こんにちは。ライターの日向です。
私は今、利尻島にいます。
日本最北端の街・稚内からフェリーで約2時間、新千歳空港からは飛行機で約1時間ほど。特産物はウニと利尻昆布。島全体が山でもある「一島一山」という世界的に見ても珍しい土地だそうです。
なぜ私がこんな場所にいるかというと、なにやら最近、島の西南部にある利尻町でおもしろい取り組みをしており、ジモコロで紹介してほしいという依頼があったのです。
いやぁ、それにしても……
さみぃなぁ〜〜〜〜!!
利尻島のオンシーズンは通常6月中旬から9月にかけての夏。その時期には何万もの人がやって来るそうですが、私が訪れた12月は基本的にはオフシーズン。強風が吹き荒れ、飛行機やフェリーが欠航することもしばしばあるそうです。
気温はすでにマイナス2度。16時前だというのに雲がかかると一気にあたりが暗くなる
「離島でワーケーション」と聞き、優雅なバカンス気分に浸れると思っていましたが、正直バケーションはおろかワークすら辞さない状況です。とはいえいまさら帰るわけにはいきません。急いで待ち合わせ場所に向かいます。
車を走らせること約20分、到着したのがこちらの建物。
どこか懐かしさが漂う入口をくぐると……
え……!ここは本当に離島?と疑ってしまうほど居心地のよい空間が広がっていました。建物内にはカフェラウンジも併設しており、珈琲の種類もこんなに豊富。
打ち合わせやオンライン会議に嬉しいミーティングルームもあります。
しかし驚きなのはここから。
この施設、決してただのおしゃれなコワーキングカフェではなく、町のさまざまな課題を解決するために誕生した施設なんです。
日本最北の離島で一体今、何が起きているのでしょうか?
この場所を運営する一般社団法人ツギノバの大久保昌宏さんにお話を伺いました。
話を聞いた人:大久保昌宏(おおくぼ まさひろ)
2010年に離島経済新聞社を立ち上げ、日本全国の有人離島の情報発信をテーマにした有人離島専門メディア「ritokei(リトケイ)」の運営や、離島地域のまちづくり支援などの各種事業に携わる。2014年から利尻町に関わりはじめ、一般社団法人ツギノバを設立。利尻町に拠点を移し、町と連携しながら、利尻町定住移住支援センターツギノバの運営や定住移住、企業誘致、起業・創業・継業支援などに取り組む。
町民一人ひとりの悩みを包括する場が必要だった
「本日はよろしくお願いします!」
「遠いところまで、はるばるありがとうございます」
「羽田からざっくり5時間って考えると、思っていたよりは近かったです。ただ着陸体制の飛行機が急浮上して、島の上空で旋回しはじめたときはさすがにビビりました」
「ははは。この時期の利尻は荒れますからね〜。無事に到着してよかったです」
利尻島と丘珠空港を繋ぐ飛行機
「でも北の離島にこんな場所があるなんて驚きました。一体どんな施設なんでしょうか?」
「ここは『利尻町定住移住支援センターツギノバ』と言いまして、町民の暮らしに関する相談窓口を中心に、コワーキングカフェを設けたり、島外企業のテレワークやワーケーションの受け入れを行っています」
「そんなにたくさんの機能が! これだけ広いのにも納得です」
「実はこの建物、もともと町の中学校だったんです。2017年に閉校となり、その利活用先としてこのツギノバが誕生しました」
所々に残る校舎の面影
「だからどこか懐かしい雰囲気がしたんですね。なぜこういった施設を?」
「それにはいくつか目的がありまして。まず一つは『町民の暮らしやすさを高める』ということ。利尻町は2000人規模の町なのですが、毎年約30〜50人がいなくなっているという状況にあるんです」
「2000人に対してその人数は、比率的にけっこう多いですね」
「実は利尻町に限らず、日本の島の9割近くで同じ事が起きていると言われています。ただ、僕は人口減少と少子高齢化は『課題』ではなくて『現象』だと思っているんです」
「課題ではなく現象?」
「この資料を見てください。まさに今、利尻町はこういった状況になっていまして」
「担い手不足、産業衰退、経済停滞、仕事の減少、教育環境の停滞、そしてまた人口減少……。若い世代の流出から、負のループが連鎖的に続いていますね」
