こんにちは、ライターの和久井香菜子です。
以前ジモコロで、視覚障がい者の友人とやっている事業「ブラインドライター」をご紹介いただきました。
それがご縁で、その後も何本かテープ起こしのご依頼をいただきました。
それで5月に行ったテープ起こしの仕事が、黒川温泉へ取材に行ったときのものだったんですよね。納品後、柿次郎さんに「音声の中で思いつきで言ってた企画マジでやることにしました」と、ジモコロ熊本復興ツアーのことを教えてもらって。正直こんな感想でした。
「なにそれ、復興支援ツアー……?」
話を聞いた1時間後には航空チケット取ってました。我ながら決断が早い。
だけど迷う隙がないくらい、ステキな企画だなあと思ったんです。
和久井は別段、技術も資格もあるわけではない普通のライターです。東日本大震災のあとになんどか東北に行ったときは、瓦礫の山を目の前にして、ただ皆さんに歓待されて飲んで食って帰ってきてしまいました。「なんて役立たずなんだろう」と思ったものです。
しかしこのジモコロ熊本復興ツアーは、飲んで食って帰ってくるのが目的なんです。
……こんなに美味しいツアーに行かないでどうする、飲んで食って書くだけしかできないライターが!!
というわけで、ジェットスターのセールチケットを買ったら、ツアーの日程前後に1週間熊本にいることになりました。取材やらボランティアやら、いろいろセッティング。 貧乏性はいつでも長旅です。
現地の印象
さて、実際に現地に行ってみると、自分がイメージしていた状況とはまるで違うことに驚きました。
メディアが報道するのは、被害の大きいところとか、非日常になった部分がメインなんですよね。もしくは、いつまで経っても衝撃的な画像が頭に残っているのか。実際には思った以上に被害の少ない地域がたくさんありました。
もちろん、いまだ辛い生活を強いられている土地もあります。ただ観光視点では、熊本を訪れるまでの私同様にネガティブなイメージで足を運べない人も多いのではないでしょうか。その引っかかりが解消しただけでも来た甲斐がありました。
ツアーのあとに3日間ほど1人で阿蘇へ。大きな被害を受けた「阿蘇神社」は、完全復旧に10年の時間を要し、約20億円以上の費用がかかるといわれています。また、JRがまだ開通していない駅では、こんな話を聞きました。
「震災以来、この付近は誰からも忘れられてしまったようです。観光客は来ない、芸能人が炊き出しに行くのは南阿蘇」
普段は外国人観光客で賑わうという阿蘇駅前はガラガラ。「大変だ」という情報はたくさんありますが、「無事だ」という情報はあまり発信されていなかったように感じます。どの店がやっていて、何のサービスがやっていないのか、ネットで探しまくっても、よくわからないんです。
そんな中で、クリエイターが100人も集まって、黒川温泉の情報発信をすることが、どれだけ意味のあることかを改めて感じました。
そんなツアーを準備からアテンドまで駆け回り、盛り上げてくださった女性がいます。黒川温泉観光旅館協同組合代表理事の北里有紀さんです。
ツアー後に改めて、北里さんにお話を聞いてみました。
メディアが伝えたいイメージで情報が伝わってしまう
「実は荒々しく和太鼓を叩く北里さんの姿がちょっと萌えで……」
「ありがとうございます(笑)」
「とりあえず、その気持ちを伝えたかったんです! 本題ですが、国と連携した『九州ふっこう割』が人気だと話題になっていますね」
「7月後半から、おかげさまでほぼ満室になるくらいのご予約をいただいています」
「わー、よかったですね……!」
「ふっこう割は第1弾が9月30日まで、割引率を変えて12月まで続く予定です。いつもは8月〜11月までがもっとも繁忙期なので、この活性化がずっと続いてくれるとよいのですが」
「ジモコロ熊本復興ツアーで黒川温泉にお邪魔して、災害の爪痕がまったく見られなかったことに驚きました。一方で、ツアーの様子をSNSに書くと、何名かから『大丈夫なの?』という声が」
