こんにちは、ライターのいぬいです。
今日も今日とて、パソコンとにらめっこしながら働いています。
最近、職場で働きながら気になったことがあるんですよね……それは
ということ。
他の仕事に比べたら、編集や執筆ってそういう人に出会いやすいのかもしれません。だけど、たった4人の職場に2人も美大卒がいるのって多いと思いませんか? 美大率5割!
日向コイケさん(写真左)は多摩美術大学の卒業生。
ヤマグチナナコさん(写真右)は、武蔵野美術大学の卒業生です。
美術系の大学のことをてんで知らない僕でも、この二校の名前くらいは聞いたことがあります。
ふたり以外にも、いろんな仕事の現場で美術大学を卒業した人と出会うんです。デザイナーはもちろん、写真家やライターなどなど。
てっきり、美大を卒業した人たちはみんなデザイナーとか、アーティストとして働くものだとばかり……
「ねえ、そもそも美大=絵を描くやつが行く大学って思ってません?」
「正直、そのイメージはありました」
「確かに作家(アーティスト)になる人もいるけど、それだけじゃなくて。美大で学べるジャンルって、こんなにあるんですよ」
・空間デザイン
・グラフィックデザイン
・情報デザイン
・芸術文化
・舞台芸術
etc…
「私は『芸術文化研究』という分野で美術館とか博物館の企画運営を学んでました」
「そうか、美大ってそういう勉強もできるんですね! ちなみに日向さんは?」
「俺は多摩美のグラフィックデザイン学科卒だよ。でも、デザインを仕事にはしてないね」
「そうですよね。みんな、美大で学んだことをそのまま仕事にしてるわけじゃないのか……」
「いぬいくん、実は俺たち、考えたいことがあってさ」
「「美術教育って、社会にどう活きるんだろうね?」」
「それは二人が身にしみてわかってるんじゃないですか? 僕は普通の大学卒業だし」
「自分でもまだ言葉にできてなくて、でも大事なことな気がするんだよね。だから取材してちゃんと考えてみようよ!」
ということで、やってきました多摩美術大学……
の、サテライトキャンパス。今日は六本木「東京ミッドタウン」内にある多摩美術大学の施設「TUB」からお届けします。なんでも、「美術教育と社会の、あたらしいつながり方」を模索するためにつくられた新施設なんだそう。
そこには、想像と異なる美術大学の実態と、「デザイン・アートの学びが社会にどう生かされているのか?」という疑問への答えがありました。
美大って、どんなことを学んでいるの?
僕らの疑問に答えてくれるのは、多摩美術大学広報課の黒田雄記さんです。
多摩美術大学 総合企画部広報課 主任の黒田雄記さん
「よろしくお願いします。なんでも答えますよ」
「今日は、美術大学でどんなことを学べるのかが知りたくて……と、その前にこちらの日向さんは、多摩美の卒業生なんですよ」
「そうなんですよ! グラフ(グラフィックデザイン学科)の2018年卒で」
「へえ! それなら、実際の授業の様子なんかは僕より詳しいかもしれませんね」
「グラフィックデザイン学科の授業ってどんな感じだったんですか?」
「いろいろな授業があったけど、基本的にはPCを使ってポスターとかパッケージのデザインをつくる人が多かったかなぁ」
日向が学生時代、授業で制作した課題作品
「デザインの歴史みたいな座学もあったけど、大半はとにかく実践的な課題が出て、それをつくっては教授に見てもらう感じ。その時間を『講評』っていうんだけどさ」
「へえ、『講評』……どんな感じで見てもらうんですか?」
「学生たちがつくった課題作品を教室にずらっと並べて、順番にみんなで見ていくの。それで、作品に対するアドバイスや評価をもらう」
2021年6月17日にTUBにて行われた企画展『すてるデザインの生まれる場所』講評会の様子。学生がコンセプトや制作プロセスを解説し、作品制作を通して発見した、「廃棄物」に対する新しい表現や加工方法についてプレゼンテーションした
「同級生たちがいる前で、教授から『あなたの作品はこうで、こうで……』って批評みたいなものをしてもらうんだけど。ボロボロに厳しく言われることもあったな」
「えーー、みんなの前で言われるのはキツいですね……」
「でも、教授のコメントには『確かにな〜』って思うことが多かったんだよね。講評から、自分の内面みたいなものに気づかされたりとか」
「そんなことまで! 自分では自覚していなかったことにも、気づかせてくれそうですね。そういうフィードバックの時間はほかの学科でもあるんですか?」
