昨年まで、京都の荒神口(こうじんぐち)に「LAND」というパン屋さんがあったのをご存知でしょうか?
もともとパン屋さん好きの私ですが、「人生で出会った中で一番のパン屋さん」と断言できるお店。
そして「伝説になった」と思っているパン屋さんです。
出会った時は、あまりのおいしさに衝撃を受けました。
写真提供:土門蘭
噛めば噛むほど味わい深いベーグルに、しっとりもちもちの食パン。
シナモン香るガツンと甘いシナモンロールや、クリームチーズがたっぷり乗ったキャロットケーキは中でも大好物で、お店にあったら必ず買って帰りました。
写真提供:吉川潤さん
そして、LANDといえばサンドイッチ。
作りたてが味わえるオーダー制なのですが、これがまたおいしいのなんの。
自家製ハムやベーコンに、たっぷりの野菜。時折、日向夏やりんごなど「ん!?」と驚くような組み合わせもあって、毎回食べるたびに新鮮な驚きと喜びをもらっていました。
一個で大満足、だけど食べ終わるとまたすぐ行きたくなる、そんな最高のパン屋さんがLANDなのです。
写真提供:吉川潤さん
それなので、当然人気もありました。
2015年に28歳の青年が立ち上げたLANDは、あれよあれよと人気を集め、2020年のコロナ禍をきっかけに大ブレイク。
行列が日に日に伸びていき、2022年には、朝の8時半オープンなのに夜0時から並び始めるお客さんもいるほどの大人気店に。
オープンと同時にもう売り切れ、なんていう事象も起きました。
閉店間際にはLANDの前からこの橋までずらっと行列が。
そんな人気絶頂の中、LANDさんは閉店を発表します。
「このたび、誠に勝手ながら来月11月末の営業をもちましてLANDは閉店いたします。
いつも僕たちを必要としてくださってご利用していただいている皆さん本当に本当にありがとうございます。
急なお知らせとなってしまい申し訳ありません。
妻と僕で決めました。移転、再開は致しません」……
Instagramでこの投稿を見た時には「えーーー!?」と声が出てしまいました。
「あんなに行列ができるほど人気なのに、なんで閉店!?」という疑問とともに、「もうあのパンが食べられないの!?」という悲しみで泣いてしまうほどでした。
それと同時に思ったのが「LANDは京都の伝説になったなぁ」ということ。オープンすぐから通っていた客としては、拍手を送りたくもなったのです。
LANDを「宇宙一うまいパン屋」と表現する神楽坂の書店「かもめブックス」の店主・柳下恭平さんは、こんなふうに言います。
2022年11月、LANDは7年の営業を経て幕を閉じました。
LANDのオーナー・吉川潤さん(ジュンジュンさん)は、今年ご家族でバンクーバーへ移住されるとのこと。
その前にぜひお話を聞きたい。そう思い、インタビューをオファーしました。
「どうしてLANDはあんなにおいしいパンを作れたのか?」
「どうしてLANDはたくさんの人の心を掴んだのか?」
「どうしてLANDは京都からなくなってしまうのか?」
そんな疑問を携えて、LANDのあった荒神口でジュンジュンさんにお話をうかがいました。
「プリップリのパン」から生まれた初期衝動
「まずはそもそものお話からうかがいたいのですが、ジュンジュンさんは、いつ頃からパン屋さんをしたいと思っていたんですか?」
「もともとはケーキ屋さんになりたかったんですよ。小さい頃からオカンが家でよくお菓子を焼いてて、僕も一緒にケーキ作ったりするのが好きで。それで大学ではフランス語学科に入ったんです。『ケーキと言ったらフランスやん』と」
「へえー!」
「でも大学行って1年も経たへんうちに、『フランス、全然興味ねえな』って気づいたんです(笑)。大学時代にケーキ屋さんでバイトもしたんですけど、一個一個きっちり綺麗に作るっていうのがめちゃくちゃ性に合わなくて。『これ無理やな』って思ったんですよね」
「あらまぁ」
