想像してください。
あなたは今、スーパーのきのこ売り場にいます。今夜はきのこを使った料理を食べたい気分ですね。
目の前には、いろんなきのこが並んでいますが、どのきのこを手にとりますか?
こんにちは、徳谷柿次郎です。
僕は今、「おいしいきのこはホクト♪」でおなじみ、長野県のきのこメーカー「ホクト」に来ています。
僕がきのこを買う優先順位は、しめじ(使いやすい、長持ち)→えのき(食感がいい)の順。エリンギもいいけど、いまいち使い道がわからないので優先順位が下がってしまうんですよね。
しかし、今回「ホクト」の社長に話を聞いて、エリンギがきのこの優先順位でダントツ1位に躍り出ました。実はエリンギ、めちゃくちゃ汎用性が高い食材だったんです!
しかも「きのこ食」は昆虫食のように、未来の食卓を救う可能性があるらしい…!?
今日は、僕のきのこ観を完全に変えてくれた「ホクト」の取材の模様をお届けします。
※取材は新型コロナウイルス感染症対策に配慮したうえで行ない、撮影の際だけマスクを外しています
きのこはどうやって作られる?
季節を問わず、いつでもスーパーに並んでいるエリンギが、どのようにして作られているか知っているでしょうか。
正解は、
ババーーーーン!
工場です。
コストコの売り場かっていうくらい、天井近くまでエリンギが積み上げられているこの場所こそが、「ホクト」のエリンギ工場。長野県長野市にある「赤沼きのこセンター」では、なんと1日9万本のエリンギを生産しているんです。
きのこ菌を30日間培養し、15日かけてエリンギを生育しているそう。エリンギ作りの工程は、こんな感じ。
①培地づくり
とうもろこしと米ぬかを主な原料とした培地をビンにつめる。ビンの大きさは、消費者のニーズ(一人暮らし世帯の増加)と技術進歩で小型化している
②滅菌
118度くらい(!)まで加熱。培地や瓶に付着したきのこの菌以外の菌を死滅させる
③接種・培養
接種室で、きのこの菌を植え付け、培養室できのこの菌を培養していく
④生育室
きのこの生育を行う。夏の森→秋の森の季節の移り変わりを室内で再現することで、1日2〜3cmのびていく。スプリンクラーによる湿度調整をおこない、生育するほど気温をさげている
牛乳ビンのような容器から、エリンギがニョキニョキと生えているのがわかるでしょうか。
「あら〜まだ小さいのね〜」と微笑みかけてしまいそうになる
成長したグループを見ると、「立派になって〜」と、我が子を見守る気持ちに
レーンに載せられ、出荷を待つことになるエリンギたちを見送る……(我が子に例えるんじゃなかった、悲しい)
ここまでの工程を見て、気づいたでしょうか。
エリンギは、菌と生育環境さえ用意してあげれば、いくらでも育つということに。
世界的な人口増加と温暖化による食糧危機が懸念され、穀物や水を大量に消費する家畜に替わる食材として昆虫が注目されています。ですが、生育方法が地球環境に優しいきのこも、かなりのポテンシャルを秘めた食材であることがわかります。
みんな、いっぱいきのこを食べよう!
……ただ、何度も言うけどエリンギは使い道がわからない!
「ホクト」の社長さん、教えてくださーい!!!
話を聞いた人:水野 雅義さん
水野 雅義(みずの まさよし)
1965年長野県出身。青山学院大学経営学部卒業後、ホクト産業(現ホクト)入社。1995年常務取締役、1997年専務取締役に昇格、きのこ生産本部長、管理本部長、きのこ販売本部長を歴任。2005年取締役副社長、2006年に代表取締役社長に就任。
輪切りや乱切りにしてカレーに!? エリンギのイノベーション
「きのこって工場でつくるんだ! というのがまず驚きでした」
「スーパーに野菜売り場があるじゃないですか。野菜が不作になって、商品が十分にないときにも、スーパーとしては売り場に物を並べなきゃいけない。そのときに重宝されるのが、もやしとかきのこのように、土がなくても作れる野菜なんです」
「僕は普段、気候変動やSDGs関連の取材もしていて。台風や大雨で野菜の価格が高騰するなんてニュースも増えてますけど、きのこはそんな心配もない?」
「そうですね。天災や環境の影響を受けづらく、安定的に生産・供給できる食材と言えると思います」
「きのこ、すごかったんだ」
「普通に考えると、きのこって脇役です。その代わり、いろんな食べ方がある。ここにちょっとしめじを入れてみたらどうとか、エリンギをこんなふうに切ってみたらどうかとか。意外と知られていない食べ方が結構あると思うんですよね」
そうだ、エリンギの使い道がわからないから、社長に聞きたくて今日は来たんです。エリンギの切り方って……?」
「輪切りにしてあげるんですよ。焼肉とかで出てくる縦の切り方をすると、食物繊維も縦に走っているので噛み切りづらくなり、お年を召した方には大変なんですよ。輪切りにすると、繊維質が切れてて食べやすくなる」
