今日もどこかの誰かがまるで宝くじを当てるようにバズっている。それはもう確実に毎日誰かがバズりを引き当てている。
こんにちは。たま~にジモコロに出没するローカル編集おじさんこと、藤本智士です。
実は僕、当てちゃいました。
宝くじならぬバズりクジ。
まずはこのツイートをご覧ください。
九谷焼のハイジ皿が可愛すぎて即買いした。 pic.twitter.com/jN9yYJ2LB9
— 藤本智士 (@Re_Satoshi_F) August 7, 2022
RTが約4500、いいねが約3.9万。ね、これって俗に言うバズりっすよね?
今回の取材はこのバズりがきっかけでした。そしてまさかこのバズりが、とんでもない気づきと学びにつながっていくとは!
指数関数的に伸びてくいいねとRTに、大量分泌されるドーパミン。産まれたての我が子の写真を見るヤングなパパよろしく、折を見てはスマホを開き「かわいいね!」の数字にニヤっていたときのこと。遂にメーカー公式アカウントからメンション付きのツイートが!
失礼します。ハイジの豆皿を作っている中の人です。
バズりありがとうございます。
昨日からハイジの九谷焼の注文が凄いです!オンラインストア用の在庫も確保しております。日本国内送料無料でお届けします。ご興味ございましたら是非覗いて下さい。https://t.co/nkRIi1HdNk
— 株式会社 青郊 (@Seikouonline) August 8, 2022
バズりありがとうございます…?
バズりにもきっと色々あるだろうけれど、「バズりありがとうございます」こんな一言をかけられるケースはなかなかないのでは?
ネガティブツイートの拡散力はポジティブツイートの4倍とまで言われるなかで、まさに天然物のポジティブツイートがここまで伸びたのは、きっと多くの人の心を和ませ、癒したからに違いない。
そしてその結果、
「昨日からハイジの九谷焼の注文が凄いです!」と、きた。
ええそうでしょう。そうでしょう。だってこれはもう紛うことなきポジティブバズりですから。と、調子にのって眺めているうちに、今度は公式さんからさらにこんなツイートが……
「大変ご好評頂いておりますハイジの九谷焼ですが、バズりツイートに映っておりました”総柄”が完売となりました。」
“総柄”の豆皿。1枚1320円
うおー! すごい。これもうマジで宝くじ当てたようなもんじゃん!!!?
そうか…これがバズりかすげえなあ……うん?……てか
宝くじ当てたの僕じゃなくね?
バズったのは僕だけど、
儲かってるのメーカーさんだーーーーー!(爆)
しかし僕は編集者だ。なんとかして自らバズりの恩恵を生み出してやる! と、以下公開引用リツイートで外堀ガッツリ埋めてみた。
あの…僕、ローカルのものづくりが好き過ぎる編集者なんですけど、今度見学とか行かせて貰えたりしないでしょか? https://t.co/0Am1eUCz5c
— 藤本智士 (@Re_Satoshi_F) August 8, 2022
すると「御恩もございますので是非見学いらしてください。詳しくはDMでやり取りさせて頂ければと思います。」とのお返事。「御恩」この言葉の意味は大きい。よし、本丸は近い!
と、決まったのが今回の取材。
よくよく考えてみたら、
・九谷焼ってどういう焼き物?
・あの細かいハイジ柄って一つ一つ手で描いているの?
・だとしたら1枚1320円って安すぎない?
・てか、そもそもなんでハイジを?
と、もう疑問だらけ!!! それもこれも全部聞いちゃうぞ!
「ハイジ豆皿」、中の人はどんな人?
ということでやってきたのは
石川県能美市にある株式会社青郊(せいこう)。
その名の通りなんか青い。
先述の通り今回の取材は、青郊公式さんからツイッターで「ハイジの豆皿を作っている中の人です」と絡んでいただいたことがきっかけながら、この「中の人」が男性なのか女性なのか、さらには若者なのか年配の方なのか、てか、そもそも名前もわからないまま、石川県までやってきちゃいました。
かれこれ20年近く編集者やってるけど、予めアポ取った取材でお相手の名前も知らないってさすがに初めてだ。
スタイリッシュな外観のように、イケてるビジネスマン風な男性が出てくるのか、もしくは、まるでハイジみたいな可愛い女の子が? とか色々妄想。
この期に及んでなお、唯一の連絡手段であるTwitterDMで「会社の前に到着しました」とメッセージ。すると、出てきたのは……
ふつうの白Tおじさんでした。
豆皿の中の人にしては、ちょい大きめだなという印象のおじさんは株式会社青郊、専務の北野智巳さん。
「よろしくお願いします。お名前は北野さんなんですね!」
「あ、すいません、名乗り忘れてましたね、大変失礼しました」
「いやいや『中の人』感の演出だと思って楽しみにきました」
豆皿のハイジな理由
名も知らなかった「中の人」の名前が北野さんだとわかったところで、さっそく社内に……
わ! スゲーーーーーーー!
