こんにちは、編集者の徳谷柿次郎です。皆さんは普段、どこで髪を切っていますか?
僕も長いこと流浪の散髪民で、東京に住んでいた時も、4年前に長野市へ移住した時も、いい店を探すのに苦労していました。
なにしろ床屋も美容室もサイトを見ただけでは違いがわかりづらいし、行ってみないと良し悪しがわからない。都会でも地方でも、いい美容室ほどホットペッパーに登録してないし……。
実際、日本には全国で25万軒を超える数の美容室があるとのこと(※)。なんと、コンビニの数よりも多いみたいなんです。
客目線でこれだけ店選びが難しいわけだし、実はめちゃくちゃ競争率が高い業種なのでは???
そんな中、今日は神奈川県・三浦半島の南端に位置する「三崎(みさき)」に来ています。
三崎はマグロが有名な港町ですが、人口は1500人ほど。そんな三崎には、町で一番カット料金が高いのにも関わらず、予約が絶えないちょっと変わった美容室があるそうなんです。
その名も「花暮(はなぐれ)美容室」。
なにやら美容室らしくない、古民家風の建物。カット料金は6000円(中学生以下は3000円)と、東京並みの値段
ただでさえ競争率の高そうな美容室を、人口規模の少ないローカルでやるのは大変そう……と思いきや、そんなローカルだからこそ、実は美容室をつくるメリットがたくさんあったんです。
コミュニティや経営、カルチャーなどさまざまな視点で面白すぎた花暮美容室の裏側について、美容師の菅沼政斗さんとオーナーのミネシンゴさんに取材してきました。
写真右から、美容師の菅沼政斗さん、オーナーのミネシンゴさん
老若男女が気軽に出入りする、オープンすぎる美容室
1階は蔵書室「本と屯(たむろ)」なるスペース。建物の中に入り、階段を上がった2階が花暮美容室です
「今日はよろしくお願いします。実は最近、髪を切りに行けてなくて、だいぶ伸びてまして……」
「せっかくなので、切っていきます?」
「いいんですか!」
菅沼さんとシャツのペイズリー柄が被っていて親近感が湧きます
「こうやって取材するの、新鮮です」
「僕はカットしながらのほうが緊張しないかも(笑)。なんでも聞いてください」
「ここは一度に1組のお客さんしか入れないんですね」
「完全予約制で、一人の美容師が最初から最後までお客さんを担当します」
「おお、隠れ家感……でも、さっきも地元の子どもたちがナチュラルにお店へ出入りしていて。かなりオープンじゃないですか?」
お店の前でも元気に遊ぶ子どもたち
1階の蔵書室『本と屯』は、ミネさんが夫婦で営む出版社「アタシ社」の事務所も兼ねている
「普通の美容室や床屋って、待合室とカットスペースがきっちり分かれてることが多いですよね。でもここは、1階のも美容室の待合室みたいになっていて」
「『本と屯』は、普段から解放してるスペースで。地元の人もふらっとやって来てお茶を飲んだり本を読んだりして、公園みたいな場所になってるんです。だから花暮美容室も、その延長で気軽に入れる雰囲気になってますね」
「2階の待合とカットスペースも分かれてないんです。だから、こうやって髪を切りながら、ミネさんも交えてお客さんとお喋りすることも多くて」
本や椅子も置いてあって、髪を切られているお客さんの同行者がここで待つことも
「へ〜! 初めてのシチュエーションだったけど、これが日常なんですね」
「一般的な美容室と違って、1席しかないからできるコミュニケーションがある気がしていて。他のお客さんがいると、話しづらい内容とかもあるじゃないですか。でも、ここなら気軽に話せるみたいな声もあります」
「ローカルだとコミュニティが小さいぶん、色々ありますもんね。適度にクローズドなお喋りができる場所として、バーやスナックみたいな機能も果たしてそう…!」
「あとは赤ちゃんや、小さいお子さんを連れてくるのも大丈夫です。美容室に行くには子どもを預けなきゃいけないって方も多いですが、ここは他のお客さんがいないので」
「僕が横で赤ちゃんの相手をしてることも、よくあります(笑)。親御さんには喜ばれますし、特に家族連れのリピート率は高いですね」
町の人の髪型が、どんどんカッコよくなっていく
ちなみに菅沼さんは、表参道のサロンに10年間勤めていた経験あり
「地元にいきなりおしゃれな美容室ができると、躊躇しちゃう人もいそうです。お店ができたあとの反応はどんな感じだったんですか?」
「最初は様子を見てる感じもありましたけど、半年から一年くらい経った頃から、地元の中華料理屋さんや魚屋さん、カフェの人たちが来てくれるようになって」
地元の魚屋「マルイチ」。ここの店主さんも、花暮美容室の常連だそう
「ずっと1000円カットに行ってたような人も、わざわざ通ってくれるようになったり、『こんなに丁寧にシャンプーされたの初めて』と言われたり。地元の店主さんたちがここの常連になって、どんどんカッコよくなっていくのが最高なんですよ」
