人類が月に降り立ってから50余年―
どうやら宇宙開発は着々と進んでいるようですが、では具体的に我々のような一般人が月や火星に行けるのはいつなのでしょうか?
こんにちは、ライターのコエヌマカズユキです。
子供の頃、ルーク・スカイウォーカーが惑星タトゥイーンの荒野を駆けるシーンを見て以来、いつか自分も宇宙に住むのだろうと思っていました。
が!
惑星タトゥイーンどころか、月や火星に行くことすらまだまだ一般人には不可能。一体いつになったら宇宙に住めるの?
というわけで、東京理科大学スペース・コロニー研究センターの木村真一教授に、「具体的に、いつなんですか?」と聞いてみました。
一般人はいつになったら宇宙に行ける?
「昔から月や火星など、宇宙に住むのが憧れだったんですが……僕ら一般人はあと何百年経てば宇宙に住めるんですか?」
「我々のロードマップでは、2025年~35年には月に水や食料、居住場所などのインフラを整備する予定です。また、NASAも2024年に月軌道上に宇宙ステーションを作るなど、月面開発を進めると発表しているので……」
「(ゴクリ……)」
「2040年には、一般人も気軽に月へ行けるようになるでしょう」
「早ーーー!!! 今から20年後には、我々のような一般人が月に行けちゃうんですか!?」
「行けると思います」
「いやいや、20年って、あっという間ですよ!? ジブリで言うと『千と千尋の神隠し(2001年)』から現在までの期間ですよ!?」
「月ではありませんが、実はもう国際宇宙ステーションへの観光ビジネスをおこなっている会社は存在します。つまりコエヌマさんが宇宙に滞在したり、宇宙を体験したりすることは、すでに可能なんです。ただ、値段が宇宙体験でも1000万円~数千万円、宇宙ステーション滞在だと数十億円かかってしまいますが……それでもすごい順番待ちなんですよ」
「数千万円をポンッと出せる人は、『一般人』とは呼べない……。でもお金がかかるとはいえ、宇宙を体験できるっていうのは夢がありますね」
「月面への観光旅行も、技術的には2040年より早く実現できるでしょう。やはりコストが問題になりますが、宇宙観光が普及して、利用する人が増えれば、値段も下がるはず」
「念の為お聞きしますが、宇宙ステーションよりも、月面に行くほうが困難なんですね?」
「映画とかのイメージで『宇宙ステーションはものすごく遠い場所にある』と思っているかたが多いんですが……月と比較するとめちゃめちゃ近いです。地上から400kmの距離に浮いてます。400kmというと、だいたい東京・大阪間くらいですね」
「そんなに近いんだ! 新幹線なら2時間半で行ける!」
・宇宙ステーション=約400km
・月=約380000km
・東京・大阪間の直線距離=約400km
「国際宇宙ステーションって、ガンダムの“スペースコロニー”みたいなものですよね?」
「国際宇宙ステーションの乗員数は6人ですから、規模はかなり違いますが……技術的には近いと言えますね」
※ガンダムのスペースコロニーは人口およそ1000万人
「ではいずれアムロのようにコロニーで生活することも可能ってことですか」
「可能です。『ガンダムのスペースコロニー』に似たものは、すでに実現可能で、あとは費用が問題だと思ってます」
「ガンダムのスペースコロニーに“似たもの”というのが気になったんですが、そっくりそのままサイドセブンを再現することはできないんですか?」
「ガンダムのスペースコロニーは、コロニー内で自給自足していたり、生態系ができたりしてませんでしたっけ? 乗員数6名の宇宙ステーションですらそれは無理なので、水や空気や食料などは地球から運んでくる必要があります。つまり莫大なコストがかかります」
「SFでよく『軌道エレベーター(地上から静止軌道まで伸びるエレベーター)』というものが登場しますが、それが実現したら物資を運んだりするのが容易になるのでは?」
「軌道エレベーターの研究は進められていますが、実現するのは月に移住するよりも先の話じゃないかなぁ」
「えー! 意外!! とにかくデカいエレベーターを作ればいいんだから、すぐに実現するものだと思ってました」
「完成すれば運用面や安全面、コスト面で非常に優れたものになるんですけど、やはり構築の段階が非常に困難でしょうね」