九谷焼独特の密度高めのカラフルさに加え、
なんだか見たことのあるキャラクターたちの豆皿が勢揃いでお出迎え!
ちょっと大人の事情でぼかしてますけど、みんな大好きなねずみさんや、世界的な犬、日本を代表する猫(なんだこの書き方)、などなど、人気者がたくさん
そしてもちろんハイジも!
「これってひょっとして全部、青郊さんの?」
「いや、そのキャラクターたちは、制作のお手伝いをしたものです。自分達が権利契約を交わして商品化したのはハイジだけで、実は初めての試みなんですよ」
「そうなんですね! でも、どうしてハイジを?」
「毎年出てる展示会で出会ったんですが、正直に言うと条件がよかったんです」
「そこ具体的に聞いてもいいですか?」
「ふつう権利元さんって商品化や販売の許可をするだけで、在庫リスクは申請した方が取るのが当たり前じゃないですか。だけどハイジの権利元さんは、自らもハイジの展示会などをされているので一緒になって売っていただけるというのが、初参入な我々としては非常にありがたかったんですよ」
「なるほどー。それは大きい」
「それに弊社の商品を買ってくださる層の方はきっとハイジが好きに違いないというのも」
「確かに。北野さんに鼻息荒く『ハイジの大ファンで!』って言われたら、九谷焼の取材どころじゃないなと思ってたので、安心しました」
え? 印刷なの……?
「ちなみに机にあるこのシートなんですか?」
「あ、これは転写シートの現物で。生地(焼いていないお皿)の上に貼って焼くんです」
「え! 九谷焼って印刷なんですか?」
「うちの場合は、そうですね」
「えーーーーーーーーっ!!!!! 印刷……の伝統工芸……? 九谷焼というと、伝統工芸というか職人さんが手描きで筆を走らせてるようなイメージがあったんですけど、違うんですね」
「もちろん昔ながらの職人さんもいらっしゃるんですけど、うちの場合はこういう転写プリントで焼き付けてます」
「そうなのかー! 確かに、そうじゃなきゃ、あの値段であのクオリティは……でもでも、あの、まさに焼き物独特のモリっとした釉薬の感じが印刷って、ちょっと頭が追いついてないんですけど」
「じゃあ、まずは工場をご覧になられますか?」
「はい! ぜひっ」
ということで、工場へ
「工程的には最後になるんですけど、焼成の窯からご案内します」
「この四角いのがみんな焼き窯なんですね?」
「そうです、この電気窯が現在14台、豆皿でいうと1台で400枚強焼けるので、1日稼働で14台すべて豆皿にすると5000枚強、20日稼働で十万枚ぐらいになりますね」
「そんなに!」
「ただ、電気系統の関係で1度に稼働できるのは4台のみで、午前中に近隣の方にシートを貼っていただいたものを回収して、順番に焼いては冷まして、翌朝取り出します。お陰様でいま生産が追いつかない状況で」
「九谷焼ブーム起こってる?!」
「こうやって綺麗に並べるだけでも技術要りますよね。僕はおっかなくて出来ないや」
「そうなんですよ。いかに効率よく並べるかも大事で」
「ただこうやって焼いても全てが綺麗に焼き上がるわけではなくて、どうしても手直しが必要になってくるんです」
「なのでこちらの部屋へ。こちらが転写紙で焼成した食器の直しをするところです」
現場が女性ばかりな理由
「こんな風に一つ一つ手で描いて、さらに焼くんです。もともと我々も手で絵付けをしていたので、こういう細かな作業ができることが、うちの器のクオリティを上げていると自負してます」
「ひゃー、すごい! 繊細!!!」
「確かにこういう姿が、僕の想像してた九谷焼の窯元の姿かも。ただ、作務衣着たおじさんとか想像してましたけど……いらっしゃる方、全員女性ですね」
「そうなんですよ。ちなみに転写紙を貼っていただく近所の内職さんもすべて女性なんです」
「昔から女性の仕事だったとか?」
