こんにちは、ジモコロ編集部です。
満員電車に揺られ、上司や取引先の顔色をうかがう毎日……そんな日々に誰もが一度は夢見ること、それは―
自分だけの城……飲食店を経営したい。
それ一本でやっていくのは無理かもしれないけど、副業としてならイケるんじゃないか? そのうち芸能人が食べに来たり王様のブランチが取材に来たり……
楽しそう! 儲かりそう!!
でも、素人だからどれくらいお金がかかるのか、何から始めればいいのかまったくわかりません。というわけで今回はジモコロ編集長ギャラクシーが―
2012年から新宿でバーを経営しているジモコロライター・コエヌマカズユキに話を聞いてみました。
▼登場人物
ギャラクシー|ジモコロ編集長
飲食店の経営に興味がある。グラスを磨きながらお客さんにさらっと助言して、それがきっかけで事件が解決するようなバーのマスターになりたい
コヌマカズユキ|ライター、飲食店経営者
ライター業のかたわら、2012年から新宿ゴールデン街で文壇バー『月に吠える』を経営している
▼文壇バー『月に吠える』
営業時間|19時~24時(金・土は19時~翌5時)
定休日|なし
「こんにちは! 何度も一緒に取材に行った仲ですが、今回は飲食店の経営についてまじめに教えてください。なぜなら儲かりそうだから! 実際儲かってます?」
「いや確かにある程度儲かってますけど……そんな簡単じゃないですよ。飲食店経営をなめてません?」
「なめてないです! 誰だって一度は『店をやってみたいな~』って軽い気持ちで思うじゃないですか? 今回は、その思いつきを実際やろうとしたらどうすればいいのか、がテーマなんです」
「なるほど。では私がわかる範囲でお答えしましょう!」
というわけで、
・最初にどれくらいお金が必要?
・ぶっちゃけ儲かるの?
・意外と忘れがちな備品
・素人にもわかるお店の始め方
など気になることを全部聞きましたよ!
お金の話
新宿ゴールデン街にあるコエヌマさんのバー『月に吠える』。店内に約500冊の本が並ぶ“プチ文壇バー”を名乗っている
「まず最初にお金のことを聞きたいんですが、開店するのにどれくらいかかりましたか?」
「最初がお金の話って生々しいな……。私の場合、初期費用は250万円くらいでしたね」
「250万! 結構な金額だけど、場所が新宿と考えると安い気がしますね。お店って新車を買うくらいの値段で始められるんだ……」
「250万の内訳をざっくり言うと―
前家賃2か月分:40万円(20万円×2)
敷金:50万円
礼金:40万円
仲介手数料:20万円
設備&その他:100万円(冷蔵庫、製氷機、看板、椅子などの設備、グラス、食器、お酒などの備品・消耗品、さらに保証会社、火災保険、そのほか修繕費など)
って感じですね」
「ふむふむ、とにかく250万貯めれば僕でもお店が始められるんですね?」
「う~ん、私の場合は狭い店だし居抜き物件だったなどの理由で安く済んでる部分はあります」
「『居抜き』っていうのは前のお店の設備がそのまま残っている物件のことですよね?」
「はい。逆に設備が何も残ってない“がらんどう”の物件のことを『スケルトン』と呼びます。一般的に居抜きのほうがスケルトンより安く済みます。物件によっては、250万円もかからない場合もありますね」
「他に開店のために必要な準備ってあります? 何か買わないといけないものとか」
「飲食店であれば業態問わず、冷蔵庫、電子レンジ、調理器具、食器は必須ですし、ちょっとした工具や文房具やゴミ箱もいりますね。製氷機とかレジもあったほうがいい」
「初心者が買い忘れがちなものってありますか? 例えばグラスの下に敷く“コースター”って、素人だと思いつかないから買い忘れる気がするんですよ」
「では、買い忘れがちなものや、あると便利なものをザッと書きますね―
・栓抜き
・ワインオープナー
・炭酸の抜けを防ぐキャップ
・お店の住所入りスタンプ
・領収書
・ライター
・布巾・タオルかけ
・スマホ充電器
・カバンかけ
・ハンガー
・傘立て
・生理用品用のごみ箱
今パッと思いつくのはこんな感じですね」
「生理用品用のごみ箱!! これ自分では絶対思いつかないな……」
男性目線では気づけなかった、生理用品用のごみ箱
「経営のことが色々わかってきたぞ。バー『ギャラクシー』、本当にやろうかな」
「いや待って! 最初に収入や出費や貯金額などを考えて、『どのくらいまで出せるか?』を考えましょう。全財産をつぎ込んで始めるのは、失敗したときのリスクが大きすぎる」
「うっ……そういえば失敗の可能性もあるのか。大人気になって行列ができる未来しか想像してなかった」