「つまり人口減少は複数の課題によって起きていて、それらをどうにかしないと根本的な解決には繋がらないということです。その上で今、利尻町が掲げているのが“定住移住”という言葉。“移住定住”ではなく“定住移住”なんです」
「ん? ただ言葉の順番が入れ替わっただけに聞こえますけど」
「国が掲げている『移住定住』という言葉は、“移住者が定住する”というニュアンスですよね。でも利尻町が見ているのは『今、町に住んでいる人たち』。彼、彼女らが『ここに住み続けたい』と思えない限り、新しい移住者を呼ぶのは難しいと考えているんです」
「なるほど。そもそもの順序が逆なんですね」
「ただし『定住』もまた、子育てや教育、住居など課題が多岐にわたっています。そのため役場とも連携し、町民一人ひとりの困りごとを包括的に受け止められる機能が必要でした」
「それがツギノバであると。なぜあえてそれを役場の外につくったのでしょうか?」
「ちょうど校舎の再活用に悩んでいたタイミングだったこともありますが、仮に日向さんが『暮らしの悩みを役場に相談する』となるとちょっと構えたり、緊張しちゃいません?」
「ああー、たしかに」
「でもカフェ利用が入り口としてあれば、コーヒーついでの雑談から自然な流れで相談に繋がるかもしれない。そこで聞いた“町に足りないもの”をこの場所に集約していくことで、効率的に町の暮らしをより良くできると思ったんです」
「集約というと、他にもなにかそういった機能があるんですか?」
「町と相談しながら少しづつ広げている段階ですが、例えば、音楽室は楽器練習や映画鑑賞に使える多目的スタジオになっています。今後、体育館は屋内遊戯スペースとして、移動遊具やスケボーパークを設営する計画を進めています」
音楽室を改良して島の住民が自由に使える多目的スタジオ「オトノバ」
体育館は子どもたちが雪の日も自由に遊べるように、屋内遊戯施設として活用
「スケボーパークまでできるんですか?!すげぇ!」
「転勤ややむを得ない理由もありますが、島を離れる方の中には、暮らしになんらかの悩みを感じている場合が多い。こうして島の中に選択肢を増やしていくことで、それらを少しでも軽減できたらと思っているんです」
地域と観光客を結ぶ、タッチポイントとしての場
「ツギノバは僕みたいな旅行者でも普通に使えるんですか?」
「もちろんです!基本的には誰でも終日500円・ワンドリンク付きで利用できます。電源、延長ケーブルなどもありますし、100人規模が同時アクセスできるWi-Fiを導入しているのでオンライン会議も安定してますよ」
「wifi環境が整ってるのはありがたすぎるなー!」
「加えて、定住移住のサポートをしている僕たちが『町のコンシェルジュ』的な役割として駐在して、旅行者のさまざまな相談に乗れるのも一つの強みだと思います」
スタッフの八木橋舞子さんと高木啓子さん
「島の内外問わず、すべての人にとっての『相談窓口』なんですね。ここにいたらばったり島の人に出会うこともありそう」
「ツギノバのもう一つの役割はまさにそこにあります。実は利尻町では昨年から、町の人口に『町とのつながりを持ちたい人』を足したものを「地域活力人口」と定義し、その数を増やそうと力を入れているんです。いわゆる関係人口ですね」
「ほう、その関係人口には、観光客も含まれるんでしょうか?」
「いや、観光客はその一つ手前の『交流人口』といって、町との関わりをあまり持っていない方も多いです。そもそもなぜ観光客が関係人口になりづらいかというと、地域の人たちと物理的に繋がっていないからだと思うんですよね」
「たしかに旅行先で地域の人と交流できる機会って案外少ないからなぁ」
「そこで、町民のコミュニティスペースであるツギノバが、島の内外問わず誰でも立ち寄れる場所としても機能すれば、自然と交流が生まれ、その繋がりを接点に利尻と関わりやすくなる。要は地域と観光客を結ぶタッチポイントになると考えたんです」
「なるほど。ツギノバができてからなにか変化は感じますか?」
