みなさん、こんにちは。ライターのきむらいりです。
突然ですが、みなさんは「お気に入りのあの店」や「思い出のこの店」が「もう二度と行けない店」になってしまった経験はありますか?
お店が営業をやめてしまうのには、さまざまな理由があります。経営が難しくなってしまったり、店主が体調を崩したり、高齢化によって営業を続けられなくなったり……。
なかでも多くの業界で言われているのが「後継者不足」です。伝統産業など長年の経験を必要とする職人さんの世界に限った話ではないのです。
わたしの実家は北海道・函館市でちいさなパン屋を営んでいるのですが、こういった個人経営のお店も例外ではありません。
3年半ほど前、両親に取材をしてこんな記事をつくりました。
パン職人である父と、お店を切り盛りしてきた母に「数百円のパンを売って、子ども3人を育て上げるって無理ゲーでは……?」という疑問をぶつけてみたこの記事。
まちのパン屋さんの多くは店舗の売上だけでなく、どこかにパンを卸したり外販したりと、「お店の外」での売上を作っていること、そしてうちの父は借金をモチベーションに40年近くお店を続けていたことがわかりました。
この取材のきっかけは、父がふとこぼした「もうお店を続けるモチベーションがない」という言葉でした。この一言に一抹の寂しさを感じながら、いまを逃したら一生聞けない話がある、そう思ったのです。
「借金がなくなって、働くモチベーションもなくなった」と、話していた父。もしこの場所でお店をやりたい人がいたら、引き継ぎたいとも言っていました。そんな取材からしばらくして、ありがたいことにこの場所を引き継いでくれる職人さんが現れたのです。
左がお店を引き継いでくれた浅野さん。右が引退したうちの父、公志朗
2020年3月で父は引退し、新たな職人さんのもと「新生・ぼんぱん」がスタート。
新しい職人さん、実は学生時代に「ぼんぱん」でアルバイトをしていたことがあり、私も子どもの頃から知っている人なのです。
経営を引き継いでから3年が経ったタイミングではありますが、改めてお店を引き継ぐことになった経緯や、その後について聞いてきました。
登場人物
浅野くん:浅野寿文(あさの・としふみ)
函館出身の44歳。高校を卒業後、パン職人の道へ。学生時代にアルバイトをしていたご縁から、2020年4月より「ぼんぱん」の経営を引き継いでくれた人
きむらの父:木村公志朗(きむら・こうしろう)
函館出身の68歳。30歳の時に脱サラし、パン職人を目指す。「ぼんぱん」引退後は、知り合いのお店でアルバイトパン職人をしながら、趣味のゴルフ代を稼いでいる
高校時代のアルバイトから繋がってきた縁
「いや〜。お父さんが引退してから初めて『ぼんぱん』に来たんだけどさ、すごく不思議な気分……!! 自分の家が、別の人の家になる感覚?」
「そりゃそうだ。もう俺の店じゃなくって、彼(浅野くん)の店だもん」
「工場のほうに入ってくる時も、いままでは『お疲れっす〜』って感じだったのに、今回は『お、お邪魔します!』って」
トイレを借りるだけなのに、すこし緊張した
「浅野くんは、昔『ぼんぱん』で働いてたんだよね。私が小学生の頃かな。それまで父以外はパートさんだけ、女性だらけのお店で急に男の人が働き始めたぞ!? って、すごく印象に残ってた」
「あの頃は高校生だったよな。知り合いから『甥っ子がパン屋の仕事に興味あるみたいなんだけど』って相談を受けて。『パン屋の仕事はとにかく朝が早いから、とりあえず早起きして見においで』って言ったのさ」
「最初は部活を引退したあとの夏休み中だったかな」
「まずは朝早いけど見学に来てもらって、それでも興味があるならアルバイトに来ればいいよ、ってね」
「当時は『急に大人が増えた!』くらいに思ってたけど、まだ高校生だったんだもんな〜。
高校生のアルバイトっていうと、ほとんどは放課後がメインじゃない? しかも朝なんて一分でも多く寝ていたいくらいなのに、どうしてわざわざパン屋に?」
