ジモコロの取材は、すべてが1回のインタビューで完結するとは限りません。なかには何度も会いにいって、お話を聞いて、ようやくひとつの記事になるものもあります。
札幌で宿泊施設や書店を営む神輝哉(じんてるや)さんへの取材も、そのひとつ。ジモコロが最初にお話を伺ったのは2020年でした。
2020年、取材時の写真
当時、コロナの影響で宿泊施設の稼働がストップしてしまった神さんは、住む場所や仕事を失ってしまった方々に空きベッドを貸し出すことを検討。札幌市の協力のもと、生活困窮者の方を受け入れるシェルター事業を始めました。
市がベッドを借り上げて、そこに人を迎えるという直接契約は半年で終了。その後は助成金をもらいながら運営を続けてきましたが、シェルターを維持していくためには自走できる仕組みが必要でした。そこで神さんは、新たな事業として書店を立ち上げることを決意。初めてクラウドファンディングに挑戦し、700万円を超える支援を集めたのです。
時代が目まぐるしく変化するなかで、形を変え続ける神さんの事業。だからこそ、ジモコロでの取材も、一度パッとお話を聞いただけではまとまらず、複数回に及びました。神さんの情熱やエネルギーは、どこから生まれてくるのか。1年半ぶりに札幌でお話を伺いました。
宿、シェルター、書店にギャラリー!? ギリギリおじさんの事業展開!
「2年ほど前から札幌へ来るたびに神さんと飲みに行ってて、取材もさせてもらったじゃないですか。だけど、世の中の流動性が高い時期が続いていて、神さん自身がやられていることも目まぐるしく変わっていますよね。たしか、前回お話を聞いたのはシェルターを立ち上げて半年後くらいのタイミングだったと思います」
「そうだね。まだ本屋はなかったから、1年半くらい前かな」
「そのときは、コロナの影響で宿業が大打撃を受けていて、生活困窮者を受け入れるシェルター事業を立ち上げ、それを維持するために新しい事業を作るって話をしてましたよね。それを聞いて、神さんはずっとギリギリを攻めてる人だって話になったんですよ」
「そうだ、そうだ。ギリギリおじさんね(笑)」
「そう、札幌のギリギリおじさん!(笑)。その話を記事にしようと思ってたんですけど、神さんは見るたびにやっていることが進化してて、なかなかまとめきれなかったんですよね。そこで今回は、神さんとも親交のあるライターの阿部さんを連れてきました!」
「正直、この役目は荷が重いです」
「1年半の時間軸を跨ぐバトンパス(笑)」
「かなりのロングパスだね(笑)。よろしくお願いします!」
「神さんは、もともと宿をやっていて、コロナ禍にシェルターを始めて、そのときはギリギリの経営だという話をしていました。そんな状況下で、さらに書店まで作ったと」
「もう、ギリギリのギリギリよ(笑)。よくやってるなーと思うもん、自分でも。今は車庫をリノベして、展示ができるマイクロギャラリーにする計画が進んでいるんだけど」
「まだやる!(笑)。それらは、神さんが札幌で生きていく上であったほうがいいと思っているものを形にしているんですか?」
「そうそう。だからビジネス的なビジョンが先にあって始めたものではないんだよね。もちろん商売として続けていくために稼がなきゃいけないんだけど、もともと見通しが立っていたわけじゃなくて、後から全部答え合わせをしてる感じ。だけど、これから先はもう新しいものは出てこないかな」
「そうなんですか?」
「ハードとしてのアウトプットはもう出し尽くした。この場所ではね。だから、あとはなかの仕組みを整えて、継続していくだけかなと思ってる。宿があって、そこの一階に美味しいご飯屋さんが入ってて、離れに書店とシェルターが併設されてるっていうのは、自分のなかではもう理想の形なんだよね」
「それを全部自分でやってる人って、あまりいなさそうですね」