「今回は、メディアの報道の力をまざまざと感じました。震災直後、新聞やテレビからの取材があり、『被害はどうですか?』と聞かれました。ところがこうしたメディアの多くは、取材前から決まったストーリーを求めているようなんです」
「ちょっと想像がつきます。記者によっては取材前から『こう言わせよう』と決めてしまう場合があるんですよね」
「メディアが求めているのは『こういう被害が多くて、お客さんがいなくなった』という話のようでした。一度世の中にイメージが作られてしまうと、なかなか払拭できないんです。しばらくはキャンセル処理に追われる日々でした」
「メディアの情報が、ますます顧客の足を遠のかせてしまうんですね」
「震災から1カ月くらい経った頃、話し合いをさせていただいて『正確な情報は伝えなくちゃいけないが、がんばれるところから頑張る。前を向いて元気を発信していきたい』という内容に変更させてもらいました」
「そういう話し合いって必要ですよね、きっと。それに現地からは『ぜったい大丈夫だからおいでよ!』となかなか声が上げられないと聞きます」
「福岡や熊本からのルートは確保されているのですが、『大丈夫ですか?』『安全なんですか?』と聞かれると、終息宣言も出ていないですし、こちらからは安全と言えない状況でした」
「だからこそ、ジモコロ熊本復興ツアーのような外部の団体が情報を発信することに意義があるんですよね」
「本当に有難かったです」
「しかし100人って、すごい数でした……。ツアーに誘った友人とは2日間、ほとんど顔を合わせなかったです。これだけの人数を動かす企画は、準備が大変だったのではないかと思います」
「今まで経験をしたことのない企画でしたが、私たちはお客様をアテンドするのが仕事です。苦労と言うより、楽しんでいただけるのかが最後まで不安でした」
「そんな……!」
「予約が真っ白になった状況で、声を上げてきてくださった皆様に、同情してもらうのではダメだなと思って。ただ、シンプルに南小国や阿蘇を好きになって帰ってもらいたいと思っていました。それだけがどうなのかなと気になるところです」
「心配無用です! 人も、宿も、場所も、たいへんステキで、すぐに戻ろうと思っているくらいです。とにかくご飯は美味しいし、イベントは盛りだくさんだったし、あれ、参加費でペイできているんですか?」
「夕食は、各旅館から1名は手伝いに来てもらい、あとは会場の料理長がかなり頑張ってくれました。予算のお話をして、その中でできる限りのことをしてくださったと思います」
「あんな美味しいビュッフェは生まれて初めてでした……!」
「よかった! その他にも、関わってくださった方々には、惜しみない協力をいただいています。もしかしたら収支的にはマイナスの部分もあるかもしれませんが、それよりもみなさんのお気持ちが嬉しくて、それに応えたいと思っていたんです」
「あれはホントに格安ツアーだったと思います。なにより、南小国の方々の気持ちがこもっていて、すごく心地よかった。同室だった女性は『すぐにまた来る』決意の証として入湯手形を購入していましたよ。ツアーでいただいたものがすでにあるのに!」
「ありがとうございます、とても光栄です」
人生初の男湯を覗く体験
「黒川温泉、古き良き風情があって、ものすごくステキな温泉街でした。純和風なんだけど、古びてなくて、どこも綺麗で」
「そう言っていただけると……」
「ところでちょっと、下品な話をしてもよいでしょうか」
「えっ?」
「入湯手形でいくつか温泉に入りましたが、そこで生まれて初めての体験を……」
「???」
「それは、男湯を覗いたことです!」
「あー、はいはい」
「女は普段覗かれるばっかりの立場ですが、それが逆転して覗く立場というのに、めちゃくちゃ興奮しました! といっても、大したものは見てなくて、洞窟風呂の窓から誰もいない男湯を見下ろしたのと、脱衣所の入り口付近を川越しに覗いたくらいなんですが」