「飲食店の生存率は2年で50%、3年で30%、10年で10%と言われています。なので余裕のある範囲でやるか、助成金を活用する、日本政策金融公庫などでお金を借りる、信頼できる人と共同経営にする、などの方法も検討しましょう」
「え~、でもぉ~、都内で250万って、想定してたより若干低い金額だったからぁ~、やってやれないこともないかな~……という感想です」
「甘い!!! 本当に大変なのは開店後ですからね。お金のことでいうと、うちの場合は毎月60万円強のランニングコストがかかってます」
「ホゲーー!!毎月!!??」
「毎月です。内訳は―
家賃:20万円
人件費:20万円
光熱費:2万円
仕入れ:15万円
その他(Wi-Fi、電話、組合費、備品、消耗品、修繕など):5万円
こんな感じですね」
「毎月60万かかってもお店が存続しているってことは……つまりそれ以上の儲けがあるってことですよね?」
「単純計算で、60万円割る30日だから……損益分岐点は一日2万円。一日の売り上げが2万を下回ると赤字です。コロナ前は、一日の売り上げが平均2万6000円だったので、1ヶ月だと約80万円でした」
「ということは毎月20万の儲けだったのか……でもこれ、人件費(毎月20万)を削ってコエヌマさん一人で切り盛りしたら、40万の儲けになるのでは?」
「本業にするならそれも可能かもしれませんね。私の場合、店はほぼ店員さんに任せています。それで毎月20万円入ってくるって、副業としてはかなり良いんじゃないでしょうか」
「確かに! 不労所得うらやましい!!」
「不労じゃない!! 働いてますよ!!! ちゃんとお店の掃除とか備品を足したり、シフト管理したり、病欠が出たら自分が店に出たり、あとトラブルがあれば出向いたり……」
「まあ少々働いているとはいえ、お店を店員に任せて副業で毎月20万入ってくるって普通に羨ましいですね。これはもうやるっきゃないぜ!」
「やる気になってるところ申し訳ないのですが、『お金があれば店を始められるわけではない』ので、それはご注意ください」
「え」
お金以外に必要なもの
営業時間外の店内
「『お金があれば店を始められるわけではない』??? 資本主義ってお金さえあれば人の心すら買えるはずなのに……」
「人の心はわかりませんが、お店を始めるには“届け出”が必要なんですね」
「届け出……というのは、役所とかに書類を提出して許可してもらうみたいなこと?」
「その通りです。飲食店の場合、絶対に必要なのはふたつあって、ひとつは『食品衛生責任者』の資格です。一店舗につき一名、資格を持った人がいないといけないんですね」
「えー! そんなの持ってないんですけど!」
「大丈夫です。食品衛生責任者の資格は1日間の講習を受ければ取得できます。大変なのはもうひとつの方……『営業許可証』です」
「マンガで見たことある! 腐敗した行政機関が『営業許可証を取り上げられたくなければ情報を喋れ』みたいな脅しをしてくるやつだ」
「それです。開店予定のお店を職員がチェックして、基準を満たしていないと営業許可が下りません。例えばカウンターと客席の間にスイング式の扉がついている、トイレのハンドソープは壁に固定されている、など多岐にわたり、かなり細かいです」
「僕には無理だな。無許可でやるしかない」
「それは違法なのでやめてください。他にも、深夜12時以降も営業する場合は、風営法の許可がいるとか、アルコールを提供するならこれが必要とか……それらが終わって初めて開業ができます」
「そういうのって普通に生きてたら絶対知らない知識じゃないですか。コエヌマさんはバーを始める前、お店を経営した経験ってあったんですか?」
※写真はイメージです
「飲食店で働いた経験すらほぼありませんでした。当然、経営なんてまったくやったことがなかったです」
「ということは経験ゼロでも始められるってことですよね?」
「私の場合、まずは『バーを経営するってどんな感じか?』を知りたくて、レンタルスペースを借りて、週一回の営業を3か月やってみたんです」
「へ~、そういう“お試し”みたいなこともできるのか。未経験でお店を経営してみて、どうでしたか?」
「最初は注文が入るたびにテンパったし、必要な材料を買い忘れたり、お釣り用の小銭を少ししか用意していなくてお客さんに両替してもらったり、散々でした」
「食べログで低評価間違いなしだな」
「でも、お酒づくりや接客などは慣れれば何とかなりましたし、3か月やってみて、『いける!』って思ったんです」
「とはいえ、レンタルスペースでバーをやるのと、自分でバーを始めるのは大違いじゃないですか? 開店に向けて他には何をしたんですか?」
