愛媛県といえば温暖な気候、松山城、道後温泉、みかん、鯛のイメージがあるかと思います。
実は日本酒の酒蔵が県内36軒もあって、「松山三井」「しずく媛」といった酒米も育てているのをご存じでしょうか。
日本酒で有名な高知のお酒も、愛媛県産の酒米がメイン。四国の中でも酒造りの歴史が深い土地なんです。
今回、そんな愛媛県が「愛媛の日本酒を世の中にもっと伝えたい!」と満を持して取り組んだプロジェクトが「えひめ香る地酒プロジェクト」です。
愛媛県オリジナルのお花『さくらひめ』の花酵母「愛媛さくらひめ酵母」、そして愛媛の米と水を使って、プロジェクトに参加した22蔵がそれぞれの技術と伝統をかけ合わせた酒造りにチャレンジしました。
愛媛県オリジナルのお花「さくらひめ」の花酵母「愛媛さくらひめ酵母」、そして愛媛の米と水を使って、22蔵がそれぞれの技術と伝統をかけ合わせた酒造りにチャレンジしました。
しかし、ジモコロ編集部は長年の取材で気づいています。日本酒の話をマニアックに伝えても、本プロジェクトのターゲットである若年層の女性に刺さらないことを……。
だから今回は趣向を凝らして、岩手県出身で長野在住、愛媛には大学時代に一度だけ旅行経験のあるライター・風音さんによる「ジモコロ愛媛旅のエッセイ」からスタート。
編集長の柿次郎が賑やかしでサポートしつつ、松山・今治・道後温泉エリアのおすすめスポットを紹介しながら、最後は日本酒蔵2軒のインタビューで構成しました。
食のポテンシャルに恵まれた愛媛の力強さ。福岡にひけをとらない、松山空港から町まで車で15分というコンパクトシティ。陸路の交通網が不便だからこそオリジナリティが発揮される土地の姿勢は、旅行客を満足させる要素になっている気がしてなりません。
それでは2泊3日の愛媛×日本酒の旅をお楽しみください。
【エッセイ】そのままでいて、でも、変わってもいいよ。
愛媛で「私」に出会い直す。
旅の朝はちょっと早起き。トーストもコーヒーも、いつもの朝ごはんなのになんとなく特別。
余裕を持って駅についた。券売機の前に立ち、指が止まる。まさか。駅員さんに声をかけると、ここは「松山市駅」で、今治行きの電車は「松山駅」からだと教えてくれた。タクシー乗り場に走る。なんとか間に合った。
電車を降りて改札を抜けたら、さくらひめの花束を抱えた広告代理店の方に出迎えられた。「さっき農協で買ってきたんです。”ばえる”包装じゃないけど……」と申し訳なさそうな顔をされたけれど、新聞紙と可憐な花のちぐはぐ具合が気に入り、頼まれてもいないのに「私が持ちます」と受け取り取材先へ向かう。
取材を終えて、お昼ご飯。今治には、「焼き豚玉子飯」というローカル飯があるらしい。タクシーの運転手さんに「焼き豚玉子飯協会に入っていない店がある」と教えてもらった。焼豚玉子飯界のアウトロー! 目玉焼きの黄身は、最初に崩して食べるのが流儀らしい。私には小盛りでぴったりだった。
すっかり空気が春だというのに、黒いブーツで来てしまった。歩いている途中で、ショーウィンドウに並んだマカロンが目にとまる。フランボワーズの赤、ピスタチオの緑、瀬戸内レモンの黄色に吸い寄せられて店に入る。
今治城の近くで食べたらいいかも。シュークリームも買った。でも、ケーキ屋さんを出てすぐに編集長が「よし!お城、やめよう!」と叫んだ。たしかに、旅程を詰め込み過ぎた。旅は引き算かもしれない。駅のコンビニでホットコーヒーを買う。ちょっと高い方のブレンド。たまにはいいよね。
道後温泉には、5年前に一度来たことがある。大学一年生からの仲良し4人組での卒業旅行。休憩所で一休みしながら画像フォルダを遡る。当時の写真を見返して、「あっ」と声が出る。今日の自分が着ているスウェットと同じ色のセーターを着た自分が笑っている。
5年前の私も、荷造りにずいぶん悩んだ。少しでも春らしいものをと思って買った水色のセーター。今着ている水色のスウェットも、出発直前に焦って買ったのだ。髪が長くて眼鏡をしていて、仕事で愛媛に来るなんて思っていなかった私。でも、あの頃も今も、私にとっての春の色は水色なのか。