「とくにやりたいこともなかったんだよね(笑)」
お店を引き継いだいまでは、「ぼんぱんの一番の顧客」になっているという、父
「当時のぼんぱんは実家から近かったし、叔父さんの知り合いの店というのもあって、たまに買いに行ってたんだよね。純粋においしいなと思って食べていたし、ふと『こういうおいしいパンをつくるのもいいな』と思って」
「それでも、学校に通いながら朝働くなんて……わたしには無理だ! 高校を卒業した後もしばらくは働いてましたよね?」
「専門学校に通いながらもそのままアルバイトは続けていて。卒業して1年くらいは働いてたかな」
「パン屋ってさ、1年もいると大体のことは覚えるのよ。うちにいてもそんなに高い給料は払ってあげられないし、それでお父さんの古巣のDONQ(ドンク)を紹介したのさ」
「そっか、浅野くんもずっとDONQで働いてましたね」
「最初は函館に勤務していて、そのあと札幌、旭川、それでまた札幌に戻ってきてたところで、社長(きむらの父)に声かけてもらって」
「前の取材の時に、『浅野くんがやってくれたら一番いい』って言ってたもんね」
「そうそう。自分よりうんと若いし、でもちゃんと経験があって、大手で働いていたぶんレパートリーなんかの引き出しも多いでしょ。それでいて地元はこっちだし、この店で働いてたこともあるし……。俺からすれば一番理想的な形が叶ったな」
「あ、お父さん。そろそろ次の約束の時間じゃない?」
「ああ、そうだな。これからゴルフ連中との飲み会なんだ。あとはゆっくり二人で話してけれ」
「毎朝4時に出勤してた頃は、こうやって夜飲みに行くなんてほぼなかったもんね。たのしんできて〜〜!」
「俺いないほうが話しやすいっしょ! したっけな〜」と去って行った父
「働くこと」の原点がパン屋だった
「よし、お父さんがいなくなった! 父がいたら話しにくいこともあっただろうしね、ここからが本番ですよ」
「(笑)。函館にいた頃はね、社長にくっついていりちゃんもたまに前の職場のDONQに顔出してくれたりしてたけど。大人になってからは会ってなかったからね。しばらくぶりです」
「しばらくぶり! いやあ、あの時の浅野くんが高校生だったっていうのも改めて驚きだけど、今こうしてぼんぱんを継いでくれているのもすごく不思議な気分……。
よくぞブレずにパン屋を続けてこられて……もう何年になりますか?」
「26年かな。自分からすればパンしかやってこなかったから『ブレられなかった』、という感じなんだけどね」
「パン屋の娘が言うのもなんだけど……。どうしてパンだったんです?」
「最初はちょっとした興味だったんだよね。まずは一週間お邪魔させてもらって。でもさ、最初の一週間なんて、なにか仕事を覚えられる訳でもないし、ただ邪魔しにいってるようなものでしょ。それなのに、社長は最終日に『給料だ』って言ってお金をくれたんだよね」
「おお。父、ちゃんとしててよかった」
「それまで部活漬けだったから、それが初めての『働く』だったのさ。働くっていいな、自分が働いてお金をもらうっていいな、と思って。その原点がパン屋だったから、そのままパン屋になったのかな」
「純粋な青年が労働の喜びに出会った瞬間だ……!」
「わたしからすると、生まれる前からある『ぼんぱん』はもう一つの実家なんですよ。さっきも話したけど、『自分の家』だった場所が誰かの場所になる感覚ってすごく不思議で。すこし寂しい気持ちはあるんだけど、昔から知ってる浅野くんがこの場所を残してくれたことに、すごく感謝してるんですよ。
お店自体がなくなってしまっていたら、もっともっと寂しかっただろうし」
「店構えとか、工場で使ってるものとか、ほとんど変わってないんだけどね」
「お父さんからは『札幌までスカウトに行った』って聞いてるんだけど、大丈夫でした? 無理にお願いされたりしなかった?」