「書店を始めるときに、ネットでいろいろ探したけど書店とシェルターをやってるところは見つからなかったね。うちはそれぞれの事業が小規模だからインパクトは小さいけど、観光、文化、福祉みたいな歯車が噛み合ったら、隣にある社会っていう巨大な歯車もぐーっと動き出すんじゃないかなと思ってて。そういうイメージが形になるのが先か、自分が倒れちゃうのが先か。まさにギリギリの賭けなんだけど(笑)」
今あるものを維持するための「トントンビジネス」
「シェルターを継続していくための事業として、書店を選んだのはなぜだったんですか?」
「居酒屋とかカフェとか、いろいろ考えたんだけど、やっぱり突拍子もないことはできないじゃん。自分がもともと本好きだったり、出版社で働いていたこともあったので、やるなら本屋かなって。自分のなかでは辻褄が合っていたし、シェルターの下の階に本屋という学びや知的好奇心を満たしてくれる場所があることに可能性を感じたんだよね」
「あー、なるほど」
「住む場所を失ってしまうのって、社会問題だからさ。自分でシェルターをやってみて、すべてが自己責任の一言で片付けられないことがよくよくわかった。うちのシェルターに来る人にも、いろんなグラデーションがあるんだよ」
「グラデーションというのは?」
「ネットカフェで寝泊まりしていた人たちが行き場を失って来たり、飲食店で働いているけど店舗の休業中は給料が出なくて駆け込んで来る人もいる。あとは、DVで家にいられなくなった人とかね。当たり前だけど、人によって事情が違うんだよ」
「うちは場所の提供はできるけど、生活保護の申請や、家探しまでは手が回らないから、そこはホームレス相談支援センターの人たちがやっているんだよね。そういうソーシャルワーカーの方々とタッグを組んで、うちが後方支援に回ったり、反対に後方支援をしてもらいながらシェルターを運営してる」
「なるほどなぁ」
「だけど、そういう人たちも病んじゃうことがあるからさ、やっぱりケアが必要なんだよね。精神科医の方に相談するとか、単に飲みに行くとかでもいいんだけど。そういう状況に身を置いてると、支援というのは何層にもなっているんだなって実感するよね」
「ギリギリおじさんがギリギリな人を助けているんですね」
「だから、ギリギリおじさんも助けてほしい(笑)」
「そうですよね! それはめっちゃ大事な言葉だと思います。神さんとしては、具体的にどんなバックアップがあると助かりますか?」
「まずは全体的な仕組みを整えたい。その仕組みを考えるにしても、自分ひとりでは限界があるじゃん。だから、継続していくためのアイデアやアドバイスがほしいかな」
「今はシェルターと宿の事業を切り分けるために、一般社団法人を作ろうと思ってて。シェルターのほうは、受け入れの支援をやりつつ、書店とギャラリーの運営という総力戦でお金を作っていく。その売上で建物にかかる固定費や人件費を全部負担できるようにしたいのよ。で、宿のほうは宿のほうで、まぁ、がんばると」
「がんばる!!!!(笑)」
「いずれにせよ、このままじゃ俺の給料は出ないから」
「えぇー! 自分の給料を出せていないんですか?」
「宿のお客さんが本当に戻って来たら、状況は変わってくると思うけどね。でも、そこはまだ見通しが立たないから、この場所でまた何か立ち上げようかなとは思ってる」
「ここからさらに自分の商売を立ち上げる?」
「自分の稼ぎくらい自分で作らなきゃならないから」
「ギリギリだー!」
「今やっている事業を手放して、全体的な規模を縮小するってことは考えていないんですか?」
「『全部ぶん投げて、ひとりで身軽になったほうがいいんじゃないかな』って頭をよぎることはある(笑)。だけど、宿に入ってくれているご飯屋さんや、一緒に働いてるスタッフもいるからね。そこは踏ん張りたいかな」
「俺さ、商売はトントンでいいと思ってるんだよ。宿とシェルターと書店、3つを合わせてトントンにしたい。それ以上は何も望まない、本当に」
「その感じめっちゃわかります。トントンビジネスって、お金的にはトントンですけど、仕事の枠を作ることによって人の流れが生まれるから、街が動いていく感じがしますよね」
