こんにちは、ライターの吉野舞です。
みなさんはぬいぐるみが好きですか?
私は小さい頃からぬいぐるみが大好きで、26歳になった今でも毎晩一緒に寝ていたり、旅行にも連れて行ったりと、もうとっても可愛がっています。
コロナ禍で人と会いづらい生活の中でも、心の支えとなったのはぬいぐるみの存在。そのときあった出来事を話したりして(もちろん答えてくれませんが)、一緒にいるだけで深い安心感を得ていました。
しかし、最近そんな様子を見かねた家族や恋人から「大人になってまでぬいぐるみが好きだなんて……」と冷ややかな目で見られてしまい、ぬいぐるみとの生活をなかなか理解してもらえません。
ぬいぐるみについて色々なことを言われると、
大人だけどぬいぐるみが大好きなのは変なこと? ぬいぐるみは卒業すべきものなの……??
「ぬいぐるみ好き」の自分はやばい人なのか、つい気になってしまいます。
そこで今回、ぬいぐるみとの未来のためにもこのモヤモヤした思いを専門家の先生にぶつけてみることにしました。
早速、お話を伺うために白百合女子大学にやって来ました。ここで編集者のくいしんさんと待ち合わせです。
「突然ですが、くいしんさんはぬいぐるみって好きですか?」
「小さい頃は遊んでましたけど、今は取り立てて好きってほどではないですね」
「そうですか。でもぬいぐるみってめっっっっちゃ癒してくれるんですよ!」
「へー(棒読み)」
「今日はうちのぬいぐるみをたくさん連れてきたので、くいしんさんに紹介しますね! まずはこの子から、名前は『ピッチュウ』で、5歳のときのこどもの日にうちにやって来ました。だから、その日が誕生日で、人の年齢に例えると20歳くらいかな」
「これって『ポケモン』の?」
「私、全然『ポケモン』のことは詳しくないんですけど、調べたら『ピチュー』というキャラみたいですね。でもこの子は『ピッチュウ』なので、ポケモンとはまったく関係ない別物ですよ!」
「(関係はあるだろ)」
「次の子は『プーちゃん』。プーちゃんはずっと寝ていて、さっき紹介した『ピッチュウ』と親友同士なんですよ! ハムスターみたいで可愛いでしょ〜♡」
「かわいいー(棒読み)」
「でしょ〜〜〜〜? 次は小さい子を紹介します。左が『ゲロちゃん』、右が『ポムちゃん』。ゲロちゃんは幾度となく怪我を乗り越えたので、小さな傷跡が何個かあるんです。ポムちゃんは変身する技を持っていて、たまに姿を変えるんですよ!」
ポムちゃん変身バージョン。プリンの状態から四つ足の動物に変わる
「おおっ……」
「最後は、つい最近うちに来た『ソラちゃん』です。東京にある『すみだ水族館』をデートしたときに売店で運命的に目が合ってしまい、どうしても一緒に連れて帰りたくて迎え入れました。以上がうちから連れてきた選抜メンバーになります」
「たくさんお友だちがいるんですね! これなら何もさみしいことなんかないぞ!」
「はい、物心付いたときから今までずっとみんなと一緒にいて、私はぬいぐるみと暮らすのが普通なんですけど、そんな自分はおかしいのか、今日は専門家の方に聞いて白黒つけようと思います!」
大人のぬいぐるみ好きは変なの?
