こんにちは、ライターの友光だんごです。僕は今日、岐阜県の郡上市に来ています。東京からは電車やバスを乗り継いで4時間ほど。
郡上市の八幡町、通称「郡上八幡(ぐじょうはちまん)」は「徹夜踊り」の町、といえば聞き覚えのある人も多いのではないでしょうか。ここ郡上では、毎年7月上旬〜9月頭にかけて、毎週のようにあちこちの町で盆踊りが開催されます。
その中でも有名なのが、文字通り朝まで踊り続ける「徹夜踊り」。だいぶぶっ飛んだお祭りですが、日本全国から数万人規模の人たちがやって来るそう。
ただ、僕が来たのは、踊りが目的ではなく……。ジモコロ編集長・柿次郎との会話に遡ります。
「だんごさん、引っ越すらしいね」
「はい、都内から湘南エリアへ引っ越します。コロナをきっかけに、だんだん『これからどう生きようかな』と考え始めて。まずは住む環境を変えようかなと」
「なるほど。そんなだんごさんに夜の川に入って、鮎を突いて欲しいんよ」
「え???」
「夜の川で、鮎を突いて欲しい」
「聞きとれてますけど、意味がわからないです。あと危なくないですか?」
「岐阜の郡上って踊りが有名だけど、実は『源流』もめちゃくちゃすごいらしくて。源流を中心にいろんな文化が生まれてて、踊りもその一つ。その源流の魅力を伝える活動をしてる人から、『ジモコロさん、川に入って記事を書いてくれませんか』と依頼が来たんよね」
「それで、夜の川に」
「誘ってくれてる人も、郡上の川に入って人生が変わったらしい。とにかく、人生について考え始めた今のだんごさんにぴったりな旅になるはず!」
「はあ………」
ということで、数週間後。
川に入って、
流されて、
こんな顔になりました。
「溺れかけて急死に一生を得た人」にしか見えませんが、違うんです(溺れかけはしましたが)。いい意味で、それぐらい揺さぶられた顔なんです。
郡上での一連の体験は、なんというか「自分の内なる『蓋』が開く」体験で。その結果、人生観がちょっと変わるくらいのものでした。
つまり「〇〇はできない」「〇〇が苦手」と今まで無意識に押さえつけていた(=蓋されていた)自分の欲求に、郡上の川に入って気付かされたんです。そして、いままでになかった願望も湧いてきて。
その境地に導いてくれたのは、「源流の御師(おし)」と名乗る郡上の案内人たちでした。そのうちの一人がこちら。
川に浸かってホラ貝を吹いてますね。よくわからないと思いますが、説明は追々。
こんな「川のホラ吹き師」をはじめ、郡上には何人もの遊び上手な御師たちがいて、僕の蓋を開けてくれたんです。
・御師って何者?
・郡上の源流は何がすごいの?
・川と踊りの文化がどう繋がっているの?
・内なる『蓋』が開くと、なんで人生について考えるの?
いろんな疑問が浮かんでいるかと思いますが、前口上はこれくらいにします。すべては郡上の旅の中でお伝えします!
「そういえば俺、泳げなかった」
郡上を訪れたのは、8月のお盆を過ぎたころ。まだまだ夏の盛りです。事前に聞いていた集合場所に近づくと、なにやらどこかで聞いたことのある音が聞こえてきました。
「ボウォォォォォォォォ…… ボウォォォォォォォォ……」
「なんでしたっけこの音」
「時代劇とかで聞いたような……」
「あそこで吹いてますね」
「ボウォォォォォォォォ」
「あ、ホラ貝か! 戦国時代の合戦場とかで吹いてるやつだ」
「ほんとだ」
「ようこそ郡上へ。皆さんをお呼びした長良川カンパニーの岡野春樹です」
「岡野さん、よろしくお願いします。あの、なぜホラ貝を?」
「集合の合図です。1ヶ月前からハマって練習してるんです」
「(めちゃくちゃ最近の趣味)」
「今回、旅の行程についてあんまり聞かされてないんですが」
「まずは郡上八幡の町へ行きましょう! ボウォォォォ」
「(ハマってるな〜)」
ということで、郡上の中心部である八幡町に到着。ここからは長良川カンパニーの由留木(ゆるき)さん、通称ユルさんがガイドしてくれます。
「どうも、案内人の由留木です」
「僕らは最近『源流の御師集団』として活動しています」
「御師って何なんですか?」
「日本の中世から続いていた神職のことで、御祈祷師(おんきとうし)が略されて御師(おし)と言われるようになったといわれています」
「おんきとうし……?」
「神職でありながらツアーコーディネーター、地域のPRマンなどを兼ねたような職業のことですね。まあ、旅の案内人みたいなものです。ここ郡上にも、昔ひとを白山へいざなう御師が住んでいた集落があります。私たち長良川カンパニーはかつての御師に憧れ、いまは旅人を源流へいざなう『源流の御師集団』として、ツアーや企業研修などを手がけています」
「へえ〜。長良川って、岐阜県や愛知県を流れてる大きな川ですよね。この郡上が源流ってことですか?」
「その通り。郡上の山奥にある源流を出発点に、長良川を通じて伊勢湾へと流れ出ています。『日本三大清流』と呼ばれるくらい長良川の水はきれいで、郡上の町では、水と暮らしが密接に結びついているんですよ」
「水と暮らしが結びついている」
「江戸時代の藩主だった遠藤氏が築いた『水利用システム』があるんです。町中を細かく水路が走っていて、例えばこうした水場では、野菜を洗ったり、洗濯したり」
「あとは火事対策で、貯水池も町のあちこちにありますね」
「水利用のシステム! 暮らしの知恵ですね。町の真ん中を大きな川が流れてるのもシンボル感があるなあ」
「そうですね。さ、ちょっと一発行っときます?」
「え? どこに?」
「橋はまあアレなんでね。この大岩の上から、ちょっと失礼……」
ヒュオッ……………
ドボン!!!!
