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さらば、かなしきバズのジレンマ。創業88年の銭湯が「バズを目指さない」webメディアを始めた理由

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さらば、かなしきバズのジレンマ。創業88年の銭湯が「バズを目指さない」webメディアを始めた理由

こんにちは。新卒のときから編集者をやっている山中康司です。

メディアに関わる仕事を続けるなかで、あるジレンマを感じています。それは受け手が望むものを届けようとするあまり、大切なものを切り崩してしまいかねない、というもの。

 

とくにwebメディアでは、「バズる」ことを目指すあまり炎上したり、取材対象を傷つけてしまうような状況をたびたび目にすることがあります。僕も、以前編集を担当していたメディアで、ある記事が炎上してしまい、取材相手との関係がこじれてしまったことがありました。

 

よかれと思って伝えたことで、自分や誰かの大切なものをそこなってしまう。webメディアに関わる人間として、そして、取材を通じて誰かの大切なものに触れる人間として、この「バズのジレンマ」と向き合っておかないといけないな。

 

と思っていたところ、あるメディアと出合って衝撃を受けました。それは、『ケの日のハレ』

 

メディア名の『ケの日のハレ』は、「日常(ケ)の中の非日常(ハレ)」を意味するそう

 

『ケの日のハレ』は、高円寺にある「小杉湯」で2021年2月6日(風呂の日)にはじまったwebメディアです。

 

小杉湯は、昭和8年に創業した老舗の銭湯。地元の人だけでなく、遠方からもお客さんが訪れる、ファンの多い銭湯です。

 

過去には銭湯内でライブを開催したり、

 

「イベント湯」としてさまざまなコラボ風呂に入れたり。

最近では、銭湯のある暮らしを体感できる会員制スペース「小杉湯となり」が隣にオープン。ユニークな取り組みが周囲で生まれ、メディアでひっきりなしに取り上げられる銭湯なのです。

 

たくさんのメディア露出があり、いわば「バズっている」にもかかわらず、あえて自分たちのメディアを立ち上げたのはなぜなのか? そもそも、なぜ銭湯がwebメディアを?

 

そしてなにより、『ケの日のハレ』のプレスリリースにつづられた「自分たちが大切なものを、自分たちで守っていく世界を作る」という言葉が気になりました。

 

きっと、『ケの日のハレ』には、バズのジレンマを解消するヒントがある気がする。

そんな予感を持った筆者は、小杉湯の3代目・平松佑介さんと、『ケの日のハレ』の編集長・井上拓美さんに話を聞きに行きました。

 

写真左:小杉湯の3代目・平松佑介さん、写真右:『ケの日のハレ』の編集長の井上拓美さん

 

バズると関係性がそこなわれることがある

「浴場でのインタビュー、意外と新鮮かも。今日は何の話でしたっけ?」

「お風呂ではなく、『バズ』についての話なんです」

「ふむふむ、それをなぜ僕たち小杉湯に?」

「僕はwebの編集者として活動してきたんですが、『メディアでたくさん読まれることを目指すことで、人との関係をそこなってしまう』ジレンマがあるんです。ローカルで活動するお店や人物の取材では特に」

「人との関係をそこなってしまう?」

 

「たとえば炎上してしまったときはもちろん、記事がバズったことでキャパ以上の人がお店に来てしまったり、記事を読んで訪れたお客さんの態度が悪くてトラブルになったり、という事例をいくつか聞いたことがあって」

「ああ、それで取材先との関係が悪くなってしまったり…」

「はい。小杉湯って銭湯業界ではバズってる存在だと思うんですが、取材によって関係がそこなわれた、みたいな経験はないですか?」

「いやー、小杉湯ではない気がするな。そもそもあんまりバズってないと思うんだけど……」

 

「平松さん、それ気付いてないだけですよ! 小杉湯はバズってると思います(笑)」

「そうなのかな?(笑) 基本的に、取材してもらえることはありがたいですよ。でも、関係をそこなっちゃうってことで言えば、家族とのあいだで誤解が生まれたことはあったなぁ」

「ご家族と?」

「取材を受けたときに『小杉湯の3代目が、斜陽産業で窮地に立たされた銭湯を継いで改革を起こしてる』みたいな伝え方をされちゃうことがよくあって。でも僕、そもそも銭湯が斜陽産業だなんてぜんぜん思ってなかったですから」

 「そうなんですね!『銭湯は斜陽産業』は、よく聞く印象でした」

「小杉湯は僕のおじいちゃんの代から地域の人に愛されている銭湯で、祖父や父が楽しそうに働いてるのを見てたから、継ぐことにしたんですよ。斜陽だから立て直すとかいう意識はなくて」