「そうですね。2020年7月のオープン以降、延べ6000人くらいの方に来館いただいたのですが、年間10件くらいだった移住相談が百十数件に増加しました(※2021年12月時点)」
「めちゃめちゃ伸びてる!!」
「最近はより島外・町外の方たちが関われるように、校舎の各教室を企業のサテライトオフィスとして改修する計画も進めています。企業が利尻町にオフィスを開設し、そこから地域内雇用に繋がったりしたら町にとっても素敵だなと」
各教室は島外・町外企業がサテライトオフィスとして使えるように(現在は改修工事中)
「相談窓口、コワーキングカフェ、多目的スタジオ、スケボーパークに続いてサテライトオフィスまで!?校舎のポテンシャルすごすぎますね」
「今後はツギノバを起点に、都市部と遜色なく働けること、さらに言えば都市部にはない暮らしやすさや楽しみがあることを体感してもらいたいんですよね。その一つの入り口が、テレワークやワーケーションの受け入れであると考えているんです」
バケーションだけじゃないワーケション。ツギノバが見据える次の未来
「最近は国や企業がテレワークを推奨する動きもあって、全国的にその需要が拡がっていますよね。その上で、利尻町ならではの『ワーケーション』ってなんなんでしょう?」
「それを語る上で、やっぱり大自然は欠かせないと思います。ここには山があって海がある。春から秋にかけてここでしか見られない植物が咲いていたり、冬場はバックカントリーの聖地としても人気があります。自然との距離感が圧倒的に近いんです」
「自然に囲まれながら働きたい人には最高ですね」
「ただその点に関して正直に言うと、まだまだ可能性を模索しているんです。それこそ『ワーケーションは、“ワーク+バケーション”だけなのか?』と感じることもあって」
「といいますと?」
「単純にワークとバケーションをしたいんだったら、それってほぼ観光ですよね。でもせっかくツギノバのような『交流の場』があるのであれば、ここでしかできないことを提供したい」
「例えば、島外の企業と連携して新しい価値をつくる“ワーク+イノベーション”。もしくは利尻島の自然を教材に“ワーク+エデュケーション”なんてこともできるかもしれない。来る人に対して、『どんな“〜ション”をしたいの?』 と問いかけて、そこに合わせてプランニングするのが僕たちのスタイルなのかなと」
「さまざまな課題があるからこそ、外の人を受け入れる懐も広いんですね」
「『ツギノバ』という名前には、『これまでの歴史を“継いで”、次の未来をつくる場』という意味が込められています。町や地域のこれまでの積み重ねを大切にしながら、それを土台に地域外の人たちも巻き込んでいけたら、きっと良い事例になると思うんです」
「なるほどなぁ……。さっきまで寒くて凍えそうだったんですけど、話を聞いてたら熱くなってきました。これからの利尻町は面白くなっていきそうですね」
「この取り組みを通じて、いろんな方々が利尻町に来てくれることを期待しています。利尻の夏はまた今と全然景色が違いますよ。ぜひまた遊びに来てください!」
「絶対来ます! ありがとうございました!」
取材を終えて
インタビューを終えた後、3日ほど利尻町に滞在し、最終日には奇跡のピーカン晴れ。
初日には裾しか見えなかった利尻富士も、その全貌を拝むことができました。
離島に限らず、人口減少や少子高齢化で悩む自治体や町は多いと聞きます。
昨今はテレワークを導入する企業も増え、移住促進やワーケーションといった取り組みもますます加速していくことでしょう。
町のあり方に確固たる正解はないかもしれません。しかし、人口約2000人というスケールの柔軟性を活かしながら、町人一人ひとりに寄り添う方法を模索する利尻町に学ぶことは多いように感じます。
ツギノバという場所ができたことで、町が今後どんな変化を遂げていくのか。次に利尻町を訪れる時がとても楽しみです。
それではまた!
☆利尻町定住移住支援センターツギノバの情報はこちらから
WEBサイト:https://tsuginoba.com/
Instagram:https://www.instagram.com/tsuginoba/
撮影:長谷川 琢也
図:中野 霞