「前々から、帰省して顔を出した時とかに『どうだ? やってみる気ないか?』とは聞かれてたんだよね。『帰ってこないのか?』みたいな。でも、その時は別にそこまで深く考えてなかったから、本気にしてなかったというか」
「これまでもジャブは打たれてたんだ。でもいよいよ札幌にまで来て、本気なんだな、と実感したんですね」
「そうだね。2019年の11月くらいに社長と奥さんが札幌まで来てくれて、そこから本気でどうするか、うちの家族とも相談しはじめたかな」
「実際、決断までにはどのくらい時間がかかりましたか?」
「2〜3ヶ月かな。年が明けて1月くらいに社長から『どうする?』って聞かれて、こっちが返事しないと社長も店を畳むかどうか決めないといけない時期だったから」
「そうだよね〜。浅野くんのご家族には反対されなかったですか? 安定した会社員から一転して、独立するわけだし」
「まあ、反対されたよね。僕自身もすごく悩んだし」
「ですよね〜〜!」
「札幌は住みやすい街だしね。それに子どもが一度、僕の転勤で旭川から札幌への引っ越しを経験してて。当時は幼稚園だったんだけど、暮らしの環境が変わる=子どもの心境にも変化を与えるってことだから、それをまたこの子に経験させるのか? と思うと、なかなか決断できなくて」
「環境の変化がお子さんに与える影響って、大人以上に大きいもんなあ」
「それに、収入が安定した会社員と違って、自分で店をやるってことはなんの保証もないってことだから、そこへの不安もあったしね」
「それはそうだ〜。それでも、最終的に函館に戻ってくることを決めたのはどうしてですか?」
「やっぱり、職人としてこの世界にいる以上『自分の店を持ちたい』という願望はあったんだよね。具体的に動いてた訳じゃないけど、ただ漠然とそんな気持ちはあった」
「それにこの機会を逃したら、多分もう自分の店を持つことはないだろうな、とも思ったのさ。でも最終的には、ちょっとズルいけど子どもに託したの」
「託したというのは?」
「夫婦で何度も話し合ったんだけど、決めきれなくて。最後は『子どもに聞いてみて、嫌だって言ったらやめよう』と、決めたんだよね」
「なるほど、お子さんの気持ちを尊重しようと。それで、お子さんは賛成してくれたんですね」
「やっぱり最初は友だちと離れるのは嫌だって言ってたんだけどね。でも最終的にはいいよって言ってくれたし、いまは楽しそうに過ごしているのでホッとしてるかな。大人が思ってる以上に子どもって順応するんだね」
コロナ直後の大打撃が尾を引く現状
「浅野くんが『ぼんぱん』を引き継いだことは、ありがたいことに地元の新聞にも取り上げていただいて」
今日の夕刊、北海道新聞「みなみ風」に『元町ぼんぱん』が取り上げられました〜!父と、新しくお店を継いでくれる浅野くんが載っています。やったね
函館のみなさんがわたしのお知らせを拡散してくださったおかげです。本当にありがとうございます!! https://t.co/qAg6TWvUbY pic.twitter.com/Gmjrl3dvGp
— きむらいり(木村衣里) (@kimurairi) March 26, 2020
「お店の名前をそのまま引き継いだのは、なにか理由がありますか? お父さんにお願いされたとか?」
「いやいや、社長には変えてもいいって言われたのさ。でも正直、名前が変わることで『別の店』に見えることが不安だったというか。
そのまま引き継ぐほうが常連のお客さんはそのまま来やすいだろうし、外販先への説明もシンプルになると思ったんだよね」
「『ぼんぱん』の名前で30年近くやってきてるからね、地元で知ってくれてる方もある程度はいるのかな。ありがたいことだなあ」
看板も店名もそのままに、経営だけ引き継がれた「ぼんぱん」
「ここを引き継いだのが2020年の4月。その直後くらいから新型コロナウイルスの猛威が日本中に広まって……、ちょうど行動制限とかもかかった時期でしたよね」