「平松さんにそういう悲壮感みたいなものを感じたことはないですね」

「なのに『3代目が斜陽産業で窮地に立たされた銭湯を〜』みたいな伝え方をされてしまうと、小杉湯や祖父、父を批判してるみたいに見えて、家族から『佑介はそんな風に思ってたのか…』と悲しそうに言われてしまって

 

「それはもどかしいですね……」

「あとは小杉湯って『小杉湯となり』とか『銭湯ぐらし』とか、目立つ取り組みがたくさん生まれてるから『平松さん、企画力すごいですね!』とか『巻き込み力すごいですね!』とか言われるんです。でも、それも誤解。小杉湯は僕が中心になって改革を起こしてるわけじゃないから」

※小杉湯の隣に建っていた風呂なしアパートに、2017年から1年間、ミュージシャンやデザイナーが居住しながら「銭湯のある暮らし」を考えるプロジェクトが展開。アパート取り壊し後、その住人を中心に「銭湯ぐらし」が設立され、現在は「小杉湯となり」を企画・運営している

「平松さんは、あくまで『小杉湯にいるいろんな人のうちの一人』ですよね。誰かが『これやりたい!』って言ったことに対して、『それいいじゃん!』っていう人」

 

「そうそう。僕が中心になってやってるわけじゃなくて。あくまでも小杉湯っていう環境がすごいんです。僕はその環境を整えてるんですよ」

「聞けば納得ですけど、外から見ると、つい平松さんを旗振り役として見がちなのかもしれません」

「取材でも頑張って説明をするんだけど、わかりにくいみたいでなかなか伝わらないんですよね。そういう記事を見て、家族や小杉湯に集まってる人たちとの間で誤解が生まれてしまうようなことはありますね」

「そういうジレンマって、どう乗り越えていったらいいんですかね…?」

「そうですね……。あ、そろそろお客さんが入ってくる頃なので、『小杉湯となり』に場所を変えて話しましょうか」

 

「小杉湯となり」は、銭湯のある暮らしを体験できる会員制の施設。3階建ての建物で、1階はキッチン設備のある飲食スペース、2階は電源やプリンターが用意されて作業が可能な書斎スペース。3階はベランダが付いた六畳一間で、個室として利用できる

 

「関係を編み続ける」ことが文化財保護に欠かせない

「えっと、ジレンマの話でしたっけ」

「取材を受ける際、実態と伝えられ方にギャップが生まれちゃうって話ですね。そこを乗り越えるために、小杉湯では自社メディアをはじめたんでしょうか?」

「う〜ん、そもそも『ケの日のハレ』を自社メディアだとも思っていなくて

「え! そうなんですか?」

『ケの日のハレ』の大きな目的は、小杉湯という文化財の保護なんです。というのも、小杉湯は昭和8年に建てられたんですけど、この建物を残していくのがめちゃくちゃ大変なんですよ」

 

昭和8年(1933年)に建てられた小杉湯は、国の登録有形文化財(建造物)に登録されています

 

「小杉湯くらい有名だと、助成金でなんとかなるのでは……?」

「それが、なんとかならないんです。たとえば、2020年の10月に1,000万円ぐらいかけて改修工事をしたんですね。そしたら、1,000万円以上お金をかけて工事をしなきゃいけない箇所が見つかって」

「えええ!? 改修するほどお金がかかるなんて……」

「つらいでしょ? 助成金はいつなくなるかわからないし。だから、助成金にたよらずに小杉湯を50年後も100年後も続けていくためにどうしたらいいか、事業づくりの柔軟な発想を持ってる拓美くんに相談したんです」

「あ、最初は『メディアをつくってほしい』とかじゃなかったんですね」

「はい、そもそも僕はメディアの運営はしてましたけど、記事の編集経験はゼロだったので。僕は平松さんの話を聞くなかで、『関係を編む』ことがめちゃくちゃ大事だと思ったんですよ」

「関係を編む?」

「たとえばお寺って、檀家さんの存在があるから何百年も続いているわけじゃないですか。小杉湯みたいな文化財も、のこっていくかどうかって『のこしたい』と思う人の数次第だと思うんです」

 

「つまり、『自分たちの手で小杉湯を守りたい!』って思う人と関係をつくり、保ち続けることができれば、小杉湯をのこしていけるじゃん!って。そんなアイデアから、今回のメディアが生まれたんです」

「えっーと、ちょっと待ってくださいよ。小杉湯をのこすことがめっちゃ大変で、そのために関係を編み続けることが大事ってのはわかりました。でも、それがなんでメディアにつながるんですか? クラウドファンディングとかの方がてっとりばやい気も…」

『ケの日のハレ』って『関係の編集装置』としてのメディアなんですよ」

「関係の編集装置……?」

 

