こんにちは、日向コイケです。
突然ですがみなさん、「いただきます」の意味って分かりますか?
普段何気なく口にしてるこの「いただきます」という言葉。一説によると食材となった命への感謝として古来から伝わってきたそうです。
そう、人は命をいただいて、生きている。
そんな当たり前のことも、きれいにパック詰めされ、当然のように並んでいる食品を見ていると、案外忘れてしまうものですよね。
しかし、今までの当たり前が失われていくことをありありと実感する今日このごろ。もっと身近に、自分たちが食べているものの背景を知れたら、少しは意識も変わるのかもしれません。
そんな事を考えていた矢先、おもしろそうなサービスを見つけました。
それが今回紹介する「罠ブラザーズ」です。
「罠シェアリングコミュニティ」と銘打ったこのサービスは、罠の所有権を購入し、オーナーとなることで、猟師さんの生活や猟を行う様子を追体験できるというもの。
オーナーのもとにはFacebookグループを通じて罠の状況が報告され、かかった獲物の肉の一部は食用に加工された後、自宅に届きます。
罠ブラザーズから届く肉(写真:藤原慶)
罠を購入したオーナーを「ブラザー」という名称で呼んだり、オリジナルの会員証をもらえたりと、とてもユニークなこのサービス。一体どういった経緯で生まれたのでしょうか?
罠ブラザーズの企画者である川端俊弘さんと、実際に山で猟を担当する手島昭夫さんに話を聞きに、彼らの活動拠点である長野県上田市にやってきました。
写真左が川端さん、写真右が手島さん
さっそく山の中へ
取材が始まって早々、罠を仕掛ける現場に同行させていただくことに。手島さんが罠猟を行う長野県・長和町でお話を聞いていきます。
「お二人とも、今日はよろしくお願いします!」
「手島くんは仲間内で『仙人』と呼ばれるくらい猟に長けてるので、彼に聞いたら何でも答えてくれますよ」
「仙人!僕、山登りってほとんどしたことないんですけど、大丈夫ですかね?」
「僕も猟師になる前はほとんど登ったことなかったですよ。崖を登ったりはしないので、景色を楽しむつもりで歩いてもらえたら」
山の中は真夏なのに涼しく、非日常感が満載。途中で見たことがない鳥や植物を見つけることも。そして、山の中を歩くこと10分ほど……
「はぁ、はぁ。まだ10分くらいしか歩いてないけど、結構斜面がキツイから足腰にきますね。手島さんは全然疲れてないようですけど」
「もう罠を始めて7年くらい経つのでさすがに慣れましたね」
「猟師の体力すげぇ……」
「もうそろそろ罠を仕掛けた場所に着きます。あ、日向さんそこ危ない」
「え?」
ビュン!!
「う、うわーーーー!!ワイヤーが絡まった!!!!ちょっと!!手島さん言うの遅すぎますよ!なに笑ってるんですか!?」
「気づいてたんですけど、展開的におもしろいかなと思って」
「猟師が撮れ高気にしなくていいよ!どうしてくれるんですか、こんなに足に食い込んじゃって……!!」
「すみません。でも別に痛くはないでしょ?」
「……あれ?たしかにちょっと絞められてる感じがするだけですね」
「この罠は『くくり罠』といって、輪っか状のワイヤーで拘束するだけになっているんです。これならもし万が一獲物以外の動物がかかっても、緩めれば簡単にリリースできますからね。はい、外れました」
「よかった、もう一生ここで暮らしていく覚悟でした」
「大げさすぎ」
「いきなりすぎてよく分からなかったんですが、この罠ってどういう仕組みなんですか?」
「そうしたら、このあたりに罠を設置してみましょうか。まず最初は獣の通り道になりそうな場所を見つけたら、罠の台座を埋めて、上から土や葉っぱでカモフラージュします」
「よく見ないと罠には気づきませんね」
「獲物が足でこの罠を踏み抜くとバネが作動して、ワイヤーが獣の足をくくって捕獲するようにできています」
「おお!一気に締まった!てっきり罠というとギザギザの挟むやつを想像してたんですけど、意外とシンプルな作りなんですね」
「それは『トラバサミ』といって、今は危ないから禁止になったんですよ。動物の他にも、林業作業者や森林組合の人が間違えて踏むこともありますし、なによりこれならみだりに動物を傷つけることもありませんから」
「罠にかけるとはいえ、動物への配慮もしているんですね」
「でも最近は獲物の側も慣れてきて、スレジカというシカなんかは、違和感があったらすぐに足をバッと上げて罠を弾くんですよ。罠を20個仕掛けて10個弾かれてる日なんかはけっこう心が折れますね」
「シカも命がけですもんね……」
猟師の仕事と課題
有害駆除と狩猟では使用するプレートの字が異なる
「そもそもなんですけど、猟師ってどういう仕事なんですか?」
「メインは有害鳥獣にあたる動物の駆除ですね。シカやイノシシは増えすぎると、餌を求めて里に降りてきて、畑の作物を食い荒らしちゃうんですよ。僕は普段農業もしていて、罠猟は元々自分の作物を守るためにはじめたんです」