「そうですね。基本的には、どの学科でも課題と講評があることは変わらないと思います。グラフィックデザイン学科の他にも、こんなにいろんな学科があるんですよ」
「2014年にあたらしくできた『統合デザイン学科』という学科では、例えば製品のデザインだけでなく、どう売り出すかまでを考えるんです」
「デザインを学ぶ学生が、売り方まで考えるんですか?」
「そうです。企画・設計から製品化、販売までトータルで、統合的に考えて学ぶ。実際の社会でも、デザイナーに求められることはそのくらい複雑化しているので」
「そんなに幅広く学ぶんですね。美大って、どこか『表現を、狭く深く専門的に突き詰めていく』みたいなイメージがあるから意外でした」
「なるほど、そういうイメージはありますよね……でもね、」
「実はそれって、勘違いだと思うんです」
「えっ?」
「そもそも、デザインやアートの領域は1つひとつの学問体系にスパスパと切り分けられるものじゃないんです。『ここからここまでは〇〇〇デザインの領域』と決まってもいないし、『この順番で学んでいけば、ひと通り全部学べる』なんてものでもない。だからこそ、領域を横断しながら幅広く学んでいく必要があるんです」
「『ここまで学んだら、この分野はクリア!』みたいなものが無いってことですよね。じゃあ、みんなはデザインやアートをどんな風に学んでいるんでしょう?」
「それを話すには、デザインとは何かを話さないといけません」
「デザインとは何か……」
「私は、デザインとは『人の感情に気づき、世の中に具現化する』ことだと思っています。そこには、『ビジュアルをつくる』だけではないありとあらゆる方法がある」
「気づく、具現化するって、たしかにデザインっぽい感じがするかも」
「その方法を、『どうすれば表現できるのか?』『どうすれば世の中に伝わるのか?』と悩みながら実践していくことが、美大での学びなんじゃないでしょうか」
「ちょっと難しいけど、つまり教わるよりも『実践する』ことのほうが大事ってことでしょうか。『どうすれば?』を考えて、実践して、繰り返す……みたいな?」
「はい。そして、そうやって何度も表現を試行錯誤して、世の中に問いかけをしていける人たちのことを、"アーティスト"と言うのだと思います」
「さまざまな方法を実践していくためにも、大学では、自分の専門領域を『柱』として持ちながら、いくつものジャンルの表現を学んでいくんです」
「じゃあ、油画専攻になったら卒業まで4年間ずっと油画を描くってわけでもないんですね」
「はい。たとえば、グラフィックデザインを学ぶ学科の学生が空間演出の授業をとることもできるし、油画の学生の卒業制作が、メディア芸術の影響を受けた作品になることだってあるんですよ」
「なんだか、めちゃくちゃ勉強することが多そうですね。自分がイメージしていた『デザインを学ぶ』とか『美術を学ぶ』とは違うのかも……」
デザインやアートをどう学ぶ?
「やっぱり、普通の大学とは学ぶ内容も、学び方も違うなって思います。総合大学で学ぶことのほとんどは、体系づけられた『知識』や『考え方』だったなって」
「でもお話を聞いていると、美大で学ぶのは『まだ言語化されていない問いを見つけること』だったり『まだ世の中に広まっていない価値観を表現する方法』だったり。世の中でまだ提唱されていないことについて考えるぶん、なんだか勉強も自由そうだなって思いました」
「『自由』というのは、多摩美の教育理念においても大切なキーワードかもしれません。弊学の教育理念として、『自由と意力』という言葉があって」
「多摩美は学生の自由・自治を大切にしているという話は、日向さんからも聞いていました」
「自治とはいえ、まるっきり放任というわけでもないんですよ。教職員やスタッフも含めて、学生に伴走するような形で、寄り添うことで学生のやりたいことや力を伸ばしてあげる。いわばティーチングよりコーチングの教育が意識されているんです」
「ティーチングよりコーチングかあ……そのあたり、日向さんも学生時代に感じてましたか?」
「確かに、先生との関係性とかは独特だった気がするなあ。授業以外でもたくさんのことを教わったというか」
「特にお世話になった人とかもいるんですか?」
「佐賀一郎先生って人にすごくお世話になってて。おれ、実は婚姻届の証人をその先生にお願いしたんだよね」
「プライベートでもめちゃくちゃお世話になってますね……!」