「関係の編集装置」としてのメディア

「世にある多くのwebメディアって、『拡張装置』だと思うんです。つまり、起こってることをたくさんの人に伝えて、活動を広げていくためのもの。『バズ』はその象徴ですよね」

「はい、そうだと思います」

「でも『ケの日のハレ』は、バズることは目指してない。それよりも取材をして、記事をつくることで、小杉湯と人との関係を編んでいくことが目的なんです」

 

「たとえば、ありがたいことに小杉湯のメディアをつくったら、糸井重里さんをはじめ、影響力のある方たちがSNSでシェアしてくれて。そういう方をたくさん巻き込んで、『小杉湯ってこんなにすごいんです!』って伝え方をしたほうが、バズるかもしれないですよね」

「そうですよね。いわゆるインフルエンサーマーケティング的な」

「でも、それはちょっと違うなと。目立つことよりも、メディアを通して小杉湯とそのまわりにいる人の間で生まれた物語を可視化して、関係を編んでいきたかったんです」

『ケの日のハレ』レイソン美帆さんの記事より

 

「だから最初の記事は、小杉湯の番頭として働くレイソン美帆ちゃんの物語を紹介したんですよね」

「あ、その記事読みました! 会社勤めをしていたレイソンさんが小杉湯に出会い、その一員となっていくストーリーですよね。読んだあと、高円寺や小杉湯やレイソンさんのことが好きになっちゃうような記事だったなぁ」

「ほんと、『ケの日のハレ』では取材する僕らがまず、相手のことをめっちゃ好きになるんですよ! だから、その人のためにもいい記事をつくらなきゃってなる。そうすると実際にいい記事ができるから、いい関係が生まれるんです」

「どんどん循環が生まれていくと」

「はい。そういう『いい循環』を生むことを目指していて」

「そういえば、アートの分野では制作過程での関係づくりを重要視する『リレーショナルアート』ってものがあるみたいです。同じように、メディアも記事をつくる過程で関係が生まれるんですね」

「そうそう。メディアって、誰かと仲よくなるのにめっちゃいい方法だなと。だから、小杉湯と人の関係を編もうと思った時に、メディアをつくろうと思ったんですよね。『ケの日のハレ』は、記事をつくればつくるほど、小杉湯を好きな人たちとの関係が強く編み直されていくんですよ」

「まさに、つくればつくるほど関係をそこなってしまう『バズのジレンマ』の対極だ……!」

 

「わかりやすくキャッチーなストーリー」にあてはめたい誘惑

「なんで『バズのジレンマ』が生まれるんだろう?と考えたんですけど、メディア側には『わかりやすくキャッチーなストーリー』にあてはめたい誘惑があると思うんですよ」

「小杉湯の例でいえば、『斜陽な銭湯業界のなかで、若き3代目がビジネススキルを駆使して地域の銭湯を立て直した』みたいな?」

「はい。そういうサクセスストーリーのほうが、書くのが楽だし、バズりそうじゃん!という」

「わかりやすい因果関係の方が、一見伝わりやすいですもんね」

「だから、取材前からわかりやすくキャッチーなストーリーを用意して、もし取材で違う話が出てきても、そのストーリーにあてはめてしまう、という……。僕も伝える側の人間として、その誘惑も正直わかりますし」

「僕も基本的に取材していただけるのは本当にありがたいから、ついそのままの原稿でOKを出してしまうんです(笑)。メディアの方も、頑張って取材して、記事をつくってくださってるので。ただ、その記事で誤解が生まれてしまうこともある」

 

「読み手も『わかりにくくて地味なストーリー』と『わかりやすくキャッチーなストーリー』があったら、後者を信じてしまう気もしますね。たとえ前者の方が現実に近いとしても」

バズること自体は悪いことじゃないと思うんですよね。伝えたい情報が広く伝わることはいいことだから。ただし問題は、誤解されたまま情報が拡散してしまうことで」

「ああー、そうだね」

「本当は複雑で、単純な因果関係なんてない現実を『わかりやすくキャッチーなストーリー』というパッケージにして広めることで、現実が消費されてしまう……。そうすると誤解が生まれて、関係をそこなってしまうことがあるんだろうなぁ」

 

「口のメディア」と「耳のメディア」

「バズることを目指すあまり、関係がそこなわれてしまうことがある。そこに僕は、メディアで関係を編集することで対抗していきたいんですよね。それが『ケの日のハレ』をはじめた理由のひとつです」

「目には目を、歯には歯を。メディアにはメディアを、ですね?」

「そうそう!」

 

「あ、なんか話してて思いましたけど『ケの日のハレ』って、耳っぽいですね!『耳のメディア』っぽい」

「耳のメディア?」

「口のかわりに、情報をひろく伝えることを目的にするのが『口のメディア』だとして、『ケの日のハレ』は耳のかわりに、誰かの声を聴いて関係をつくることを目的にしてるような」

