こんにちは、岩手県遠野市在住の怪談師・オダギリダイキです。
「怪談師とは???」と思った方も少なくないと思います。
怪談師とは、人々が実際に体験した不思議な話や怖い話=怪談を聞き集め、語りとして編集し舞台や映像などで発表する人のことです。
舞台で怪談を語っているオダギリ(撮影:はちる)
私の住む遠野市は怪談としても名高い「遠野物語」でも有名なまち。
以前ジモコロで『遠野物語』について取材した記事
実際に活動していて気がついたのですが、現代の遠野でも「遠野物語」に通じる怪異を体験している人がいるんです。
特に多いのは、親しい人が亡くなる前に、その予兆を感じるというもの。全国的には「虫のしらせ」と呼ばれているものですが、遠野地方では「シルマシ」と呼ばれ、現代でも多くの人々が様々なパターンで経験しています。
ここで一つ、遠野の「シルマシ怪談」を紹介します。
このほかにも、鳴るはずのない目覚まし時計がなったり、誰もいない部屋から声が聞こえたり……シルマシを感じるバリエーションは、実にさまざま。
遠野らしい怪談に出会えることが面白く、日々ワクワクしながら聞き集めています。そんな話をジモコロ編集長の友光だんごさんにしていたのですが……
「そもそもオダギリさんに会うまで、怪談師という存在を知りませんでした」
「今、増えてきているんですよ。怪談ファンも多くて、毎年夏には怪談師が語りの腕を競う大会も開かれるほどです」
「怪談語りの大会?! そんなものがあるんですね。それは流行っていると言っていいかも……」
「そうなんですよ! その流行の中でも、最近遠野だけでなく沖縄や北海道、神奈川など特定の地域にフォーカスした怪談本やイベントをよく見かけるようになりました」
「つまり、ローカル怪談にブームが来ていると?」
「来ている気がします! 詳しい話を、ローカルな怪談活動に力を注がれている山形県山形市在住の怪談作家・黒木あるじさんに聞きに行きませんか?」
「怪談作家……また知らない言葉が出てきた」
話を聞いた人:黒木あるじさん
1976年生まれ、青森県出身。山形県山形市在住。2009年「おまもり」でビーケーワン怪談大賞・佳作、「ささやき」で『幽』怪談実話コンテストでブンまわし賞を受賞。これまで数多くの実話怪談集を単著、共著で執筆している。
今回は黒木あるじさんにお聞きした、以下のような怪談にまつわるお話をお届けします!
・本当にローカル怪談のブームは来ているのか?
・地域の怪談を深掘りする面白さと意義
・なぜ、人々は怪談が好きなのか?
そもそも本当に怪談って流行ってるの?
「黒木さんは怪談作家ということですが、具体的にはどんなお仕事なのでしょうか」
「怪談師の方と同じように、怪異な現象を経験した人がいると聞けば取材し、集めた話を文章に起こし、本として出版しています。こうした本は『実話怪談集』なんて呼ばれているんです」
「僕は怪談師として活動していて、怪談が今流行っていると勝手に思っているのですが、実際はどうなのでしょうか」
「そうですね。世間一般での認知度という点で考えれば、流行っていると言ってもいいかもしれません」
「私が怪談デビューをしたのが2009年だったのですが、当時は“怪談作家”という言葉もメジャーではありませんでした。小説家の中でも怪談が好きな方が、本業のジャンルとは別に執筆しているといった感じでしたね」
「それが今では、黒木さんのように怪談専門の作家さんもでてきた」
「ここ10年くらいですかね。2014年あたりから、怪談作家や怪談師という存在が認識され、ジャンルとして確立してきたように思います」
オダギリが持っている怪談本の一部
「最近ではホラーや怪奇小説の主人公が怪談師や怪談作家ということも増え、その存在が浸透してきたんだなと実感しています。かつて、そうしたキャラクターの職業は探偵と相場が決まっていたんですが」
「確かに! 最近、怪談を集めている主人公が取材の過程で怪異にどんどん巻き込まれていく、という話が多いですね」
「それだけ今読む人たちにとっては、探偵より怪談師や怪談作家の方が身近な存在になったということではないでしょうか」
「最近では、小学生でもYouTubeで怪談を聞いたり、ホラー動画を見たりしているようです」
「そういえば僕も子どもの頃、怪談本をよく読んでました。いまの子が怪談に触れるメディアは動画なのか〜」