「ちょうどその頃、姉がパン屋さんでバイトしてて『人が足りひんから、あんた来たら?』って言われたんです。もう今は閉店した普通の街のパン屋さんなんですけど、そこで大学3年の時にバイトを始めました。そしたら『パン、いいな』って思って」
「何が『いいな』と?」
「性に合ってました。僕、大雑把なんですよ。細かいのが無理。パンって大体で作ってもおいしくできるから」
「本当ですか(笑)。それがパンとの出会いなんですね」
「そうですね。パンって焼く前に発酵させるんですけど、バイト先で『これから焼くね』って渡されたのがプリップリで。こう、揺らすとプルプルッてなったんですよ」
「はい」
「それを見て『うわ、めっちゃかわいいな!』って思って。そんなかわいいのが焼き上がったらバキってかっこよくなって出てくる。その感じがめちゃくちゃいいなって思ったっていう……パン屋さんやろうって思った理由はそれだけです。初期衝動ですね」
「あはは。いいなぁ。その初期衝動は以降も続きましたか?」
「そうですね。LANDやってるときも毎日『かわいいな』って思ってました。スタッフには変な目で見られてましたけどね(笑)」
「20代で独立すれば、30代でもう一回チャレンジできる」
「それで、大学を卒業してからは?」
「卒業後にパン屋さんを探そうって決めてたんですけど、その時、荒神口でhohoemiっていうパン屋さんに出会ったんです。そこがすっごいおいしくて」
「hohoemi! LANDの前にあったパン屋さんですね。私も行ったことがありますが、あそこも本当においしかったですよね」
「そう。そこ行ったとき、すぐ『ここや!』って思いました。他も見たんですけど、感動したのがhohoemiだけやった。おいしいのももちろんなんやけど、体験としてすごかったんです」
「体験として?」
「後でわかったことなんですけど、hohoemiでは常に焼きたてのパンを出し続けてたんです。だからいつ行っても何かしら焼きたてのパンがある」
「そうだったんですか!」
「焼きたてのパンを買って鴨川で食べてたら、味も場所も最高で、『ああ、これがしたいな』って思いました。それで面接してもらって、働き始めたのが22歳の時ですね」
「その時食べたパン、今も覚えてますよ。『フロマージュ』っていう、フランスパン生地に甘いクリームチーズが入っているパンで、びっくりするくらいおいしくて。それから死ぬほど焼くことになりましたけど(笑)」
hohoemiとLANDから徒歩10秒の鴨川
「そこからhohoemiさんで働き始めて」
「働いたのが、hohoemiが閉店するまでの2年弱ですかね。レベルが違いすぎてついていくのに必死でしたけど、その間にパンの焼き方を1から全部教わりました。だからhohoemiのオーナーが師匠なんです。パンの作り方だけでなく、働き方や考え方も素晴らしい人で、その人からいろいろなことを教わりましたね」
「そこで学んだことで、一番心に残っていることって何ですか?」
「うーん、いっぱいあるけど……働き始めてすぐに言われたのは『お前は誰に”いらっしゃいませ”って言うてるねん』ってことでした。お客さんが入ってきた時に作業しながら『いらっしゃいませ』って言ったら、『お前今、自分の手元見ながら言ってたやろ。ちゃんと目を見て言わんと伝わらへんで』って言われたんです。
それはLANDやってる時もずっと染み付いていましたね。『ありがとう』って思ったら、ちゃんと厨房から顔を出して言う。逆に、『ありがとう』って思わへんかったら言わへんかったけど」
「(笑)」
「あともう一個忘れられへん言葉があって。オーナーは26歳でhohoemiを始めたんです。そこから10年やって、36歳で別の場所で新しくドーナツ屋『ひつじ』をやることになったんですね。
その時、『今、同世代の人たちは1個目の店を始めてる。でも俺は20代で独立したから、その間にやりたいことがいっぱいできて、30代でもう1回チャレンジができんねん』って言っていたんです」