「え?」
「さっそく行きますねユルさん! じゃあ僕も」
「え? え?」
ドボン!!!!
「今日の水温はちょうどいいですね。気持ちいい〜」
「みんな急に飛び込みだした。怖い怖い」
「これが郡上では日常の風景ですよ。子どもたちなんかもあの橋から飛び込みます」
「え、かなり高くないですか?」
「あの橋で、水面までの高さが10mくらいかなあ。もう一つ難易度が上の橋もあって、そこは高さが12mくらいあります。まあ、低いところから練習して、ちょっとずつ慣れていくんですよ」
「つねに集団で遊んで、小さい子のことは大きい子がさりげなく注意して見ています。そうやって社会性を育てながら、上手に遊ぶ訓練をするんですよね」
「へええ、そんな文化が」
「せっかくなので、ジモコロの皆さんもどうですか? 無理しなくてもいいですよ。もし行きたかったらで大丈夫です」
「僕はちょっと」
「興味あります! 編集長として行きましょう」
「一気に行った!」
「ありゃあ危ない落ち方したな〜。腰が曲がっとるでしょう。体を真っ直ぐにして入水するのがいいんですよ」
リプレイすると、見事に直角
「え、大丈夫ですかね」
「内腿を強打した! 超痛い」
「そうでしょう。勢いよくいったからね(笑)」
「あとちょっとでタマが弾け飛んでました。危ない」
実際、郡上の川は町のそばでもすごく綺麗なんです。すぐ近くで地元の子どもたちも川遊びをしていたり、おじさんが鮎釣りをしていたり。こんなに近くで綺麗な川が流れていたら、そこで遊びたくなる気持ちはちょっとわかるかも。
そして、この展開だとさすがに僕も川に入らないわけにはいかなくて。恐る恐る水に浸かったところで、重大なことに気づきました。
「柿次郎さん、やばいです!」
「どしたん? 足つった?」
「僕、泳げなかったです!!! ここ足つかないんでちょっとやばいかも」
「今気づいたん!!!??? もっとはよ言って!!!」
さんざん「川に入る」って事前に聞いてたんですが、この瞬間まで自分が泳げないことを忘れてたんですよね。苦手なので泳ぐ機会を避け続けてきて、まともに水に入るのも5〜6年ぶりで。
今回のメインアクティビティが全然できない疑惑が出て、前途多難な空気が立ち込めてきました。どうしよう。
わからないままの「夜イカリ」体験
そうこうしているうちに夜が来て、おもむろにウェットスーツへ着替えたユルさんが登場しました。昼間の優しい顔とは打って変わって、妙に険しい表情です。
「さ、これから『夜イカリ(よいかり)』の説明をしますね」
「夜イカリって、夜の川で鮎を獲るやつですか?」
「針でひっかけて鮎を獲る、地元伝統の漁です。夜は魚も寝てるから、動きも鈍い。そこを懐中電灯で照らして、『イカリ』でひっかける。水がきれいで、水中の視界がクリアな源流域でしかできない漁法ですね。これがイカリ」
「先に釣り針みたいなのが付いてますね」
「ここで魚をひっかけると、針に付いた糸が伸びて魚を生け捕りにできるんです。当たり前ですけど夜の川なので、流されたりしたら危ないです。ただし、ちゃんと経験を積んだ私たちが同行してサポートしますので」
「めちゃくちゃ言いづらいんですが、僕泳げなくて……」
「ライフジャケットも貸しますよ。浮くから、たぶん大丈夫。ただ、ほんとに怖かったり、嫌だなと思ってたら無理はしないでくださいね。焚火で休んでいることもできます」
「浮くならいけるかも。興味はあるので、行きます!」
ということで、夜の川にやって来たんですが……当たり前ですが電灯なんてありません。岸の焚き火と、各自が持ってる懐中電灯だけが明かり。
実際の動画です。マジで真っ暗
とりあえず入ってみよう、と右手にイカリ、左手に懐中電灯で川の中へ足を踏み入れると、流れもそこそこあるし、川底も石ばかりで足場は不安定。
「これ、歩くのすら難しくないですか?」
「両手が塞がってるから難しい!! しかもみんなどんどん先に行っちゃう」
「みんな早い! 置いていかないで〜!」
と、柿次郎さんと2人、いきなり途方に暮れるばかり。ユルさんも狩猟民族の目になってるし……。
これもう無理では? と思ったんですが、まずは歩く練習からはじめるうちに、だんだん慣れて来ました。ライフジャケットがあるから溺れることはないし、懐中電灯で照らすと川の中もくっきり見える。そして、探していると岩陰に魚の姿が!!!