「ということは、物資は地味にロケットで打ち上げるしかないのか……。でも国際宇宙ステーションくらいの距離なら、ヒョイッと打ち上げられるんですよね?」
「それくらい近くても、宇宙まで物を持ち上げるのは莫大な費用がかかるんですよ。月はもっと遠いので、さらにコストがかかってしまう。仮に安く定期的に運べたとしても、今度は定期的に発生するゴミをどう処分するか、という問題もあります」
「ぐぬぬ……」
「ですから未来の宇宙ステーションでは、水や空気を高度なリサイクル技術で循環し、食物の生産をまかなえるようにする必要がある。私たちはJAXAさんやNASAさんや宇宙関連企業と組みながら、そういった研究をしています」
「水と空気のリサイクル、そして宇宙での食物の生産……そんなことが可能なんですか?」
「実際に私たちは放射線に強い発電システムや、太陽電池、さらに光触媒で水や空気をきれいにする環境維持の研究をしています。また、水中プラズマと光触媒の技術を用いて、宇宙の閉鎖空間で植物を水耕栽培することも可能です」
「できるんだ」
「他にも、Tシャツにプリントしたセンサーが汗の成分を分析して、健康状態を自動診断してくれる……といった研究など、宇宙で生活するための様々な技術を開発しています」
「めちゃめちゃ宇宙に住みたがってるじゃないですか。ひょっとして、地球が滅亡する情報をキャッチした政府高官に、人類移住計画の密命を受けたりしてます?」
「受けてません。でも宇宙で暮らす技術は、地球が抱える諸問題を解決する可能性を秘めていますから、滅びの日を延期させることだってできるかもしれませんね」
「あ~なるほど! さっきおっしゃっていた高度なリサイクル技術なんかは、環境問題に悩む地球人類に役立ちそうですね!」
「他にも、宇宙では閉鎖空間で長い時間を過ごすため、“孤独をどう乗り切るか”“体調管理をどうするか“、といった課題を解決する必要があります。これも今後の人間に必要な技術となるでしょう」
「今のステイホームの状況にもぴったりハマりますね」
人間が宇宙に住むデメリットは?
「宇宙に住むという夢が現実味を帯びてきて嬉しい限りですが……人間が宇宙に住むと、何かマイナスってあるんでしょうか? 例えば月面に住んだ場合、人体に悪影響があったりしますか?」
「月の重力は、地球の1/6です。そういった低重力下で長い時間を過ごすと、骨や筋肉が弱くなってしまいますね。宇宙飛行士なんかは筋肉を維持するために毎日筋トレなどの運動をしています」
「重力が低いなら楽だろうなーと思ってたけど、あまり良くないんですね。人工的に重力を発生させるようなことはできないんですか? SFとかだと回転して重力を生み出すみたいな描写がよくありますけど」
「原理的には可能です。現在はネズミ用の小型装置で重力を作る実験が進んでいますね。月面に巨大なすり鉢状の人工重力発生装置を設置し、そこに街を作るという計画もありますよ。将来的には重力ありの生活ができるかもしれません」
「重力以外には、どんな問題があるんでしょうか?」
「深刻なのが宇宙から降り注ぐ放射線です。地球にいれば、大気(空気)が守ってくれているのですが、月には大気がありません。なので放射線を防ぐ素材が必要になってきます」
「服や家の素材を、放射線を防ぐ素材で作らなきゃいけないのか」
「あとは隕石の問題もありますね。地球には大気があるので隕石は摩擦で消えたり減速したりしますが、月には大気がありません。減速しないまますごい速度で隕石が飛んできて、どこかにぶつかると、その破片がまた飛んでくる。とても危険です」
「地球の大気って、見えないけど役立ってくれてるんだな……話を聞いてると、とても住めそうにない感じがしますが、対策ってあるんですか?」
「月の地下には、大きな洞窟があると言われています。その中であれば隕石を防げます」
「なるほど! そこに住めばいいんだ!」
「はい。洞窟内に、真空環境でも使える素材でできたテント型居住施設を持っていくのが良いでしょうね。小さく畳んで持ち運び、空気を入れて膨らませればいいので、地上から打ち上げるコストも安く済みます」
こちらがそのテントです
内部はこんな感じ。「テント」と聞いて想像してたよりかなり大きい!
