ライターの根岸達朗です。ピアノを弾いてるように見えてすみません。
突然ですが、皆さんは「5K」という言葉を聞いたことがありますか?
・きつい
・汚い
・かっこわるい
・稼げない
・結婚できない
これらの頭文字を取った俗語で、特に若者に不人気な仕事のことを指しています。これだけ見ると「どんな珍しい仕事だよ」って思うかもしれません。
実はこれ、日本の一次産業のことなんです。
一次産業といえば、農業や漁業、林業などなど。自然の恩恵を生かした仕事で、日本を支え続けてきた主要産業と言えます。この仕事がなければ僕たちは美味しいご飯も食べられないですし、木造建築の家に住むこともできません。
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◆第一次産業
国の産業分類のひとつ。日本では農業、牧畜業、林業、水産業、狩猟業などがこれにあたる。
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めちゃめちゃ大事な仕事なのに「5K」扱いされている…?
そんな背景もあって、現在担い手の数は全国に約350万人。それも年々減少を続け、今後10〜20年の間に、現在の10分の1にまで減ると言われています。
日本の一次産業はこのままで大丈夫なの?
一次産業の担い手が減ると日本はどうなっちゃうの?
というわけで今回、日本の一次産業の事情に詳しい『東北食べる通信』の高橋博之さんにコンタクト。日本の一次産業が抱える問題点や、これからの一次産業のあり方について、ちょっとマジメな話を聞かせてもらうことにしました。
ちなみに『東北食べる通信』は一次産業の現場を取材した大型紙と食べ物がセットで送られる仕組みが話題を集めている急成長中のメディア。ご当地の名前を冠した『◯◯食べる通信』が全国に拡大中なので、この機会にぜひその名前を覚えておいてください〜。
話を聞いた人:高橋博之
『東北食べる通信』を立ち上げた偉い人。元岩手県議員。旅人のように全国各地を巡って、その土地の老若男女の声を聞き続けている。近著に『都市と地方をかきまぜる 「食べる通信」の奇跡』(光文社新書)。
今、日本には食べ物をつくる人がいない⁉︎
「高橋さん、今日はよろしくお願いします。早速、込み入った話になっちゃうんですけど……」
「構いませんよ。どうぞどうぞ」
「あの、日本の一次産業ってずっと担い手がいないと言われ続けていると思うんですが、やっぱり結構ヤバい状態なんですか?」
「そうですね」
「……どのくらいヤバいんですか?」
「たとえば農家であれば、私が生まれる少し前の1970年には約1025万人いました。それが年間約10万人の離農が続いて、今は約210万人。そのうちの70%以上が60歳以上の高齢者です」
「高度経済成長期の4分の1……。減り方が尋常じゃないですね」
「漁師にいたってはさらに深刻で、同じ1970年には約57万人いましたが、今は約17万人。これも農家と同じで過半数が60歳以上の高齢者です」
「なるほど……人口が1億2千万人いて、たったそれだけなんですね。どう考えても生産が追いつかないような。そのうち若者はどれぐらいいるんですか?」
「農業も漁業も、就業人口のうちのそれぞれ10%程度です」
「少ない…。これだけ数が減っているというのは、高齢化にともなって引退していく人が多いからですか?」
「それもひとつにはあるんですが、実は若者の減少率が一番激しいんです。若者たちが食えなくてやめていく。みんな一次産業の厳しさに直面しています」
「高齢者よりも若者の仕事離れが大きいと」
「そうですね。残念ながら手っ取り早くお金を稼げる仕事に流れてしまう。結果、若者のいなくなった今の日本の一次産業というのは、お年寄りたちが年金をつぎ込んでなんとか維持しているのが実態です」
「年金に支えられている一次産業かあ……。でも、なんでそんな状況になってしまったんでしょうか。本来的には日本人は一次産業の仕事を大切にしてきたし、自然と寄り添って生きてきたはずですが」
「西洋的な価値観に基づいて、近代化を突き詰めてきた結果でしょう。どんどん自然から離れていって、気付いたら一次産業の仕事を下に見るようになってしまったという」
「一次産業を下に。そういえば、高橋さんの本のなかにも『冷蔵庫行き』という言葉がありましたよね」
「はい。『冷蔵庫』というのは被災地の水産会社のことで、地元の高校生の卒業先の進路なんです。どこにも行くところがないダメな奴に『お前、冷蔵庫行きか?』って言う。震災後にふるさとへの思いが強くなった被災地ですらこうですから、内陸の農業なんて……」
「最近は一次産業の価値が見直されているような動きも感じていたんですが、実態はそんなこともないんですか?」
「もちろんやる気のある若者は一握りではあるけれどいます。でもイメージの悪さから、それを圧倒的に上回るペースで若者たちが一次産業の現場から離れている。農業高校、水産高校の出身でも卒業したら、大半が一次産業とは関係のない会社に就職するんです」
「このままいくとどうなるんですか? 誰も一次産業の現場からいなくなってしまうような気がするのですが……」
「やる気のある若者はいるので、厳密にはゼロにはならないでしょう。ただ、そのほとんどをロボットが担うことになるかもしれません」
「ロボット!」
「はい。今、日本の一次産業の労働力不足を補っているのは、実は外国人労働者なんです。でも、残念ながら待遇がひどい。だからこのままいけばいつかは外国人にも選ばれない国になるでしょう。日本人もやらない、外国人もやらない、となればあとはロボットしかないでしょう」
なんで一次産業は下に見られているの?