本日お話を聞くのはこの方、人形文化を専門に研究されている白百合女子大学の菊地浩平先生です。
菊地先生が早稲田大学で教えていた「人形メディア学」の講義は2年連続で人文科学系学部の生徒が選ぶ「面白い授業第1位」に選ばれたこともあり、その人気の講義は1冊の本『人形メディア学講義』(河出書房新社)にまとめられています。
ぬいぐるみついて多角的に研究している菊地先生なら、ぬいぐるみ好きの気持ちもわかってくれるはずだと思いました。
「今日はよろしくお願いします! ぬいぐるみとの将来を決定する大事な話もしたいので、うちの子にも同席してもらってます」
「みんな年季が入ってますね(笑)。吉野さんはどうしてぬいぐるみを持ち始めたんですか?」
「えっと、もともと幼少期に両親が共働きで家にいないことが多く、ひとりで家にいる時間が長かったのですが、そんな中ぬいぐるみが話し相手、遊び相手だったんです。中々ひとりで眠れなかったのですが、ぬいぐるみを持ち始めると、もうスウーッって眠れて」
「それからずっと一緒に?」
「はい。大学進学で実家を離れる際に『この子たちをどうしようか』と一瞬悩んだのですが、家族よりも大切にしていたぬいぐるみと離れることなんて考えられなかったので、一緒に上京しました」
「なるほど」
「それでも最近、今もぬいぐるみといる私を見て、両親が『いいかげんにしなさい』と真顔で注意してきたり、同棲を始めた恋人にもベッドにぬいぐるみを置いていたら『彼らと同棲するつもりはないよ』と軽くあしらわれたりしました」
「ぬいぐるみとの関係性を他人から理解されないんですね」
「先生、ぬいぐるみから離れられない私はもしかしたら病気!? これって『ぬいぐるみ依存症』かも……」
「ぬいぐるみが生活に支障をきたすのでないなら、まぁ問題ないでしょう。実はみんな言わないだけで、大人でもぬいぐるみを持っている人って珍しくないんですよ」
「えっ、みんな持ってるの!?」
「たとえばだけど、かの有名なアメリカの漫画『スヌーピー』にいつも青い毛布を持ったライナス君がいるのを知っていますか? ライナス君はいつも肌身離さずに毛布を持っていて、大人がそれを取り上げたとしても禁断症状が起きてしまい、離れることができないんです」
「精神安定剤のような役割をしているんですね」
「子どもが何かに執着することによって安心感を得られているのは、心理学用語で『移行対象』と言うんですけど、これは子どもがお母さんから離れて社会に移行するための通過儀礼なんですよ。親離れするためにタオルやぬいぐるみの力を借りるんです」
「ライナス君の『移行対象』は毛布で、私は『ぬいぐるみ』だったんですね!」
「その『移行対象』の概念を提唱した心理学者のドナルド・ウィニコットは、『すぐに手放しなさい』とは言っていないんです。移行対象を手放すことの難しさもきちんと語っている一方で、『大人になったらぬいぐるみから卒業しますよ』って言った方がキャッチーなので、そっちが世の中に広まってしまいました」
「えっ、そうなの」
「多くの人がこの事実を知らないまま、断腸の思いでぬいぐるみを捨ててしまう人もいるんですけど、移行対象を提唱した学者本人でさえそんなことを言ってないんで無理にぬいぐるみを手放さなくても大丈夫ですよ」
「ぬいぐるみは捨てなくてもいいんですね。よかった〜〜!! それを聞いて、ゲロちゃんもなんとなくうれしそうです!」
ぬいぐるみはコスパのいい優れた道具
「先ほど『大人でもぬいぐるみを持つ人は珍しくない』とおっしゃっていたのですが、ぬいぐるみについて誰かと話す機会ってほとんどないので、自分は少数派だと思っていました」
「大学で講義をしていると、学生の中にも『こんなにぬいぐるみの話をしたのは初めて!』って言う人も結構いるんです。ぬいぐるみの話をじっくり聞いてみると、その人がどんな家族構成で、どういう風に人生を歩んできたのかが見えてくるんですよ」
「まさかぬいぐるみからのテレパシーで!?」
