法を伝授。YBSラジオ『発酵兄妹のCOZYTALK』パーソナリティも務めている。公式HP→■