「周りの怪談師もYouTubeチャンネルを持っている人が多くて」
遠野市内のイベントでオダギリが怪談ブースを出している様子。小中学生のお客さんが多い
「怪談の流行を語る上でYouTubeなどの動画メディアや、SNSの隆盛は避けては通れませんね。怪談愛好家だった一般の人たちが、集めた話を発表する場を得て、ファンを獲得できるようになったからこそ、この業界の裾野が広がったのではないかと思います」
怪談を深掘るとローカルに辿り着く
山形県の土地と歴史に根差した怪談が綴られた最恐の一冊
「黒木さんの『山形怪談』を読ませていただいたのですが、山形ならではの風習や怪異譚が面白かったです。もともと山形のローカルな怪談に注目していたんですか?」
「最初から注目していたわけではないんです。怖い話を集めようと県内で取材したり文献調査を重ねていくうちに、次第に『怪談にも一種の地域性があるんじゃないか』と気がついたんですよね」
「例えば山形らしい怪談というと、どんなものがあるのでしょうか」
「オナカマと呼ばれる口寄せ巫女がでてくる話が多いです」
「オナカマ?」
「口寄せ巫女とは、神様や死者と交流ができる人たちの総称で、青森の南部地方ではイタコと呼ばれています」
「青森のイタコは有名ですね!」
「実は、東北にはカミサマだったり、オガミサマだったり、地域によっていろいろな呼び方の口寄せ巫女が存在していたんです。山形ではオナカマやミコと呼ばれています」
「山形では、怪異に遭遇した人がオナカマに相談しにいくという話が非常に多いですね」
「オナカマのところへお祓いに行くということですか」
「そうですね。現在だと、そういった人へ相談に行くと『あなた、そういうの信じる人なの?』と構えられてしまうかもしれません。ですが、昔のオナカマたちは今で言う町医者や町内会長のような、気軽に相談できる相手でもあったようです」
「山形の人たちにとっては、いたって普通の存在だったんですね」
「しかも超自然的なことだけでなく、田んぼの水を誰がどれだけ引くかなどの隣人トラブルも、オナカマに解決してもらっていたらしいんです」
「え? どうして隣人トラブルを巫女さんが解決するんですか」
「人間が裁量すると、どうしても遺恨が残るじゃないですか。『あいつばっかり贔屓しやがって』とか。でも、オナカマの言葉は神様やご先祖のものだったりするので、納得するしかない」
「なるほど!面白いですね」
「社会を円滑に維持していくために、超自然的な存在を飲み込んでいた……」
「正直なところ、かつての人々も100%そうした超自然的な存在を信じていたわけではないと思うんです。今で言う霊感や霊能力と呼ばれるものも、オナカマにとっては重要じゃなかったみたいなんですよね。きちんと修行を積んで免許を皆伝されたかどうか、そこが信頼されるための指針になっていたようです」
「口寄せも行うのに、霊能力は重要じゃなかったんですか︎」
「霊能力って、証明できないじゃないですか。以前、取材した方が『車を運転してもらうなら、運転に自信があるけど免許を持ってない人より、多少自信がなくても免許を持ってる人のほうがいいだろ?それと同じだ』って言ってました。もちろん、評判や口コミという要素はあったと思います」
「わかりやすい例えですね(笑)」
「人間という生き物は、合理性がないことを飲み込むのが苦手だと思っていて。ちゃんと地域の中で受け継がれていったのは、オナカマにもそれなりの機能性や意義を感じていたからだと思うんです」
「超自然的な存在と思いきや、意外とシステマチックにも捉えられていたってことですね」
「そうですね。このように地域で怪談を探っていくと、私たちが今生きている土地で昔何があったのかが見えてくるんです。怖さの向こうに、昔の人々の営みや豊かさが浮かび上がってくる」
「怪談を掘ると、人々の営みや豊かさが浮かんでくる。うわーーー! わかります。遠野でも同じかもしれません」
「そうですよね。私も最初から地域の文化や歴史を知ろうと勉強しても長続きしなかったと思います。でも、自分が好きな怪談という切り口で拾っていったら……」
「いつのまにか地域のことを知っていた。面白いですね!」
ローカル怪談の魅力は「現場が目に浮かぶこと」にある?!