「それは違います。さっき、吉野さんにぬいぐるみと過ごし始めた経緯を尋ねたときに、『両親が共働きだった』って話をしてくれましたよね。もし私と吉野さんが初対面で話をしても、そこまでプライベートな話は聞けないわけですよ。でも、ぬいぐるみの話をしていると自然と聞き出すことができるんです」
「たしかに、いつもと違う視点から会話が始まりました」
「この前70歳の方とぬいぐるみについて話す機会があったんですけど、普通自分より40歳以上年上の方と話すときって共通の話題に困りませんか?」
「盛り上がるのは天気の話くらい」
「そんなときにぬいぐるみの話を聞くと、意外と深い話までできるんです。幅広い年齢層の方と会話が盛り上がりやすいテッパンの話題にもなってくれるのが、ぬいぐるみの大きな魅力ですね」
「魅力といえば、ニュースで認知症のケアや予防目的で会話ができるぬいぐるみが発売されたのを知りました。ぬいぐるみが病気の治療にも役立つんだな〜って」
「ご年配の方だけではなく、子どものセラピーにも使われていますよ。ぬいぐるみを腹話術のようにして『ご飯食べようね』って話すと、すんなり言う事を聞いてくれます。実務的な仕事から人の心を支える仕事まで、ぬいぐるみってすごく役に立つわりには……」
「なんですか?」
「安い価格で購入できるのがすごいところなんです。価格相場は1000円〜5000円台なので、子どもがおねだりしても買ってもらいやすく、複数購入することも可能ですよ」
「めちゃくちゃコスパいいですね。ぬいぐるみってすごい」
ぬいぐるみは人形界で最弱扱い
「とはいえ、ぬいぐるみって世の中的には『大人が持っていたら恥ずかしいもの』として認識されてますよね。私もその風潮に悩んでいるのですが、なんでそういう風に思われるようになったんでしょうか?」
「以前、元OLの方がこっそりバックに小さなぬいぐるみを隠して出張先に連れて行ったんですけど、男性上司に見つかっちゃって、その件で3時間怒られたんですって」
「ええええっ、ひどすぎます」
「『ぬいぐるみが好きって女性は痛いと思われるから、好きってことは絶対に誰にも言うな!』って説教されたあと、元OLの方は、人前でぬいぐるみの話をするのがトラウマになったそうです」
「そんなに言われたらぬいぐるみへの愛も揺らいでしまいそう……」
「これはほんの一例なんですが、ここまで言われてしまう背景にはやっぱりぬいぐるみの立ち位置が関係しているからだと思います。ぬいぐるみって多かれ少なかれみんな子どものときに一度は通る道じゃないですか」
「小さい頃は性別も関係なくほとんどの子が持っていましたよね?」
「それを大人が持ち続ける=『なめられてしまう』ことなんです」
「えっ? どうしてですか」
「みんな一度は通った道だからか、大人になってもぬいぐるみに対してこだわりを持つ人を見ると、ちょっと見下しちゃう傾向があるんです。すでにぬいぐるみとの交流から離れた人は『俺はもう卒業したぜ』って感じでぬいぐるみを好きな人を見てしまいます」
「そういえば、ぬいぐるみの話をしてるときって、すごく子ども扱いされていたような。『もう子どもじゃないんだからやめなよ』とか何度も言われました」
「ぬいぐるみって雛人形や球体関節人形に比べたら、歴史や文化も浅いですよね。大量生産のものだし、価格も手頃なので、人形界のヒエラルキー的には低い層に入るんです。そんなこともあってぬいぐるみ好きな人もちょっと下に見られてしまう存在なんです」
「たとえば、大人がずっと持ち続けるものとして“形見”とかありますけど、それが大量生産だとしても、財布や時計の場合はそこまでなめられないですよね」
「同じ大量生産の中でも価格の高低で判断してしまうからでしょうね」
「うう……ぬいぐるみに罪はないのに、お金のことをすぐに考える大人のイヤな癖のせいですね」
「僕も正直、完全になめてましたね……」
ぬいぐるみの存在をわかってもらう方法とは?