なかなかイカリで魚に触れるところまではいかないんですが、魚を探しているだけでも楽しい。それに「夜の川に入っている」という体験自体、なんだかワクワクしてきます。不安を楽しさが上回ってきた。
「皆さん〜! 人数分の鮎がとれたんで、岸に一度上がりましょうか」
「ひと段落だ」
「だんごさん、俺は獲ったよ」
「『ファブル』の主人公みたいな顔になってる。狩猟本能の目覚め?」
岸に上がると、焚き火で鮎が焼かれていました
「獲れたての鮎をその場で!」
「やっぱり天然ものは違いますよ。苔しか食べてないから香りが良くて、急流で育っているので筋肉質で、皮と身のあいだにわずかな油がある。それが焼くと出てくるんですよね。養殖ものは油が多いから、焼くときに油で表面が焦げて、ちょっと味が変わってしまうんです」
「へええ、そんな違いが。しかしユルさんの手つきがすごい。繊細に鮎を動かしながら、絶妙な焼き加減をつくってくれている……」
なんかすごい絵面ですが、鮎焼き職人と化してくれています
「夜の川で、獲れたての鮎をその場で焼いて食べる。すごい体験ですね」
「本当よね。慣れてきたら、水中の景色がバーチャル水族館みたいだった。寝てる鮎がいて、大きい鮎がいたと思ったら、小さいドジョウみたいなやつもいる」
「僕もこの夜の川の体験で、郡上やばいなってなったんですよ。なんというか『溶け合う』って感じですよね。もうハマっちゃって、シーズンは週3で夜イカリです」
「そんなに!? でも狩猟本能をくすぐられて、ハマる感じはわかるかもなあ。獲物を逃したらめちゃくちゃ悔しいし、あと1匹! ってなるもん」
「僕が移住してきた30年ほど前は、もっと鮎がいたんですよ。それこそ、川に入ると体にバンバン鮎がぶつかるくらい。鮎が上ってくる時期になると、川沿いを歩いてたらフワッとスイカの匂いがしたもんです」
「鮎ってスイカの匂いなんですか?」
「スイカやキュウリに例えられますね。今はだいぶ数が減っちゃったけど、まだ夜イカリみたいなことができるのも、源流の環境が残されてるから。守らなきゃって思うよね。今回も夜イカリをするにあたり、皆さんの分の遊漁証を買っています。このお金で漁協の皆さんが森に植樹したり魚を放流したりして、川を守っているんですよ」
「十分きれいに見えますけど、川の水温が上がったり、水量が減ったり、気候変動なんかで源流にも影響が出ていて。そのぶん鮎の個体数の減少や、川を登ってくる時期も少しずつ変わってしまってるんです」
「ツアーの主催だけじゃなく、そうした環境調査も長良川カンパニーでやってるんですか?」
「岐阜大学の先生など専門家と連携して行っています。ただ、それも『遊びながら』ですね。できるだけ専門家の方にこうした源流での遊びに巻き込んで、源流を遊びながら源流を守る方法を一緒に考えてもらっています」
「そのほうが楽しいよね。それに体で『川って気持ちいいな』って理解するほうが、『その川を守りたいな』って思いませんか?」
「体にバシバシ鮎が当たる体験してみたい!って思いました。そのために川の環境をよくしたい、は自然に繋がるかも」
「いいですね。明日もいろんな遊びがありますよ!」
水は怖いけど、怖くないのかも
翌日は、「トランス・ナヴィゲーター」を名乗る井上博斗(ひろと)さんが御師として登場しました。
「トランス・ナヴィゲーターってなんですか?」
「トランス状態へ誘(いざな)う人です」
「(ちょっと危ない人?)」
「健全なやつです。『徹夜踊り』も、集団で夜通し踊ることで一種のトランス状態になってるんですよ」
「日本だけじゃなく、世界中の踊りってそういう面がありますよね。踊りの町・郡上とトランス・ナヴィゲーターの相性はめちゃくちゃよさそう」
「今回の旅では、みなさんにこの源流の風土と溶けあってほしい、つまり『トランス』してほしいんです。そのためには感じられる身体を取り戻さなければいけない。なのでまずこの神社の拝殿でボディワークを行います」