「いやーまるでSF映画の世界ですね。生きる根っこをロボットに押さえられた人間……」
「そうなんですよね。このまま一次産業の地位が下がり続けていったら、それもいつか現実になるかもしれません。なにせ5K産業と言われてしまうくらいですから」
「人の手からどんどん離れていってる感じがちょっと怖いですね。それもこれも一次産業を下に見るメンタリティによるもの……?」
「そうですね。じゃあなんでそういうメンタリティが生まれてしまったのか。僕は、一次産業の仕事の価値を消費者に伝える“情報”がなかったからだと思うんです」
「情報。確かにスーパーで野菜買っても、産地の情報くらいしかわからないですね。たまに『◯◯さんがつくりました』みたいな、顔写真があったりするけど、そのくらいかも」
「ですよね。それだけ見ても、その生産者がどんな気持ちでその食べ物をつくっているのかってことまではわからないです。わからないので、それが消費者に正当に評価されることもなく、結果として生産物まで買い叩かれるような状況が生まれてしまいました」
「なるほど。買い叩かれるから生産者は続けていくのがつらくなる。どうみてもしんどそうだとなれば、若者は当然やりたがらない。そもそも情報がないからどんな仕事なのかもわからない、魅力を感じられない……。既存の流通システムがそういう状況を作り出しているとしたら、めちゃくちゃ悪循環……」
「消費者と生産者の分断です。これが結果として、一次産業を下に見る5K問題を引き起こしている要因ではないでしょうか」
生産者と消費者の距離をどう埋めるべきなのか?
「でもこの分断の溝ってめちゃくちゃ深くないですか……? なんか絶望的な気分になってくるんですけど」
「できることはあります。それは、食べ物の裏側を知ることです。どんな人がどんなところで、どんな思いでつくっているのか。食べ物の裏側を知れば、きっと一次産業の生産者に共感すると思うんです」
「共感」
「はい。『食べる通信』は、食材の背景にある物語を消費者に伝えることで、この共感の輪を広げて、生産者の社会的地位を上げようとしています。社会的地位が上がれば、仕事に対する価値も正当に評価されますから、結果として生産者の収入アップにもつながっていくでしょう」
「モノとコトってやつですね。本来的には5Kなんて言われる仕事じゃないでしょうし。正しい評価を広げていくためにも、まずは自分が知ろうとすることが大事なのかもしれない?」
「そうですね。一次産業は稼げないなんて言われてますけど、工夫をすればきちんと稼ぐことができるし、現実にやっている人もいます。結婚できないと言われているけれど、すてきなパートナーと出会って、夫婦でがんばっている人もいるんですよ」
「おお。ですよね」
「5Kは単なるイメージです。消費者と生産者の間で情報の行き来がなくなってしまった今の社会が生んだ勝手なイメージ。それに僕らはとらわれているんでしょう」
「イメージかあ」
「実際、僕を含めて『食べる通信』の読者たちは、食べ物をつくる現場の働き方、自然との向き合い方、生死への考え方などに触れて、それまでの自分のなかにあったイメージや価値観が大きく転換するような影響を受けました。食べ物の裏側にあるストーリーに共感し、それによって生産者に対する目も変わっていったんです」
「共感から尊敬へ」
「そうです。そもそも一次産業の仕事は人間のもっとも根源的な活動につながっているわけですから、現代社会でもっとも価値のある仕事、かっこいい仕事といってもいいでしょう。その価値が今の流通システムによる分断で、見えにくくなってしまった」
「ですね……」
「僕もかつては分断された消費者の一人でした。でも、裏側を知ることによって、一次産業が持っている本来の価値に気付くことができたんですよね。一次産業の地位を上げることは、自分や『食べる通信』の読者のなかで起こったような心の変化を消費者のなかに広げていくことでもあるんです」
「小さな連鎖を広げていくことに、一次産業の未来はあると」
「はい。分断によって遠ざかった『食』を一部分でもいいから、自分の手が届く範囲に取り戻していきましょう。食べ物の裏側を知ることは、その一歩なんですよ」
まとめ
利便性がどんどん向上していく一方で、人間の根源的な活動である「食」、そしてそれを生み出す一次産業が衰退していく社会。結果、僕たちが日々口にしている食べものがどこで誰に手によって作られたのか、それを知る機会もほとんどなくなってしまいました。
消費者と生産者の分断された関係。現代人にとって非常に重く、むずかしいテーマではありますが、この記事が皆さんにとって「考える」きっかけのひとつになれば幸いです。
ちなみに今月、旬の食べものを全国の農家・漁師から直接買うことができるスマホアプリ「ポケットマルシェ」がリリースされました。食材のおいしい食べ方から現場のストーリーまで、日々の食卓を豊かにしてくれるヒントが満載の無料アプリ。「食なおし」の小さな一歩として、利用してみてはいかがでしょうか?
最後に高橋さんの著書の言葉を借りて、この記事を締めくくりたいと思います。
「つくる」と「食べる」をつなげる。これまでの消費社会には、このつながりが欠落していた。そこにあるのは、単なる食べものとお金のやりとりだけ。生活とは「活かして生きる」と書く。
このつながりを回復することで、私は「消費者」を「生活者」に変えたい。そのためには単に生産者がつくった食べものだけでなく、人間の力が及ばない自然に働きかけて命の糧を生み出す「生産者の生き様」そのものに価値を見出していく必要がある。
その価値を共有する「生産者=郷人(さとびと)」と「生活者=都人(まちびと)」のつながりが回復されたとき、都市と地方はしなやかに結び合っていくはずだ。
それではお元気で。
イラスト:マキゾウ http://makizou.tumblr.com/
書いた人:根岸達朗
東京生まれ東京育ちのライター・編集者。ニュータウンで子育てしながら、毎日ぬか床ひっくり返してます。メール:negishi.tatsuro@gmail.com、Twitter ID:@onceagain74/Facebook:根岸達朗