「将来、ぬいぐるみをどうしたいかって考えていますか?」
「今すぐではないけれど、これからどんどんライフステージが変わっていって、ぬいぐるみのことを一番に考えれない日がやがて来るのかなって思います。もし気が変わって、ぬいぐるみを『手放したい』と思ったときはすんなりと離れていいんでしょうか?」
「ぬいぐるみたちの前でこんな話するのはかわいそうなんですけど(笑)。今、全国各地の神社やお寺でお金を払えば、ぬいぐるみの魂を抜く儀式を経て処分してくれる『人形供養』というのも開催されているので、そこを利用してみるのもひとつの手かと思います」
「お別れのときを想像してみたけど……、やっぱりかわいそうで捨てれません!」
「ぬいぐるみは捨ててもいいし、捨てなくてもいい、どっちでもいいんです。ただ、周りの人に言われて不本意ながら手放すのはあんまりよくないことなので、取捨選択にはきちんと自分の意思で向き合うことをおすすめします」
「今後もぬいぐるみと一緒にいると決めたとき、生活の中で気をつけた方がいいことってありますか?」
「ひとりでぬいぐるみを可愛がっている中でも、ぬいぐるみの存在を誰かにわかってほしいと思ったのなら、その存在をためらわずに打ち明けてみた方がいいですよ」
「たとえ周りの人がなかなか理解してくれなくても?」
「もちろんいきなり理解してもらえると思わないで、少しずつ相手の様子を伺いながらゆっくりとぬいぐるみの存在を話していくのがいいですね。ぬいぐるみを通して第三者に話しかけて、みんなでコミニュケーションを取ってる雰囲気を醸し出すのもいいかと思います」
「そうやって相手にもぬいぐるみの存在感をわかってもらうんですね」
「ぬいぐるみのことを昔、他人から批判された人って今でもトラウマのようにグサッと心に突き刺さっている人が多いんです。悪く言った本人も悪気がなくて言った場合もあるので、そこはしっかりと話し合って解決した方がいいですね」
「言い方ひとつでよくも悪くも受け取られますもんね」
「スポーツや料理の話みたいにぬいぐるみの話ってもっと気軽にしていいんですよ。そうすると、私も新たなぬいぐるみの研究領域にいけるので。吉野さん、もっと周りの人とぬいぐるみの話をしてみてください」
「今度の飲み会のネタにしてみます! やっぱり自分にとってはかけがえのない存在に変わりはないので、これからもぬいぐるみと仲良く暮らしていこうと思います。ぬいぐるみたちも『先生、色んなことを教えてくれてありがとう!』って言ってますね」
「共感する人がいると励みになるので、SNSなどで『私はこんなぬいぐるみが好きなんです!』って発信していくことも大切だと思います。これからぬいぐるみの可能性がどんどん広がっていくように私も地道にがんばります。(ぬいぐるみに向かって)こちらこそありがとう」
相談してみて思ったこと
菊地先生の著作『人形メディア学講義』の冒頭ではこのような言葉が書かれています。
「人間あるところに人形あり、人形あるところに人間あり」
ぬいぐるみは、たしかにただの「もの」と言われてしまうとそれだけですが、ある人にとっては「もの以上の存在」にもなっています。
そんな大切な存在のぬいぐるみが他人から理解されにくかったのは、「社会人とはこうあるべき」のプレッシャーがあるからだと思いました。
その捉え方はぬいぐるみだけに当てはまらず、性別や置かれている状況などでも他人から押し付けられ、苦しくなることが多いですよね。
けれど、声を大きくして言いたい!
大人のぬいぐるみ好きは病気でもおかしくもない。
ぬいぐるみは手放さなくていいけど、「こうあるべき」思考は手放した方がいい。
誰のどんな「好き」も否定しないし、自分の「好き」も否定されない世の中が、もし10年後にあったとしたらそれぞれの毎日が今よりもっと楽しくなるはずです。
その第一歩として、ぬいぐるみが新たなイメージを得るためにぬいぐるみ愛をどんどんアピールして行こうと思います!
編集:くいしん