「本を読んだり、セミナーに参加したりしました。それで、開業までにすることや、用意する設備や備品、必要な資格や手続きなどを学んだんですね」
コヌマさんが参考にした本
「へぇ~、バーを始めたいひと向けの本やセミナーがあるんですね」
「あとは、飲食業に強い不動産屋さんに出会えたのが大きかったです。手続きでわからないことのサポートや、酒屋さんなど業者の紹介もしてもらえたので、すごく助かりました」
「不動産屋か……確かに、“どこに店を出すか”ってすごく重要ですね」
「事前に、市場調査・リサーチを行いましょう。そのエリアにどれくらい人がいるか、多い職業や属性、お店はどのくらいあるか、どんなお店が人気か、ライバル店はあるか、などですね」
「確かに、学生街で高級なお店を始めても学生は入らないし、土日だけお店をやりたい人がオフィス街に店を出しても意味がない。でも結局どんな場所に出せばお客さんがいっぱい来てくれるの?」
「一般的には乗降者数が多い駅の近所、1階の路面店が有利ですね。でも家賃は高いし、ライバル店も多い。のんびりやるなら立地や場所にそこまでこだわる必要はないと思いますよ。あと意外に重要なのが、自宅から行きやすい場所かどうか」
「どんなにいい立地や条件でも、家から片道1時間30分かかるようだったらしんどいですからね。開店に際して素人が忘れがちなこととか、やっといたほうがいいことってありますか?」
「メニュー表の作成、誰かを雇うなら業務マニュアルの作成やスタッフ募集とか、他にもHPを作ったり……そういうのが自分でやれない場合は当然 業者に依頼することになります」
「ふむふむ、今めっちゃ学んでる実感あります!」
▼開店までの流れをまとめるとこんな感じ
①業態・コンセプト決め
②市場調査・リサーチ
③物件探し
④開店準備
⑤各種届出
⑥開店!
始めてからもやることが色々
「いざお店を始めた時、僕が心配してるのは“お客さんとのトラブル”なんですよ。みんながみんな良いお客さんとは限らないじゃないですか」
「そうですね、年に何回かは酔っ払いや迷惑な客が来るので、スタッフだけで対応できないときは、僕が駆け付けて対処します。経営者っていうのは、最終的にはすべての責任を背負って対処しないといけない立場なので」
「迷惑な客って具体的にはどういう人ですか? 全身の毛穴から酸の霧を噴出させるとかそういうこと?」
「全然違います。店員や他の客に絡んでくるとか、しつこいナンパをする人とかで、もちろん注意します。細かいレベルだと注文しないで長居する人もいて、お店が混んできたら『次の人が入れないので、注文してもらうか、お会計してもらっていいですか?』とはっきり言うようにしています」
「ひどい客がいたら、最終的に警察を呼ぶということもありえる?」
「警察を呼ぶパターンもありますが、そのギリギリのラインってあるじゃないですか。人と人ですから、話し合いでなんとかできればそれが最善だと思います」
「新宿でバーというと、怖い人がみかじめ料をせびってきたりとか、そういう話はありますか?」
「開店前はそういった人に用心棒代を請求されたり、おしぼりを売りつけられたりしないか心配しましたが……意外なことに無かったです。東京都の暴力団排除条例の第24条があるので、最近は周りでもそういう話は聞きませんね」
暴力団排除条例第24条=「飲食店が、暴力団員から、組の運営資金になることを知りながら、進んで物品を購入したり、サービスを受けて、その者に料金を支払う行為」は違反になる
「実は僕、人付き合いが極端に苦手なんですけど、ご近所のお店へのあいさつとか、お付き合いとかってあるんですか??」
「あいさつをしてマイナスにはならないので、しておきましょう! 私は開店したとき近所のお店にごあいさつに行かなかったため、あとで老舗店の店主に叱られました(苦笑)」
「他にバーをやるにあたりアドバイスはあります?」
「看板になるようなメニュー、SNS映えするメニューがあれば尚良しかなと。うちは文壇バーなので、『印税生活』『締切前夜』『走れメロス』など、オリジナルカクテルもつくりました」
これがオリジナルカクテル「印税生活」だそうです
「コエヌマさんはもう10年バーをやってるそうですが、コロナを乗り切ったのはすごいですね」
「今も最盛期ほどには客足が戻っていないですし、仕入れ価格や賃金の上昇もあって、実は赤字ギリギリなんですよ。でもうちはバーという業態なので、これでもまだマシなほう。メインの商品であるお酒は原価率が約2割と低いし、お酒は長持ちしますから」