「すごくいい言葉だ」
「それはめちゃくちゃ覚えてますね。本人は『そんなこと言った?』って言ってはりましたけど(笑)。だから僕も絶対早く店やろうって思って、20代で独立するのを決めたんです。そっからコーヒー屋さんで2年、レストランで2年働いて、28歳でLANDを立ち上げました」
「『今や』ってなったのは、何かきっかけがあったんですか?」
「28になった時に勤めてたレストランが閉店することになって、『今がタイミングかな』と。それでhohoemiのオーナーに挨拶に行って『独立しようと思います』って言ったんですね。そうしたら『明日、hohoemiの跡地の契約が切れんねん。お前、あそこ使う?』って言われて」
「えっ!」
「オーナーは、いつかhohoemiを再開させようと思っていたらしくて、ずっと跡地を借りていたんです。でももう解約しようとしてたと。そこに自分がやってきた。1日遅れてたらオーナーは夏休みに入っていたし、あの場所も借りれなかったし、ほんまに縁を感じましたね。そこからトントンと話が進んで、2015年11月末にオープンしました」
「めちゃくちゃ運命的ですね。ちなみに、お店のコンセプトって考えていたんですか?」
「そんな賢いタイプではないので……(笑)。でも、荒神口に根付きたいっていうのは思ってたかな。hohoemiっていう愛されていたパン屋がなくなって、みんなパン屋さんを必要としてるんちゃうかなって」
「1個真似すればただの真似。10個真似すれば自己表現」
「LANDさんといえば、オーダー制の出来立てサンドイッチですけど、あれも最初から構想があったんですか」
「いや、最初は普通にパンを焼いて出すだけでした。食パン、あんぱん、クリームパン、ベーグル……自分が食べておいしいと思うものを出す感じ。サンドイッチは最初作り置きで出していたんですけど、『これ全然完成形じゃないな』って思ってて。だって作りたてのサンドイッチをわざわざ冷蔵のショーケースに入れて、パンも具材も全部冷やすって意味わからへん。作りたてのサンドイッチを食べられたら嬉しいやろなって、オープン後半年くらいでそれをメインにすることにしたんです」
「私はちょうどその頃初めてLANDさんに食べに行って、あまりの美味しさに本当に衝撃を受けました。こんなうまいサンドイッチがあるんや! と。あれにはモデルがあるんですか?」
マスカットフォカッチャのチキンサンド(写真提供:土門蘭)
「NYに旅行した時に立ち寄ったデリですかね。お肉とかサーモンが並んでいて、その場で店員さんがサンドイッチを作ってくれたのが元ネタになってます。そんなふうに自分が『いいな』と思うものを集めて、消化して、ああなったって感じ。目指していた店があるとか、どこのサンプリングって感じではなくて」
「体験の中で『いいな』と思ったものが蓄積されて、自分なりのやり方でアウトプットしていた、と」
「これは一昨日読んだばっかりの本に書いてあったんですけど『1個真似したらただの真似だけど、10個真似すればあなたの自己表現です』って書いてあって、確かになぁって思ったんですよね。僕は経験が浅かったから、何かに強く影響されたってのがない。『これめっちゃええのに、なんで流行らへんねやろ』っていうのを自分の中にちょこちょこ溜めながら、どんどん作ってった感じですね」
ジュンジュンさんのバイブル『ハッピーサンドイッチ』と『TARTINE BOOK No.3』
「その繰り返しが、LANDさんのおいしさを作ってるのかな……。素朴な質問で申し訳ないのですが、どうしてあんなにおいしいパンが作れるんでしょうか」
「これはもう、努力です」
「努力」
「好きこそもののなんとやらですよ。僕、ずっとパンのことばっかり考えてましたから。『どうしたらもっと良くなるやろう』『これもやってみたいな』って、朝から晩まで考えて、寝る直前まで本を読んで。そういう時間を努力と呼ぶなら、それが理由かな。好きなんですよね、ただ。それが仕事につながったってだけで」