「あー、そうですね。小杉湯の周りにいる人たちの物語を『聴く』ことによって、関係性を編んでいく」

 

「そうやってコミュニケーションがきちんとできていると、仮に外のメディアによって間違った方向でバズってしまっても、受け止めることができるんですよね。『外の人にこう言われてるけど、私たちはこうだよね』って思えるから」

「『外は暴風がブワーっと吹いていても、内側は守られているから大丈夫!』みたいな」

「まさにそうだな。僕が小杉湯がメディアに取り上げられることで誤解が生まれても、そこまで大きな影響を受けていないのって、小杉湯をとりまく関係性ができてるからなんだと思います」

「まわりの関係性が防風林みたいになってくれてるんですよね」

 

「小杉湯も、高円寺という東京のローカルにありますよね。ローカルでは、不特定多数の人より、顔の見える範囲の人との関係性を大事にしながら仕事をしているところも多いじゃないですか」

「はい、はい」

「それを、メディアが不特定多数に向けて間違って伝えてしまうと、バズという暴風雨にさらされて、本当に大切にしたい関係がそこなわれてしまうことがある。でも、自分たちでメディアを持てていたら、自分たちが大切なものを、自分たちで守っていくことができる」

「『ケの日のハレ』って、まさにそういうメディアなのかもしれないですね」

 

「耳のメディア」だからできる、持続可能なビジネス

「でも『耳のメディア』って大変じゃないですか? 丁寧にコミュニケーションをとるから手間がかかるわりに、お金にならなそう…」

「いや〜、大変ですよ(笑)」

「でも、小さい積み重ねがたくさん生まれるから、結果お金にはなると思うんです」

「え、どういうことですか?」

「まず銭湯って、『小さい売上』が意外とすごくて。平松さん、たしか1回20円のドライヤーだけで、月の売上が10万円くらいになるんでしたっけ?」

「そうだね。イケウチオーガニックのタオルを1回80円でレンタルしてるけど、これも月に20万円くらいの売上になってるかな」

「一個一個の単価は小さくても、積み重なっていくと大きいですね!」

「最近、青山ブックセンターとコラボした『湯守文庫』をはじめたんですけど、これもすでに100冊以上売れてます」

 

 

「イケウチオーガニックのレンタルタオルや青山ブックセンターとの湯守文庫は、まさに関係性によって生まれたコラボです。今後も『ケの日のハレ』で、こんな関係性がどんどん生まれていくって話だよね?」

「はい。メディアを通じて100人と関係性を編んでいくことができたとして、その人たちと一緒にちっちゃいビジネスを100個つくれば、一つひとつの売上が1万円だとしても、100万円になるじゃないですか」

「なるほど。丁寧にコミュニケーションをとって関係性を積み上げていけば、結果、そこから売上も生まれてくると」
「広告収入とか、なにか一つのビジネスに依存しているメディアって実は持続可能じゃない気がしていて。いっぽうで、1万円の仕事を100個つくるモデルは、ひとつなくなっても残り99個があるわけで」

「いきなり『100万円のビジネスを考えよう!』よりも持続可能かもしれませんね」

「だから、そういう意味でも『ケの日のハレ』を通じて人との関係性を丁寧に編集していくことが、小杉湯が50年後100年後も続いていくことにつながる、っていう話なんですよね」

「『耳のメディア』ならではの、関係性をいかしたビジネスモデルもありそうですね。そういう意味でも、『耳のメディア』は『自分たちが大切なものを、自分たちで守っていくメディア』としての可能性を秘めていそう」

「そうですね。だから『ケの日のハレ』みたいなメディアが全国でたくさん増えていくとおもしろいと思います」

 

取材を終えて

「バズ」の語源は、ぶんぶんととびまわる蜂の音。そして蜂には、花と花のあいだを飛び回って受粉させる役割があります。

同じように、メディアも人や場のあいだに立ち、関係性をつなぐ役割を持つことができる。そのことを実感した取材でした。

 

情報を伝えるのではなく、関係を編む。

不特定多数に向けてではなく、特定の人たちのことを考える。

数値では測れない、物語や感情を大事にする。

瞬間的な成果より、中長期的な成果を目指す。

 

そんなメディアを「耳のメディア」と呼んでみるとして、『ケの日のハレ』意外にも、関係を丁寧に編み続けている「耳のメディア」は各地にありそうです。

 

あらためて、「耳のメディア」は、他にどんなものがあるのか?そして、関係を編む上で大事なポイントはどんなことなのか?(実は取材後の会話だったり?)という問いも生まれました。どうやら「耳のメディア」をめぐる取材は、まだ続きそうです。


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