「そうそう。俺は自分が儲けることより、純粋に今あるものを継続していきたいだけだから。そのためにはトントンビジネスをポンポンポンってやるのがいいと思うんだよ」
「トントンビジネスポンポンポン!(笑)」
「そういう考え方は、自分で商売を始める精神的なハードルを下げてくれる気がしますね」
「そうなるといいけどね。俺はトントンおじさんになりたいのよ(笑)」
社会の底が抜けないようにするのが大人の役割
「神さんがやっているのは、札幌全体を守るというよりも、自分の目と手が届く範囲で社会の底が抜けないようにするってことなんですかね?」
「そうだね。底が抜けないようにするっていうのが、我々世代の役割なんじゃないかな。若い人から『神さん、頼みますよ!』って言われたことがあってさ。冗談っぽく言ってるけど、実は本音なんじゃないかなとも思うんだよね。やっぱり希望を持ちたいじゃん。そのためには、上の世代の人たちが底を支えたり、穴を塞がなきゃいけないんだよ。ツギハギだらけでもいいからさ」
「あー、なるほど。社会に対する無関心がいつの間にか底を抜いてしまって、気づいたら穴がどんどん大きくなって、無自覚に落ちてしまうってことはあり得ますもんね」
「だから、続けたいのさ。シェルターにしても、書店にしても。社会を支える場所だと思うから。そのためにはお金が必要だから、ちゃんと継続していくための仕組み作りが急務なんだよね」
「景気が悪くなって、人の心が冷え切ってしまうと、気づかないうちに落ちちゃうこともありますよね」
「自分も不安はいっぱいあるけど、具体的な課題はハッキリしてるからさ。俺の場合は事業を継続するために必要なお金を稼ぐこと。だからまぁ、踏ん張るぞって感じだね」
「具体的なアクションを起こすと、考えることの総量が大きくなっていくじゃないですか。始める前は『こうなったらいいな』っていう希望を抱いてると思うんですけど、実際に動き出してからは課題にぶつかりつつ、そこで踏ん張っている背中で希望を見せるしかないんでしょうね」
「昔、脳内診断メーカーってあったじゃないですか。頭のなかに10個の枠があって、そこに何が入っているかってやつ。今の神さんの頭のなかには、何がどんな割合で入ってますか?」
「なんだろう……。んー、愛?」
「確かに(笑)」
「すべてがそこに集約されている(笑)」
「愛は入るでしょ(笑)。もちろん、俗っぽいものもいっぱい入ってるけどね。でも、なんでこんなことをしてるのか考えたら、絶対にベースには愛があるよね」
「なんでもかんでも大きな主語で語るつもりはないんだよ。でも、小さい主語と大きい主語をちゃんと使い分けられる人間になりたいよね。『みんなは』とか『社会は』とか『札幌は』みたいな、大きな主語で語る責任も生じてきている世代な気がするし、一方で『俺は』とか『お前は』っていう、小さな単位、小さな主語で話さなきゃいけないこともある。それは両方とも大事にしなきゃなと思う」
「確かに大きい主語で語る責任っていうのは、年齢や経験を重ねていくことで生じてくる気がしますね」
「常に大きい主語で語っちゃうと足元のことがおざなりになるし、嘘も混ざってくるじゃない。それはよくないと思う。だから、何事に対しても誠実に向き合って、主語を選びながら話したいよね」
「それは、めっちゃいい考えですね!」
境界線を自由に行き来するような場所
「小さな歯車が噛み合えば社会が動くというお話がありましたが、神さんはこれからの世の中がどうなっていけばいいと思っていますか?」
「自発的に支え合う、嘘っぽくない関係性が築ける場所が増えたらいいなと思ってる。たとえば、福祉施設とも商業施設とも違うような、その境界線を自由に行き来できる場所はもっと増えてくるんじゃないかな」
「みんなが当事者意識を持って関係性を築いている場所ってことですかね。神さんがやっている場所作りも、そういう捉え方なんですね」