「私、LANDさんのパンを食べながら『このお店、どんどん変わっていくな』って思ってたんです。メニューも変わるし、サンドイッチの味も変わっていく。パン屋さんて忙しいはずなのに、常にアップデートされているのがすごいなぁと」
「僕はもう、その日に違うなって思ったらレシピを変えてしまうんですよね。変えへんかったら間違いなくおいしいものが作れるんやけど、『これ変えたらもっとおいしくなるんちゃうか』って思ったらそこにギャンブルしちゃう。変わることへの怖さはない。ずっと同じ方が僕は怖いですね。だからレシピも残してない。もう一回同じもの作れって言われたら無理ですね(笑)」
「反復ではなく、進化していましたよね」
「でも結局、積み重ねがないと変わることもできないから。毎日の積み重ねにひたすら向き合い続けていたら、プラスポイントとマイナスポイントが見えてくる。それをどう変えていくかですよね」
結局、自分にあるもの以上のものって出ない
「私ね、LANDさんのパンがあまりにおいしくて、『おいしい』ってどういうことなんだろうなって考えてたんですよ」
「え、そうなんですか」
「それで思ったのは、私にとっての『おいしい』は『驚き』なのかなって。想像を超えたサプライズを感じた時に『おいしい!』って思う。それをLANDさんのパンで何度も体験させてもらいました」
「ああ、それはうちの妻も言ってくれましたね。『何かを食べる時、これまでの経験から大体『こんな味かな』って想像ができる。でもそれをちょっと超えたときに『おいしい』って人は感じるんだと思う。それがあなたのパンにはある』って」
「うん、本当にその通りです。それって意識されているんですか?」
「僕は『驚かせよう』とか『感動させよう』とか狙っているわけではないんですよ。そんなこと意識したら、むしろ無理なんじゃないかな。僕は自分がおいしいと思うものを作っていただけなんで。
LANDのサンドイッチにはちょっと変わったものも入っていたから、よく足し算で作ってると思われがちなんですけど、実は僕の中では引き算なんですよね」
甘夏とハムのサンドイッチ(写真提供:土門蘭)
「引き算?」
「例えば『野菜のサンドイッチ』を作ろうとするじゃないですか。その時まず、人がどう思うかではなく、『自分が何を食べたいか』を考えるんです。すると『これとこれとこれが入っていたらおいしいやろな』っていう完成形が見えてくる。そこに向かって引いていく感じなんですね」
「足すんじゃなくて?」
「そう。これまでにいろんな知識をインプットしているから、いろんな選択肢が浮かぶわけです。レタス、スプラウト、小松菜、ベビーリーフ……自分の中にあるものを総動員させて、『自分の出したい味だったらこれやな』っていうのだけを残して完成させる感じですね」
「そうかぁ。私の想像では、足して足して最後にジャンプする感じかなって思ってました」
「結局、自分にあるもの以上のものって出ないし、出たとしてもたまたまでしょう」
「確かに」
「僕は絶対的に自分の『好き』が確立しているんです。パンの味も、店の雰囲気も『こういうのがやりたいねん』っていうのはブレない。それをひたすら形にしていったら、おいしいって言ってくれる人が増えただけで、全然人のことを考えていないんですよね。誰かに向けて作ってる感覚ではない」
「自分の理想に向かっていく感じなんですね。その理想っていうのは、もともとはっきりとあった方なんですか」
「いや、LANDを続ける中で明確になってきたと思いますね。もともと、両親の影響が強いんですよ。おかんが作ってくれたお菓子とか、親父が教えてくれた海外のカルチャーとか。スケボー、車、音楽……そういう影響はLANDにめちゃくちゃ出てると思います」