「そうそう。本当に、まさかコロナと共に引っ越してくるとは思わなかったから」
「大変なスタートでしたね……」
「いやー、なかなかしんどかったですね〜。お店の立地的にも観光客の存在が大きいんだけど、それがほぼゼロになって。保育園とかからの卸し注文も、コロナによる休園でキャンセルになったりとか」
「ひええ、大事な外販にも影響が……!」
「それに、もともと観光客をメインに据えた経営計画を立ててたから、本当にゼロから考え直さなきゃなかったんだよね」
「それに加えて原材料のコストは上がっていく一方だし……」
「そうそう。社長はずっと地域の人が買い求めやすい価格帯でやってきてたから。地元の人や常連のお客さんからすると、そのイメージが定着してると思うのさ。だけど、大手のお店や道内でも札幌なんかの都市部の感覚からすると、正直割りに合わない価格帯なんだよね」
ぼんぱんのパンは120円〜200円代の商品が多く、500円もあれば好きなパンが買えちゃいます
「たしかに、うちも含めて函館のパン屋さんは全体的に安いイメージがあるかも。それがローカルの良さでもあるけど、経営目線で考えたら全体的に底上げしていかないと持続できなくなっちゃうもんなあ」
「そうなんだよね。ただ幸か不幸か、いまは世の中的に原料もエネルギーも、ほとんどが値上がりしてるでしょ。実際そうだから仕方ないんだけど、全体的に『値上げしないとやっていけない』空気になっているから、多少は価格改定しやすくなった側面もあるんだよね」
「両親がやっている時から、『パンを売って利益を出す』のってすごく難しいことだと思っていたので……。お店を継続していくためにも、パン屋さんに限らず多くの業界で健全な価格帯が受け入れられるようになってほしいな」
「最近ようやく、すこしずつだけど観光客が戻ってきて、インバウンドも増えてきている印象はあって。お店を継いでから3年間、観光の流れが戻っては規制され、戻っては規制されて、かなり苦しい時間が続いたんだけど、ここからすこしずつ希望がもてる流れになればいいなと思ってます」
「なんかちょっと暗い話が続いちゃったけど、今後やっていきたいこと、思い描いてることはありますか?」
「このお店は地元の人からの知名度はあって、常連のお客さんもいるんだけど、新規のお客さまって入りにくいと思うんだよね」
「あ〜たしかに。新しいお店がどんどんできていく中で、わざわざ若い人がこっちまで足を運ぶのは難しいのかも」
「まずは観光客が戻ってきてくれることに期待しつつ、地元の人たちにも好まれるパンをつくっていきたいかな。地域柄年配のお客さまが多いんだけど、若い人たちにも足を運んでもらえたらいいな」
さいごに
父の引退以降、コロナの影響でずっと足を運べていなかったお店にようやく来ることができて、すこし肩の荷が降りた気がします。
取材のスタート前は、まさに数年ぶりに帰ってきた実家のような「懐かしいんだけど、もうそこが自分の居場所ではない寂しさと落ち着かなさ』があった、新生ぼんぱん。
よく知っている場所なのになんだか別の場所のように思えて変に緊張していたのですが、取材が終わる頃には、新しく変わった部分への希望と変わらない部分の暖かさを両方感じて、この場所でこのお店が続いていることのうれしさが溢れてきました。
小学生の頃に読んだ『盲導犬クイールの一生』に大号泣し、両親に頼み込んで設置してもらった募金箱は、いまも健在でした
正直なところ、お店を引き継いだタイミングも悪く、厳しい状況が続いているぼんぱん。観光の流れが戻ってくれば、もうすこし明るい兆しが見えるのですが、まだまだその光は遠いところにあるようです。
常連さんに愛される味と、浅野くんの感性でつくられた新商品、その両方が同居するいまのぼんぱんは、改めて地元の人たちに足を運んでもらいたいお店になっていると思います。
これが継業のリアル……! どうか、多くの人にこの記事が届きますように。
撮影|納谷ロマン