「いまはもう無いんだけど、当時は学内に喫煙所があってさ。授業が終わってそこに行くと、佐賀先生がいるんだよね。一緒にタバコ吸いながら悩みとか相談してたら、『日向くん、空が綺麗だよ。そんなことで悩んでちゃダメだよ』みたいな」
「なんだかドラマみたいですね…先生っていうか、人生の先輩としゃべってるみたい」
「もちろん授業も面白かったんだけど。授業終わったあとの先生とのコミュニケーションの中で、教わったことが山ほどあった気がするなあ」
「うちのいいところは、授業を受け持つ教授がバリバリ現役のデザイナーだったりもするんですよね。自分たちも日々実務に向き合っている人だからこそ、学問の言葉じゃなくて、ふとした雑談のなかですごく重要なことをぽろっと伝える……みたいなこともあるんだと思います」
「じゃあ、美大で学ぶことのメリットみたいなところは教授陣にある?」
「教授陣ももちろん魅力です。ただそれ以上に、美大で学ぶことのメリットとして、学生の人数の多さがあると思います」
「学生の人数?」
「うちの大学って、美術系の大学のなかではかなり学生数が多いんです。グラフィックデザイン学科でいえば、毎年約180人ほどの学生が在籍して、それぞれが課題に向き合い、作品をつくるわけです」
「同じ志を持ってデザインに向き合い、制作する同世代が180人もいる。当然のように、180人180通りのアイデアや作品が日々生み出されるわけです。それを横目に見ながら、自分も制作に取り組む。互いに意識しながら、時には互いに批評しながら活動する環境こそ、美大のいいところだと思います」
「たしかに、学生にとっては相当な刺激になりそう」
「正直にいえば、美大出身じゃなくてもデザイナーにはなれます。ただ、美大には同年代で表現を切磋琢磨できる環境がある」
「そんなに良い環境にいる学生が、何を考えてるのか気になりますね……特にここ数年はコロナ禍で、満足に制作できたのかとかも気になります」
「紹介しますよ。ぜひ話を聞いてみてください」
ということで、美術学部 生産デザイン学科プロダクトデザイン専攻 3年の高橋凜太郎さんに、お話を伺います!
「高橋さんは、なぜ美大に入ったんですか?」
「父親も自分もすごく車好きで、将来の夢を考えた時にカーデザイナーになりたいなって思ったんです。それがきっかけで、産業デザインを学ぶことにして」
「夢に近づいていますね! 実際に大学に入ってみて、感じたことはありますか?」
「意外と、自分の専攻分野の外の人と交流する機会って少ないんだなって思いました。せっかくなら自分達でつくろうと、『TCG (Tama Creative Guild)』という有志の活動をはじめたんです」
「精力的だ……! 具体的にどんな取り組みなんですか?」
「時には企業と連携しながら、さまざまな分野の学生が同じプロジェクトに取り組むんですが……実際にやってみると、異分野の学生がものをつくるとき、見る視点が全く違うんです」
「それは、お互いに刺激になりそうですね」
「こういう『違う人間同士で関わること』が、大学で学ぶことの楽しさなのかもなって思いますね」
「やっぱり、人との関わりから学びに繋がってるんですね……ありがとうございました!」
「クリエイティブ職」だけじゃない、キャリアの広がり
「お話を聞いていて、自分たちは美大に勝手なイメージを抱いて、ふんわりと捉えていたんだなってわかりました」
「『表現』や『デザイン』について学んでいく学生たちのキャリアについても聞きたくて。みんな、大学でデザインやアートを学んだ後にどういう道に進むんでしょう?」
「将来という意味でいえば、作家になる人もいれば、就職する人もいる。人によってさまざまです。どうしても『絵描きになる大学でしょ?』『みんな就職しないんでしょ?』っていうのがステレオタイプの美大受験者像になっているけれど、実はそのイメージって昔から間違っていて」
「これも勝手なイメージですけど、美大出身者がいわゆる普通の『就職活動』をやってるイメージが持てなかったりします」
「確かに、『就職なんてかっこ悪い』みたいに言う学生は今も昔も少しはいます。一方で、アートをやりながら、『将来はこういうデザイナーになりたい』『こういう企業に行きたい』と明確にキャリアを考えている人は昔からいたんです。それに、いまでは採用する企業の側にも変化があって」
「変化というと?」
「多摩美には毎年、180〜200社が就活の説明に来てくれます。ここ10年ほどで、その企業のジャンルが幅広くなってきていて。いまや、美大出身者が就職する先はクリエイティブ系の職種だけじゃない。たとえば、ビジネスコンサルティングの会社に就職を決めた卒業生もいます」