「やっぱり自分の中に溜めてきたインプットの中から、好きなものやお店のあり方を確立してきたんですね」
「そうですね。そういうふうに作れたら僕も幸せやし、みんなも嬉しいやろうし。win-winですね(笑)」
おいしさの秘密も人気の理由も「めちゃくちゃ頑張ったから」
「LANDさんは最後らへんものすごい行列ができていましたが、人気がグッと出てきたのはいつ頃なんですか」
「コロナがきっかけだったと思いますね。その前からみんな来てくれてはったけど、流れが変わったのはそこだと思う」
「えっ、そうなんですか」
「2020年にコロナが流行り始めて、緊急事態宣言とか出て、結構みんな沈んでたじゃないですか。周りの飲食関係の人を見ても、不安がったり文句を言う人ばかりやった。でも、わあわあ言うても上は何もしてくれへんし、できることやるしかない。そう思って、緊急事態宣言が出たら速攻で店を閉めて、デリバリーを始めて。その間に店を改装して、回転を早くできるようにして。自分のためにもみんなのためにも、とにかくすぐ行動したんです。
それを見て共感してくれた人が、すごく多かった。『LANDいい感じやん』って思ってくれる人が増えて、お客さんもグッと増えた気がしますね」
「それは私も見ていて思いました。変わることにまったく躊躇しないなって」
「さっきも言ったけど、変わらないままいる方が辛いんですよ。それにしんどい時にしんどい顔をしてても仕方ない。せめてパン屋さんくらいは楽しい顔して行きたいやろって、僕はポジティブに動いてた。そこで通ってくれた人は、最後まで通ってくれましたね。その後から、すごい行列ができるようになったかな。コロナ禍でなかなか来られんかった人が、少しずつ来てくれるようになって」
「そうかぁ、テレビとかで紹介されたとかではないんですね」
「そう。よく聞かれるんですよ、『なんでそんな急に流行り出したん?』って。でもシンプルに『そんなんうまいからに決まってるやん』って内心思ってました。もうそれが一番やと思う」
「はい、はい」
「それに、周りから見ると一見さんばっかりやと思われるかもしれないけど、実際のところ、半分は常連さんだったんです。だからどれだけ行列ができても全然ネガティブに捉えてなかったですね」
「そうだったんですか。行列できると常連さんが離れるって言うけど、それはすごいなぁ」
「珍しいですよね。そんなやから『行列できてすごいね』って言われても、『そらうまいんやからみんな買いたいでしょ』って思ってました。逆に行列ができる前なんかは、『こんなにおいしくてこんなにいい感じのバイブスでやってる店やのに、なんで並ばへんの? この世は狂ってる』って思ってましたね(笑)」
「行列できる前からずっと自信があったんですね。その自信ってどこから来るんでしょう? 自分の理想を形にしているから?」
「いや、僕もともと自信ない方なんですよ。ただ、LANDに関しては『頑張った』ってだけ。やったらやった分だけ返ってくるって思ってるから、自信がある。結局、物事って向き合った時間分しか自分に戻ってこないと思うんです。土門さんもそうじゃないですか? 文章を書けば書くほど、自分に返ってくる、書きたいことが書けるようになるっていうか」
「はい、本当にそうですね」
「それと同じ感覚だと思う。真剣に向き合った分しか、スキルとして返ってこない。だから『なんでこんなパン作れるんですか?』『なんでこんなに流行ったんですか?』って聞かれたら、一言で言うと『めちゃくちゃ頑張ったから』です。今は『頑張る』がネガティブな言葉になってるけど、僕は人間の本質はそこしかないと思っているので」
「おいしさの秘密も、人気の理由も、全部『頑張ったから』。やあ、もうそれが本当なんだろうなぁと思います」
かっこよさとは「ウェルカムだけど迎合しない」こと
「だけどそんな人気絶頂の中、急に閉店されることになって。それはどうしてだったんでしょうか?」