「農家さんからしたら、丹精込めてつくった作物を食べられるなんて死活問題ですね」
「それ以外にも、増えすぎた動物が山の草木を食べつくしてしまう問題もあります。そうなると山がどんどんとはげてしまい、最終的に土砂崩れの原因になったりすることもあるんです」
「なんと……!」
「昔は狼のような捕食者がいたから、人が介入しなくてもある程度生態系として成り立っていましたが、今はそれも難しくて」
「山林保全の観点から見ても猟は必要なんですね。とはいえ罠を仕掛けるにもお金かかりますよね。そのあたりはどうしてるんでしょうか?」
「一応市から猟友会を通じて依頼が来て、獲った獲物の頭数に応じてお金がもらえる仕組みになってます。報酬の額は地域によって違うんですけど、1頭あたり1~2万円の間が相場ですね。でも中には1頭5,000円のところもあります」
「1頭5,000円??安すぎる!」
「だから猟師オンリーで生計を立てるのは、かなりハードルが高いのが現状です。僕のように別の仕事と掛け持ちしながら猟をしている人がほとんどですね」
「なるほど。じゃあ、やっぱり後継者不足も深刻だったり?」
「そうですね。でも最近は後継者の育成に向けて、いろいろな団体が講座やセミナーを実施しているので、新規参入者は増加傾向にあります。ただそれよりも、獲物を獲ったはいいけど適切に処理できない人が増えているのが最近の問題ですね」
「どういうことですか?」
「僕たちのように、獲物を丁寧に解体して、おいしい食肉として利用している猟師って実はごく一部なんです。解体にはそれなりのスキルも必要ですし、鹿の大きさによっては一人、二人では食べ切れないことも多い。獣害駆除だけを目的に撃って、あとはその場に放置したり、中には近くの山林や畑に捨てていってしまう人もいるんです」
「ええ、もったいない」
「猟へのスタンスは人それぞれですし、行政としても鳥獣駆除の隊員が増えてくれないと困ると思うんですけど、ただ闇雲に増えればいいわけでもないのがむずかしいところですね」
「マナーが悪い猟師さんが増えるリスクもある、と」
「罠ブラザーズをきっかけに、猟で獲った肉の価値や活用方法を広めていくことができれば、そういった状況も変わるんじゃないかなと思っているんですけどね」
猟っておもしろい。体験を通じた魅力発信
手島さんに罠の仕掛け方や課題について教えてもらった私。山から降りたところで、今度はサービスの企画者である川端さんにお話を聞きました。
「手島さんに罠の仕掛けを見せてもらって興奮しちゃいました!でも、猟師業界って課題もたくさんあるんですね。罠ブラザーズは、やはりそうした課題を解決しようと……?」
「うーん、というより最初はシンプルに『猟っておもしろい!』ってことを世に伝えたかったんですよね」
「え??どういうことですか?」
「僕は狩猟採集をテーマにアウトドアを楽しむ『山学ギルド」という団体を運営していまして。罠ブラザーズはそこでの活動で感じた『獲物を獲った喜びを人に話したい!』という気持ちの発散先として始まったんです」
「最初はあくまでも個人的な欲求だったと。でもエピソードを伝えるだけなら色々な手段がありますよね。なぜ『罠をシェアする』なんて考えついたんでしょうか?」
「やっぱり体験してほしかったんですよね。狩猟免許に興味があっても、実際になる人は少ない。それって分からないことが多すぎて、免許を取った後のイメージが湧かないからだと思ってて。僕自身そうでしたから」
ブラザーになるとfacebookを通じて罠の報告が届く
「傍からすると難しそうに見えるけど、やってみると案外簡単なことってありますよね。罠ブラザーズのようなコミュニティがあれば、猟への敷居も下がるかもしれないし、僕たちも同じ感覚を共有して、話を聞くことができる」
「まさに僕も興奮しっぱなしでした!」
「そう思ってもらえるのが嬉しいんです。あとはこの地域が好きなので、根底には自慢したい気持ちがあるんでしょうね」
「ジビエ体験を通して町の良さを知ってもいたいと」
「そうですね。でも大々的に『観光』を打ち出すわけではなく、副次的に上田を好きになってくれたらいいなぁくらいの感じですね」
猟師になって山学ギルドを立ち上げたワケ
「川端さんはどういった経緯で猟を始めたのでしょうか?」
「僕は元々東京でデザイナーとして働いていたのですが、3.11をきっかけに上田へ移住しました。これから仕事も先細りになるのでは?という不安を抱いていた矢先、偶然ネットで『ジビエ』を知ったんです」
「なるほど」
「仕事柄、部屋にこもりっぱなしになりますから、アクティブな趣味がほしいと思い、周りにジビエの話をしていたら『じゃあ猟師になればいいじゃん』と言われて」
「軽い!」