「あっ! そうか、フードがメインの場合、コロナでお客さんが来ないと用意した食材がだめになっちゃう可能性もあるのか!」
「その通り。フードを扱えば、売り上げは大きくなりやすいけれど、ロスも出てしまう。どれくらいの客数が見込めてどれくらいの食材が必要か、見極める能力が必要なんですね」
「うわ~何の知見もないから難しそう。バー以外だとカレー屋をやってみたいという野望もあったのに……」
「では最後に、既存店舗を借りて、週一回だけカレー屋さんをしている方に聞いてみましょう!」
「既存店舗を借りて……?? 何それ! そんな方法あるの!?」
「間借り」「日曜のみ」という副業スタイル
お話を伺ったのは伊藤莉菜さん。東京・調布市にあるカフェバー紗ら+(さらさら)で、毎週日曜日の11~15時に「りなカレー」を開いています。
自分では店舗を持たず、既存店舗の営業時間外にお店を借りている「間借り」スタイル。メニューは一種類で1,200円、限定10食のみ
「メニューは基本的にひとつ(二種類のカレー+副菜)なんですね」
「はい。ミーンコランブ(魚のカレー)は私が大好きなカレーで、評判も良いので固定にしています。もう一種類のカレーと副菜は毎週変えていますね」
「メニューを増やさないのは何か理由が?」
「一人でお店を回しているからですね。カレーは限定10食ですが、それでも作るのはかなり大変で。自分が無理をしない範囲でできて、クオリティも保てるのがこの形なんです」
「1,200円という金額設定はどのように考えられたんでしょうか」
「1,500円はちょっと高いし、1,000円だと利益がちょっと少ないなど色々考えて、1,200円が妥当ではという結論になりました。この金額で3食出れば黒字になる計算です」
「カレー屋さんがある日は、どのようなスケジュールなのですか?」
「朝の7時頃にお店で準備を始めます。約2時間かけてカレーを作り、セッティング、看板の準備、手書きメニューの制作などをして、11時に開店。15時まで営業して、片づけをして15時30分過ぎに終了ってパターンですね」
「カレーは、慣れた自宅のキッチンで作って運んできたほうが楽、というのはないんですか?」
「いえ、ちゃんとした調理設備のある場所のほうがやりやすいし、食中毒などのリスクも減りますから」
「限定10食にしているのは、どういった理由なのでしょう? もっと作ればもっと儲かるのでは?」
「カレーの材料は、自宅から保冷バッグで運んでくるので、10人前が限界かなと。これくらいならロスも出にくい。早めに完売することもあるので、『もっと増やしたら?』と言ってくれる方もいるのですが、調子に乗らないようにしています(笑)」
「ちなみに、間借りの条件を聞いてもいいですか?」
「私の場合はオーナーのご厚意で、“場所代不要”、“売り上げもすべていただける”ことになっています。ほかの間借りではこういった条件はめったにないと思うので、参考にはならないかもしれませんが」
※場所代として一日いくら、あるいは売り上げの何割かをオーナーに支払うケースが多いようです
「間借りであれば、初期費用もかからないし、気楽に始められそうですね。週一日だけの間借り営業は、どんなメリット・デメリットがありますか?」
「自分で店舗を持って、毎日営業している方に比べたら、プレッシャーは少ないと思いますね。ただ、仕入れる食材が少ない分、材料費が割高になってしまう問題点もあります」
「なるほど! 伊藤さん、ありがとうございました!」
手書きのメニューで他店との差別化を図っているそうです。あたたかみがあって良いですね!!
まとめ
「間借りで休日だけ副業っていうのもおもしろそうでしたね。では最後に、コエヌマさんが副業で飲食店をして感じたメリットを教えてください」
「副業としてなら、失敗しても生活は壊れないっていう安心感がありますね。得られる収入も多くはないけれど、ゆるく、気楽に、楽しみながらできるのが副業の良さではないでしょうか」
「やっぱり飲食店を経営するって楽しいですか」
「そうですね、初めてのお客さんと趣味や出身地が同じだったり、共通の知り合いがいたり、面白い話や驚くような話を聞けたり、毎日何かしら起こる。その積み重ねが楽しいです。『バーをやってよかった!』と思ってます」
「良い話ですね。実際にお店をやってみたくなりました。いつかバー『ギャラクシー』が開店したら、遊びに来てください!」
「ぜひ!」
以上です。
副業で飲食店を始めてみたいという方の参考になれば幸いです。
実際にフード業界で働いてみて、お店のやり方を学んで見るという手もアリかも?