「そうだね。本当は支援っていう言葉は使いたくないし、当事者という言葉さえもちょっと使うのが難しいと思ってて。シェルターを始めてから、言葉の難しさを実感してるんだよ。みんなけっこう簡単に『支援』とか言うけど、内情を知るに従って簡単に使える言葉じゃないなと感じてて。受け入れ側と入居者の方の関係性って非対称だから、そこで支援という言葉を使っちゃうと、支配的な構造になっちゃう気がするんだよ」
「上から目線っぽくなっちゃうんですね」
「そうそうそう。でも、うちの場合はシェルターの下の階に『Seesaw Books』があって、庭や喫煙所もあるから、お互いが『ああー、どうも』みたいな感じで会話ができるんだよ。『では、これから話をします』という改まった会話ではなく、タバコを吸いながら自然に話せるみたいな。そういう関係性ができるのは、一般的なシェルターとは違う、この場所ならではの持ち味じゃないかな。ここは本当に形容しがたい場所だと思う」
「『困窮者支援』という言葉って、キャッチーというか、わかりやすいじゃん。だけど、みんな本当は日常のなかでやってることなんだとも思う。たまたま自分のところで受け入れているのが住まいをなくしてしまった人だったりするだけで、困っている人をサポートするっていうのは、みんなやってることだし普遍的な行為でしょ。とても人類的な行為ともいえるかもしれない。
ただ、そこにお金が関わってきて、いろんな要素が加わってくると、スムーズにいかないことがある。だからこそ、ケアの価値が高まって、『それって大事だよね』ってみんなが当たり前に思う世の中になったらいいよね」
「昔は今よりも相互扶助的な感覚が強かったんでしょうね」
「たぶん今でも地域によっては自主的にお互いをサポートするってことが当たり前に行われていると思う。でも、そういう関係性は都市であればあるほど希薄になるよね。だから、シェルターって都市が生んだ機能なんだと思う」
「人間関係が希薄になると、だんだん節度がなくなって、街の治安が悪くなっていくと思うんですよ。しかも、今はパンデミックの影響で、みんな余裕を失ってる。そうなったら社会の底も抜けかねないですよね」
「余裕はマジでなくなってきてる。自分も、周りの人たちも。実際、借金に押し潰されて裸一貫になった自分とか考えちゃうこともあるよね(笑)」
「そうなったらなったで、神さんは強そうですけどね(笑)」
「そんなの絶対に辛いからイヤだけど、現実的にない話でもないから考えちゃうよね。でも、何とかなるだろうみたいな気持ちはある。根拠はないけど」
「『何とかなるだろう』とか『大丈夫でしょ』って気持ちは、神さんがいろんなものを積み上げてきたからでもあるし、年齢と共に持てるようになるものだと思うんですよ。でも、今の若い子は、その感覚を持ちづらくなっているような気がします」
「そうだよね。若い人が『頼みますよ』って言うのも、『大丈夫でしょ』がないからだと思うんだよ。だから、せめてうちの宿やシェルター、本屋は、そういう場所でありたいな。大人が『大丈夫でしょ』って言ってあげられて、若者が『大丈夫でしょ』って思えるような場所にさ」
「神さんの『大丈夫でしょ』には、ギリギリおじさんだからこその説得力がありますよね」
「ギリギリおじさんも大変だけど、元気の泉は枯れないからさ。最後までグッドバイブスを放出して死にたいと思ってるよ(笑)」
「神さん、死なないでー(笑)!」
おわりに
神さんが経営する書店『Seesaw Books』。その店名は、遊具のシーソーが由来だそうです。
「シーソーの語源には諸説あるんだけど、『see(見る)』と『saw(見た)』を組み合わせた言葉で、上下運動で視界が入れ替わるって意味が込められてるらしいんだよね。だから、いろんな本や人と出会って、ここに来る前と後で視界が変わるような場所になったらいいなと思って」
その言葉通り、大地をギュッと踏み締めている神さんのお話には、福祉や働き方に対する視点をグンッと持ち上げてくれるようなパワーがありました。きっと札幌に神さんがいることは、心強い街の支えになっているんだと思います。
撮影:小林直博
編集:くいしん