「皆さんの自己肯定感も上がっていきそう」
「髪を切ったあとで家族や町の人に褒められる体験って、すごく嬉しいと思うんですよ。子どもが散髪のあと学校に行って好評で、それを聞いた親御さんやおじいちゃんおばあちゃんも花暮美容室に来るようになったり。口コミでお客さんが増えていくんです」
「いいですねー! 年齢は関係なく、散髪したあとに褒められると嬉しいもんなあ。そうやって口コミでお客さんが広がっていくのはローカルならではですし、他の地方でも真似できそうだなと」
「美容師としても、同じ商店街の人たちがカッコよくなっていくのは楽しいですよ。ちょっと専門的な話になるんですけど、僕、すきバサミを使わないんですよ。ひとりひとりの髪の毛の流れを見ながら、形をつくっていくのが好きで」
「なんか、盆栽の話みたいですね」
「近いかもしれないです。それぞれ頭の形も髪のクセも全然違うから、それに合わせてカットしていくのが面白くて」
「つまり菅沼さんの盆栽が町中に増えていっている…!」
「町の客商売をやってる人たちって表に出てるから、その人たちの髪がどんどん格好よくなっていくと、商店街の見え方も変わる気がします。それも、ローカルの美容室の役割のひとつかもしれませんね」
美容室は、人が一番大事
「でも、そもそもなんで美容室と出版社の蔵書室が一緒になってるんですか?」
「僕、昔は美容師だったんですよ。美容系の雑誌編集を経て、妻と出版社を立ち上げたんですけど、いつか美容室をやりたいと思ってて」
「ミネさんの美容師経験も反映されてたんですね。どうりで妙に居心地のいい美容室だなと」
「でも、美容室を始めるのはいい美容師さんが見つかったらにしようと思ってたんです。やっぱり美容室って、人が一番大事なので。菅沼くんは表参道の有名なお店にずっといたんですけど、そこを辞めて、逗子で美容師をやってた時にたまたま知り合ったんです」
「当時はミネさんが逗子から三崎に引っ越すタイミングで、僕もちょうど環境を変えたいと思ってたんです。そこで、ミネさんから三崎で一緒に美容室をやろうと誘っていただいて」
「ローカルに興味があるはず、と思ったから誘ったんですよ。表参道からいきなり逗子へ行くなんて、好きな人じゃないとできないと思うので」
「実際、いまはすごく楽しいですね。 東京の美容師の知り合いに会うと、『菅沼さん、前より楽しそうですね』って言われますもん。向こうにいた時はろくなもの食べてなかったですし」
「ローカルは安くて新鮮な食材が食べられるのもデカいですよね。三崎の魚が毎日食べられるのは羨ましい!
美容室には「ちょうどいいサイズ」がある
「美容室の経営的な話も気になってるんですが、ここは賃貸ですか?」
「そうですね。建物にかかった初期費用でいうと、解体で30万円くらい。内装はがっつり手を入れたから、工事費が250万円くらいかな。都内で同じ規模の美容室をつくるのに比べたら、かなり費用は抑えられてると思います」
「美容室ならではの費用とかもあるんですか?」
「什器周りがかかりますね。シャンプー台とかが結構高くて、1台で70万円くらい。工事に関しては、地元の大工や内装店、設計士の方たちに相談して、一緒につくっていただいてます」
「ちなみに都内でイチから美容室をつくろうと思うと、1000万円くらいとか…?」
「場所にもよると思いますけど、それくらいはかかるんじゃないかな。やっぱり土地や建物の値段が全然違いますし。ローカルは小さくはじめられるよさがありますよね。うちは椅子や鏡なんかも入れて、トータル500万円くらいですし」
「ローカルでは家賃などの固定費が安いぶん、美容師さんの給料を上げたりもできますね。あとは店の規模が小さいと、お店を任せやすくもなります。『自分の場所』だと思えるほうが楽しいと思うんです」
「モチベーション高く働ける環境づくりも大事ですね」
「美容室って、どうしても『人が多いところにどれだけプロモーションをして、客数を増やすか』の勝負になりがちなんです。でも結局、美容師が一人で回せる人数って決まってて、1ヶ月当たりだいたい100人くらいなんですよ」
「へええ、それは店の規模に関係なく?」
「アシスタント無しで、完全に一人で1から10までやるとすると、1日にお客さん6人くらいが限度だと思います」
「じゃあスタッフが5人いれば、1日のお客さんは30人が限度になると」
「とはいえ、お客さんが毎日30人来続けてくれるのかというと、それも難しい話で。だから無闇に数を増やすより、ちょうどいい場所の、ちょうどいいサイズの空間で、ちゃんとしたサービスを提供するのが大事だと思ったんです。それができれば、ちょっと遠くてもお客さんは来てくれるはずだと」
「完全にオーナーの目になってますね! お店には遠方のお客さんも来ますか?」
「遠い人だと群馬から来る人もいますし、もちろん東京からのお客さんもいますよ」