「広~! 12畳くらいありそう。天井も高くて、3人家族程度ならゆったり暮らせそうです。ただ、せっかく月に行ったのに、地下のテントで生活するというのは寂しいですね」
「観光など一時的な滞在の場合は、放射線レベルが低い時は地上で観光して、放射線レベルが高まったら地下に戻るのが良いと思います」
「ただ、月の開発に携わる駐在員や、観光用ホテルのスタッフなどは、ずっと月面で暮らすわけですよね?」
「その通りです。そういった人たちが長期間、快適に住めるよう研究が続けられています。家族や友人と話したくもなるでしょうから、衛星を飛ばして地球との通信ネットワークを構築したり……」
「月から恋人に連絡できる……! ロマンチックで最高ですね」
「実際に人類が月に移住して、観光ホテルとか娯楽施設とか建てるとしますよね? その場合……月の土地の所有者って誰になるんですか? 早いもの勝ちで『ここからここまでウチの国の土地~!』って宣言した国のものになる???」
「宇宙条約(宇宙憲章)というのがあって、
天体を含む宇宙空間に対しては、いずれの国家も領有権を主張することはできない
んです。なので、基本的には誰のものでもありません」
「土地は誰のものでもないと。では、水や鉱物といった資源についてはどうでしょうか? どこかの国が、月の資源をすべて独占できちゃうのでは?」
「アメリカや日本を含む8カ国が『アルテミス協定』に署名しています。宇宙資源の採掘などは条約に則っておこなう、というルールがあります」
「ちゃんとそういう協定があるんだ……あれ? でも宇宙開発をおこなってる全ての国が署名してるわけではないんですね? 中国とかロシアは署名してないようですが」
「はい」
「え、じゃあ極端な話、他にも署名してない国が『月の資源、うちらが全部頂きますわwww』って言ってきても、どうすることもできない?」
「そのへんはハッキリと決まっていないので、将来的に問題が顕在化するんじゃないかなーと危惧されてます」
「誰のものでもない土地に、誰もが納得するルールを作るって、ムチャクチャ難しいんだろうなぁ……」
火星に住むことは可能?
「かなり具体的に月での暮らしがイメージできました。では、月と比べて火星の住みやすさはどうなのですか?」
「火星は月よりも、はるかに居住に適した環境です。大気もあり、気温も重力も地球に近い。水の痕跡も見つかっていますし、おそらくさまざまな資源も手に入るでしょう」
「おぉぉ! 月の居住で問題視されていた要素が、ほぼクリアできてるじゃないですか!」
「ただ、火星は地球からの距離があまりにも遠すぎるんです。最も地球に接近する時でもおよそ5800万kmも離れてますからねぇ。月までは38万kmなので3日あれば行けますが、火星は行くのに半年かかる」
「は、半年ーーー!!??? 遠すぎる!」
「到着してしまえば快適なんですが、行くまでが大変なのですね。我々のロードマップでは、2050年代には火星に進出できる予定ですが……厳しいのでは?という意見もあります」
「宇宙船の中で半年も過ごすのはキツいなぁ……。人口冬眠をして移動する、ということは無理なのですか?」
「人工冬眠の研究をしている方もいます。ただ、冬眠している間に老化が進まないか、きちんと目覚められるか、などの問題があります。人間の身体に関することですから、とても難しく繊細な技術が必要なのです」
「冬眠できるクマとかウサギって、めちゃ偉大だったんだ。ということは、ひとことで言うと、人類が火星に進出するのは無理……?」
「月を拠点にして、そこから火星を目指す方法なら実現は十分に可能です。だからまずは月の開発をすすめるべきでしょうね」
「まずは月、将来的には火星……技術の進歩によって不可能だと思っていたことが現実味を帯びてきてるの、胸熱だなぁ。では最後に、木村先生が宇宙を目指す理由を教えてください」
「フロンティアを目指したいという思いだけです。ようやく技術がついてきて、宇宙への扉が開き、ビジネスとしても成立して、一般の方にも広がっていく……という流れも実現しつつあります。宇宙に気軽に行ける日は、そう遠くないと思いますよ!」
「よーし、老後は月で余生を過ごすぞー! 今日はありがとうございました!」
まとめ
遠い未来か、SFの世界の話だと思っていた宇宙開発は、我々の手の届きそうなところまで進んでいました。
宇宙に行ったら、あなたは何をしたいですか? 今のうちから考えておいた方がいいのかもしれません。
スペース・コロニー 宇宙で暮らす方法 (ブルーバックス)