その日の夜は、居酒屋、お茶漬け屋、うどん屋と3軒回った。普段の私なら、お茶漬けのあとにうどんなんて食べられない。「お腹いっぱいじゃない? 無理しなくていいよ」と気遣われたけれど、いつもの自分と違うことをしてみたくなった。生醤油のつめたいうどんを頼んだら、「その土地の物を食べる心意気、いいね! そのままでいて!! でも、変わってもいいよ」と編集長に言われた。うどんは無事完食。
愛媛で食べたもの。伊予柑ウィンナー。新玉ねぎとホタルイカのかき揚げ。鯛皮ポン酢。春キャベツと豚バラの梅サラダ。鯛のしそ巻揚げ。伊予鶏のココナツソース和え。鯛めし焼きおにぎり。鱧の刺身のお茶漬け。知っているはずの食材の意外な組み合わせ。一口食べるたびに「あんたたち、仲良かったなら言ってよ~」と唸った。
いつもなら選ばない色の服に身を包んで、いつものビールじゃなくて日本酒を試してみる。「いつもなら選ばない」が「これからも選ぶ」に変わる予感。
昨日の私は、居酒屋で「おすすめの日本酒はありますか?」と聞き、「どういうお酒が好きですか?」と聞き返されて「飲みやすいやつ……」と答えた。
「サワラのレアカツだって。おいしそうじゃない?」
「サワラって、魚辺に春って書いて鰆だっけ?春の魚だよね」
日本酒のメニューをめくる。どれどれ、淡麗な吟醸酒なら合うかなぁ。あまり気負わず、まずは一種類。
レアカツが運ばれてくる。サクサクの衣をまとった鰆の断面がほんのり桃色だ。まじまじと眺めていたら「熱いうちに食べな」と言われた。そっと口に入れる。ぱちぱちっと思わずまばたきをした。なにこれ。はっとして日本酒を一口飲む。またまばたきをする。
編集長が、「今日生まれたみたいな顔してるね」と目尻を下げて言った。
そうかもしれない。私にはまだまだ知らないことがたくさんあって、あたらしいことを知るのは生まれ直すのとほぼ同義だ。それなら、なんべんだって生まれ直したい。
最終日、再び道後へ。取材先で道後ビールと日本酒を試飲し、いい気分で足湯に浸かっていたら時間がだいぶ押してしまった。行こうとしていた本屋を見送るかどうするか話し合う。
松山は文学のまち。記念に一冊だけでもサッと買おうと駆け足で向かったのに、いざドアを開けて一歩中に入ったら本棚をなぞる指が止まらない。さっきまで慌てていたのに、各々すっかり黙り込んで本棚を物色する。普段は読まない俳句の本を手に取った。帰りの飛行機で読んでみよう。
タクシーで空港へ向かう編集長とカメラマンを見送る。私のフライトまではまだ時間がある。荷物を持ち直して歩き始めたら、さっきの本屋の店主が自転車を引いて横を通り過ぎた。「あっ」と声をかけたら気づいてくれて、「また遊びに来てくださいね」と会釈をされた。「また!」と手を振って、走り去る店主の背中を見送る。
当たり前のように「また遊びに来てください」と微笑まれたのがなんだかうれしい。歩く速度が上がる。信号が赤になったので立ち止まる。少し先に歩道橋。なんとなく足を止めたくなくて、そのまま歩道橋を駆け上がる。
右手には、お酒の瓶が入った紙袋、リュックの中にはさっき買ったばかりの本が5冊。それなのに、重たかったはずのブーツすら軽い。
つま先から指先まで、身体がじんわりとあたたかい。頬を撫でる風と、日の光がやさしい。少しぽやっとした頭を軽く振る。お昼に飲んだお酒がまだ残っているな。息を吸い込んで伸びをして、そのままひらひらと踊るように歩く。
おいしいものとお酒で身体を満たして、血が巡って、そのまんま楽しくなる。素直な身体でいいじゃないか。そのままでいて、でも、変わってもいいよ。
さぁ、ちょっぴり浮かれた私を連れて帰ろう。
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続いて、「さくらひめプロジェクト」に参加している愛媛の酒蔵「水口酒造」「八木酒造部」のインタビューをお届けします。
「さくらひめプロジェクト」では、愛媛オリジナル品種のお花「さくらひめ」から、香りと味わいの特徴が異なる4タイプの酵母が選定されています。
花の酵母を使ったお酒って一体どんな味……?
日本酒とお料理のペアリングって、どうやって楽しめばいいの?
これまで縁のなかった愛媛の日本酒。各酒蔵のあたらしい日本酒の開発にかけた想いから、いわゆるフルーティーで飲みやすいだけではない、次の時代を見据えた酒づくりのこだわりが見えてきました。
花の酵母?「愛媛さくらひめ酵母」を使った酒造りのこだわりを聞いてみた