「コンサルですか!? 全然、美大の学びとは関係がなさそうな」
「それが、そうでもないんですよね」
「わかる気がします。学んでいた専門の領域を仕事にするとは限らないってことですよね」
「自分もデザインを学んだけど、編集の仕事をしてる。ストレートにデザイナーになった人に比べたら、ちょっと外れた道を歩んでると思ってきてました。でも、そういう人が増えてる肌感覚もあるんですよね」
「実際にそうだと思いますよ。美大で学んできた専門性を売りにするんじゃなくて、そこで得た経験を生かして、違う領域で活動するひとは多い。それは、世の中がデザイナーに求めるスキルと領域が、広がってきているからでもあると思うんです」
「たとえばチラシがあっても、今までは『表面の見た目だけを整える』ことがグラフィックデザインだと思われていた。でも、それは違う」
「違うんですか!?」
「見た目をつくる前に『どう情報を収集するか』や、どう分析、どう整理するか、どの形で人に届けたいか、そういうことを考えるのもデザイン。それらをトータルして『グラフィックデザイン』ですから」
「うわあ〜、そうですよね。ビジュアルをつくる前にもめっちゃやることあるもんな……じゃあ、世に出す1つのアウトプットとして『グラフィックデザイン』があるけど、前後に『デザインといってもいい領域』が広がっているってことですか?」
「(日向さんのテンションが上がってる)」
「そう。世の中の人がデザインと思っていない部分、認知されていない部分がある。むしろ、そこがいまの世の中に求められている部分なのかもしれないですね」
「もしかして、いろんな仕事に『デザインのような仕事』の部分があるんでしょうか?」
「きっと、編集者にもデザイナー的な仕事の部分はあるんじゃないですか? ライターやカメラマンと組んで情報発信をしていくとき、情報を整理したり、どう届けるかを考える上で、デザイナーのような役割がそこには発生しているはず」
「広義の『デザイン』と言っていい領域の役割ですね」
「デザインと名前はついていないかもしれないけどね。『適切な人をアサインして、物事をドライブさせていく』ことも、デザイナーの仕事なんだと思いますよ」
「そうか……じゃあ、おれってデザイナーだった……? デザイナーだったんだ……!」
「めちゃくちゃ腑に落ちてる」
「いやあ、でもすごい納得できたかも。はっきり言葉にされてないだけで、世の中には『デザイン的な仕事』がいっぱいあるんだよ、きっと」
「いま、海外の経営層でも『MBAだけではダメだ』といって、経営のためにデザインやアートを学ぶ潮流があるそうです。『人の気持ちを測って、活動を世の中にどう繋げるか?』を考えるとき、デザインやアートが求められている」
「経営者の人たちも、デザインとアートが気になってるんですね」
「そういう時代において、美大で学ぶ学生の強さは、デザインの幅広い領域を理解しながらも『最後の表現までフィニッシュできる』ことだと思います」
「そうか、何度も繰り返した課題と講評で、『形にして世に出す』ことまでやる訓練ができてますもんね」
「そうなんです。ビジネスでは『デザイン思考』なんて言葉が使われたりもするように、まさに美大での学びは現代に必要なことなんだと思いますね」
「ありがとうございました!」
「今日、来てよかったな……」
まとめ
美大のことを何も知らない状態からはじまった今回の取材。「美大での学びは、社会にどう活きるのか?」という疑問について、1つの答えが見えてきました。
美術教育で学ぶことは、「まだ認知されていない人間の感情や、社会で見つけられていない課題を見つけ、問いを立てること」。その学びはとても実践的で、社会のなかでも必要とされている役割でした。
社会に出たあとにそれを実践する方法が、何も「専門領域の知識・技術」だとは限らない。まだ世に出ていない感情や問いかけを、表現し伝えようとした美大での”経験”を生かして、別の領域で実践していく人もいる。
美大で得られる力は、「絵を描く」「モノをつくる」だけじゃない。むしろもっと大きな「まだ見つかっていない気持ちや現象を形にする」ことこそが、美大で培うことのできる大きな力なのかも。社会が複雑化する現代にこそ、それをできる人材って求められてるのでは……と思います。
☆明日3/17にはムサビ(武蔵野美術大学)に取材した記事を公開予定です!
撮影:荻原楽太郎