「そういうことではないんですけど、やはり時間帯の融通とかで女性が働きやすい環境ではあると思うんです。年代問わずたくさんの女性たちに協力いただいているので、ある意味お母さんがたにやさしい環境で働いていただけるようにというのは気にしてますね」
「たとえば?」
「お子さんが熱を出したとか、いまだとコロナに罹患したとかはもちろん、学校行事でお休みしますとか、とにかくどんな理由であれ、みんなオールオッケーにしているんです」
「あ〜それはいい!」
「もともとのコンセプトが『全員で子育てしましょう』なんです。逆に言うと、変な言い方ですけど、みなさん全員がきちっと就業時間どおり出勤して来るっていう前提にしてないんです。社員の8割ぐらいでいいんですよ。ほぼ毎日誰かが休むので」
「さいこう!」
「うちは特別高所得でもないし、こういう産業ですけど、子供が熱を出したので病院に連れていきますとか、介護があったりとか、参観日だったりとか、自由に出入りしてくれればいい」
「あ〜、そのスタンス素敵です。女性が多い理由がわかりました」
「さあ、次は転写紙の製版を。二階に上がりますね」
データでつくる職人の塗りムラ
「あ! ハイジの下書き?!」
「そうですね。絵筆で描いたあとにスキャナーで取り込んで、そこからパソコン上で作業します。アウトラインもコンピュータ上でやってしまうとデジタル的になってしまうので、手描きの工程が欠かせないんです」
「九谷焼って定番の柄というか伝統的な図柄が幾つもあるんですけど、これは石畳という人気の図柄で」
「ここ見てください。わかります?」
「なんか滲んでるようないびつな形のレイヤーがありますね」
「これ、九谷焼の職人さんの手描きの感じを出すために、あえてムラの版を作っているんです」
「ムラの版まであるんだ!」
「そうすることによって、均一に見えずに出来上がるんです。職人さんがどのように絵の具を塗っていくか、そういう細かなところまで研究して作り込んでるので」
「すご……」
「こうやってつくられた原稿を製版室で焼き付けて、いわゆるTシャツのプリントのようなシルクスクリーンの版を一版一版作ります」
「ムラはムラだけの版とか、一つの図柄に対して何版もこれを作るわけです。たとえばこれは20版重ねて、最初にお見せしたような転写紙ができあがります。色数は少ないけど、これだけ色を重ねているんです」
「次に、こちらの部屋では転写シートに印刷するインクとなる、和絵の具の調合をしてます。絵の具の開発はうちの一番こだわり。他所さんのメーカーの絵の具はほとんど使っていないです。鉛の溶出基準に対応しつつ、色鮮やかさと透明感と盛りの厚さが特徴ですね」
「九谷焼は使われる色が決まっていて、12色ほどの和絵の具をここで調合してます」
「そうかー、使える色が決まってるんですね」
「そうなんですよ。それを独自の調合で和絵の具にしていきます」
「ほへー。インクひとつも、ここでこうやって練って作られるんですね」
「そして次の部屋でシートに印刷をします」
「2人ペアになって作業するんですけど、1人が和絵の具の乗せ加減を調整しつつ、紙をセットして刷る」
「そしてもう1人が刷られたものを引き抜いて、それをチェックして」
「台に置いて乾かす。この一連の作業をこのスピードでやるのは相当難しいですよ」
「いやマジで熟練の餅つきの速さ! そもそも版重ねるわけだからズレちゃダメだし、とんでもないスピードでどんどん刷られるやつを引き抜いて台に乗せてくだけでアップアップしそうなのに、絵の具の乗りやズレのチェックまでしてるわけですよね?」
「僕も何度かやってますけど、本当このスピードは無理です(笑)」
「こうやってようやく焼き付けるシートが出来上がって、これを内職さんが生地に貼り付けてくれたものが、最初にご覧いただいた窯に行くという流れですね」
「なるほどー! いやあ、すごかった。とてもよくわかりました。ありがとうございます」
「では最初の部屋に戻りましょうか」
ん? 部屋に戻ったら、なんかイケてるオジさんが居ますけど……
……だれ?