井上さんの指導の元、呼吸と発声、ストレッチを組み合わせたようなボディワークを体験しました。初めての動きだけれど、なぜか体にしっくりくる不思議な体験。井上さん曰く、このトランスワークにより、自分本来の呼吸と声、体の動きを取り戻せるそう。
「寝起きでしたが完全に覚醒しました。なんだか呼吸も深くなって、リラックスできた気がします。さっきより川の音もはっきり聞こえるような」
「うん、いいですね。少しずつ開いてきましたね。僕も今日は全然本気を出してないので、今度3〜4時間のトランスワークショップをぜひ受けていってほしいです」
「これ以上、奥の世界が……! あとで詳しく教えてください」
「井上さん、ありがとうございました。だんごさんたち、昨日最初にお会いしたときより、表情も変わってきましたね」
「そうですか? 自分では実感があんまり」
「さて、次は川へいきましょう! 沢登りをしましょうか」
「また川に!」
「今日は天気もいいし、最高のコンディションです」
ということで沢登りへ。数時間かけて川の中を歩くアクティビティです。
半分くらいはこんな感じで水に浸かります。適度にハード
そして、この辺りから自分の中に変化が起きはじめたのを自覚したんです。
沢登りの中には難所がいくつかあり、その最高レベルの「天然ウォータースライダー」に差し掛かったとき。普通に怖いし、これまでの自分なら絶対やらなかったと思うんですが、自分の中から「やりたい!」って気持ちが湧いてきたんです。
赤い矢印のルートで滑り降ります。わかりづらいですが、高低差は3mくらい。間近で見ると結構怖い
天然ウォータースライダーで大事なのは、とにかく「身を委ねる」こと。ライフジャケットを着てるので力を抜けば自然と浮くのですが、体が強張ってると変に沈んで水を飲んだりする可能性が。身を委ねる……と念仏のように唱えながら、流れに飛び込んだ結果。
あれ、極楽……? ザブンと水没したあと、浮き上がって見えた空が、妙に清々しくて。なにかが「開いた」感覚があったんです。
気づけば笑顔に変わっていました。水、楽しいかも。
「泳げないと聞きましたけど、どうですか?」
「なんか不思議と、楽しいです」
「うん、いいですね。だいぶ開いてきてます」
「これが開く……?」
「何か心配ごとがあったり、怖かったりすると、心が閉じてしまう。それじゃあ全力で楽しめないんですよ。でも、こうして川に飛び込んで、水に身を委ねると、皆さんいろんなことを忘れて解放されていく。そうすると、自然もグッと近く感じられませんか?」
「そうかもしれません。空って青いな、水が気持ちいいな、と素直に感じられてるかも」
「心から楽しめる=自分が開放されてるってことかあ。それに井上さんや春樹くんたちもガイドというより、一緒に遊んでる感じがしますね。シンプルにめちゃ楽しんでる」
沢登り中の岡野さんは、常にこの顔。完全に開いてる
「そうかもしれませんね。でも実は、下見がもっと楽しいんです。御師のメンバーたちで1週間前に同じコースを下見しているんですが、危険な場所をチェックしつつも全力で遊ぶ。僕も郡上に来て、ユルさんや井上さんらに遊んでもらいながら、徐々に徐々に遊べるようになっていった。今日のだんごさんと同じです」
「なるほど! なんか郡上って、遊び上手が多い土地ですね」
「そうかもしれません。たしかに日々の暮らしそのものが遊び的といえる感覚があります」
「遊び的な暮らし、最高ですね。僕も郡上に住みたくなってきました。仕事せずに遊びながら暮らしたい」
「仕事はしてください」
さて、このあとも「源流の森」に行ったり、とにかく旅の行程が山盛り。ちょっと情報量が多すぎて、パンクしそうです。柿次郎さんは疲れて寝ました。
大事なキーワードがたくさん出てきた気がするので、ここまでの旅を整理し、咀嚼したい! ということで、場所を移して岡野さんに話を聞くことにしました。