「温泉によっては川から丸見えのところもあるのですが、開放的な雰囲気を楽しんでもらえるようなギリギリのラインで設定してるんですよね」
「確かに、肝心なモノは全く見てません。見たいかと言われると別に興味もないですし」
「洞窟風呂も、女湯と男湯が鉄格子のついた窓でつながっていますが、段差があるうえ位置をずらしてあるので、女湯のほうは見えにくくなっているはずです」
「それも感じました! 女湯のほうが少し高くなっているので、向こうからはきちんと見えないかもな、と思っていたんです。実は知らずにお風呂内を探検していたら、うっかり鉄格子越しに男湯を覗いてしまって……。一緒にいた女性は男湯の男性陣と目が合い『イヤな顔をされた』と言っていましたが、向こうからは見えてなかったのかもしれないですね」
「そうかもしれません。中心部の旅館は、とても狭いスペースの中に林立しているので、どこまで封鎖するかはせめぎ合いなんです」
「なるほど」
「開放感と目隠しのバランスには各旅館とも悩みがあって、木を植えたりしながら、なるべく自然のままの温泉を感じてもらうと努力しています」
「すごく実感します! 女湯や脱衣所がすごく開放感があって。『ここ、人が通ったら見えるんじゃない?』と思うところがいくつもあったんですが、その開放感が逆に安心感にもつながりました。『悪い人がいないからできるんだな』って」
「旅先って、予期せぬ出会いを楽しむ機会でもあると思うんです。プライベートが確立されているよりは、温泉街の出会いを楽しんでほしいんです。人に近いのが、黒川の特徴ですね」
「2日目は、アロマ好きなので林業ツアーに参加したんです」
「小国杉ですね」
「フリーランス、流しの木こりさんがいるって初めて知りました!」
「ナマ伐採が大迫力で、大興奮」
「わかります」
「木造建築物が減っているため、木材の値段がどんどん下落しているというお話を聞きました」
「木こりを専業にしている方は数少ないようです」
「小国杉のアロマオイルがあまりにいい香りだったので、特別に分けていただいて買っちゃいました」
「喜んでもらえて何よりです」
「そのあとにお昼ご飯をいただいた『田舎料理四季の里比良』は、量は多いのにどれも美味しいし、店長のおじさんはかわいいし」
「楽しんでいただけたみたいでよかったです!」
「夢のように楽しかったです! また遊びに行きますね!!」
最後に
最近、こんな話を聞きました。 「稼ぐ」という言葉は、昔は「お金を得ること」ではなく、「仕事に励むこと」を言ったそうです。仕事に励んで、得るものはお金だけじゃない。目先のお金に目がくらむといい仕事はできないし、そんな仕事は長続きしません。金額や未来にこだわらずに、目の前のものに誠意をつくしていると、自然とうまく回っていくんだなと感じています。
今回なんて「いいことしに行ってやろうウシシ」と思っていたのに、あまりに手を尽くしていただいて、逆に申し訳ないくらいの気持ちです。
仕事をやりくりして100人もの人がとりあえず集まり、その気持ちに感謝して南小国の人たちが歓待してくれる。その気持ちが嬉しくて「また来よう」「誰かを連れてこよう」と思う。止まっていた自転車を、ぐん!と漕ぎだした感じです。
きっとこれから、スイスイと進んでいくんじゃないでしょうか。
東京から、ジェットスターのセールを使うと黒川まで片道5000円くらいです。ふっこう割を使わずとも、またすぐ行きます!
ジモコロ熊本復興ツアーのその他のレポート記事はこちらで読めます!
書いた人:和久井 香菜子
少女マンガ攻略・解析室室長、ライター。著書に『少女マンガで読み解く 乙女心のツボ』(カンゼン)。サイゾーウーマンで『そうだ、ソルティー京都行こう』『マンガ・日本メイ作劇場』を連載するほか、語学テキストやテニス雑誌、ビジネス本まで幅広いジャンルで書き散らす。 Twitter ID→@kanawaku124