「たくさんのお客さんに来てもらえるようになってから、僕の中でもう『この土地に必要とされる店になれたな』って感覚があったんです。それと同時に『もういらないんじゃないかな』って」
「もういらない?」
「はい。LANDが今後もいい塩梅であるには、あの場所では無理だった。こっちは流行る流行らへんは選べへんし、いいバランスじゃないなって。やめるなら今かなって思ったんです。
実は、コロナ禍になる前から海外に行こうって決めてたんですよ。もともと僕、サンフランシスコとかポートランドとか、西海岸のカルチャーが好きで。好きなものに囲まれた環境で生きていきたいなって思ってたんですよね。
で、行くなら今かなって。本当はアメリカに行きたかったんやけど、ビザが降りなくて。それで結局、移住先はカナダのバンクーバーになりました」
「Instagramで『閉店後は海外に行く』って書いてあったので、有名な海外のパン屋さんに修行に行くのかなって思っていたんですけど……」
「ううん! そんなん、あっち行っても僕のパンの方がうまいでしょ(笑)。英語が喋れるようになりたいとか、海外に住んでみたいってだけです。しょうもないですよ、理由なんて。
あともう一個大きいのは、娘のことですね。ずっとパンのことばっかり考えてたけど、娘が生まれてからは彼女が一番大事になった。それで娘の教育について考えた時に、自分が日本で受けてきた教育を受けさせたいかというとそうじゃないなって。それで海外で育てようって決めたんです」
「えっ、じゃあ、半分は娘さんのためなんですね」
「それがなければ踏ん切りついてないですね。僕はお金は残してあげらへんけど、経験は残してあげられるから。まあ、ずっとそこにいるかは行ってみないとわからないんですけどね」
「仕事はどうされるんですか?」
「パン屋さんで働く予定です。働きたいところ見つけて、向こうで基盤を作って、ビジネスできるだけの英語力や知識を得たら、いつか自分の店を始めたいなと」
「すごいなぁ。28歳でLANDを立ち上げて、7年で大人気店にまで育てて。でもそれを人気絶頂の時に閉めるって、勇気がいることだと思うんです。もったいないって気持ちはなかったです?」
「『もったいない』はめちゃくちゃ言われましたね。『店を売ればいいのに』って言われたし、実際『買いたい』って言ってくれる人もいたし。でも、僕には何がもったいないのか全然わからへんかった。価値観の違いやと思うけど、そんなダサいことしたくなったんです。僕は、百恵ちゃんとかキャンディーズみたいな有終の美に憧れていたんですよね」
「『普通の女の子に戻ります』ってマイクを置くような」
「そう。だから僕も最後バゲット置いて終わろうって思ってたのに、一本も残らなかったんですけど(笑)。一番いい時に辞めるってかっこいいじゃないですか」
「うん、かっこいいと思います。インパクトありますしね」
「店を残そうと思えば残せたし、お金を稼ぐこともできたと思うんだけど、別に僕はそれが欲しいわけじゃない。『辞めるなら人気絶頂の時に辞めたい、かっこいいから』ってだけ。まあ、それまでにめちゃくちゃ流行らせたんねんとは思ってましたね」
「ジュンジュンさんにとっては『かっこいい』が重要なんですね」
「そうですね。LANDやってる時も『かっこいいお店でいよう』と思ってました。やってることやスタイルがダサくないお店がいいなって」
「その『かっこいい』って言語化されてます? ジュンジュンさんにとっての『かっこいいお店』ってどんなんなのか」
「えー……なんですかね、かっこよさ。『ウェルカムだけど迎合しない』って感じかな」
「ウェルカムだけど迎合しない」
「そう。僕は年齢、性別、人種に限らず、どんな人もフラットに体験できる店にしたつもりなんです。でも、人を呼び寄せることはしたくなかったんですよね。だから『人が来るにはどうしたらいいやろう』って考えることもしなかった。尖ってると言われたらそこまでだけど、とにかく媚びるのが嫌いで」