「上田では猟師は身近な存在だったんでしょうね。それでツテを辿って現役で猟をされてる方にお話を聞いたら、すごい気軽に猟に誘われたんです。『服装はスキーウェアでいいよ』みたいな。それで僕の中で『猟師』へのハードルがどんどんと下がっていったんですよね」
「そこからいざ初めての猟を体験したのですが、慣れないもんですからすぐに人の声が届かないところまではぐれちゃって。その時『ヤバい、遭難した!』という焦りと同時に、『俺は生きてる!』という感覚が体中に溢れたんです」
「生命の危機にアドレナリンが出るやつだ」
「とはいっても里山ですから、よく下を見れば民家があるし、意外とLINEも使えたりする。日常のなかにこんな非日常的な冒険があるのか!って感動したんです。これが僕の猟を始めた原体験かもしれませんね」
「まさに、川端さんが罠ブラザーズで感じてもらいたいことですね。山学ギルドの立ち上げはその後ですか?」
「そうですね。そこからどっぷり猟にハマり、狩猟免許をとって山に通うようになりました。山学ギルドには肉の調理を担当するボブさんという料理人がメンバーにいて、最初は彼とふたりでシカ肉を振る舞うワークショップなどをしていたんです」
山学ギルドのメンバー。左からボブさん、川端さん、手島さん。この他に花屋のあっこさんが在籍
「それなりに経験も積んで、そろそろ外向けに活動を本格化しようと考えたとき、もっとちゃんと猟の知識を持っている人が必要だなと思いました。そのタイミングで出会ったのが手島くんだったんです。彼は罠猟の免許をもっていたので、猟の幅も広がるなと」
「なるほど!どんどんとパーティが増えていきますね」
「そこから企画は僕、猟は手島くん、調理はボブさん、みたいな感じで活動を広げていきました。でも言ったからにはちゃんとやってくれみたいな強制力はつけなかったんです。あくまで自分たちの楽しめる範囲でやっていこうね、と」
「根底にはずっと『楽しみたい』の感情があるんですね」
「撃たれた獲物が捨てられてしまうことへのもどかしさはありましたし、猟の課題解決として罠ブラザーズが機能したのは嬉しかったです。でもそういったことも続かないと価値が出づらいし、楽しくないと続かないと思うんですよね」
狩猟を経て変わったこと
「狩猟をするようになって、何か川端さんの中で変化したことってありますか?」
「色々ありますけど、一番は家畜を育てて、ト殺して、精肉して、ってことを誰かがやってくれていたと分かったことですね。だからスーパーで買えるお肉ってなんて便利なんだろうとも思った。均一化されたお肉の味、すげー!って」
「どういうことですか?」
「山の動物って、性別や年齢で味が全然違うんですよ。動物が食べているものとかによっても、固さや臭いが変わってくる。その反面、スーパーのお肉ってどれを食べても同じ味がする。これはすごい技術だなと、畜産をリスペクトするようにもなりました」
「あと猟は動物の命と向き合う行為なので、はじめはやっぱり怖かったんです。でも実際に山に入って、獲物を獲ったり解体する様子を見させていただくうちに、すっと受け入れることができた。それも大きな変化ですね」
「実際の様子を見ていたら想像できるものも違いますよね」
「『命を引き受ける』という気持ちで引き金を引いて、最後は宴を開いて仲間同士でおいしいね、楽しいねと語り合って、改めて感謝する。『命をいただく』って、そういうことだと思うんです」
「罠のオーナーを『ブラザー』と呼ぶのには、そういった思いも込められてるんですか?」
「そうですね。『ブラザー』という名称も、罠シェアリングの仕組みも、より楽しくなる方法を考えた結果生まれたものなんですよね。むずかしい課題があったとして、仲間を増やしながら楽しく解決できるって一番最高じゃないですか」
「手島さんが闇雲に猟師が増えても困ると仰っていましたが、罠ブラザーズは、気軽に楽しく猟を学べる場所としても需要がありそうですね」
「そういう意味でもコミュニティって大切だと思うんです。僕たちにとっては猟について語れる仲間が増え、その結果、狩猟人口の増加やマナー向上に繋がる。それで猟に関心を持ってくれる人が増えたら、一石二鳥ですよね」
取材を終えて
近年はさまざまなサービスが普及し、私たちの食生活はとても便利になりました。
いつでもどこでも自分の好きなものを食べることができ、間違いなく豊かな時代を暮らしていると言えます。
しかしその一方で、日頃の食事が当たり前の行為となったことで、本来抱いていたハズの感謝の気持ちがどこか置き去りになっている瞬間があるかもしれません。
人は命をいただいて、生きている。
少し説教臭いようにも聞こえるその言葉の背景には、食材となる命への感謝と、仲間とともに食卓を囲む喜びがあるように感じました。
罠ブラザーズは9/15までブラザーを募集中。
興味のある方はぜひ体験してみてください!
構成:佐々木ののか
写真:藤原慶(後半)