ちょっと怖い遠野の神社(ここにまつわる怪談もある)
「最近、あるじさんの『山形怪談』のほかにも『神奈川怪談』とか『北海道怪談』など、ローカル怪談をテーマにした怪談本やイベントが多いですね」
「これも、僕がデビューした頃と違う流れがきています」
「黒木さんのデビュー当時はどういうものが流行っていたんですか?」
「場所は明記されていても、それが重要なファクターにはなっていない。だからこそ、明日にでも我が身に起こるのでは?と思わせる話ですね。実話怪談のバイブル的な一冊『新耳袋』などには、そういった話も多いです。もちろん、デパートの火事跡に出る幽霊など地域がらみの話も存在するんですが、あえて土地や文化背景を省くことで普遍的な怖さに収斂した話も少なくありません」
新耳袋 第一夜 現代百物語 (角川文庫)
「なるほど。好まれる怪談が変わってきているのも、面白いですね。どうして、最近は地域が明確化されたものが好まれているんでしょうか」
「一つは、どこで起きたかわからない話よりも、自分がよく知っている場所で起きた怪異のほうが、ぐっと怖さの質が変わるからじゃないでしょうか」
「確かに。え?あそこで?いつも通ってるよ?となると、ことさら怖く感じます」
オダギリが遠野市内の怪談の現場をガイドするツアーの様子。実際に怪異が起きた場所での怪談語りが人気コンテンツ
「もう一つは、怪談のカテゴリーが細分化しているのではないかと思うんです」
「そういえば話者である怪談師もお医者さんだったり、お坊さんだったり、いろんな背景の方が、その特徴を前面に出して活動していますね」
「その特徴の一つが、『地域』なのではないでしょうか。ヒップホップという音楽のジャンルでは、本人の出生地やルーツを入れることでリリックに力強さをもたらしたり、独特のグルーヴを生み出したり、受け取る側との連帯感を増すなどの手法がありますよね」
「ヒップホップと同じ現象が怪談にも」
「たしかに自分の生まれた土地の怪談って気になりますし、取材している人がいたら嬉しいです」
「他方、YouTubeでの動画配信やSNSを通じてグローバルに繋がれるようになったことが地域怪談の流行と関係しているのでは、とも考えています」
「と、いいますと?」
「エンタメの選択肢が広がって、どこにいても何でもできるようになった。すると人々の需要がライブ性やローカル性のあるものに向いていっているのではないかと」
「世界が広がりすぎたからこそ、逆に目の前にあるものが選ばれやすくなっているということですね」
怪談は人間にとって極上のエンタメだった?!
黒木あるじさんとオダギリがイベントで怪談を語っている様子
「そもそもテレビもラジオもない時代は、炉端でおじいちゃんやおばあちゃんから昔話を聞くことが、最上級のエンタメだったわけです」
「なるほど。遠野の民話の語り部文化もそこから来ています」
「コンテンツがいっぱい増えているから、どうしても見落としがちなんですが。誰かの体験談を聞くこと自体、実は娯楽性がとっても高いんです。他人の人生を仮想体験するとでも言うんですかね」
「かつては、民話や噂話などローカルな話題が一番の娯楽だったわけですね」
「そうです。それが今エンタメがいろいろあって選びきれないよという状況になって、人々の趣向が原点である『語り』に向いてきているのではないでしょうか」
「話芸のみで人を楽しませる落語や講談は、現代でも好きな人が多いですね」
「話芸は語り口の妙味や技術に唸ったり、筋立てを追ってのめり込んだりと夢中になる基準がいろいろあるんです」
「怪談師もやっぱり語りの上手い人が人気ですもんね」
「怪談語りは今まさに黎明期で、様々なプレイヤーが混在する群雄割拠の時代です。今後ブラッシュアップされてひとつのジャンルとして確立されていくと思いますよ」
「怪談の流行を分析していて、エンタメの潮流にも話題が及ぶとは思っていませんでした。とても面白かったです!」
あなたも地域の怪談を掘り起こしてみよう
雲海に埋まる遠野市
怪談と聞くと「怖い話は苦手!無理!」となってしまう人も多いと思います。
ただし黒木さんのインタビューを通して、ローカル怪談は「怖い」だけではなく、地域の魅力を探る一つの手段でもあることがわかりました。
最後に、黒木あるじさんからのメッセージを紹介させてください。
「ぜひ、自分のお住まいの地域の人に怪談の取材をしてみてください。ご家族でも親戚でも、気になっている商店街のおっちゃんでも構いません。誰かの話を聞き、それを再構成して発表すると言うことを通して、人や地域がもっと豊かになると思います。
また、誰も知らない怪談を探し求めるのであれば、地域の図書館を訪れてみてください。自治体史や自費出版の個人史などを開いてみると、ゴロゴロと恐ろしい怪談が予期せず眠っていることがあります。そうやって集めた怪談を通して地域文化の面白い伝播が生まれていくと思います」
怪談は老若男女問わず楽しめる一種のエンターテインメント。怪談という切り口で地域を掘り下げると、いろいろな世代を巻き込んで地域の歴史や文化を知るきっかけになるかもしれません。
あなたも今日からローカル怪談の道へ踏み出してみませんか?
☆画像ギャラリーでオダギリが収集した遠野のローカル怪談を紹介しています。ぜひご覧ください!
撮影:菅原嵩文