「パンがうまければ来てくれるだろうと」
「うまければ来てくれるし、わからへんなら『わかってへんな』って感じ。だから店は流行ったけど、ビジネスとしては成功してないですね(笑)」
「でもやり方としては納得してる」
「そうですね。僕はこの7年、めちゃくちゃ楽しかった。もちろん大変だったけど、自己表現でお金をもらえて、家族を養えて、友達とも飲めて、スケボーもできて、幸せやなぁって思う。店って、楽しくやるのが一番やなって思います」
「来て」とは言わないけど、来たら絶対気に入るよ
「最後の質問ですけど、ジュンジュンさんから見て京都ってどういう街でしたか?」
「それを知りたくて出るっていうのもありますね。僕はずっと京都の内側からしか見てないから。でも、これまで京都を出なかったってことはいい街だったんだと思います。文化もあるし、鴨川もあるし、感度の高い人もいて個人店もあって、すごく良い街。
ただ、どこもそうかもしれへんけど、同業者でつるんでる感じは好きじゃなかったですね。そこには関わらないでおこうって思ってた。お互いの店でお金を落としあって、それで経済回してどうなるんやろうって。僕は、知らない人からお金もらうのがプロやと思う。知らない人からお金を稼いで生活するのが商いやと思うから、あんまり同業者の友達はいなかったです。尊敬してる人はいっぱいいるんですけどね」
「そうか、だからジュンジュンさんは海外に行けるんですね。知らない人からお金をもらえる自信があるから、どこにいっても大丈夫だっていう」
「ああ、そうですね。言語と文化が違うだけで、どこ行っても一緒やって思ってます。パンもそうだし、自分自身もそう。僕は性格がいい方ではないですけど、しゃべったら僕のことそんなに嫌いになる人おらんのちゃうかなって。僕は今の自分を結構気に入っているし、みんなも気に入るんじゃないか。そう思ってるから、どこ行っても一緒やって思ってるのかもしれないです」
「だから迎合しないんですね。『自分を好きになって』って言わなくても、しゃべれば気に入ってくれるだろうから」
「ほんとそうです。お店も自分も一緒。『来て』とは言わないけど、来たら絶対気に入るよって思ってる。まぁ時々、気に入ってくれへん人もいますけどね(笑)。
これからの人生は僕にもわからへんけど、どこに行ってもパンで仕事をすると思います。パンを焼くのが好きやし、それしかできひんから。どこの国行っても、うまいパンを焼けばお客さんが来てくれるやろって思ってます」
おわりに
「やったらやった分だけ返ってくるって思ってるから、自信がある。結局、物事って向き合った時間分しか自分に戻ってこないと思うんです」
ジュンジュンさんのお話を聞きながら、これは「作る」と「自信」についてのお話だなと思いました。
「どうしてあんなにおいしいパンが作れたのか?」
「どうしてたくさんの人の心を掴めたのか?」
そんな問いが浮かぶ時、つい他人のことやニーズのこと、「どう見られるか」を考えがちです。
だけど、ジュンジュンさんは終始一貫して「自分」と向き合い続けていた。自分がおいしいと思うものを、かっこいいと思うものを、自分の中にあるものを組み合わせて表現し続けてきた。
「僕は今の自分を結構気に入っているし、みんなも気に入るんじゃないか」
彼がそんなふうに自信をもって京都を離れられるのは、パンを通して自分と向き合い続けてきたからなのかもしれません。
これからも私は、京都の荒神口を通るたびにLANDのことを思い出すでしょう。
ここに「かっこいいお店」があったこと。めちゃくちゃおいしいパンがあったこと。
そしてその度に「自分は今、ちゃんと大事なものに向き合えているかな?」と問うことになるのだと思います。
「頑張る」って、つまりそういうこと。
そう教えてくれたジュンジュンさんのパンをまた食べられる日を楽しみに、私も日々頑張ろうと思います。
撮影:岡安いつ美
編集:くいしん