「!!! 縦に切らないといけないと思い込んでました。この情報やばいですね。エリンギのイノベーション」
エ、エリンギを輪切りに……!? 縦に切ることしか考えてなかった(撮影:Huuuu)
「あとは乱切りするとかですね。切り方だけでも食感が全然違う」
「焼肉の脇役だけじゃなくて、いろんな料理に使えるようになりそう! 社長はどんな食べ方をするんですか?」
「輪切りや乱切りにしてカレーに入れます。おいしいですよ。きのこを入れることに馴染みがなかった料理でも、入れてみると意外といけるんだ! って発見があるはず」
「カレー、いいですね」
「お好み焼きとかも、どうですかね。キャベツみたいに細切りにして混ぜて入れたら意外といけますよ。あと、たこ焼き。たこの代わりにきのこを入れるとかね」
「えー! きのこ焼き! でも、エリンギだと、ダシも出ておいしいかもしれない。社長が好きなきのこ料理は?」
「私はシンプルに焼いて、火で炙っておろしポン酢で食べるのも好きです。エリンギって歯応えがあるので、炒めとか焼きとかは合うんですよね」
「縦じゃなく横に切ると、食感が魅力へ変わるんだなあ。なるほど。社長、まだ全然きのこ食べ飽きていないですか」
「私はそんなに。営業の人間は正直、飽きてるんじゃないかな(笑)」
「きのこって食べすぎると飽きるんですか?」
「食べすぎるとね。私は毎日あったって構わない人間なんですけど。忘年会とかで片っ端からきのこの料理だと『もう勘弁してくれ』っていうのはあるみたいですね(笑)」
「どんな食材でも適量ってのはありますからね」
世の中の需要と安定供給をつくるための企業努力
「きのこって儲かるんですか。ビジネス産業として」
「儲かるように努力しましたね。20世紀のころなんていうのは、はっきり言って鍋の材料くらいにしか買われなかった。そこで、夏にどうやってブナシメジを食べていただくかというのが課題でした」
「たしかに、きのこは鍋の具材ってイメージが根強い……」
「『食べ方さえわからない』っていう時代だったので、例えば、ベーコンとアスパラ、バターで炒めて食べる提案をしたりね。逆に、鍋のおいしい需要期になると、提供できる量が足りなくて」
「なるほど。量をたくさん作れなかったんですね。世の中の需要と安定供給を作るために企業努力をしてきたと」
「我々は工場できのこを作ってますので、秋と冬だけきのこを作っていればいいというわけにはいかないんです。売れないときでもどうやって売るかが、会社の営業部隊にとってはミッションでした」
「それがお父さんの時代」
先代の水野正幸さん
「そうですね、うちの親父のとき。エリンギって当時は『イタリアンマッシュルーム』とか、いろんな名前をそれぞれが言っていたんですけど、最終的には『エリンギ』って言葉に落ち着きました」
「イタリアンマッシュルーム、聞いたことあるけどそういうことだったのか!」
「その中でもうちが長年に渡って安定栽培ができるようになったって意味で、『ホクト=エリンギ』と思っている方は多いですよね」
白いえのきを作ったのは、ホクト
「そもそも、きのこを作るのって難しいんですか?」
「もともとは農家さんが栽培していたものだから、そこまで難しいわけではないんです。ただし、農家さんが作ることができる量って、家庭でやる規模なわけです。大量のきのこを育てることに企業としてここまで取り組んだのは、当社が最初ですね」
「なるほど。ホクトは最初、きのこを作る会社じゃなかったって本当ですか?」
「はい。農家さんたちにきのこ用の栽培ビンを販売する会社だったんです。『もっといいきのこを作ってもらうために』と研究所を設立して、いい種の開発とかそういうことをやっていた。白いえのき、実はうちが作ったんですよ」
「え、めっちゃ食べてます!!」
「今はもう、白いえのきが当たり前じゃない」
「逆に白くないのが珍しいくらいになっていますよね」
「でも、作った種を農家さんに提供したとき、DNA鑑定もない時代だったから、『偶発的にできたんだろ』って言われちゃって。そんなふうに言われてしまうなら、自分たちで商品として生産・販売しちゃおうとなったんです」
「それが会社としての転換期になったんですね」
「そうです。農家さんからすれば、今まで協力会社としてやってきた人間が、ライバルになるわけですよね。でも、それを承知でやった。もしあのとき、菌を売ってロイヤリティをもらっていたら、きっと今のホクトはないし、上場もしてないです」
「白いエノキから、いまのホクトがはじまったんだ……!」
「当時いた社員には、反骨精神みたいなものがありましたね。『いい菌を作る』って話だと、例えばブナシメジってもともと苦味のあるきのこなんですよ」
「え、マジすか。全然なにも感じない」
「昔はそうだったの。なかには『この苦味がいいんだ』って言う人もいるんですけど、子どもとかには苦いから、苦味を抑えた品種を作って。するとだんだん、『ホクトのブナシメジは苦味がない』とか、品質の良さを認められていきました」