「僕は前の逗子には一年半しかいなかったので、そこのお客さんが三崎まで来てくれるかは不安な部分もあって。でも蓋を開けてみると、意外と大丈夫でした。多少遠くても、来てくださいます」
「逗子からは車で40分だしね。もともと『旅するついでに髪を切る』が、この店のコンセプトなんです」
「まさに今の僕ですね!」
「観光ついでに気軽に髪を切るみたいなテンションもいいな、と思って。そんな風に『髪を切るという体験』を、もっと魅力的に、面白くできるんじゃないかなと」
「旅先で髪を切って、完全に楽しくなってますもん。ローカルならではの付加価値って色々つくれるんだな〜」
もっと個性豊かな美容室が増えてほしい
「ミネさんのオーナー視点で、この店の形でちゃんと食べていける感覚はありますか?」
「めちゃめちゃあります」
「めちゃめちゃあった!」
「この形を今後増やしたい、と思ってます。お客さんをいっぱい呼ばなくても、限られた人数のお客さんだけでお店が回るのが美容院のビジネスモデルなんです。それに一度お客さんになると、引っ越したりしない限り、基本的にずっと来てくださるじゃないですか」
「なるほど。どんどん新規を増やしていくんじゃなく、一定数のお客さんをきちんと捕まえれば、安定して店も回ると」
「この町の規模だったら、花暮美容室は全体で400人くらいのお客さんがいれば、回していけるんじゃないかと思います。あと、僕は出版社を続けるために美容室をつくったところもあって」
「出版社を続けるために?」
「さっき話したように、美容室はちゃんと一定数のお客さんがいれば、ある程度の売上が立ちます。その分、出版社のほうで新しい本をつくったり、新しい場所づくりに挑戦したりできていて」
「安定した利益が出る事業をつくって、他事業で投資する。理想の経営の形だ…真似したい…!!!」
「(笑)。僕は三崎のローカルメディアもやってるんですけど、先に美容室のお客さんとして知り合って、そこから取材に繋がったりもします。お客さんとの話から記事のネタが生まれたりもしますし、編集者としてのメリットも大きいですね」
ガラスから覗いているのは、ミネさんの「アタシ社」が運営する三崎のローカルメディア『gooone(ゴーン)』のキャラクター
「地元でお店をやる、って信頼が貯まる要素だと思うんですが、『髪を切る』から関係性がはじまるのも面白いなあ。誰でも髪は切るから、間口としても大きいし。完全にローカル×美容室の可能性を感じているんですが、これから始めたいって人へアドバイスはありますか?」
「美容室だけやってると、たぶんカルチャーは生まれないと思うんです。うちみたいに下が出版社の蔵書室になっているとか、お茶が飲めるようになってるとか、違うエンジンを積んでおいたほうが、より場所の個性は出てくると思います」
「美容室とは違った人が集まる装置を、同じ場所につくるというか」
「集客の面でも、異業種を組み合わせるメリットは大きいです。『本と屯』に来た人が花暮美容室のお客さんに…みたいなことが実際に起きてるので」
「美容室だけで集客しなくてよくなるんですね」
「都会では『美容室は路面店じゃないと、集客しづらい』って思い込みがある気がしてて。でも、ここは『本と屯』があるので、美容室は建物の2階でも大丈夫なんです」
「同じように古民家を活用した形で、いろんな可能性がありそうですね」
「美容室って本来、町に開かれた場所であるはずなのに、今まではあんまり開かれてなかった。予約して髪切ったらさようなら、みたいな関係性が多くて。フランスやロンドンに行くと、当たり前に服屋の中に美容室があったり、手前がバーで奥が美容室になっていたりするんですよ」
「面白いですね。Wエンジンが回って、別の事業のガソリンにもなってる。組み合わせが出版じゃなく他の業種でも可能性がありそう! ミネさん、これはすごいノウハウですよ」
「ありがとうございます(笑)。日本では法律上のハードルもありますけど、もっといろんな形があっていいと思うんです。個性のある美容室が、全国のローカルに増えていけば面白いですよね」
おわりに
ということで、ローカル×美容室の可能性を感じまくった取材でした。そもそも美容室は、町の機能として欠かすことのできないもの。美容室戦争のなかでも、その土地、その場所ならではの個性を持たせることで、新しい美容室の形をつくり出していけるのでは?
美容室の形が多様になっていけばいくほど、ローカルでもやっていけるお店が増えるはず。花暮美容室のモデルを日本中のローカルに布教したい!と、この記事を書いています。
そして三崎の町も、のんびり訪れるのにぴったりの場所です。花暮美容室のある商店街にも、面白い店がたくさん(『gooone』でも色々紹介されています!)
皆さんも、いつもとはちょっと違った気分で「旅するついでに髪を切りに」訪れてみてください。
構成:タケバハルナ
撮影:小林直博