日本のきのこ、アメリカへ進出
「国内でも海外でも、きのこの食文化の伸び代ってまだまだありますよね」
「あると信じたいですよね。だから海外に進出したんです」
「アメリカでも百数十名の雇用があるとか」
「ありますね」
「海外進出して十数年の過程で、トラブルとか、思いもよらぬ話ってありますか?」
「トラブルはいっぱいあって、記事にならない(笑)」
「それは文化の違いからっていう感じですか」
「そうです。アメリカは何でも裁判の文化なので。タイムカードの押し方ひとつで突っ込まれちゃったり。建設のときも、ちょっと雨が降ると、『この土を全部きれいにしてからじゃないと工事の再開は許さない』とか」
「そんな神経質な感じなんですね」
「そう。だから工事が止まっちゃうわけですよ。あとは、途中検査とかあるけれど、『悪いけどこれからバケーション行ってくるから、帰ってきてから審査しましょう』とかね。だからもう、日本でやっている感覚とは全然違った」
「そんなときは社長も、どんなにきのこを食べても血圧が上がっちゃう?」
「あー、だめですね(笑)。だから日本じゃ建設もそうだし、労働の話も『はー?』ってことが多かったですよ」
(記事に書けない話をする社長)
「すごい。Netflixでドラマ化しそうですね、『Hokto』」
「あとは、海外ではうちのブナシメジやエリンギを見ても、『これ何?』からはじまりますから」
「海外にはないんですね」
「ないない。あっちはマッシュルームとかが中心なので。最初はアジア系のスーパーとかから納めてましたけど、和食ブームとかいろんなことがあって、徐々に知れ渡ってきた」
ホクト、ユーチューバー求む!?
「ここから先、テクノロジーってどんどん進化していくと思うんです。ある種、オートメーションのなかで人を入れながら生産体制を作っていると思うんですけど。会社が求める人材ってどんな人ですか」
「私はね、いろんな発想ができる人のほうがいい。親父のときは『俺の言うことを全部やれ』っていうトップダウン方式だったんですけど。私はそういう時代じゃないと思ってるので、あまり言わないです」
「そうなんですね」
「営業の展開とかもみんな現場に任せたいし、逆に心の中では『失敗しろ』と思ってる。失敗して、学んで、次に活かせばいい。変な話、そのひとつの失敗でこの会社が潰れるようなことはないので」
「社長、かっこいい……!」
「それくらい思い切ってやってほしい。自分で発想できるような方が私はいいですね」
「企画力」
「売り方も、それこそ今はコロナ禍なので、店頭に出て試食販売しましょうとはできないわけですよ。そしたら『こんなのはどうだ』というような、自由な発想が欲しい」
「ユーチューバーとかどうですか」
「いたら面白いですね。『私はYouTubeで、こういうことできます』って提案してもらいたいですよね」
「きのこの食べ方とか使い方を、YouTubeで狂ったように毎日あげていったら面白いですね」
100年続く会社にするためには、きのこを食べてもらえる回数を増やすこと
「今、創業から50年くらいですか」
「創業が64年だから、56年か。私より1個上だから」
「もちろん、次は100年っていうところを目指してるとは思うんですけど、そこに向けてホクトがどう目指していくのでしょうか。向こう10年ですら読めない世界の情勢ですが」
「うちの会社は、きのこの食べ方を提案することを地道に、実直にやっていくってところなのかな。平均して1週間に2回きのこを口にしてる人に、どうやって3回、4回食べてもらえるようにするかだと思うので」
「きのこって、脇役的にどこにも収まれるポテンシャルがある。一方で、世界の情勢であらゆる食材が急に食べられなくなったりしたときに、食べる習慣がない国でもきのこを取り入れざるを得なくなる状況もあり得ますよね」
「絶対ないってことはないですからね」
「むしろありそうだなと」
「我々としては、営業がしっかりきのこをアピールしていくこと。それから、ご高齢のきのこ農家さんが多くて生産者数が減っているので、我々が補っていけたらいいなと思っています」
おわりに
未来に起こりうる食糧危機の救世主になるかもしれない、きのこ。切り方も食べ方も、まだまだポテンシャルがありそうです。
社長と話してからエリンギがNO.1きのこになった僕は、いろんな料理にエリンギを入れてます。味噌汁にも、炒め物にも、なんでも合う!
ガーリックライスに小さく切ったエリンギを入れたところ、にんにくと肉にも負けない存在感がありました(撮影:Huuuu)
……さて、想像してください。晩ご飯の買い出しに行ったスーパーで、今日あなたはどのきのこを手にとりますか?
※本記事は、長野県発行のフリーマガジン『長野に住みたいあなたの背中を押す本』に掲載の内容を追記・再編集したものです
構成:栗本千尋
撮影:小林直博